久々
蓮見は久しぶりにある人物と連絡をとっていた。
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"cube"候補者、そして『主』の容疑者の情報は父を通して警察に渡した。あの組織がどこまでそれを利用するのかしらないが、不自然に欠席している生徒は目を付けてくれるらしい。捜査本部は近年の事件では最大規模のものになっているから人員には事足らないらしい。
そして報道機関を介し、この事件が世間に知られるようになりようやくここにきて過去の"cube"たちが警察に申し出てきた。そこからどういう組織だったのかを警察もだいぶ把握してきたようだ。ただどういうわけか、現役の"cube"、そして過去の『主』は一人も名乗りでてきてはいない。一番肝心な部分がぬけているので、警察は頭を抱えている。
『大学でもその事件の話題で持ちきりよ』
久々に聞く春川の声が電話という機械を間に挟んでいるので少し寂しい。
「まあ、大事件だからね。連続殺人だよ、しかも三人。シリアルキラーなんて日本じゃなかなかでてこないからね」
昔読んだ本でシリアルキラーの八割はアメリカで生まれているというデータをみた。どこまで信用できるかわからないが、あの国では確かに数十名が一人に殺されることもあるので不思議じゃない。
『テレビであなたを見たっていう子もいるわ』
「あまりに映りたくはないんだけどね、学校をうろついているもんだから勝手に撮られたみたいだ。大変だ、またファンが増えてしまうよ。ただ安心してほしい、私は君一筋さ」
ため息が聞こえた。電話口でもちゃんとため息とわかるくらいのだから、それなりに大きいものだ。そこまで呆れなくてもいいじゃないか。私の恋心を。
『変わってないわね、本当に。殺人犯と向き合ってるとは思えない』
どこか安心感が伝わってきた。どうやら私が変わってしまったんじゃないかと心配だったみたいだ。
『私のせいで事件に巻き込んじゃったから、これでも責任を感じてるわ。しかも二人も死んじゃってる。ねぇ、本当に大丈夫?』
それは困る質問だ。大丈夫なわけはないのだけど、大丈夫としか言いようがないし、大丈夫じゃないと素直に答えても大丈夫なように振る舞うしかない。彼女ならそれくらいわかってる。答えようがない質問だということを。それでもそう訊くのはそれほど心配してくれるんだろう。
「まあ、なんとかするよ。それに君が責任を感じることじゃない。いつか、決着をつけなくちゃいけなかったんだ」
それが今になっただけだ。春川は何一つ悪くない。それどころか彼女のおかげで連続殺人にいち早く気づけた。感謝している。
『気をつけてね、本当に。死んだりしたら、怒るからね』
「それは嫌だ。死ぬのも嫌だし、君が怒ると怖いし、嫌われたくないね。大丈夫、君を一人にはしないさ、ハニー」
そこでお互いに笑った。おかしかったんじゃない。そうした方が明るいからだ。話題があまりに暗いし重いので、笑いでごまかそうとした。
『ねえ、私にも手伝うことはない? 必要ならそっちにもいくわよ』
それは困る。彼女は非常に聡明で魅力的だけど、今この場にきても危ないだけだ。人員は多い方がいいが警察がいる以上、これ以上の部外者の介入は人質を増やすだけだ。彼女には申しわけないが。
「すまない。その気持ちだけ受け取っておくよ」
春川もある程度その答えを予期していたのだろう、そうとしか返してこなかった。
『そうよね。それに私はどちらかというと探偵より犯人に向いてると思うわ』
彼女がそう自虐的に笑う。確かに彼女は確かに物語に出てくるなら名探偵というより知能犯として出てきそうだ。以前、彼女がいっていたことだが、彼女のポリシーはそれが最善と思うならどんな手段もじさないというものらしい。
事実、彼女がこの事件に私を巻き込んだのも私がこの学校の卒業生で、頼みごとは断れない性格だということを知っていて、それでいて私が調べごとに長けていると考えたからだ。彼女からすれば最善の人材。だから断れないよう、困り果てた有華ちゃんと会わせた。
それがこんな大事件につながるとは予想していなかっただろうが、こうなったのだからやはり彼女は正しかった。私が"cube"だったから、事件が発覚したのだから。
