不安
以前から抱えていた不安を父親にぶつけるが……。
生徒会室は元々仁志が生徒会長という職権を乱用して、独占していたものだった。それを私がほとんど強奪にちかい形で我がものにしていたのだが、そんな部屋も今も何人もの警察が入っている。ことがことだけに鑑識も派遣されていた。
その様子を扉の外から、彼らの仕事の邪魔にならないように見つめいたら、隣に誰かが立った。私はその人を見向きもしない。誰かは雰囲気でわかったから。
「鴻池君には今別室でほかの刑事が質問している」
父に報告されるまでもなく、彼女の姿が見れなかったからそれくらいは分かっていた。彼女は第一発見者なのだから、質問することがいくつかあるだろう。
「それで父上は、私担当かい」
「お前からは警官がさんざん聞いただろう」
じゃあ、娘の使用していた部屋が荒らされたと報告を聞いて、ただただ駆けつけただけか。私のことになると熱くなるのは、嬉しいけど、やめてほしいね。
「……荻原の写真だけか」
それが部屋からなくなったものが、という文脈の質問であることは分かる。
「確認できたのはね。けど、事件の関係品で消えたのはそれだけだと思うよ。パソコンのデータでさえ生きていたから。資料をまとめたファイルも無傷だ。本当に、あれだけが消えてる」
あとは私の私物と、もともと生徒会室にあったもの。それらは壊されたり、血で汚されたりはしていたものの、なくなってはいなかった。どちらかというその有様を見せて私にダメージを与えようとする意志が伺えた。
「じゃあ、やはり荻原がそうしたのか」
「……父上、本気で言ってるのかい」
父は私の少しバカにしたような問いに、むすっとした。
「そう考えるのが一番妥当だろ」
妥当か妥当じゃないかと言われれば、それは妥当なんだろう。しかし、それだけで物事を判断していいわけがない。
「できすぎてるじゃないか。荻原がこんなことしても無意味だ。そもそも、彼にはアリバイがあるんじゃないか」
そこを指摘すると父は顔をあからさまにしかめた。やはり、そうだろう。ここで彼のアリバイがないわけがない。
「言っておくけど、小野夏希にもアリバイはあるよ。私が証人だ」
こうは言っているが私は荻原治ほど小野夏希の無実を信じる気にはなれなかった。私と彼女が話したのは少しの間。あの前に犯行に及んでいた可能性もある。ただ、そうした場合、あんなにのんきに廊下を歩いているだろうか。
「……荻原は食堂で友達と喋っていたそうだ」
それはそれは立派なアリバイだ。友人以外にも、食堂にいた人間の多くが証人になれるだろう。友人だけなら疑いの余地も残るが、第三者の証言は強い。いや、警察がちゃんと監視していたはずだからそんなものさえ不要なはずだ。
「私だけかな。何か、私たちが踊らされてるように思えてならないよ」
これはもう小野夏希と荻原治が怪しいとなってきたときから抱いていた不安だった。できすぎてる。何か、そうやって誘導されてるように思えてならない。そして誘導は、あいつの得意分野。偶然と考えられない。
「お前が言いたいこともわかるが、共犯者がいないとは言えない。怪しいと思われた以上、彼らは徹底的にマークする」
「マークするのはかまわない。それは私だって望んでる。ただ、彼らにばかり目をやっていると……何か、いけない気がするんだよ」
「警察もバカじゃない。お前の心配だって考慮している。今回の件で、それも強くなるだろう」
「本当かい」
私は父は信用している。それは血の繋がりとかではなく、一人の人間として十分に尊敬にたる人物だからだ。ただ警察という組織をそこまで信用していない。あそこの役所仕事は、好きにはなれないから。
父はそんな私の心情を察して、大きく執拗にうなずいた。
「本当だ、約束してやる。父親を信じなさい。嘘だったらなんだってしやる」
父はもう十分すぎるほどに信じている。けど、いちいちそれを口にするのは野暮ってものだ。ちなみに、私が記憶している限り父が私との約束を破ったことはない。どんなに無理をしても、それを果たしてくれた。だから、これ以上は何も言わない。
なんだってしてくれるというのは、ちょっとおもしろそうなんだけどね。
ちょうどそのとき、部屋の検視をしていた警官がよってきた。
「すいません、少し見ていただきたいものがあります」
父と私は言われるままに部屋に入り、警官が指さす場所へ向かった。そこはソファーの下で、私は床に手をついてそこをのぞき込んだ。ほこりがうっすら積もった、薄暗い闇の中に何かがあった。
「……トンカチか」
父のつぶやきでそれが家庭用具用のトンカチであることが分かった。
「そういえばガラスのテーブルが割られていたね。どこまでも挑戦的じゃないか」
うっかり忘れていったというのは、少し考えにくい。この場合、それはのぞくべきだろう。わざわざソファーの下に隠していたのは、警察や私に発見させて手がかりをつかんだ様に思わせるため。うっかり忘れたんなら、こんなところにはない。
ただ、可能性はもう一つあるけど。
「指紋なんて、でないだろうね」
立ち上がりながら予想を垂れると、父も頷いていた。どうせ手袋か何かをしていたに違いない。
「まあ、何かの役にはたつだろう。指紋だけが証拠じゃない」
柄についた汗などからDNAも証拠になる。 それくらい相手だって知ってるだろう。だから、そうトンカチを慎重に回収するように指示を出す父の表情にもあからさまな苦々しさが浮かび上がっている。 『主』はこう言ってきている。お前等には、DNAをとることもできない、と。
「うわっ……」
その絶句が聞こえた方を見ると、仁志が部屋の中を見渡しながら呆然としていた。
「ああ、ひぃ君。やられちゃったよ」
つとめて明るく教えてあげたのに、仁志はそんなの聞こえなかったのは目の焦点を合わさず口をぱくぱくさせている。
「……まあ、元々は君のお気に入りの部屋だったからね。ショックか」
そういえばここは彼の思い出の場所でもあったりする。そこがこうまで荒らされては、いくらなんでも平然とはしていられない。
「父上、ちょっとひぃ君を慰めてくるから」
ここはもう「現場」になってしまったので、あんまり長居してはいけなかったし、あの状態の仁志を放っておくのは姉貴分としては心が痛む。
「また何かあったら呼び出すから、携帯はいつでも出れるようにしておきなさい」
「分かったよ。あっ、そうそう」
部屋を出る直前で体の向きを百八十度回転させて、父に向き直った。
「写真の件はふせといた方がいいと思うよ。いざというとき、切り札になるかもしれない」
これくらいは進言することもないと思ったが、一応口を挟んでおいた。父は分かったと答えると、本部の人と連絡をとるためか携帯を取り出す。そんな近くでは鑑識の人が、ソファーの下のトンカチを回収していた。
その光景を背中に、固まっている仁志を食堂へ連れ出す。まあ、とにかく何か飲めば少しは落ち着くだろう。
そういえばあの部屋においてあったインスタントコーヒーもひっくり返されていた。喉が渇いたことだし、私も何か飲もう。
地味に、本当に地味に、大切なパートでした。




