覚悟
海野との雑談の途中、あることを問われる。
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「婆さんにあんな広い心があったなんて、こりゃ世紀の大発見だよ。私は腰を抜かしそうになった。学会で発表してもいいね」
熱弁する私の隣に座っているのは、あいかわらず無口な海野先生。生徒会室襲撃事件翌日の今日、警察からあの部屋の使用を控えるように薦められた私は、断られるだろうと思いながらも春日の婆さんに開いてる部屋があるなら貸して欲しいと頼みにいった。
「どうせネチネチとへんな理屈をたてて断るもんだとばかり思っていたんだけどね。なんか二つ返事だった。ああ、いいわよって。何かな、嵐でも来るのかな。先生、傘を買っといた方がいいよ、とびきり丈夫な奴を」
ついさっきまでの私と婆さんはこの話しを、隣の学園長室でしていた。長くなるかもしれないと思っていたけど、婆さんがすぐに許可を出したのですんなりと終わった。あまりに拍子抜けな展開で、しばらくは現実かどうか見極められなかった。
そしてその感動を職員室にいた海野先生に聞いてもらっている。聞いてもらっていると言っても、先生は書類と向き合っていて顔もあげず相づちもしない。私が一方的に話してるに過ぎない。けど別にそれはいい。在学中ならこういうことが多々あった。そしてたいていの場合、先生はちゃんと聞いているんだから。
「それで、部屋はどこのを使わしてもらえるんだ」
ほら、やっぱりちゃんと聞いていた。
「進路相談室だってさ。まあ、あそこはオープンスクールのときに手伝いの生徒の休憩室に使われるくらいだから、常に空き部屋だったしね」
進路相談室はその名の通り、在学生が進路を相談する部屋だが使われることはない。進路相談なら担任の先生や、仲のいい先生とする生徒が大半で、そうなると相談場所は普通の教室だったり職員室になったりする。人に聞かれたくないという生徒が、たまにあそこで相談してくださいということもあるそうだ。
「まあ、生徒会室の方が居心地は良かったんだけどね。贅沢は言えないさ」
生徒会室は備品だけなら安物とはいえ学園長室クラスのものを揃えていたので、あそこが使えなくなったのは少し惜しい。しかも部屋の持ち主が事実上仁志だったので、勝手に入り浸っても占拠しても何の問題も起きなかった。
ただあそこ以外を使うとなると流石に勝手にすることできないので婆さんに許可を求めた次第だけど。
「……以前からそうじゃないかと思っていたんだ」
海野先生が私の顔を見つめて、ため息をついた。
「お前がどうしてこの学校に居座っているのか。小林がああなる前なら警察が介入していなかったら、お前がいたんだろう。けど、それ以後は明らかに違う」
ああ、これは少し怒っていらっしゃる。確かに、この事実は海野先生の性格からして面白い物ではないだろう。
「お前は犯人がいざ襲ってきたとき、その標的を自分だけにしているんだな。だから特定の部屋に居座ろうしている。そうしないと、他の生徒を巻き込みかねないから」
この学校に乗り込むと決めた段階で、私はいずれ『主』に攻撃されると考えていた。それがどういう方法かまでは予想がつかないので、とにかく相手が私を狙いやすいようにしておかないといけないと思った。そうしなければ、ここにいる生徒たちに被害が及んでしまう。それはある意味、私が一番嫌な展開。『主』好みの展開ではあるが。
「仁志や有華ちゃんを仲間に入れるとき、狙われるとしたらまずは私だって言った。あれは嘘でも何でもなく、覚悟だったんだよね」
殺人者に挑むのだから、相当の覚悟がなければいけない。あの時も、そして今も、私はある程度の覚悟をして行動している。小林陸が殺されたことは、屈辱的ではあるが、彼は"cube"だった。狙われて然るべき。けど、他の生徒たちはそういうわけにはいかない。
彼らが殺されるなら、私が殺された方がいい。
「怒ってるね」
「お前が放送室を乗っ取ったときでさえ、こんなには怒っていなかった」
