昼食
容疑者の二人と話すことに成功する。
私もおなかが空いたので、食堂に向かっているときに仁志と遭遇した。彼は昼食の菓子パンを二個と紙パックの牛乳を抱えて、階段を上ってきた。
「おや、ひぃ君、どこかにピクニックでも行くのかい。今日は天気もいいしね、確かに外で食べたら気持ちいいだろうね。私も行きたい」
「あんたにピクニックなんて似合わねぇよ、この呑んだくれ」
これでも今は禁酒しているというのに、そんなことを言われるなんて。
「ひどいことを言うね。けど教えてあげよう。呑んだ暮れっていうのは誉め言葉だよ」
あとついでにいうなら愛煙家、ヘビースモーカー、アルコール中毒なども全て私にいわせれば誉め言葉だ。恋人であるニコチンとアルコールをそこまで愛せるなんて、誇らしいじゃないか。そこらのロマンス映画に出てくるカップルよりも深く愛し合ってる私たちには似つかわしい。
仁志はそれを全く理解せず、バカと罵ってきた。何を言うか。
「俺は今から二年の女子たちと食事だよ。小野夏希について情報収集したときに教えてくれた子たちでさ、一緒に食事するって約束なんだよ」
「あらモテモテじゃないか。まあ私という存在を忘れずにね」
仁志は普通にしていたらモテるとは思う。小学生の頃の彼じゃ考えられないことだが、今は普通に女の子とも話せる。ルックスも悪くないし、生徒会長としてもがんばっている。彼女がいないのが、周りからしたら不思議だろう。
「ふざけんなよ。話すだけだ」
仁志は誰にも話してないが、すでに恋人はいる。残念なことに私ではない。時々、私もその彼女と会って食事をする。この事件が起きるまで仁志の近況報告は全て彼女から聞いていた。近所に住んでるのに、彼は私を避けて会えない場合が多いからね。
「そうかい。安心しなよ、浮気は黙っておいてあげるから」
あっかんべえをしてくる仁志に手を振って別れて、食堂へ向かった。込み合っている売店からサンドウィッチとゼリーを二つ買って、食堂の外にあった自販機で缶コーヒーを買い、気分が向いたので中庭に向かった。
この学校の中庭は植物園みたいな状態になっている。なんでも創設者が緑が好きで、中庭をとにかく豪華に作ったらしい。嘘か本当か分からないが、少なくとも今もその緑を維持するために結構な維持費を毎年払っているそうだ。
ただそんな緑の中で食事をとったり、遊んだりおしゃべりをする生徒は少ない。どうしてか、ここはいわゆるデートスポットだからだ。ここに居座るのはたいていカップルだ。一組のカップルがいたら、もう入れない。
そして今日もその緑の中にある三つ並んだ白いベンチの真ん中に一組のカップルが座っていた。これは予想外の収穫だ。ある意味運命かもしれない。
「あら、お客さんですね」
そう声をあげたのは彼女、小野夏希の方だった。私の方を見て、こんにちはと頭を下げる。そして彼女の言葉で初めて私の存在に気がついた彼氏、荻原治が不快感たっぷりの視線を送ってくる。
「お邪魔するよ、お二人さん」
彼らの右側のベンチに腰を下ろした。丁度いい、ちょっと話を聞かせてもらおうか。
もちろん、素直に答えてくれるなら。
「約束が違うじゃねぇかよ」
私の来訪、つまりはデートの妨害に荻原治は当たり前だが猛抗議をしだした。ベンチから立ち上がって、声を荒らげる。
「あんたは夏希さんには近づかないって言っただろうがっ」
ただこの抗議は彼が正しい。確かに私は彼とそう約束したのだから。
「私はここに食事をしにきただけさ。ほら、天気がいいからね」
事実、今日は暑くもなく寒くもないくせに、太陽はさんさんと輝いていて、こんな日にひなたぼっこをしたら最高だろう。ただそれを彼は分からないようだ。
「そんなことどうだっていいだよ。約束はどうしたって言ってんだ」
素直に破りましたと答えたら、もっと怒るだろうな。でもここで会ったのは偶然なので、どう言っていいものか。たまたま会いましたって言っても信じてもらえると思えない。
「治、その話なんですけど」
小野夏希は彼が怒ってることなど気に介さず、落ち着いた声を放った。
「実はあの約束は無意味なんです」
彼女の言葉で止まった荻原治を端に、小野夏希は淡々とあの約束がどういうふうに無意味なのか、ゆっくりと説明していった。そしてそれが終わると、一息吐いて彼を見る。
「分かりましたか」
なんか先生と生徒みたいだな。
「じゃあ何だよ。こいつはそれを分かってって俺とあの約束をしたのかよ」
「そうです。まさか本当に何もしないと思ったんですか」
思ったんだろうね。いや、むしろ思ってもらわないと困ったことになってた。
「一応言っておくけどね、約束は守るつもりでいたよ。今日は本当にたまたまなんだから。あれだよ、よく言うだろう、運命の赤い糸ってやつだね」
有華ちゃんでもいたら笑ってくれただろうに、この二人はくすりともしない。人がせっかくロマンチックなことを言ってるわけだから、もうちょっと何かリアクションというものをしてみせてほしい。
「ふざけんなよ。じゃあ帰れよ」
「帰るもなにも、私は今から食事さ」
そう言って手に持っていたサンドウィッチを掲げて見せた。
「別の場所で食えって言ってんだよ」
「嫌だね。今日はここで食べたい気分なんだよ。分かるかな」
分かってもらう必要はない。だって、何があろうとここで食べるから。
