強敵
荻原との接触が終わった後、蓮見の元にある人物が訪れる。
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昼休み、今日の昼食は今朝コンビニで買ってきた野菜たっぷりのお弁当。最近のコンビニ弁当は安値のくせにそこそこおいしいのだが、今日のこれはちょっと例外だ。まるで野菜の味がしなくて、野菜の良いところを全て殺してしまっている。どうやったらこんなの作れるんだか。
いくらなんでもこれはひどいと少し怒っていると、お湯が沸いた。この生徒会室には家から持ってきたガスコンロを配備している。最近禁酒を強いられている身としてはブラックコーヒーが代わりの恋人。それに警察関係のお客さんが多いので、接待にはもってこいの優れものだ。
その脇に置いてあったインスタントコーヒーをスプーンで計り、好みの分量を間違えないよう注意を払いながらコップに入れているとノックが聞こえた。
ノックだけをする客人は少ない。ここには基本的に有華ちゃん、仁志、父のような警察関係者がくるが、仁志や父はノックなんてしないし、有華ちゃんや警察関係者はノックもするが声もかけてくる。けど、今回はノックだけ。
そんな訪ね方をしてくるの一人いるが、それは海野先生。ただ海野先生はさっき職員室で会ったばかり。やりすぎたことへの謝罪にちゃんと行った。会ったばかりなのにこっちに来るとは思えない。
粉末をいれ終えて、ドアへと向かう。こういうときにドアスコープがあれば便利なのだけど、さすがに望み過ぎか。
「はい、どちら様かな」
ドアを開けると、そこには一人の女子生徒が立っていた。彼女は私の顔を見ると、ゆっくりとお辞儀をする。
「お昼時にすいません。蓮見さんとお話がしたいと思いまして」
彼女が顔をあげる。細身の体に、少しの乱れもなく制服を着込んでいる。黒髪で前髪を、ヘアピンでとめてはいるがお洒落とかではなく、単純にそうしないと目にかかってしまうからだろう。そうすればせっかくの銀縁のメガネが意味をなくす。
「お邪魔だったでしょうか。それでしたら、出直しますが」
「いや、君の可愛さに見とれていたんだよ。うん、最高だね」
「それはどうもありがとうございます」
こういう冗談混じりの誉め言葉はいつも初めて会う女の子に使ってきたが、たいていは笑い飛ばされるか、やめてくださいよと謙遜されるか、無視されるかのどれかだった。今回みたいに素直に真顔でお礼を言われたのは初体験。
けどちゃんとそう言われて喜んでるようでもないので、単純に相手にしてないだけだろう。そんなに冷たくあしらわなくても。
「入るといい。今はコーヒーがある。あっ、ココアもあるね」
「いえ、結構です。先ほど昼食を終えたところなので。お気遣い、ありがとうございます」
なんかこっちが緊張してしまう話し方だ。まあ、そういう子なのだろう。単純に冷たくされているという悪意は感じない。
彼女は室内に入るとソファーの前まで行ったのはいいが、座ろうとはしない。何をしてるんだろうと不思議に思っていたが、私を見てるその視線で気付いた。
「座ってくれて良いよ」
彼女は頭を下げて、静かに腰掛ける。入試やバイトの面接じゃないんだから、そこまでしなくていいのに。
ドアを閉めて、そのままさっきの場所に戻ってコップに入れたままの粉末にお湯をそそいでやりコーヒーにする。インスタントだけど、いいに香りがする。
コップを片手に彼女と向き合うようにソファーに座った。
「まさかそっちから足は込んでくれるとはね。感謝するよ。そういえば昨日はお休みだったみたいだけど、もう大丈夫なのかい」
「はい。昨日は少し体調が良くなかっただけですので。心配していただいてありがとうございます」
とても高校生とは思えない対応の仕方で彼女、小野夏希は初めて小さく笑った。もちろん、愛想笑いであるけど。
「私の方から君に会うのは約束をしてしまって出来なかったから君が来てくれて本当に助かった」
場の勢いと、彼から返答を得るための強硬手段の代償として、あの約束をしてしまった。破ることは簡単だけど、そうすると今後の調査がしにくくなるだろうと私から小野夏希を調査するのは諦めていた。もちろん、私が近づかないだけであって、仁志や有華ちゃんは無関係だったのだけど。
「その話は聞きました。授業中にいきなり乗り込んできたんだと、彼はずいぶん憤っていましたけど」
そこで彼女が急に立ち上がった。コーヒーを飲んでいた私は急なことに何も言えなかったが、彼女はそんな私をよそに深々と頭を下げてきた。
「私が謝るのは何か違いますが、本当にすいませんでした」
一体、彼女が何について謝ってるのか全く検討がつかない。
「あ、あの悪いけどね、頭を上げてほしい。一体何を謝ってるんだい」
「彼が、荻原治があなたに手をあげたことについてです」
そこまで言われて初めて納得したが、いやいやとすぐに首を左右に振った。
「あの件はどちらかというと私に非があるだろう」
頭を上げてくれと言ったのに、彼女はちっともそうしてくれない。