事態はいつだって最悪というのが私の口癖。今はまさにそういう状況だが、彼女の選択だけは最善だった。
そこまで考えていて、大切なことを思い出した。彼女と楽しく話していたせいでどうして彼女に電話をかけたのかという本題を忘れてしまっていた。
「そうだ君、ここには来なくていいけど、少し協力してほしいことがあるんだ」
最後に私はこう添える。
「犯人に向いてる君にちなんでの頼みごとさ」
春川との通話を終えた。これで一応、予防線は用意できたからいい。彼女ならあの頼みごとを見事にこなしてくれるだろう。もちろん、彼女が動かなくて済むのが私としても最善なのだけど、相手がどうでてくるかわからない以上、こういう事も必要になる。杞憂だとありがいたんだけど。
周りを見渡す。ここは放送室。この会話は誰にも聞かれたくなかったので、職員室からこっそり鍵を拝借してきた。それでも警戒は劣らない方がいいだろう。
最近、生徒会室も危ないような気がしてならない。あそこは基本的に盗み聞きでもなんでもできる。もちろんそれにはかなり危険が伴うわけだけど、『主』がそれを恐れるとも思えない。ここなら防音設備があるので電話を安心して出来る。特に今の会話は絶対に誰にも聞かれてはだめだ。
タバコを取り出して一本吸う。最近、吸う本数が多くなってきた。やはり精神的にかなり参ってるようだ。別に体のことなど考えてはいないが、増税が気がかりでしかたない。女子大生のささやかな財産を国はどれだけ持っていくつもりか。
白い煙を吐き出すと室内がタバコくさくなった。ああ、消臭剤を生徒会室から持ってくるのを忘れた。
あまり長く滞在してはいけないと思い、放送室から出て生徒会室へ帰った。
帰り道の渡り廊下で急に手を捕まれた。何事かと振り向くと、息をきらして俯いている有華ちゃんがいた。
「廊下は走っちゃダメだよ」
つい先日、廊下を猛ダッシュした記憶がはっきりと残っているのにそう注意してやる。
「せ、生徒会室の……しゃ、写真ですけど」
ふざけた注意を無視して彼女が息を詰まらせながらなんとか喋る。
「まあ、ひとまず落ち着きなさい」
彼女は何度か頷いて喋るのをやめ、息を整えだした。そんな彼女の手をつかんで、そのまま生徒会室まで引っ張っていく。その間、誰かに注視されてないかを確認しておいた。どこに潜んでるかわからないから手の抜きようがない。
有華ちゃんがこれだけ焦っているということは、それなりの情報だろう。それを渡り廊下なんて場所で話してもらっては困る。
生徒会室の扉と鍵を閉めて、彼女をソファーに座らせた。
「で、落ち着いたかい」
「はい。すいません、焦っちゃって。だって蓮見さんに電話かけても話し中だし、ここにもいないし。どうしちゃったんだろうって」
そうか、確かにそれは焦るかもしれない。有華ちゃんや仁志もそうだけど、間違いなく私も狙われている身だった。しかも目の付けられ方ではダントツだろう。そんな奴がいきなりいなくなったら、心配してしまうのも無理は仕方ない。
「すまないね、心配させて。ちょっと恋人と愛の確認をしてたんだ」
この冗談を春川が聞いたら、間違いなく何か暴力措置をとってくるだろう。
「はぁ、まあいいです。それより、すごいことが分かりました」
彼女は立ち上がって壁中に張り付けてあった『主』容疑者の写真の中から一枚はがして、それを渡してきた。廊下を歩きながら携帯をいじっている男子生徒がおさめられた写真。ポストイットには「荻原 治」という名前が書かれていた。
「彼、一年生なんですけど黒沢先輩の知り合いらしいんです!」
黒沢先輩というのは、二ヶ月前にここで殺された一人目の被害者の黒沢明子のことに違いない。その彼女と知り合い……。
「どういう知り合いかまで分かるかな」
「いや、分からないんです。どういう関係だったのか分からないんです。ただ時々一緒に話してるのを見たって」
なるほど。どういう知り合いかは分からないが、少なくとも"cube"の一人と、『主』容疑者の一人が一緒に行動していたことがあるわけだ。偶然とみるか、必然だったとみるか。どちらにしても無視は出来ない。
「どうしますか?」
「ひとまず情報収集だね」
春川、一章以来の登場。




