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劣勢

蓮見の前に現れた小野は次々と彼女の狙いを言い当てていく。

「乱暴な手段だったことは謝るよ。すまなかったね」

 本来、荻原治にしなければならない謝罪を彼女にするのは筋違いだが、そういう謝罪を先にしてきたのは彼女なので、お互い様ということにしてもらおう。

 コーヒーを口に含んで、ふと考える。彼女は当然今の推理を荻原治に話しただろう。そうすると彼は自分の潔白を訴えるため、あるいは私の姑息さを糾弾するために今の作戦を吹聴するに決まっている。そうなると監視の目はどうなるだろう。一般の生徒たちから彼の言うことを信じるのか、それと嘘をついていると思うのか。

 どちらにしてもこれで予定通りとはいかなくなってしまった。うぅん、これは結構大変なことだ。小野夏希を甘くみすぎた結果だが、そもそも会ってもいなかったんだから甘くみるもなにもない。会う順番を間違えてしまったか。

 いらつきを隠せなくて、まだコーヒーを飲み干していないのにタバコを取り出して、ライターで火をつけようとしたが、そうはできなかった。私がくわえていたタバコを、彼女が取ってしまったからだ。

「噂には聞いていましたけど本当に吸うんですね。いいですか、あなたはまだ未成年で、しかもここは校内です。タバコは控えるべきではないでしょうか」

 彼女はそのまま立ち上がって、部屋の隅にあるゴミ箱にそのタバコを捨ててしまった。なんて、なんて罰当たりな。いくらなんでもひどすぎるじゃないか。

 そう抗議しようかと思っていたのに、彼女は今度は私の前まできて、右手を差し出してきた。

「……キスでもすればいいのかい」

 おとぎ話なんかでは、姫がこうやって手を出すとそれに王子が口づけをするけど。もちろん、彼女がそうして欲しくてこうしてるんじゃないことくらい分かってる。理由も理解してる。だから、こうやって逃げたんだ。

 ただ、彼女は逃がしてくれない。

「まだタバコをお持ちでしょう。出してください」

 やっぱりそれか。けどここは譲れない。

「わかった。もう校内では吸わないよ。うん、約束しよう」

 ついでに言うとこの約束は破る。絶対に。だって禁酒しているのでさえきついのに、その上タバコまで奪われたら、もうやってられない。ぐれる。

「……わかりました」

 彼女がそう呟いたので納得してくれたんだと思って油断していたら、鋭く、そして素早くのびた彼女の手が私の胸ポケットに住んでいた小さな恋人を捕まえて、そのまま奪い取ってしまった。

「あ、ちょっと――」

 彼女に拘束されたタバコの箱は、そのまま中身を灰皿の上で巻き散らかされて、無慈悲にも彼女の手によって私がまだ飲みほしていなかったコーヒーを全身にあびてしった。コーヒーまみれになったタバコたちと、それを見て愕然とする私と、満足したような笑みを浮かべてコップを手にした彼女。室内はその三つを残して、しばらく時がとまった。

「校内で吸わないというのは無意味な約束ですね。ここで吸われたら私は確認できませんから。それに問題は、未成年である蓮見さんがタバコを吸うことなんです。吸う場所の問題じゃありません」

 丁寧にそんな説明をしてくれる彼女を、これでもかというくらいに恨んでみる。私の恋人を水没させた罪は重いぞ。絶対に今晩、彼女の枕元にはタバコの幽霊がでる。というか、でろ。出ちゃえ。

 しかし、このショックを受けたおかげでさっきまで分からなかった彼女の印象がようやく掴めた。彼女は世話好きだなというのが推測だったが、あれは外れていなかった。ただ予想外に、彼女は母性本能が強い。それだ。そういえば大学にも私の喫煙をとがめてくる、母性本能の強い友人がいたね。春川とかいう名前の。

「……恨むよ」

「お好きにどうぞ」

 まるで相手にされていない。私の方が三つも年上なのに、なんか納得できない。けど彼女が正しいから反論もできない。これは結構、悔しいね。

 これで今日はもうタバコを味わえないのか。そう思うと死んでしまいたくなる。

「それで、お話の続きなんですが」

 その彼女の声で急にまた部屋の空気が張りつめた。どうやら彼女の話はまだ終わっていなかったらしい。すぐさま気持ちを入れ替えて、なにかなと続きを聞き出す。

「彼が容疑者なのはわかりました。しかしどうして……私まで"cube"だと疑われているんでしょうか」

 次の言葉が出なかった。どうして彼女は自分がそうであるということを知ってるんだ……。それを知ってるのは私と警察、そして海野先生と婆さん、有華ちゃんと仁志だけのはずだ。そしてその中の誰かが彼女にそれを言うはずもない。

「違いましたか。蓮見さんは彼に私との関係を訊いたんでしょう。そこから容易に想像がつくと思いますよ。彼が疑われてる背景に私が関与しているということくらい。そして彼が犯人として疑われているなら、私は共犯者か被害者候補だと予想がつきます。今現在のところ、この二つのポジションが一番重要でしょうから。けど共犯者なら、私の名前なんて聞き出すなんてことはしません。後で個々で事情聴取をしていかないといけない。だって、もし共犯者なら裏で口裏をあわされたりしそうですから。そうなると被害者しかありません。被害者なら名前を出しても大丈夫です。彼が犯人なら、被害者の予想を警察がつけていると警戒して襲えませんし」

