表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/74

聴取

罠にはめられ、身柄を拘束されてしまう。

やはり、こうなったか。予想通り過ぎて、泣きたくなる。

「ふ、ふざけんじゃねぇよっ!」

 隣で仁志が怒鳴って、須藤に一気に歩み寄ろうとするのを手で制した。

「君が公務執行妨害になるよ。つまらない前科を作るもんじゃない」

「あんたを捕まえるって言ってるんだぞ、こいつらはっ」

「そうですよっ!」 

 後ろから有華ちゃんが服を引っ張ってくる。行かないで下さいってことかな。

「何でこの人たちはいきなりそんなこと言い出すんですか」

「……状況証拠が私だと言っているんだよ」

 認めたくはないけど、そうだった。そしてそれこそが私が救急車の中で気づいた最悪のシナリオ。麻由美ちゃんが描いていた、私を封じ込める作戦。

 まずは私が真犯人じゃないかという噂を流布させる。そしてそれが浸透した頃を見計らって、小野夏希を一人にすることにした。多分、荻原治を呼び出したのは麻由美ちゃんだろう。そして呼び出した荻原治を何らかの方法で静かにさせて、時が来るのを待つ。私と小野夏希が二人でいるシチュエーションを待った。そしてそれが実現したのを確認すると、私たちを見張り今度は小野夏希が一人になるところを狙う。

 そして小野夏希を殺害して、最後に一緒に行動していた私に疑いの目が向くようにした。私は確かに小野夏希を刺した人物を見たが、これは私が見ただけ。狂言の可能性もある。

 これで私は警察という抗い難い組織に押さえ込まれる。そして警察は私という容疑者に人員や時間を割く。その間に次の被害者を狙うなり、逃亡するなりするつもりだろう。

 それらを二人に説明すると、須藤が口を挟んできた。

「それだけじゃない。小野夏希は死ぬ前――」

「小野君は死んでない」

「おっと失礼した。とにかく彼女は君を指さしたんだろう。それはつまり、死んではいないが、タイイングメッセージということになる」

 そう、それが何よりの決め手だろう。私は彼女に指さされた。ピースにも見えたが、確かに彼女の人差し指の先には私がいた。それは多くの人間が目撃している。あれが証拠だと言われると辛い。

 あれがどういう意味だったのかは分からないが、少なくとも第三者からすれば、被害者による犯人の告発に見えただろう。そして現状、私には否定する術はない。

「それに今までの君の行動。今思えば不自然だ。ただ刑事の娘だからということだけで捜査に口出しをして……」

 それはもはや単なる私怨からなる言葉だ。嫌われるのは当たり前か。若いエリートがせっかく任された大事件の指揮を執るはずだったのに、二十歳のもなっていない小娘から外野からやいやいと言われるのは屈辱だっただろう。

「君のおかげで捜査は進展せず、こんなことにまでなった」

「おいふざけんなよ。この人がいたから警察は事件に気づけたんだろうがっ。何もしてなかったのになめた口きいてんじゃねぇぞっ!」

 須藤の眼光が鋭くなって、ありのままの感情をはき出したばかりの仁志に向く。そのまま彼に手を伸ばそうとしたので、咄嗟に間に入ってその手を払いのけた。

「子供が言うことに一々腹を立てるなんて大人気ないよ、須藤さん」

 私は仁志を背中で隠して、彼にも小声で落ち着きなさいと諭した。

「……任意同行だったね。つまり、拒否できるわけだ」

 法的には何の問題もないはずだ。ただ、須藤は嫌らしい笑みを浮かべる。

「ああ、構わない。ただ君は少し父親の立場を考えるべきだ」

 なるほど。ここへ父を連れてきたのはそのためか。父はきっと、今回の任意同行に反対しただろう。ただ身内の訴えなど反映されるわけがない。だから父は私と目を合わせてくれないんだ。もしここで私が拒否すれば、父は警察に居場所が無くなる。父をどうにかする方法は一つ。

 任意同行に応じて警察で調べを受けて、無実を証明する。それだけだ。

 別に汚いとかは思わない。私だって荻原治を調べているときに、散々小野夏希の名前をちらつかせて彼の感情を煽った。ようは立場が逆転しただけだ。

「……任意同行には応じる。ただ、待って欲しい」

 私は手術室を指さした。連れて行かれるのは構わない。だけどせめて小野夏希の生死だけでも知っておきたかった。ただ、返ってきたのは再び薄ら笑いで、須藤は諦めろよと切り出してきた。

「時間の無駄だからさ」

 その時、私は自分がどういう動作をしたのかまでは覚えていない。ただ、気づいたときには間合いがほとんど無かったはずの私と須藤の間に父が入っていて、振り上げられた私の右手を掴んでいたし、仁志と有華ちゃんが二人で私の服を引っ張って動きを止めようとしていた。