懐かしい学生時代の思い出だ。あの時はそれなりに叱られた記憶がある。なるほど、それ以上か。相当じゃないか。
「言ったろう、お前は俺の生徒だ」
以前、食堂でそう言ってくれたのを思い出す。
「俺は、もう二度と生徒を殺されたくはない」
あの時、小林陸の死体を見たときの先生の顔に浮かんだ絶望の色。駆け寄ろうとする先生をとめた私を見たときの怒りの目。私と婆さんの言い争いを終わらせた後にした、あの悲しみの嗚咽。それら全て、私の記憶にちゃんと残っている。できれば先生には二度とあんな表情になってほしくないし、あんな目をしないでほしいし、あんな泣き声を聞かさないで欲しい。
「私だって死にたかないさ。覚悟の問題だよ」
「覚悟というなら死ぬ覚悟じゃなく、生き抜く覚悟をするべきだ」
なにやらものすごく哲学的な会話になってないか。いや、先生が言いたいことはちゃんと分かってる。
「簡単には死んでやらないさ、安心してよ」
死ぬ覚悟でいるというだけで、死ぬつもりではない。こうみえてもまだ十九の女。やりたいこともまだまだたくさんある。それに、死ぬなと言う命令なら、もうすでに友人からうけている。彼女言葉に背くことは出来ないだろう。
「なら、いい」
今の答えだけで満足したわけではないだろうが、先生はそれで黙った。恐らく、これ以上私に生きろというのは重荷でしかないと察したんだと思う。この人のために、やすやすと殺されるわけにはいかない。
「まあ、部屋を貸してもらうのはそういう狙いもあるけど、一番は落ち着ける場所が欲しいんだよ。だから、婆さんが許可してくれて本当に助かったさ」
「あの人も今は必死だからな」
「そうだね。昔のあの人なら私に力を貸すなんてありえないことだよ。やっぱり責任者としての選択をしてるんだろうね」
そうじゃないとあの人が好きこのんで私に協力するはずない。そう思って私が同意したのに、先生は違うと首を左右に振った。
「それ以前に、この学校で死人が出るのが嫌なんだろう。ここはあの人の母校でもあるし」
思わず動きをとめてしまった。それは初めて聞く事実だ。
「あの婆さん、ここの卒業生なのか」
「ああ、学校関係者じゃただ一人、ここの卒業生だ。だから今だって、誰よりも必死だよ。以前から運営にも人一倍力をいれてた」
なるほどなるほど、ここはあの人にとっても思い出の地、青春の場所だったのか。しかし、これは驚かざるをえない。あの人、今まで微塵もそんなことは言わなかった。私はてっきり、ただ責任者として事務的に仕事をしてるだけかと思っていたんだが、どうやら違うようだ。
私と婆さんが先輩後輩関係にあたるなんてね。
「だから、今回の事件には人一番傷ついているし、責任を感じているはずだ」
小林陸の死体を見たとき、婆さんは完全に平静を失っていた。それほどまでに、彼女にとってこの場所で悲劇が起こるということは、嫌だったんだろう。そんな彼女を責め立てたのかと思い出すと、少し苦々しい。
だから、使えるかどうかも分からない私まで頼って、事件解決を願っているのか。
「……嫌な話を聞いたよ」
それは本当に嫌な話しだ。あの婆さんを先輩だと思うのも嫌だし、何かこっちまでよくわからない重荷を背負わされた気分になってしまった。
「嫌な話か」
「ああ、嫌な話だね。もっとがんばらないと、だめな気になった」
椅子から立ち上がって職員室を出ていく。背中に海野先生の、お前らしいなという否定したくてもできない言葉を受けながら。
丁度、その時に昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴り、教室から次々と生徒たちが出てくる。私を見て挨拶をする子もいるが、あからさまに嫌悪を表す生徒もいる。
いい加減に部外者は出ていくべきだろうとは思う。いくら卒業生でも、ここに長居しすぎだ。長居して何か結果を残してるならともかく、一人死なせてしまっているという結果しか残せていないのだから、嫌われても文句は言えない。
覚悟と諦めは同意語。
そんなことを書いていたラノベがありました。




