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絶望

解放された蓮見はまず、小野のもとへ向かうことに。

「まあとにかく学校だね。その前に病院に行く」

 小野夏希がどうなっているのか、それが気になって仕方なかった。

 そのまま近くの駅まで一緒に歩いた。その間、私たちはいかにも女子大生がしそうな会話を繰り広げていた。最近のテレビ、モデル、ファッションについて等々。久しくそういう会話をしていなかったので、なんだか急に自分が女子大生だったんだということを思い知らされることになったが、それはひどく心地いいものだった。

 駅でそれぞれ切符を買った。春川は私に付き添うと言ってくれたが、それは断った。

「君にこれ以上迷惑をかけたくはない」

 そもそもアリバイ工作なんて無理難題を頼んだ時点でこんなことを言える立場ではないわけだが、そう言わないではいられなかった。

「やっぱり私は参戦不可なの」

「君みたいに可愛い乙女をこんな野蛮なことに巻き込みたくはないね。まあ、それを言ったら私もなんだけど」

 春川はまだ反論しようとしたが、こんな真面目なときでさえ軽口を叩く私を目の当たりにして、何を言っても変わらないと分かったのだろう、そうと頷いた。

 切符を買って改札を通り抜ける。そこには二つ階段がある。お互いにホームが違うのでここで分かれることになった。別れ間際、彼女はいつになく真剣な顔つきで私の手を握ってきた。

「気をつけてね。もう心配さすのはよしてよ。私、こう見えて結構焦ったんだから」

 彼女を焦らすなんて、私はえらく大層なことをしでかしてしまった。

「うん。もう君には心配させないよ。安心してくれ、親友」

 ここでいつもと違って親友と使ったのはこの距離なら殴れるから。有言実行が出来る彼女なら、ここで私に右ストレートを食らわすにはわけないはずだ。それとこれが何より重要だけど、本当に信じて欲しかったから。

 彼女は私の珍しい真面目な回答に笑みを返してくれた。

「じゃあね。また」

 彼女と別れて電車ですぐに病院へ向かった。その間に父から連絡を受けた仁志が、連絡をしてきてくれて、彼のおかげで小野夏希の病室が分かった。ただ今日も午前中、病院に行ったそうだが意識が目覚める気配は一切無いようだ。

 電車の中ではメールでやりとりしていたが、出てからは電話をした。

『あんたはどうするんだよ』

「病院に行ってから学校だよ。情報がなさ過ぎる」

『なら俺も行くからな』

「来たってしょうがないよ。今日は情報集めで一日潰れそうなんだから」

『うるせぇ』

 そんな短い会話で通話は終わった。彼としてはどうしたって私に会いたいらしい。嬉しいけど今日は本当に会ってもどうしようもない。情報を集めてそれから今後の行動を決める。そもそも私は自由に動いて良いのかどうかも分からない。

 病院の受付で病室のある棟を聞き、そこへ向かった。予想通り、特別棟のICUの一室に彼女はいるらしい。その病室の前では昨日見た小野夏希の母親が、生気のない顔で立っていた。

 声をかけると昨日血まみれだった服を着ていた人間だと思いだしたのだろう、急に背筋を伸ばした。

「入っても良いですか」

「……ええ」

 このやりとりは香月亜由美の母親とのやりとりを思い出させた。

 病室に入るとベッドに寝かされた小野夏希は、半透明の人工呼吸機をつけられて目を閉じている。動かない彼女の代わりに周りにあるたくさんの医療機材が静かに動いていて、それが今彼女を生かしていると言われても信じがたいものがあった。

「……小野君」

 無駄と分かっていながら彼女の耳元で呼びかけた。もちろん応答はない。

 すぐに諦めてかがめていた体を起こした。どうして、こうも事態は最悪なんだろう。昨日の今頃、彼女はまだ生きていたのに、どうして今日は生死の境界線上で眠り続けているんだろう。

 喉が、胸の奥が、目頭が熱くなってきた。それを何とか奥歯を噛み締めて、拳を握りしめて、目を力一杯閉じて耐えてみせる。何も解決して無いどころか、これからまた何が起こるかも分からない今の状況で、弱さなんて晒している場合じゃないだろう。自分にそう鞭打った。

