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成立

自らが“cube”だったことを打ち明けた蓮見に安藤は。

彼女の返答がないのは信じてないからではなく、単純に驚いているからだろう。

「別に珍しくないだろ。学年に二人はいるんだから」

 私が"cube"を引き継いだ時、素直にそう思った。自慢じゃないが、当時から探偵みたいなことをして、成果をあげて名を馳せていた私を選ぶのは自然なことだと思う。

「ついでに言うなら、『主』の存在も知ってる。どうかな、信じてもらえたかな?」

 ドアの向こうで彼女がもたれかかる音が聞こえた。

「……そこにはあなた一人ですよね?」

 声が震えている。一応の確認ということだろうが、それさえも怖いらしい。

「こんな話をするのに、誰かを連れてくるなんて愚は犯さないよ。安心するといい」

「ですよね。……ええ、あなたの言うとおり、私は"cube"の一人です」

 予想していたこととはいえ、何も感じないわけではない。少し考えられない出来事に、今自分が立ち会っているというのは何か感慨深いものだ。そう、これはありえない。例え片方が引退してるとはいえ"cube"同士が話している。

「『証の箱』に『主』まで知ってるんだったら、詳しい説明はいらないでしょう。殺された子は"cube"で、あれを握りしめて死んでいたと言うことは……」

「うん、君の推理通りだろうね。彼女は"cube"として殺されたんだ。そしてそんなことが出来るのは、一人しかいない。犯人は……『主』だ」

 自分で言っていておきながらも、本当に現実味がない。 私は今警察が尻尾も掴んでいない殺人犯を指名したんだ。まるで本当に推理小説に出てくる名探偵みたいじゃないか。

「なら、私は放っておいて下さい。分かりますよね、下手をすれば殺されるんです」

「いや、それはおかしい。なんで『主』は理由もなく、殺したんだい。それが全く分からない」

「そんなのどうでもいいんです。頭がおかしいんですよ、今の『主』は! きっと快楽殺人者か何かです。自分の立場を利用して、私たちを殺そうとしてるんです。そうです、そうしか考えられない」

 理性ではこの話は例え家の中とはいえ静かにしないといけないと分かっていても、彼女の中でとうに限界を超えていた精神的不安が、彼女の舌をまくし立てて、最後の方は大声にまではなっていなかったけど、静かな叫びとなっていた。

「つまり、しばらく学校には来ないんだね?」

「当たり前です。もうこのまま退学になってもいいですから、私はもうあの学校には、あの組織には関わりたくない……」

 十七の少女の人生をかけた大きな決断だ。高校中退というのが後の彼女の人生にどういうふうに影響するか、ちゃんと分かったうえで言ってるんだろう。彼女は何においても命を優先している。賢い。

「うん、その答えを聞いて安心したよ。けど今すぐ辞めなくてもいい。しばらくしたら、犯人は捕まるかもしれない。君が依頼すれば、もっと確率は高まるねぇ」

 とても正気の沙汰とは思えない。私は一体、何を言ってるんだろうか。一時の感情で、とんでもないことを口にしている。しかも最悪なことに、それを自覚してるくせに直そうとしてない。正真正銘の愚か者だ。

「あなたが、犯人を、『主』を捕まえるっていうんですか」

 声だけで信じていないというのがよく分かった。

「私はこう見えても、いや見えてないか。とにかく、結構有能なつもりだよ。すくなくとも、"cube"になれるくらいは」

 実は色々と付け足さないといけない説明があるのだけれど、話が面倒になるので嘘にならない程度に誤魔化した。彼女は何も言わず、ドアの向こうに呼吸の音だけさせている。 死ぬって言うのは、呼吸がやむってこと。ただそれだけ。ただそれだけが、見たこともない化け物みたいに恐ろしい。

「依頼料は、いりませんよね」

「高校生から金をとる趣味はない。ただ、依頼してくれ。私は正当に、『主』と向き合う理由がほしいだけだ」

 色々と『主』には貸しがある。私の高校時代の面白くない思い出の多くの側面を、あいつが持っている。例え、引き継がれていたとしてもその恨みが消えたりしない。けど感情で動くのは嫌だ。私は父の教えの通り、困ってる人を助けたい。

「……じゃあ、お願いします。殺された子と私と『主』を除いても、あそこにはまだ三人の"cube"がいるはずです。仲間意識ってわけじゃありませんけど、お願いです。彼らを助けてあげて下さいっ」

 ドア越しの彼女の声は怯えでじゃなくて、苦痛で揺れていたように思えた。彼女自身が何もできないという、自分がどうしようもなく惨めに思える、あの無力感。それに苛まれていた。