 彼女は淡々とその推論を述べた後、ああ、のどが乾いてしまいましたと喉をさすった。その様子をほぼ呆然としながら眺めた後、乱暴に頭をかきむしる。ここまでよまれるなんて、信じられない。一体どういう思考回路をしてるんだ。あり得ないだろう。

「少し待つといい、やっぱりコーヒーを入れて上げるよ」

「どうもすいません」

 立ち上がって彼女の分と、さっき灰皿へ投入されたので無くなってしまった私の分のコーヒーも作る。そうしながら、なんとか心を落ち着かそうとする。私は今、とんでもない子と向き合っている。彼女は容疑者じゃない。被害者の候補だ。だから別に彼女自身がそれを感づくのは別に何に問題でもない。ただ、彼女はただの被害者候補ではなく、容疑者の恋人という位置づけにある人物だ。

 そんな彼女にそこまで見破られるのは正直辛い。今後、どういうことになるか想像もできない。

 いや違うか、問題はそこじゃない。あの違和感……小野夏希と荻原治が繋がってると判明したとき感じた、できすぎだと思った、あの感覚。あれはただの思い過ごしじゃなかったんじゃないか。仕組まれていた、誰かに。そしてそんな罠を、この少女ならなんとか考えだせそうだ。

 いやいや落ち着け、私。彼女が『主』だとしてどうして自分に警察の目が行くような真似をするんだ。全く理屈になってない。これこそ考えすぎだろう。……けど、本当にそうか、本当にただの考え過ぎか。

「お湯、沸いてますよ」

 後ろからそう声をかけられ、ガスコンロの上のヤカンが湯気を蒸気機関車のごとく吐いてるのに気がついた。

「ああ、少しぼうっとしていたよ、すまないね」

 全く、調子が狂わされる。日頃あれだけ自覚できるくらいに、マイペースに生きているのにそれが出来ない。

 彼女の分のコーヒーには砂糖を少量入れて、それを渡した。私が高校生のときにはブラックを飲むのが当たり前だったけど、これを同年代の友人から共感を得たことは少ない。大学生になったらまだ少し分かる友人もでてきたが、高校の時は本当にいなかった。

「ありがとうございます」

 彼女は受け取ったコップを両手で持ちながら、一口飲むとおいしいですという感想をくれた。

「ところで、先ほどまた考えていたんですが」

「考えるのが好きなんだね」

 嫌味のつもりで言ったのに、彼女にはそうなんですと素直に肯定されてしまった。

「蓮見さんが私を"cube"と思った理由が分かりました。私が昨日、休んだからですか」

 もうここまで言われると驚くのも面倒になってきた。

「ですよね。だって蓮見さん、さっき出会うなり昨日休んでた事に触れました。あれは蓮見さんが私のそういうデータを掴んでたから言えたことですよね。ならどうして蓮見さんが私を休んでいたデータなんか持っているか。そこが分かりませんでしたけど、一昨日の放送のことを思いだして分かりました。一昨日の放送は犯人を怖がって、休んだ人間の中に"cube"がいると予想してやったものなんですね。だから私が昨日休んでたことも知ってた。そうですよね」

 なんだこのコーヒー、ちっともおいしくないじゃないか。ああ、私の機嫌が悪いだけか。

「……すごい、お見事だよ」

 なんとか否定してみようかと思ったけど、ここで即席に作った言い分で騙せそうにもないし、彼女が事実を突きつけている以上、私ががんばって否定したところで本格的な論争になったら勝てはしないだろう。彼女ならわずかな嘘も見逃してくれないと思う。

「よくそこまで考えれるものだね」

「私は行動を辿って、それに自分が納得できる意味をつけてるだけです。私から言わせればこんな作戦をたてれる蓮見さんの方がすごいですよ。当たり前のことですけど、後からああだこうだと言うのは簡単です。それによって事実を言えるのも当然です。けど、結果論がバカにされるのはそれにあるんでしょう。後からどうだって出来るんです」

 それは彼女の持論だろうが、大きく頷けた。昔から厄介事を解決した後に野次馬連中から、あんな簡単なこと誰でも分かるとよく言われたものだ。面倒だったから相手にはしなかった。ただ完全否定できるかと質問されたら、どうだろう。

 ただ今の彼女の言葉であることを思いだした。それは茜ちゃんの殺された後にかかってきた『主』からの電話。あの会話の中で『主』がこう言っていた。

『犯罪者は芸術家で、探偵は批評家』

 あの言葉。確かに起きた事象に関して、結果論でああだこうだというところは探偵は批評家に揶揄されても仕方ない。しかし犯罪者が芸術家というのは、どうしたって納得は出来ないが。

 この言葉を彼女との会話で思い出すのも、ただの偶然かな。

こういうキャラ好きなんです。

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