荻原治はどうあっても私が動かないことを察したのか、座っていた小野夏希の腕をつかんで、立つように勧めた。
「別のとこ行こうぜ」
相手が動かないなら、こっちが動くまでだというわけか。なるほど、正しい判断。
ただ、彼氏の方とは対照的で小野夏希はいたって落ち着いていて、ベンチから立つ気配はない。どうやら彼女は私がここにいることを承認してくれるらしい。ありがたいかぎりだね。
「蓮見さん、何かお話があるんですよね」
「うぅん、どうだろうか。何度も言うようだけど今日は本当に偶然だから。何かお話があるかと言われれば、ないね。ただ君らから聞きたい話しならいくつかある」
私の返答に小野夏希はこくんと小さく頷いた。そして自身の腕をつかんでいた荻原治の手をそっと引き離す。驚くほど力を入れてないように見えた。
「いいじゃないですか。話しをしましょう」
私の提案をのんだ彼女を、荻原治は不満げに見つめる。しかし、その視線に返ってくるのは、ただただ穏やかでどこか優しげな彼女のほほえみだった。
「私たちの無罪を証明するチャンスですよ」
完全に納得してはいないようだったが、彼は腕を組んでベンチに座りなおした。どうやら彼女にはあまり逆らえないそうだ。なるほど、飼い慣らしてるって噂は過激表現ではなかったわけだ。
「お話を始める前に状況をまとめます。蓮見さんは現在、この学校で起きている連続殺人の犯人を追っている。そしてその犯人は"cube"を狙っていて、治はその犯人の容疑が、私には"cube"の疑いがかけられている。これでいいですか」
彼女のまとめに私が頷くと、さっそく荻原治が舌打ちとともに反論を始める。
「ありえねぇだろ。なんで俺が誰かもしらねぇ奴らを殺さないといけないんだよ。ふざけんな」
ふざけてるわけがない。みんなして大まじめだ。
「今現在、犯人は快楽殺人者じゃないかとみられてるんだ。だから、動機はあまり重要視されていない」
もちろん、これには疑いが残る。しかし現段階でこれ以上の推理の発展はできない。動機を聞いた二人は、やはり釈然としていなかった。これで納得なんてできるわけないか。
「それは、少しおかしくないですか。快楽殺人者なら、そんな容疑者がしぼられる人間ばかり殺すとは思えません」
小野夏希の指摘は私がずっと不思議に思っていることだった。
「それは分かっている。だからこそみんな頭を抱えているわけだよ」
サンドウィッチを頬張る。ここの食堂のサンドウィッチの卵サンドにはホテルのシェフもびっくりするだろうくらいにおいしい。私も何度か家で同じ味を作ろうかと思って挑戦してみたが、未だにできない。
「じゃあ、何だよ。何の根拠もないのに疑っているのかよ」
荻原治がバカにしたように鼻で笑ってくる。
「君らを疑う根拠はある。どういう理由かは私からは説明できないが、小野君は分かってるよね」
彼女は私とのファーストコンタクトの時、自分がどうして疑われているのかを推理してみせた。そして今はなくなった荻原治の写真も見てるので、彼が疑われてる理由も予想はついているだろう。
彼女ははいと返事をして、荻原治を見た。
「無根拠というわけじゃない。それは私が保証します」
彼女の言葉は絶対のようで、荻原はそれで黙った。すごい。
「君らが犯人じゃない、"cube"じゃないという主張はちゃんと聞いてる。別に君らだけを疑ってるわけじゃない。可能性の一つで、君らはその数字が少し大きい」
警察が他の生徒も"cube"じゃないかとマークしてるのは分かってる。現在、有力な『主』候補は荻原治以外いないのであまりそっちには力は入れれていないだろうが。
「つまりは、警察は私たち以外もちゃんと調査している。私たちは可能性の一つに過ぎない。ただ、蓮見さんから見れば私たちは無視できないほど、大きな可能性なんですね」
「私という人間は一人だ。そりゃ頼もしい協力者もいるけど、それでもできることなんて限られてる。だから、私としてターゲットを君らに絞ってる。ただそれだけだよ。それこそ"cube"みたいに組織だったらよかったのにね」
"cube"みたいに組織だったら、そりゃあ楽だったろうな。私たちは今、三人調査している。それが倍になるわけだから、考えただけでうらやましい。ただ、"cube"みたいな組織は嫌だ。いやそもそもあの組織は組織力はないから、調査向きではないか。
「君らが無実だって証拠が出れば、私だって約束通り謝って、すぐ消えるさ。ただ今、それは出来ない」
「なんでだよ。ちゃんと聞いてるぞ。昨日、あんたの部屋、襲われたらしいじゃねぇかよ。俺も夏希さんもアリバイがある。これで無実だろうが」
荻原治の主張はもちろん、警察や私だって考慮した。そういえばあのトンカチからは意外なことに拭き取った後が検出されたらしい。なんとかDNAも取れるかもしれないと父が言っていた。後は科捜研の仕事だそうだ。検討を祈る。
しかし、手袋痕ではなく拭き取った痕跡が残っていたということは、素手で持っていたということだ。全く、どこまで挑発出来だな。そこまで余裕をかまされると、鼻っ柱をへし折りたくなる。
「荻原君、君、今この場で共犯者がいないと証明できるかい」
消去法は欠陥品です。
消去できるものと、できないものがあります。
あれは結論を出すものでなく、過程を選ぶための思考法。




