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襲撃

掃除を終えた蓮見たちを待っていたのは……。

「ご協力感謝します。おかげで早めに終わることができました」

 彼女がそう感謝してくれたのは素直に嬉しいが、私が手伝わなかったらもっと暗くなるまで続けていたのかと思うと、あきれて物が言えない。彼女は自分が一七歳の女の子だという自覚が薄いんじゃないか。そんな暗くなるまで一人でいたら、事件なんて無関係に危険だ。世の中、物騒なことが多いし。

「まあ、とにかく学校に帰ろう」

 たんまりと膨らんだ二つのゴミ袋を私が、使っていたゴミハサミを彼女が持って校門をくぐった。大半の生徒が帰ってしまっていて、構内は静けさしかなかったが、未だに残っている警官や教師が忙しそうにしていた。

 仁志や有華ちゃんはどうしているだろうか。もう残っている生徒も少ないから、帰ったかもしれない。まあそれはそれでいい。何かあったら携帯に連絡を入れてきているはずだろう。

「ああ、じゃあ私ゴミを捨ててきますね」

 この学校ではゴミは焼却炉で処分しているが、生徒が勝手に燃やすことは出来ない。なので焼却炉の近くに大きなゴミ置き場をもうけていて、そこに分別されたゴミをおいておくと、あとは業者の方がやってくれる。

「うん。私はちょっと手を洗ってくる」

 焼却炉は校門から少し離れた西門の近くにあった。彼女は重そうに二つの袋を両手に下げて持っていく。私は校内にある職員用のトイレで手を洗おうと、来客や先生たちが使う正面玄関から校内に入った。

 靴を脱ごうと少しかがんだ時だった。耳をつんざく様な、心の落ち着きを吹っ飛ばす様な、その場にあった空気を一変させる音が響いた。思わず体を起こして、そのまま正面玄関から出た。

 警報音だった。ただ校内で流しているわけではない。それほど大きくは無く、けれどそれは確かに私の耳に届いていた。そしてようやく、これが防犯ベルの音だと分かった。

 もう何も考えず駆け出していた。焼却炉へ向かって。多分、今までの人生で最速の速度を出して。

 そして彼女を見つけた。焼却炉へ向かう途中の西門の近くで、彼女は倒れていて、そしてすぐ側では明らかに動揺した様子の黒いレインコートに彼女の返り血を浴びた人物が門を飛び越えようと悪戦苦闘していた。

「麻由美君っ!」

 私の怒鳴り声にその人物はとっさにこちらに振り向いた。フードをしていて、その下にはマスクまでしていたので顔までは分からない。

 彼女は私が一気に近づこうとまた駆け出すと、血塗れにナイフを私めがけて投げてきた。反応して避けたのは良かったが、そこで足を乱してしまいこけてしまう。

 彼女はその隙を逃すことなく、素早く門を越えていくとそのまま激走して視界から消えた。私は何か叫んでいたが、それがどんな言葉だったかは自分でも分からない。

 すぐに起きあがって倒れている小野夏希に近づく。防犯ブザーは彼女の手の中にあって、未だに鳴り響いている。よく見るとそのすぐ近くに『証の箱』もあった。やはり、彼女もだったか。

「小野君っ、しっかりしなさいっ!」

 彼女の制服は左胸のところが血まみれだった。制服のボタンをはずして開けて、シャツの上から傷口を手で押さえる。止めどなく血が流れていく。手に血の生暖かさが伝わってきた。

「死んだら許さないからねっ、君!」

 左胸の下の方を刺されていた。早く救急車を呼ばないといけないと考えていた矢先、視界に見覚えのない警官が飛び込んできた。彼は私たちの状況を見てパニックになり、どうしていいかも分からない様子だった。

「電話を、救急車をっ!」 

 呼んでくださいというところは声になっていなかった。ただそれだけで彼に伝わって、彼はすぐに電話をかけだした。いつの間にか音に気づいた校内に残っていた者がぞくぞくと集まり始めていた。

 その中には有華ちゃんや仁志もいて、血まみれの小野夏希と、彼女を抱き抱えて傷口を押さえながら叫ぶ私の姿を見て、仁志は悔しさのあまり膝をついて堅い地面を拳で殴りつけて、有華ちゃんは受け入れ難い現実に首を小刻みにふるわせて、顔を両手に埋めた。

「小野君っ!」

 傷口を押さえていたから分かった。まだ鼓動が微弱ながら感じられた。彼女はまだ生きている。

 彼女は反応しようとしたんだと思う。唇が小さく開いて、あまりにも小さい、もはや声になっていない声を出していた。それはただの呼吸だったかもしれない。その二つの判別がつかないほど、彼女の口から漏れた空気は微弱なものだった。

 辺りが騒然している。誰かが喋っていて、誰かが叫んでいた。そのせいで彼女の声が聞き取れない。私は呼びかけながら、彼女の口元に耳を持っていく。

「どうしたの、何が言いたいんだい」

 強く押さえているはずなのに、私の指の間から赤い現実が漏れだしてきている。

「……あ、……あぁ」

 蚊が鳴く様な声で、彼女はそう漏らしていた。言葉にしたいことがあるのに、そうでは出来てない。

「もういいっ、喋らなくていいっ!」

 ここで喋ってももう何にもならない。無駄な体力は使わないでほしい。

 彼女はそれでも、何が何でも伝えたかったことがあったのか。もはやどこにも残っていなかったはずの体力の振り絞り、ゆっくりと、スローモーションみたいな動きで垂れ下がっていた右手をあげてきた。

 そしてそれは顔の前で止まった。

「えっ――」

 それは誰の声だったろう。私だったろうか、警官だっただろうか、仁志だっただろうか、有華ちゃんだっただろうか、それともその場に集まった誰かだろうか。いやあるいは、それら全員だろうか。

 彼女はゆっくりと指を動かして、その形を作った。ピースの様な形。薬指、小指、親指は折っていて中指を中途半端にうかしている。ただそれらの指とは違い、人差し指だけが立っていた。そしてそれは間違いなく私を指していた。

 そして彼女の首から力が抜けて、私の腕にかかっていた体重がどっと増す。また何か叫んだ。悲鳴だった。それはこっちに向かっていた救急車のサイレンさえかき消すほどの。

ここからは駆け足でいきましょう。

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