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約束

大きく事態が動き出した中、櫻井が蓮見のもとにある情報を届ける。



「君の容疑は晴れた。疑いをかけて、すまなかった」

 椅子に座ったままだが、私は深々と精一杯の気持ちを込めて頭を下げた。目の前には立ったままの小野夏希と荻原治のカップルが、どこか気まずそうな表情をしている。昼休み、わざわざ進路相談室まで来てもらった。

「蓮見さん、もう結構です」

 許しを出してくれたのは小野夏希の方だったが、私は頭を上げた。

「約束だからね。荻原君、許してくれたかい」

「約束もなにもそれはあんたと夏希さんの間のものだろ。俺は疑いが晴れりゃ、謝ってもらわなくてもよかったんだよ」

 彼はどこか困り果てていた。あまり謝られるというシチュエーションに慣れていないんだろう。

「そうか。それは助かる」

 三人殺した殺人鬼だと思われたのだから、もっと怒ってもいいと思うが彼はそういうことは気にしてないらしい。目立たないだろうが、彼の長所を見つけた。

「ところで蓮見さん、治の疑いが晴れたということは、やっぱり」

 彼女のこういう機知頓才のところはやっぱりすばらしい。

「ああ、別の容疑者が昨日になって出てきた。そして、ほぼ間違いなくその人物が犯人だろうと警察も決めた」

「警察もということは、蓮見さんも」

「私が一番強く確信している」

 わざと麻由美ちゃんの名前は出さなかった。警察は今、全力をあげて彼女を捜しているらしい。ただ彼女はまだ一六歳。うかつに聞いて回ることもできない。もちろん、指名手配なんてできるはずもない。

 私があまり多くを語らないことから、彼女はそれ以上の深入りはしてこなかった。彼女にならい、彼も知りたそうな表情をしていたが、口は閉ざしたままにしてくれた。

「あのね、今日君らを呼んだのは他でもない、頼みごとがあるからなんだ」

 もちろん謝罪という目的が一番だったが、ある意味今後それ以上に重要になってくる時案がある。

「容疑者は特定できた。しかし、見つかってないところをみると逃げまわっているんだろう。警察が自分の正体をつきとめたことも感づいているはずだ。そうなると、今後の行動が読めない。もしかしたら正気を失って暴走するかもしれない。そうなると生き残った"cube"の安全はどこにもない。小野君、なにが言いたいかわかるよね」

 私の長々とした説明を彼女はじっと少しも動かず聞いていた。その目はまっすぐ私とぶつかる。お互いの瞳の奥にある真意を探ろうとするが、少なくとも私の方は彼女の心の内はわからない。

「私が"cube"なら、早く白状しろと言いたいんですね」

「ああ。もうゆっくりなんてしていられない」

 今までだってゆっくりなんてしているつもりはなかった。ただ、今までは『主』も警察や私に正体を知られることをおそれて大胆な行動は控えるだろうと考えていたから、小野夏希の監視という保護方法ですましていた。警察が近くにいると、殺されないだろうとふんでいた。

 けど正体が知られたなら、もう失うものがない麻由美ちゃんがどう行動するかはよめなくなる。事態はいつも最悪だ。下手をすると見たこともない最悪が起こるかもしれない。

 だからここで白状してくれると助かったが、彼女はやはり首を横に振る。

「申し訳ございませんけど、うなずけません。私は"cube”じゃありません。その心配は今も身を潜めている本物の"cube"にしてあげてください」

 ここに嘘発見機があればどれだけ楽だろう。あれは法的証拠にはならないらしいが、とにかく今は彼女の言葉の真偽だけが知りたい。それだけでいい。

 ただ彼女の目を見ていると自分の抱いている疑いを、疑ってしまう。私が彼女を最初疑ったのは彼女が荻原治の恋人だったから。そして次はこの頭の良さなら十分に"cube"になりえる、いや下手をすると『主』である可能性さえあったから。

 けど今は違う。ここまでして否定する彼女を信じたくなってきた。それは小林陸のときと同じ感情。彼も嘘をついているとは思いたくなかった。けど、結果はあれだから何とも言えない。

