封殺
ついに容疑者である荻原に接触する。
2
廊下の窓を開けてタバコを味わいながら、気持ちを落ち着かす。愛人であるニコチンが肺を満たしてくる間、今から仕掛ける作戦を頭の中で反芻する。本当に乱暴なものだ。ただ一晩で思いつける作戦なんてそうはないという言い訳はしておく。
父を通して警察の許可も得ている。そもそも警察は昨日からすでに荻原治に監視はつけているらしい。ただじっとしているだけではなんともならない。いつもの捜査ならずっと我慢強く監視して、容疑者が怪しい動きをとることで逮捕までこぎ着けるが、今回はそうもしてられない。なんせ三人死んでしまっていて、警察としては早々に解決したい事件だ。早くけりをつけたい。
だから犯人に分かりやすい動きを求めないといけない。そのためには私の考案した作戦は悪くないと判断したらしい。それに警察は荻原治を犯人か犯人じゃないのか、早く知りたいに違いない。だって、犯人じゃないのに彼に目を奪われている間に次の被害者が出たら、一貫の終わりだから。
そういう弱みにつけこんでるわけだけどね。けど早く解決するには必要なことだとは思う。
「さてと、そろそろいきますか」
窓を閉めて、タバコを携帯灰皿へつっこんだ。だいぶ気持ちも決まったし、後は頭の中で思い描いてることを実行すれば良いだけだ。
廊下には今現在、生徒や教師は誰もいない。当たり前、なんせ授業中なのだから。それぞれの教室から教師の声や、生徒のおしゃべりが聞こえてくる。廊下には私から距離をとるかたちで、父とほかの警官がいる。不測の事態にそなえてのことだ。
その父たちにウィンクをしてやってから、ある教室の扉の前に立つ。
「――お手並み拝見」
そう呟いてから、一気にそのドアを開ける。教室の中にいた全員の視線が私を射た。美人はこれだから困るんだよ、全く。
「ちょいと失礼するよ、ティーチャー」
教壇の前に立っていた海野先生にそう挨拶する。先生は数学の教師で、私が在学中だった頃から変わらない懐かしい数式を黒板に書き連ねていた。
入ってきたときとは対照的に、今度は静かに扉を閉めた。多分、今頃さっきまで離れたところにいた父たちが、静かにこの教室に近づいてるはずだ。
すかさず海野先生が諫めてくる。
「今は授業中だ」
「存じているよ。だから失礼するって言ったろ」
今回の作戦は海野先生にも説明している。だからこのやりとりも今朝、ちゃんと打ち合わせをしておいたお芝居だ。海野先生にはあくまで生徒の味方でいてもらわないと今後困るし、私と繋がっていると分かると危ないから。
「なぁに、時間はとらせない。ちょっとお話したい生徒がいるんだよね」
そこで私は一人の生徒に目を向けた。教室の窓側の端の席でつまらなそうに肘をついた男子生徒。前髪の毛の一部を金髪にしていて、制服も着崩している。よく見ると光り物のピアスもしていた。
そんな彼、荻原治にゆっくりと近づいていき机の前で立ち止まった。
「荻原治君だね」
分かりきった確認をしておく。彼はまっすぐと私を見つめたまま、薄ら笑いを浮かべた。
「あんた、知ってるぜ。暇人大学生だろ」
私はここの生徒たちにそんな風に呼ばれているのか。否定できないし、する気もない。事実だから。
「名前は蓮見レイっていう。覚えていただけると光栄なんだけどね。こんな美人が自己紹介してるんだから、忘れられないとは思うけど」
教室の中に小さな笑い声が生まれたが、すぐ消えた。みんな、私がここでなにをしてるのかは知ってる。だから私がどういう目的で彼に近づいているかも、なんとなくだが予想がついているのだろう。
「そういえばそんな名前だったな。それで、そんなのがどういう用なわけ?」
一応卒業生で彼の先輩にあたるし、年上なのだけど敬語などは一切使う気がないらしい。
「うん、ちょっと質問したくてね。これを見てくれるかい」
そうして胸ポケットから一枚の写真を取り出した。写っているのは、一人目の被害者の黒沢明子。
「彼女、君の知り合いだよね?」
彼は写真を見てから聞こえないような舌打ちをした。彼自身、無意識でやってしまったのだろう。けど残念、お姉さんは地獄耳なんだよ。
「君と一緒にいるところを見たって子がいるんだけどね。どうだろう」
「しらねぇよ。見間違いだろ」
なるほど。もしかしたら素直に白状してくれるかもと期待していたけど、どうやらそうはなってくれないらしい。まあ構わない。どちらかというと口実ができて好都合だ。
「彼女、この一連の事件の一人目の被害者なんだよ」
「へぇ、そうなのかよ」
「うん。それで警察や私としては彼女の知り合いにはよく話を聞きたいんだ。ただ、この事件はもう二ヶ月以上前の話しだから、知り合いと思われた人間にはもうしつこいくらい話してもらっている。しかし残念なことに、そこから有力な手がかりはでていない」
本当に嘆かわしいことなのに、彼はそうかよという相づちでそれを片づけてしまった。本当に興味がないのか、それとも早く終わらせたいのか。
「けど、もしも被害者と知り合いなのに、知り合いだと告白していない人間がいるとしたら警察としてはそこから有力な何かが得られるかもしれないと期待してしまうんだよね」