 その時、病室の扉が開いて彼女の母親が入ってくる。

「蓮見さん、でよろしかったでしょうか」

 とても丁寧な言葉遣い。なるほど、親子だ。

「はい」

「昨日、この子と最後に行動していたのはあなただと聞きました。それで聞きたいのですが……この子は最後、どんなことを言っていたのでしょうか」

 母親の目には私には分からない強さがあった。それは昨日医者が言っていた「覚悟」というものだろうか。少なくとも彼女は、今後どんな最悪の結末も受け止めてみせると心に決めているらしい。それはまだ私のような小娘には出来ない決断なんだろう。

 私は出来るだけ細かく、昨日の彼女との会話を話した。もちろん、事件の部分は省いて。彼女は何を言って、その時どんな表情をしていたか。覚えてる限り、全てぶちまけた。彼女はそれを幾度も頷きながら、決して聞き漏らしの無い様に目を瞑り、集中して聞いていた。

 話し終えると、彼女はありがとうございますと頭を下げた。

「それじゃあ……私はここで」

 最後に眠りについている聡明な少女の髪を一度撫でた。大丈夫、まだ温かい。

 病室を出る間際、私は振り返りもせずにこれだけは主張しておきたいと思ったので、立ち止まった。そして彼女がそれを聞いているかどうかも分からないのに、ただ思いだけは伝えておく。

「私は、今話したことが彼女の最後の言葉だとは思っていませんから」

 それは決意を固めた人間にとっては心を揺らす言葉だったはずだ。それくらい分かっていた。分かっていても、分かって欲しかった。

 病院から出ると大急ぎでまた駅に戻り、今度は学校へ向かった。学校の最寄り駅からタクシーを使い、歩けば十分以上かかるところを三分程度で済ませた。

 校門の所にはすでに仁志がいた。

「言っただろう、あっという間だって。お姉さんがいなくて寂しかったかい」

「けっ、もう少し牢獄にいりゃ良かったんだ」

 可愛げのない返事だけど、長年の付き合いで彼が安心しているのは分かる。そして多分同じ原理で、こんなふさげたことを言いながらも私が心配をかけて悪かったと思っているのも、彼は分かってくれているだろう。だからこれ以上、言葉は不要だった。

「さてと、婆さんのところへ乗り込もう」

 校門から学校へ入る。

「今日からもう臨時休校になった。学園長が決めたらしい」

「あの脅迫状はどうなるのさ」

「知るかよ。けど、もうどうなったって変わらないんじゃないか」

 なるほど、そういうことか。もはや生徒の守りようがない。確かにそう結論づけるのも無理はない。警察が目をつけていた高校で、こうも堂々と犯行が行われては今後どうしようもないだろう。

「これが英断になるといいんだけどね」

 希薄なことを口にしながら職員室へ入ると、何人もの教師が驚いた目で私を見てきた。どうやら私が容疑者になったことは周知の事実らしい。ただ一人、その中で表情一つ変えず私の方へ向かってくる人がいた。彼は私の前で立ち止まると、その長身を利用して見下ろしてくる。

「……怒ってるよね、ティーチャー」

 海野先生が怒っていることは予想がついていた。先生の性格からして、私のことを心配してくれてたろう。そのくせ私はこういうことになるのを読んでいたんだから。自分のことを大切にしろと言っていた先生が、怒らないはずがない。

「本当なら頬を引っぱたいてるところだ」

 体罰体罰と世間がうるさいこの当世、そんなことが出来るのかな。いや出来るね、先生なら。それが生徒のためだと思うなら。

「素直に謝るよ。ごめんなさい」

「……言いたいことは色々あるが、まあいい。学園長が待っている」

 どうやら向こう側もこちらが来るのは分かっていたらしい。それなら話しは早い。学園長室で今まで私が見てきた婆さんの中でも、一番老け込んだ婆さんが黒の革イスに座っていた。両肘を珍しく資料の置いていない机の上にのせて、合わせた手の甲に鼻を乗せて口元が見えない姿勢になっていた。

「情報が欲しい」

「警察は容疑者を今里麻由美から、荻原治に変えたわ」

 ろくな挨拶もせず質問だけぶつけると、答えだけ返ってきた。

次回で六章終わりです。

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