「よし、契約成立だ。任せておけ」

 何かをこなせる自信も、『主』を突き止めれる確信もないのに無責任にそう安心させた。

「じゃあこれで失礼するよ。一応連絡先を残していく。何かあったら連絡してくれ」

 最初から用意しておいた自分の携帯番号を書いた紙を小さく折り畳んで、ドアの隙間に入れた。部屋の中でも携帯くらいあるだろう。何かったらすぐに連絡してくれればいいが。

 奥さんにまた来ますと別れを告げて、部屋を出るとさっそくタバコをくわえて火をつける。ニコチンがいい具合に頭の中を刺激して、思考に落ち着きをもたらしてくれた。昨日の夜に考えついた推理は、どうやら当たってしまっているらしい。

 あの学校で『彼ら』――"cube"が殺された。まだ一人だが、増える可能性がある。ほらみろ、事態はいつだって最悪じゃないか。連続殺人の可能性なんて出てきて欲しくなかった。そんなのは映画とかだけにしてほしい。

「現実味がないよ、全くさ」

 煙を吐き出すと同時に、そんな愚痴をこぼしてみた。

 後で嫌と言うほど現実味を突きつけられるなんて覚悟していなかったくせに。


 とにかくこのことを父に報告すべきだと考えた私は、家に帰るとすぐさまに父に電話をしたのだけど、仕事中で忙しいのか出てくれなかった。着信が残るので、時間があったら向こうから連絡し返してくれるだろうと考えて、今度は春川に連絡をいれた。

「ハロォ、ハニー、お元気かな」

「あなたのせいで少し元気じゃなくなったわ」

 どうして私がこう元気よく電話をしてるのに相手はのってくれないんだろう。呪いかもしれない。

「冷たいことは言うもんじゃないよ。まあ綺麗な花にはトゲがあるらしいから、それなんだろうね」

「……切っていいのかしら」

 どうやら彼女は電話口でも冗談を許してくれないらしい。少しだけ彼女の将来が不安になった。もっと柔軟に生きないといけない。

「分かった分かった、怒らないでほしいね。ちょっとお願い事があったのさ。君にしか頼めないんだよ、ハニー」

「とにかくその呼び方をやめて」

「マイ・スイート・ハニー」

 電話が切られてしまった。おふざけが過ぎたようだ。けれど、呼び方を変えろと言ったから要望通り単語を二つも付け足したのに、この冷たさはちょっとばかりひどいんじゃないかな。

 再度電話をかけると怒っていたのか、なんと三十秒以上コールを聞かされることになった。

「反省した?」

 彼女は実は結構なサドなんじゃないだろうか。

「しましたよ。いい加減ちゃんと話そう」

「分かったわ。で、お願いって言うのは茜ちゃんの監視かしら」

 さすがは春川、本題に入る前にそういうことが予想出来るのだから素晴らしい。

 彼女は有華ちゃんと近所だと言っていた。だとすると有華ちゃんと同じ中学の茜ちゃんも近所だろう。私が、君にしか頼めないって言った時点で頼み事を推測したんだ。

「正解だよ。監視というか、護衛だね」

「彼女を見守ってろってこと?」

「ああ。身に危険が迫ってるんだ。そうは言っても彼女は室内、一応安全だ。君には彼女のマンションの近くに不審者がいないかどうか、そういうのを調べておいてほしい。出来るときでいいさ。忙しいのは分かってるからね。悪いけど有華ちゃんには余計な心配はかけさせたくないからできない。私も極力協力するが、少し家が離れてるからね」

 今私が出来る対策というは非常に少ない。明日になれば行動を起こすつもりだが、今はとりあえず茜ちゃんの安全確保だ。もっと彼女の身辺を固めてやりたいが、私の力じゃ限度ってものがある。父に事情を話せば何とかなるかもしれないが、それも未だに不明だ。父が納得しても、警察が納得するとは限らない。

「責任重大ね。けど任せてちょうだい」

 心強い言葉だ。彼女が任せろと言ったからには、完璧に仕事をこなすに違いない。

「頼もしいよ。ありがとう、マイ・ラヴァー」

 再度ご要望通り呼び方を変えたのに、乱暴に電話をきられた。あれで案外わがままなんだから。もしかしたら将来クレーマーという奴になるじゃないだろうか。それはいけない。今度注意してやらないと。

 父からの連絡を待つ間、無駄に過ごすわけにはいかない。さっそく自室に戻って、机の上に置いてあった捜査ファイルを開いて、昨晩大雑把に目を通したのを、もっと細かく読んでいく。自分でもすごいと思うのだけど、私はこういう時の集中力は半端じゃない。おそらく隕石が隣に落ちたって気がつかない。

 ああ、でも美女や美男が隣にいたら話は別だ。付け加えておくよ。

書いたの数年前なんです。

「今どきメールアドレスって……」というツッコミは勘弁。

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