 須藤は父の影に隠れて見えなかったが、その場から数歩後ずさったのだろう、私から距離をおいた所にいた。

「……暴行で捕まるぞ」

 やっと目を合わせてくれた父がそう忠告してくる。

「……殺人よりはマシさ」

 痛烈な皮肉を返した後、掴まれていた手をほどいて、後ろの二人にも服を放してもらう。

「いいかい二人とも、さっきの指示を守っといてくれ。私がいない間は静かにしておくんだ」

「あんたがいない間ってどのくらいだよ」

「あっという間さ」

 仁志はそれをただの励ましか、慰めに聞こえたのか納得していなかった。ただ仁志は受け取り方を間違えている。私には自信があった。本当にあっという間だという。ただそれをここで口にするわけにもいかない。

 手術室の前では小野夏希の両親がこちらをじっと見ていた。彼らには今どうなっているか、さっぱり分からないだろう。その彼らの後ろの手術室の扉、その向こうで繰り広げられている激戦が、朗報をもたらしてくれることを祈る。

「父上、結果が分かり次第教えてくれ」

 父は一度だけ頷いた。私はその返答に満足して、離れていた須藤に歩み寄っていく。

「じゃあ、行こうか」

 須藤は私がまた何かしてくるんじゃないかと怯えていたが、私が素直に病院の出口の方を向かって歩き出すと部下を引き連れて、私の横についた。任意なので腕を掴まれるという、強制的なことはない。されたら事件後、女という立場を最大限に利用して法廷で争ってやるつもりだった。

 背中に仁志と有華ちゃんの私を呼ぶ声が突き刺さる。小さく振り向くと、父が二人を宥めていた。二人に小さく手を振って別れを告げる。後ろ髪を引かれる思いだったが、なに大丈夫、すぐに戻ってこられると心の中で反芻した。

 病院の前には黒塗りの車が一台止められていて、それの後部座席に乗るよう指示された。それに乗り込んで一息ついたとき、ルームミラーに一人の少年が映っているのが見えた。左右に座った刑事たちが邪魔だったが何とか後ろを振り返ると制服を乱した荻原治が、信じられないという顔つきで私を見ていた。

 言葉をかけたかった。状況を説明してやりたかった。ただ、助手席で腕組みをして偉そうに指示をだした須藤のせいで、車は無常に発進して私と彼を引き離していく。小さくなっていく彼を見ながら、私は今度彼に会ったとき、どういう顔つきをすべきなのかを考えていた。



 警察には父が勤めているし、今まで色んな捜査資料を見せてもらったということもあって、お世話にはなっていたがこういう意味でお世話になったのは初めてだった。出来ることなら、今後は二度と無いように願いたい。

 取調室でパイプイスに座らされた私は、刑事たちが矢次にしてくる質問にただ機械的に答えていった。最初の刑事は父にお世話になった人で、私に強く質問できないでいたが、それを見かねた須藤が別の人間を送り込んできたので、私はしばらくの間、質問なのか罵声なのか判断しがたい野太い声を耳に詰め込まされた。

 仁志にああ答えたとおり、私はさほど心配していなかった。そもそも任意同行ということからみて、警察が今どれだけ手詰まりしているのかよく分かる。強制するほどの証拠はない。だから状況証拠だけいっぱい集めて、父の立場を利用してここに閉じこめた。

 あとは脅しでもきかせれば何とかなると思ったのかしれないが、私はそう簡単に折れてやるつもりは一切無かった。どんなきつい言葉もただただ聞き流した。私の無実を証明するために必要な質問には、間違いがないように丁寧に答えたがあとの質問はすべて適当だった。

 取り調べをする刑事が次々と変わっていき、同じことを何度も質問された。時間の無駄だと思ったが、それでもちゃんと答えた。こんなことをしているからこの組織は大切なときにしくじるんだ。

 夜中の十二時まで取り調べは続いた。流石に疲労がでてきた頃、父が取調室に入ってきた。

「小野夏希は一命を取り留めた」

 それは数時間ぶりに聞く、人間味のある声だった。そして私が何より望んでいた朗報。

「ただ、いつどうなってもおかしくはない」

「そうかい。けど、まだ命があるならいい」

 こんなことにはなってしまったが、初めて私は『主』の殺人をくい止めることができた。もちろん、後は小野夏希の身体の問題。もしかしたら私がまた負けるかもしれない。ただそんなことは想像したくなかった。

「これは任意の取り調べだ。帰ろうと思えば、すぐ帰れる」

「そうなると父上はどうなるさ」

「俺のことはどうでもいい」

「なら私のことも放っておいてほしいね。私はあの須藤とかいう奴が気に食わない。ここを出るときは、あいつが私の無実を証明してからだ」

 あの偉そうなエリートにはそれが一番屈辱的だろう。自分が連れてきた重要参考人が目の前で、しかも自らの手によって釈放するのだから。

 父も兄も私に対して心配性過ぎる。だから今も不安を隠そうともしない父に対して、笑ってみせてやった。安心するといいという意味を込めて。

「私には女神様が味方してくれてるんでね」

警察の取調室では実際にカツ丼が食べれます。警官に言えば、出前をとってくれます。

自腹です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