悪戯
小野に会いにいくことに。
美化委員が学校の周りの清掃をしていることは知っていた。やはり学校があるというだけで地域住民からすれば迷惑が多いわけで、そういう方々にいい生徒もいるんですよとアピールするため、学校が考案したものだ。結構歴史があるらしい。
なんかちょっと言い方の悪い紹介をしたけども、やっている生徒たちは案外真剣だ。好んで美化委員に入る生徒は少ないが、入れさせられた生徒も最初は嫌々やっているのにしばらくしたら、充実感が生まれてくるらしく、一年生から三年生まで美化委員をやる子は多い。
私は一度も委員にはならなかったが、この校外清掃は参加したことがある。手伝って頼まれたことがあったし、在学中に美化委員会でちょっとトラブルがあったのでその捜査の一環で、こちらは頼まれてもいないのに参加した。
だから小野夏希がどこにいるかは分かっていた。そしてありがたいことに彼女はすぐに見つかった。
「精がでるね」
この学校の近くには大きめの川があり、彼女はその土手で軍手をして、左手に大きな白いゴミ袋を持って右手で大きな銀色のゴミハサミを操っていた。私の声で集中からとき放たれて、存在に気づく。
「こんにちは」
最初に挨拶を欠かさないのは彼女らしい。
「ああ、こんにちは。今、委員会は中止してるけど」
「はい。けどだからと言って掃除をさぼるのは、私は嫌なんです。それに委員会が中止なだけで、私は美化委員でも何でもりませんから問題ないはずです」
なるほど、確かにその理屈なら警察にも学校にも私にも止める権利なんてない。それを分かっていたわけだ。
「ゴミはたまっていきます。放ってはおけません」
よく町中で平然とたばこを捨てる中年の男性がいる。同じ喫煙者として恥ずかしくて仕方ないし、ああいうのが喫煙者の肩身を狭くしているんだと考えると腹が立つことさえある。そういったマナーを守れない大人たちに、今の彼女の台詞を聞かせてやりたい。その後復唱させてやりたい。
「全く……。それで愛しの彼はどこかな」
「それが何か呼び出されたとか言って、いなくなっちゃって」
「呼び出されたって誰に?」
「分かりません。訊く前にいなくっちゃいましたから」
おいおいと突っ込みたくなる。彼氏は協定を無視するし、彼女はそんなことは気にせず一人で掃除するし、やりたい放題じゃないか。彼女としては安全だと思っているからいいんだろうけど。こっちの身にもなってほしい。
「一人じゃきついだろ。私も手伝う」
「いえ、それに蓮見さんにはお仕事もあるでしょう」
「あのね君、これが立派なお仕事なんだよ」
小野夏希はあとで合流するだろうと考えていた荻原治の軍手とハサミを貸してくれた。そうか、彼も委員ではないからここで清掃活動ができるわけだ。彼としては彼女に言われたから仕方なくと言ったところだろうけど。
「後輩の委員会の子が気にしていたんです。ここは日頃からゴミの多い場所ですから」
危険なのにこんなことを一人でやる理由は、後輩の頼みだったらしい。世話好きなのも限度ってものを知らないといけない。まあ、彼女なら大丈夫か。細心の注意は払えるだろうし、心配はない。
「蓮見さん、そういえばお聞きしたいことがあるんです」
黙って作業するのも寂しいから、何でも答えるよと返す。
「蓮見さんはどうして高校の時、探偵みたいなことをしてたんですか」
「ああ、父の影響さ。兄の影響もあるだろうね。我が家の男性は正義感が強い。あの人たちに何らかの形で近づきたかったんだろうね。分かりやすい性格だよ、可愛らしい」
どうして土手の草むらに車のラジエーターなんてものが捨てられてるんだか。これは一体どうすべきだろうか。そもそも、これって何ゴミなんだ。燃えるのか、いや燃やしちゃダメな気がする。
「なるほど。蓮見家の血ですか。では、蓮見さんも将来警察に入るんですか」
「いや無理だろうね。私自身、ああいった組織には向かない人間だよ。それに私は父や兄は尊敬しているけど、警察はそこまで好きじゃない。それに二人が反対するに決まっているさ」
私が警察になることなど兄と父は望んでいない。父なんて烈火のごとく反対するだろう。だから私も諦めている。そもそもあの組織にそこまで魅力は感じない。私は今回の件までは、小さな個人レベルのトラブルを解決していただけで、組織力なんていらなかった。
今回の事件も終われば、また個人レベルに落ち着こうと決めている。
「まあミニスカポリスになって街を歩きたいけどね。きっとファンが増えすぎておっつかなくなるからやめておこう」