「そうかよ。けど残念だな、俺はこんな女知らない。それとも証拠でもあんのかよ」
推理小説の常套句ならば証拠を求めるのは犯人らしいが、バカを言っちゃいけない。どんな人間でも疑いをかけられたらます証拠を求める。
「ないね。うん、きれいさっぱり何もない」
そう素直に白状したら、嫌らしい笑みを浮かべられた。
「ほら見ろよ。当たり前だっつうの。こんな奴知らねぇもん」
昔、知っているのと知らないの、証明するのが難しいのは知らない方だということが本に書いてあった。知っているのを証明するのはきわめて簡単、ただ言えばいい。けど知らないことを証明するのはかなり難関だ。だって知らないっていくら言っても、それは嘘かもしれないと疑われるから。
「本当に知らないんだね」
「しつけぇって。知らないって言ってるだろ」
彼は机の置いた写真をそのまま弾いて、床に落とした。ひらひらと写真が落ちていき、後ろの席の子の足下にたどり着いた。その子が戸惑いながら拾ってくれて、渡してくる。
「ありがとうね」
礼を言ってから写真を胸ポケットに戻す。
「まあ、知らないっていうならそれでいい。次の質問をしていいかい」
彼は強く頭を掻きむしった。せっかくワックスか何かできめていたのに、それが崩れてしまう。
「まだあんのかよっ」
「これで最後さ。大声を出さない。小野夏希との関係について、聞きたいんだけど」
その瞬間、小野夏希という名前が出た途端、彼の目が大きく開かれた。そしてつい今まで自分が座っていた椅子を倒して、立ち上がって私の胸ぐらを掴んで引き寄せてくる。ちょっと苦しい。
これは想像以上のリアクションだ。予想できなかった。出来ていたらかわしていたのだけど。
「あの人は関係ねぇだろっ!」
「大声を出すなと言ったところなんだけど」
教室の中が一気にざわめき出す。海野先生が教壇から「荻原!」と声をあげるが彼は手を離さない。先生にはよっぽどのことでない限り、何があっても動かないようにと頼んでいるのでここまでは来ないはずだ。ここで先生を危険をさらすわけにはいかない。
「君らはつき合ってる。イエスかノーかだけでいいから答えなさい」
やらっれぱなしは趣味ではない。それに女性の胸ぐらを掴むとは言語道断。掴んでいた彼の手の手首を捕まえて、そのままひねりあげてから、彼の肩をもう一方の手で捕まえてそのまま力にまかせて彼の体を机に押しつけた。中学の時に兄から教わった護身術の一つだ。
教室のざわめきがましていく中、彼は声をあげてながら、痛みを耐えようと体を曲げていく。なんとか私の手を払おうとするが、放してやらない。
「答えた方がいい。君が答えないなら彼女に直接訊くから別にいいんだ。ただ答えたら開放してあげるよ」
「て、てめぇ……卑怯じゃねぇかっ!」
体を押さえられて机に顔をひっつけながら、的外れな抗議をしてくる。
「先に手を出してきたのはどっちかお忘れかい」
そう返してやるとまた舌打ちをして、くそっと悪態をつく。
「約束しよう。小野夏希には手は出さない。だから答えなさい」
この技は非常に体力がいる。そもそも護身術の一つなので、長時間向けではない。手がつかれてきたのでそう条件を出してやる。それでもまだしばらく彼はなんとかしようと暴れていたが、そこはなんとか押さえつけた。全く、往生際が悪すぎる。
「分からないのか。君が黙ると、彼女が怪しくなるんだ」
そう告げてやると、初めて彼の抵抗が小さくなっていき、やがて止まった。
「……つき合ってるよっ。これでいいんだろっ」
「よくできました、合格さ」
手を放して彼を解放する。まさかこんなところであの技術が活かされるとは思いもしなかった。サンキュ、ブラザー。愛してるよ。
「約束は守ろう。私から彼女に近づくことはない」
押さえられていた体や、捻られていた手がまだ痛いのだろう、彼は恨めしそう目で私を睨みながら、その箇所をなでていた。やりすぎてしまったかもしれない。そういえば兄には力加減までは教えてもらっていない。
「時間を取らせて悪かったね。じゃあ」
踵を返して彼に背を向けて、すたすたと歩き出す。教壇の海野先生と目があった。やりすぎだったとお詫びのつもりで小さく頭を下げて、その前を通っていく。
「……暴力はよせ」
教室の中で私にだけに聞こえる最小限の声でそう叱られた。容疑者とはいえ先生にとっては生徒の一人。私の行動は許せないものがあったんだろう。あとで職員室に謝りにいこう。
扉の前についたとき、再び教室を振り返って荻原治をみた。彼はずっと私を睨んでいたようですぐに目があう。
「言い忘れていたね。君は今回の事件の容疑者になったから。今後警察の監視がつくよ。気をつけてね」
最初はおそらく何を言われたか分からなかったのだろう、口を小さくあけた間の抜けた顔になったが、すぐにそれを理解したらしく、瞬く間に顔が強ばっていく。それを最後まで見届けることなく手を振って、扉を開けた。
「おいっ!」
その怒声を遮るように、教室から出て扉を閉める。外で待機していた父たちが不安げな顔を向けたいた。
「――兄さんに力加減を教え忘れたろうって叱ってやってくれ」
そんな責任転嫁の一言に、父は首をかしげた。
蓮見が何をしたかったかとは、まあ追々。