「これは水掛け論だね。だからこそ、荻原君に頼みたい」

「はっ?」

 急に声をかけたれた荻原治が素っ頓狂な声を出す。鳩が豆鉄砲でもくらったかのような顔をしていた。

「彼女を信じたい。ただ可能性としてある以上、無視もできないんだ。だから彼女のことを守ってやってほしい。できる限り、彼女のそばを離れないでほしい」

 本来、これは警察がやることで高校生の彼に頼むことではない。それでもこうするのは警察が犯人を見つけたことにより、保護にあたっていた人員がさかれたことにある。手薄になってしまった。警察としては保護を続けるより、犯行を重ねる人間を止めた方がいいと決断したんだろう。

 だからといって襲われる可能性のある小野夏希の警備を無くすか。荻原治の容疑が晴れた途端に。ちょっとは最悪も想定すべきだ。

「私もする。協力者もそうしてくれると約束してくれた。ただどうなるかはわからない。荻原君、君が頼りだ」

「あのなぁ」

 彼はそこで言葉を切ると、一歩踏み出して顔を一気に近づけてきた。威嚇するかのような表情をしている。

「言われなくても自分でやる。頼まれるまでもねぇっての」

 ついほほえんでしまいそうになるのを何とか堪えてみせる。私が一番ほしい答えがすぐにでてくれて、それを聞けて安心した。

「余計なお世話だったら謝るよ。じゃあ、握手でもしよう。協定の証だ」

 右手をすっと差し出すと彼は許可を求めるように隣の少女へ視線を向けた。彼女は好きしなさいと言わんばかりに、なにもしないで目をそらした。彼はその反応をOKと受け取ったらしく、右手を握ってくる。

「お互い、がんばろう」

「裏切るなよ。俺もだけど。失敗したらぶっ殺すぞ」

「それは嫌だね。最愛の人から死ぬなって命令を、もう受けているんだ」

 そんな乱暴な挨拶で小野夏希防衛網協定が制定された。とうの本人はもう何も言わず、私たちの握手の様子をどこか遠い目で見ていた。あまり長く握手をしていると彼女が妬くかもしれないので、早々に放す。

「さて、お話は以上だよ。時間をとらせて悪かったね」

 お昼休みの大半を奪ってしまったのに、彼らは気にもしてないようだった。荻原治はすぐに部屋から出ていき、その後ろに小野夏希がひっついていく。彼が何もせず部屋をでたのと対照的に、彼女の方は失礼しますと頭をさげた。

「小野君、私は君を疑っている。けど同時に信用したいとも思っている」

 彼女は背を向けたままこちらを見ない。かまわず続ける。

「少し残念に思うことがあってね。君がもう一年早く生まれてきてくれていればよかったのにって」

「それはなぜですか」

「私は在学中、色々と頼みごとが多くて忙しい日々を送っていたんだよ。その間、可愛らしい助手はできたけども後継者はできなかった。それが惜しいなって思っていたんだ。君が一年早く生まれていれば、私の在学中に会えた。君なら申し分ない」

 高校生の悩み事なんてたかがしれていると思われたら嫌だ。私の在学中、確かに多くの依頼はどうでもいいものだったが、それは私からすればどうでもいいものであって相談しにくる彼らにとっては、とんでもなく重大な事案だった。それだけではなく、私からしてもとんでもないことだって思えることもあった。

 私の卒業後、この学校には同じような悩みを抱えた一年生が入れ違いで入学した。彼らの悩みを解消する存在を残してやれればなとは、在学中から考えていた。

「……私には荷が重いです。蓮見さんだからこそできたことでしょう」

「そうでもないよ。君は世話好きみたいだし、向いている。私も困っている人を無視できないように教育されてね。そういう性格なら誰だってできたと思うんだ」

 実際、私は確かに知恵が回った方かもしれないがそれは色々と経験したことでついたスキルであって、最初から備わっていた才能ではない。それに比べて彼女は明らかにそういう才能を持っているように見えた。ならば私より彼女の方が向いている。