ここで高校時代にコスプレマニアの知り合いから借りたミニスカポリスの格好をして、仕事帰りの父を出迎えたことがあるという笑い話をした。父は玄関で卒倒しそうになって、それを見て母とともに大笑いしたものだ。その後、私史上最長の説教を受けたわけだけど。
そんな私の話を小野夏希は笑って聞いていた。茶色く汚れた軍手をしているので、口元を押さえることもできないので口を開けて、肩を揺らしてながら。
その後、しばらくは彼女と私、交互に面白話をしていった。単純作業をしている間は、やはりこういうのをしておかないとつまらない。そして一通り話し終えた後、彼女の方が急に切り出してきた。
「私は信じてませんよ」
それが何のことなのかはすぐ察した。彼女はあの噂のことを言っている。私が真犯人であるという、あの噂の。
「そもそも私は噂なんて物を信じるのは嫌いなんです」
「けど、あの噂はスジが通っているとは思わないかい」
「通っていません。蓮見さんが犯人なら、あることが欠落しています。それは蓮見さんの事件の介入方法です。あなたは確か鴻池さんの紹介で、安藤さんに会いに行きそこで事件を確信した。もしあなたが犯人だとすると、鴻池さんは犯人に相談しに行ったことになります。おわかりでしょう、そんな偶然がありえるんですか」
お見事、流石ですと拍手したくなったので、実際にやってみたが軍手をしていたので鈍った音しかでなくて、仕方ないので、パチパチという効果音を口で補っておいた。
「そういうことだよ。私は犯人じゃない。信じてくれるならありがたいかぎりだよ」
「落ち着いていますね。さては、予想していましたか」
そこまで当てられると拍手したくなくなる。
「私が喧嘩を売ったからね。何らかの形で仕返しがくるのは予想していたさ」
それが猫のバラバラ死体だったり、内部分裂を狙った噂だったとかは予想していなかったが私に何らかの形で害があるものだというだけは分かっていた。
ここで私のイタズラ心に火がついた。これは少し遊んでみようか。
「けど小野君、その偶然を否定することはできないんじゃないかな」
彼女はそれでもまた首を振る。
「それは否定できないかもしれません。けど、他にもおかしなところがあります。小林先輩の事件の時、蓮見さんにはアリバイがありません。確かにそれは怪しい。けど、本来なら真っ先に疑われるはずの人間が、ましてやそれを予想できたはずの蓮見さんが、何の対策もとっていなかったというのもおかしいです」
だんだんと面白くなってきた。やっぱり彼女はすばらしい。
「本当に殺したから、対策もできなかったというのはどうかな」
「じゃあどうして、蓮見さんは治を無実だと断言したんですか。犯人ならそんなことはしないはずです」
「濡れ衣を着せようとしたけど失敗してしまった、とかは」
「ないですね。治の無実を証明したのは蓮見さんです。彼を追いつめたのはあなたです。もし濡れ衣を着せたいならそんなことをする必要はありません。それどころかそれを警察に言って、疑いを深めるようにできたはずです」
「他に疑いをかけられる人物ができたとかはどうかな」
「そんな計画性のない人が警察を騙し通せるとは思いません。それと他に疑いをかける人物ができたとしても、それだからといって治の無実には結びつきません。彼を第一の容疑者、そして彼がダメなら次の人物としていけばいいだけです」
ここで彼女はほっと一息を吐いた後、結構険しい目つきで私を捕らえてきた。ちょっとからかい過ぎたかもしれない。
「遊んでいますか」
彼女が将来母親になったら、きっと叱るとき怒鳴りちらすタイプにはならないだろう。静かに諭す様に、それでいて絶対に逃がしてはくれない空気を醸し出してくる。
「君と話していると楽しいからね。すばらしかったよ」
仁志の様に感情にまかせて否定するんじゃなくて、情報を整理しておかしい部分を指摘していく。これが出来る人が意外と少ない。ただ彼女はそれを苦もなくやってのけた。私が彼女と同じ年齢だったころ、こんな落ち着いたことができてただろうか。
「無実の人を無実だと証明するのはさほど難しくありません。逆は違いますけど」
そんなことはない。両方とも難しい。
その後、私たちは事件について話しをしながら、掃除をした。彼女はよほど綺麗好きなのか、なかなか切り上げようとしない。こんな土手の清掃、終わりがないから早くやめないかと促しても、後少しと言ってきかない。
ようやく彼女が満足した頃には、夕日がもう四分の三を地平線に隠していた。
そろそろ、大きく動き出しましょう。




