逆転
翌日、ある噂が校内を駆けめぐる。
彼女にまたほほえみかける。彼女の瞳に徐々に希望が生まれていった。
「信じて、くれるんですか」
まさかすぐに信じてくれるとは思っていなかっただろう、有華ちゃんが言葉に詰まっている。
「うん。だって、おかしいじゃないか。君が"cube"なら今現在、隠す理由はない。隠したら殺される、あるいは私に警察に渡される。なら『主』なのかと言われれば、じゃあどうして私を殺さないのかという話しになる。ここなら私を殺すのに申し分ない。目撃者もいないし、うまくいけば自殺で処理できるかもね」
ここは屋上。確かにここで小林陸は殺された。撲殺で見るかに他殺だったが今になって思うと何で犯人はここで転落死させなかったんだろうか。それなら運が良ければ自殺で片付けられたかも知れない。それはないと否定は出来ないだろう。そしてそれ位は頭が回っていたはずだ。
なのに『主』はここで彼を殺し、証拠に『箱』を置いていった。まるでそうしないといけないと言うように。
「……そんな、私が殺すかもしれないと思って、ここで話しを?」
「君が襲ってきたくらいじゃ、殺されないよ。こう見えても護身術や逮捕術は身につけているんだ。それにそれだけじゃなく、ここなら"cube"の末路がどういうものか身にしみて嘘なんて吐けないだろうと思った」
死者への冒瀆になるのなら私にはきっと天罰が下るだろう。ここで小林陸の死を利用したんだから、文句など言えない。けどそうでもしないといけないと思った。
「それにドラマチックだろ」
ウィンクして同調を求めたのに、彼女は首を小さく左右に振った。
「ベタ過ぎますね」
泣きはらした目を細めてそう笑う。分かってない、それがいいんじゃないか。シンプル・イズ・ベストだよ。
しばらく二人して笑った。何がそんなにおかしかったか分からなかったけど、無性に笑いたくなってしまい、堪えるのもバカらしいので私は声をあげて、有華ちゃんは口元を抑えて乙女らしく。多分、あの真剣な空気がぶち壊しになったから。
笑いが収まると有華ちゃんがあることに疑念を抱き始めた。
「それにしても……どうしてそんな噂が今更流れているんでしょうか。それって結構前のですよ」
「ひぃ君が詳しく調べたからというのもあるんだろうけど……やっぱり、きたね」
「えっ」
「もしも『主』が麻由美君ならこの状況でも復讐を果たす。そのためにはもう一気に二人殺す方が良い。けどそれをするには警察に私という存在が目障りだ。今までみたいにいかないかもしれないからね。警察の動きを封じることは出来ないから、私を封じようとする。さて問題です、君ならどうする?」
有華ちゃんはそんなの分かりませんよと嘆きながらも、頭を回転させ始める。答えは実は今のこの状況。そして彼女はすぐにそれに思い当たり、ああと短い息を吐いた。
「仲間割れ、ですか」
「ザッツライトってやつだね」
英語の発音に関してはやろうと思えば出来る、やろうと思えば、だ。私は思わない。
「ここで私たちが内部分裂してくれてる間に犯行に及びたいんだろうね。だから、昔の噂なんて蒸し返していった。多分、彼女はまだこの近くにいるね。そうじゃないとこんな芸当は出来ないから」
「じゃあ……」
「うん。――もう、終わりは近いよ」
それはハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか、はたまたトゥルーエンドなのか。それは分からない。ただ事態はいつも最悪なので、バッドエンドなんだろう。そもそもこれだけ死者や傷ついている人間が出ている状況でハッピーエンドなんてなりえない。
「さてそろそろ、帰ろうか」
立ち上がって有華ちゃんの手を取って、引っ張って立たせた。その後、二人で帰路につくことになり彼女は生徒用の下駄箱へ、私は来客用の下駄箱へ向かった。方向が逆だったので校門前で待ち合わせをして。
有華ちゃんと分かれてから、ポケットに入れていた携帯を取り出して、そして覚えていた番号を押していく。しばらくコール音を聞いた後、彼女は電話に出てくれた。
「ハロー、ハニー」
そんな陽気な挨拶に対して返ってきたのは、寂しくなるほどの冷たい声だった。
「どうなってんだよっ!」
日頃から言葉遣いは乱暴な仁志だが、彼が声を荒らげて感情をむき出しにするのは実を言うと珍しい。昔は泣き出すことで怒りを表すことが多かったが、今日は生徒指導室の机を力一杯蹴飛ばして、それをひっくり返した。
机が倒れる音が響く中、仁志の激怒の様子を耳をふさいで見ている私と、教室の隅の方でふるえながら目を閉じて耳をふさいだ有華ちゃんが、彼の怒りが収まるのを待つ。
「いい加減、落ち着きなさい。乱暴は良くないって昔教えたろう、ひぃ君」
蹴飛ばした机をさらに踏みつけて、未だに収まらない怒りを持て余している仁志を収めようと試みる。
「机には罪はない。それが犯人だと思うなら、そうし続けてくれてもいいけどね」
そう諭す私に仁志はにらみをきかせた。
「あんたは悔しくないのかよっ、あんたのことじゃねぇかっ!」
「いい加減、あんたと呼ぶのはやめてほしいね。お姉ちゃんって呼んでくれ」