「いえ、どんな理由があろうと女性に手を出すなんてことは許されません。蓮見さんのしたことは正当防衛ですが、彼のしたことは暴力です」
いや、力加減を誤ってしまっていたから、私がしたことも正当防衛と言うよりむしろ過剰防衛という暴力に値すると思うのだけど。けど彼女は当然ながら力加減のことまでは知らない。
「ああ、いいんだ。その件はもう済んだことだ。そもそも君が謝ることはない。頼むから頭を上げてほしい。ほら」
頭を下げたままの彼女をなんとか促して、頭を上げさせてなんとかして座らせた。かなり義理堅い子みたいだ。いや、正義感が強いのか。いや、それも違う……。なんだ、これは。
「本日の蓮見さんと彼のやりとりについては彼から詳しく聞きました。それで一緒に謝りにいくよう言ったのですが、絶対にそうはしないと拒まれまして」
まあ、荻原治がそうするのは当たり前だろう。急に昔つき合っていたかどうかの女性の写真を見せられた後、今つき合っている女性がまるで事件に関係しているみたいな質問をされて、質問を答えないでいたら武力行使にでられ、挙げ句の果てには容疑者だからと宣言されたんだ。まさに踏んだり蹴ったり。謝る気になんてなれないだろう。
「そういうわけで私だけ謝りにきた次第です」
「うん。まあ事情はわかった。しかし、荻原治はここにくることをとめなかったのかい。約束があるのに」
「蓮見さんから私に接触ははからないという約束でしょう。私から蓮見さんには別です。それにそんな約束をしたところで、警察の方がたくさんいらっしゃるのに無意味じゃないですか」
あの約束の無意味さをすぐに分かったのは中々見所がある。噂通り、やはりただものじゃない。
「それで話っていうのは、それだけじゃないだろう」
「はい。これについては少し異議を申し立てにきました」
彼女はそういうとさっきまでとは少し違う目つきになった。さっきまでは本当に無表情で、何の感情も感じさせなかったのに、今は目を鋭く尖らせて多少の怒りが露わになった。
「彼が容疑者になったこと。これはおそらくはあなただけではなく、警察の判断もあったので、素人で第三者の私がどうこういうつもりはございません。ただその捜査方法はいかがかと思います。噂によりますと、蓮見さんは先日亡くなった小林先輩と接触していたそうですね」
「うん。目を付けたいたんだ」
「はい。けど先輩との接触の仕方は非常に隠密ですね。基本的に屋上で二人でいたという話を聞きました」
それは私自身が警察に話したことで、それが捜査員の口から生徒に漏れて今では校内では多くの生徒が知っている。
「では、なぜ今回、彼には授業中に接触したんでしょうか。休み時間でも放課後でも、時間はほかにありました。なのにあまり時間がとれない授業中を選んだ理由は、彼を監視するため。違いますか」
まっすぐ私を射止める彼女の強く細い視線。仁志や有華ちゃんからの報告を受けて、小野夏希はただものではないと感じていたものの、ここまでとは考えていなかった。まさか作戦の意図を一瞬で見破られるとは。いくら一晩で考えついたものでも、ショックだ。
彼女の言うとおり、荻原治の事情聴取を授業中に行ったのはクラスメイトに彼が事件の関係者で私に目をつけられていると植え付けるため。そして最後に彼に容疑者だと宣告したのは、彼のクラスメイトがそのことをほかの生徒に言い、いわば学校中の生徒たちに彼を監視させるためだった。あまり好きなタイプの作戦ではないが、うだうだと悩んでるとまた凶行がおきてしまいそうだったので実行した。
しかし彼がそれを実感するのはまだ先のことで、ばれるまでには時間がかかるとふんでいたのに、こうも短時間で見破られるなんて。
「彼が黒沢先輩のことを知らないと供述したのは、好都合だったでしょう。容疑者にする要素が増えて。あんな質問をされては、知ってると答えないと本当に知らなくても怪しく見えます。ましてや第三者からすれば知らないと答えただけで、嘘に見えるでしょう。彼のクラスメイトに彼への疑いの目を向けさせるには非常に手間がはぶけた答えだったでしょう。そしてそれを予想してあなたは質問しましたよね。これらはすべて彼から話を聞いた私の推測にすぎませんが、どうでしょうか」
どうでしょうかと訊かれると、お見事です、すばらしいと返すしかない。あの質問は素直に答えるかもしれないという期待もしていたが、そういう効果のほうが期待は大きかった。ここまでわかるのか。
「……作戦が乱暴だと、怒っているだろう」
彼女はそこで少し困った表情をした。
「怒ってるかと訊かれると、怒ってます。彼とは深い付き合いですから、彼にひどいことをするのは許せません。しかし、事態が事態ですから本気では怒れません」
彼女は目を伏せて、最後の方は声をぼかしてしまっていた。怒りたいことは怒りたい。けど、連続殺人をとめないといけないというこちらの立場も考えてくれているみたいだ。
ようやくこのキャラを登場させられた。
やっと、本格始動です。