 ようやく彼女が振り向く。

「どうしてまた、そんなことを言い出すんですか」

「最近知ったことだけどこの高校に一人、心に傷を負った子が入学していた。そしてその子はその傷を抱えたまま、今もどこかを彷徨っている。彼女自身、彷徨っているつもりなんかないんだろうね。ちゃんと自分の決めた道を進んだつもりなんだと思う」

 ただその道には終わりがない。そして平坦でもない。曲がりくねって、デコボコがある。そして道中、いくつもの障壁が存在していてそれを乗り越えるたび、彼女は自らの手を汚していく。彼女自身、自分の道を進んでいるつもり。けどそれは道じゃない。どこにも出口のない迷路。終わりも価値もない、単なる自己満足。

 足下に残るのは多くの屍だけ。

「そういう子がさ、相談できる人が学校には一人くらいいてもいいと思うんだ」

 請け負った相談の中にはそういう傷を負った子が持ち込んだものもあった。全て丸く解決できたわけじゃなかったけど、彼らの中にはその傷が軽減されたと言ってくれた子もいた。

「海野先生とかならもっと適任なんだろうね。あの人は全てを生徒に捧げている。けど、生徒が教師に相談するって中々出来ないだろう。やっぱり年代が同じ者同士でしか通じ合えないものってあるじゃないか」

 別に本当に在学中、後継者が欲しいと願ったわけじゃない。ただこんなことになるなら、いてくれた方がよかったと後悔している。今更というのは重々承知しているが、それでもこうしてこんなことを語ってしまう。

 彼女はしばらく扉の前で立ちすくみ、天井の方を見上げて何かを黙って考えていた。思考する時の癖で、やはり口元が小さく動いている。そんな彼女の名前が廊下の方から呼ばれる。夏希さん、何してんだよ、と。そういえば彼は待ちぼうけだった。

「引き留めて悪かったね。気にしないで行ってくれ」

「……もし、この事件が無事に解決したら」

 手を振って見送ろうとしたのに彼女の言葉で動作を止めてしまう。彼女は天上を見つめていた視線をゆっくりと下ろしていき、私に焦点が合うと口元を緩ませ、微笑して見せた。

「色々と教えて下さいね」

 それ以上は何も言わず、廊下へ出て去っていった。想定外の返事に呆気にとられていたが、しばらくすると自然と口元からはははという笑い声が漏れていた。そうか、それはいい。本当にそうしてくれるんなら、最高じゃないか。

 何か急によく分からないやる気が出てきた。沈んでいた気持ちが、浮上していく。その証に自然とタバコに手が伸びていて、一本くわえた。それに火を点けようとライターを取り出そうとポケットに手を突っ込んだところ、さっき小野夏希が静かに出ていったドアから駆け込んでくる人影が現れた。

「どうしんだい、ひぃ君。そんなに慌てて」

 入って来た仁志はいつも着崩している制服がさらに崩れていた。多分、走ったせいで乱れたのにそれを一切直さずに走り続けたんだろう。服装にはもうちょっと気をつけるべきだと思うのだけど。

「さっきまで女子と昼飯食ってたんだ……」

 そういえば仁志は今日も二年生の女の子と食事をすると言っていた。

「小野夏希の話でも聞こうかと思ったんだよ。けど、変な噂を耳にした」

「変な噂?」

 オウム返しする私にこくんと頷くと、彼は意を決したように口を開く。

「"cube"じゃないかって噂の女子が一人いる」

 仁志や有華ちゃんにはその件でもまだ調査してもらっていた。私が小野夏希に張り付いている間、彼らには彼女が本当にそうじゃなかった場合のことを想定してもらっておいたんだ。

「……誰だい」

「鴻池だ」

 一瞬、仁志が誰のことを言っているのか分からなかった。ただそれは聞き覚えのある名字で、一体どこで聞いたんだろうなんて考えた瞬間に、ある少女の顔が浮かんだ。それはここ最近、誰よりも身近な少女の顔。

 衝撃を受ける私に仁志がフルネームで再度告げる。

「鴻池有華が"cube"じゃないかって噂がある」

 口元に力が入らなくなったせいで、タバコが落ちてしまうと、質量の少ないそれはまるで存在しませんでしたというように、音も立てず床につき転がった。

さて……。

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