馬鹿馬鹿しい対応に仁志がまた怒って、机をさらに蹴飛ばす。天板を床につけて逆さまになった机が、擦れる音を立てながら壁にぶつかって、多分隣の教室まで響くような大きな音をたてた。それに有華ちゃんが小さく悲鳴を上げる。
はあと深くため息を吐く。全く、ちょっとは落ち着かないといけない。ここで感情を爆発させて得する人がいるのか。ああ、一人いた。けど彼女を喜ばせたらだめだろう。
そもそも仁志がどうしてこんな激怒しているのかというと、ある噂が今日になって彼や有華ちゃんのもとに届いたからだ。一体どんな噂だろうかと聞いてみると、何でも事件の真犯人についてのことだった。麻由美君の情報が漏れたのかと思っていると、なんと噂では別の人間が真犯人に指名されていた。
その人物というのが……私だった。
「まあ、案外スジは通った話しなんだよね」
困ったことにと付け加える。けど考えてみてほしい。小林陸が殺されたとき、確かに休み時間を挟んでいたとはいえ、生徒たちには授業というアリバイがある。もちろんその裏をかいたのが麻由美ちゃんであるが、私に至っても実を言うとアリバイはない。だって、あの時私は生徒会室で仕事をしていて、その後は眠ってしまっていた。一人でだ。
これは確かに疑われる。
「犯人だから別の人間を犯人に仕立てようとしているというのは、なかなか面白い推理だよ」
「誉めてる場合かよっ」
実際、説得力がある話しじゃないか。少し前に読んだ推理小説では本当にそれが真相だった。
「言っちゃ悪いが端から見たら確かに私は怪しいだろう。特に理由もなくここに入り込んで、警察の内部事情に通じている。それでいて犯人に喧嘩をふっかけたりしているけど、殺されはしていない。そのくせ被害者は出てる。私が犯人だからと言う結論は、これらの問題をすべて解決さすよ」
殺人鬼がいるかもしれない高校へ恐れを知らず入り込んでいるのは殺されないと知っているから。警察が未だに犯人を捕まえられてないのは、内部の事情が漏れているから。恨まれているはずの私が生きてるのは、犯人は恨んでいないから。私がいるのに小林陸が殺されたのは、私がいたから殺されたと考えてみる。
導かれる回答は真犯人イコール蓮見レイというものだ。
「ああっ、だからそれはおかしいだろっ! あんたが犯人なら逆にそんな目立つことばっかりするかよっ」
ここら辺を分かってくれるのはありがたい。
「だよね。私ならもっと静かにやるね。こんな騒ぎにしない」
「あんたが人殺しなんかするかよっ!」
怒りをぶつけるものが無くなったので、彼はその場で思いっきり足をあげて、力一杯踏みおろした。地団駄を踏むという慣用句の実写版だ。
けどここまで必死に否定してくれるのも、私が真犯人だと疑われてここまで怒ってくれるのも嬉しい。やはり人付き合いというのは大切だね。特に私にとって仁志との関係は、ちょっと特別だ。彼以上にかわいい後輩はいない。
「まあ、有華ちゃんはこれがどういうことか分かるよね」
教室の隅で怯えて小さくなってしまっている有華ちゃんに問いかけると、彼女は三日前の屋上での会話をちゃんと覚えていてこくんと頷いて答えてくれた。
「やっぱり、内部分裂ですか」
「だろうね。でもってこれは直接私への挑戦であり、捜査妨害さ」
これでこの学校で私は監視対象になる。私が荻原治をそうしたのと同じ手段で、私の動きを封じてきた。
「参ったね」
両手をあげて降参してみせると、そんな私の様子が気に食わなかったのか仁志がまた声をあげた。
「悔しくないのかよっ! あんたが犯人だって――」
仁志がそれ以上言葉を続けられなかったのは、私の目を見てしまったから。今まで、もうかれこれ七年以上の長い付き合いになるのに、恐らく彼は私が怖かったんだと思う。生まれて以来これほど目を鋭くしたことはなかったことはなかった。私が怒りで尖らせた目を見つめた彼は、それ以上の言葉は出さなかった。
「落ち着きなさい。ここでもめるのは得策じゃないんだよ。分かるかい」
「……分かった」
叱られた子供みたいにしょぼくれてしまった。どんな形であれ怒りを収めてくれて良かったと思う。
「まあ、流れてしまった噂はどうすることも出来ない。とにかく今は"cube"の特定と、保護だね。私は小野君にでも会ってくるよ。まだいるのかな」
今は放課後でもしかすると小野夏希はもう恋人と帰ってしまったかもしれない。そう危惧したけど、有華ちゃんが首を左右に振った。
「さっき見ましたけど。清掃道具持って、校門前にいました」
美化委員のお手伝いかと考えたけど、よく考えれば今は部活動だけじゃなく委員会活動も中止されているはずだ。
「荻原君はいたかい」
「えっ。いや、見てませんけど」
何か嫌な予感がする。というか、荻原治、協定はどうしたんだ。
「様子を見てこよう。二人とも、出来るなら私の噂の発信源を特定してくれ。もしかしたらの可能性もある」
私の指令に二人は頷いてくれた。小野夏希が一人でいるというのが怖いので小走りで部屋を出ようとしたが、扉の前で立ち止まって振り返り、仁志の名前を呼んで彼の顔を指さし、お姉さん口調で言う。
「部屋の片づけをしておきなさい」
蓮見「終わりは近い」
夢見「せやろか」




