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特別

引き続き、蓮見の過去の話。

 結局、噂は流れを止めずいつの間にか香月さんへの誹謗や中傷へと姿を変えていった。私は"cube"で身につけた噂を流す技術でなんとか彼女を庇おうとしたが、一度流れたものをとめることはできず、そして人はいい噂より悪い噂の方を信じたがるという強い傾向に押された形で、何もできないでいた。恐らくだが、他の"cube"が私の妨害を軽快にかわしていたのだと思う。

 そして香月亜由美は自殺を図った。

 初めて"cube"という組織に疑問を持った私はどうしても『主』を問い詰めたかったが、奴は命令を出してくるだけでこっちから連絡する方法はなかった。だから、いつも指令の手紙が入っている自分の下駄箱に『主』に宛てた手紙を置いておくことにした。そして連絡を待つ間、また自分の持てる技術を持って、過去に私が流した噂の行方を調査するこにした。

 結果は、多くの場合は何もなかったが、確認できただけで五人もの生徒が、噂の影響のせいで不登校になったり、問題を起こしたりして学校を去っていることが明らかになった。

 ようやくあの組織の実態が掴めた時、やっと『主』と連絡がとれることになった。手紙が届き、近日中に連絡するとのこと。連絡の方法も書かれていなかったが、向こうがそうすると言っているのだから嘘ではないだろう。

 そして、ある時、携帯電話に連絡がきた。電話だった。

 おそらく、コンピューターで作った合成音声でいきなり、「『主』です」と告げられた。

『連絡をいたしました。お話とは、やはり香月亜由美のことでしょうか』

 さすがは機械音声、当たり前だけど微塵も感情を、人間味を感じさせない。

「当たり前だ。あんたは一体、私になにをやらせていた? どうして影であれだけの生徒が学校をやめてる」

『たまたまですと言っても信じてもらえませんか』

「冗談なら好きだけど、今は聞きたくない」

 言い訳などするつもりもないらしく、次の瞬間にはなめらかに答えてきた。

『多少問題のある生徒でしたし、学校ではある程度のイベントが必要です。彼らはしかるべく役割を演じた後、舞台から降りたのです』

 しかるべく役割。調べてわかったが、やめていった生徒は何か問題を起こしてからやめている。それはかなり大げさな喧嘩であったり、職員室で暴れたり、警察沙汰になったりしていた。

「あれを起こしたのも"cube"か」

『いいえ。そういう風にし向けましたが、行動を起こしたのは彼ら自身です。我々は直接は関与していません』

 声音はわからないが、言葉でわかることもちゃんとある。

「罪悪感はないみたいだな」

『お忘れですか。私はあなた方に手紙を出しただけです』

 思わず携帯を握る手に力がこもった。何が言いたいのかくらいわかる。『主』は自分ではなにもしてない。それはおそらく本当だろう。こいつは手紙を出しただけだ。そしてその手紙に従って動いたのは、紛れもなく私だ。

 あなたのせいだと訴えてきている。

「組織の改善を提言する。こんな行為は無意味だ」

『……これは学校の伝統です。"cube"はずっと以前から存在し、こういう行動をとってきました。今更変えれません』

 伝統だから変えられないなんて、政治家の言葉だ。私が期待しているのはそんな返答じゃない。

「いいか香月君が自殺までしそうになったんだ。もう遊びじゃすまされない」

 ずっと、ただの遊びだと思っていた。できることなら一年前、あの『箱』を渡されたときに戻って過去の自分を止めてやりたい。やめておけ、これには関わっちゃいけないと。

 誰かが私のせいで死ぬなんて、悪夢以外なにものでもない。そんなことにはなってほしくない。それは単純なおびえであり、今までの反省でもあった。

 間をおいて、『主』は自分の意見だけを突きつけてきた。そしてそれは私の予想をこえるものだった。

『……お話は無駄な様です。蓮見レイ、あなたを"cube"から脱会させます。あなたに拒否権はありません。明日、『箱』をげた箱に入れて置いてください』

 それが『主』の答え。分かちあえないなら、そうする必要はないと言っている。お前は必要ない、代わりをたてる。『主』ならそうすることもできるだろう。そして私も今更この組織に未練はない。だからやめろというなら喜んでやめてやる。けど、ただではやめない。

「結構だ。ただ覚えておくといい、『主』。私はすべてのプライドをかけてお前を見つけだす。そして"cube"なんてものは壊す」

『……どうぞご自由に。ただし、こちらとしても厳正な対処を下します』

 それで通話は終わった。記念すべき、私と『主』のファーストコンタクトの終了。



「そんなわけで私は"cube"じゃなくなった。『主』が今日言っていた、最初に壊そうとしたのは私というのは、こういう事情があったからだ。ただ、いちいち説明するのも腹が立つけど、私にはそれはできなかった」

 あの後、私は『箱』を素直に返却することなく『主』に抗ってみせたがそれはしょせん無駄な抵抗に終わった。こっちがちまちまと調査をすすめてる間に『主』はこっちの予想をおおきく上回る嫌がらせをしかけてきた。

 結果、私はそれに屈した。生まれて初めて味わった、完全敗北。

「……ちっともわからないことがある」

 話の間、始終沈黙を守っていた父が渋い顔をしていた。

「なにかな」

「どうしてお前は『主』に従った? つまり、どうして無条件で"cube"になったんだ?」

 どうやら兄と仁志も同じことを疑問に思っていたらしく、うんうんと仲良く頷いている。そこはあえて説明しなかった場所だ。あまり口に出したくなったが、誤魔化せるほど甘くもないらしい。

「うまく説明できる自信はそんなにないんだ。ただ、兄さん、この間私のことを年相応だったって言ってくれたよね」

 兄はちゃんと覚えていたようで、すぐさまああと答えてくれた。

「"cube"に選ばれた当時の私は一五歳の女の子。中学をでたばかりの子供さ。父上、想像してほしい。そんな子供がこう言われたらどう思うかな。――お前は、特別な存在だ」

 あの当時、私をつき動かしていたのはその一つのセンテンス。この一言が、私を惑わせた。

「……少々天狗にはなるな」

「そう。私もそれだ。中学生の時の私なんて、どこにでもいる奴だったろう。妙に周りに同調して、そのくせ内心じゃいつも誰かをバカにしていた。偉そうに世の中はバカばかりだと憂いたときさえあった」

 思い出すだけで恥ずかしいエピソードばかりだ。ランドセルから卒業して少ししか経っていない子供が、大人になったと勘違いして、ひたすら周りを見下し、自分は特別な存在だと本気で思っていたんだから。

「そしてそんなときに、選ばれましたの一言。正直、うれしかったよ。ああ、やっぱり私はそうなんだなんて考えた」

 もはや病気だったと思いたい。そこまで恥ずかしいエピソードだ。

「じゃあ、"cube"っていうのは報酬も何もないのか」

 そういうものがあって、それで『主』がほかの"cube"を動かしていたと思っていたのか、仁志が心底驚いたような声を出すので、ああと頷く。報酬なんてなにもない。"cube"になって得することなんて何もない。

 ただ、得られるものはある。

「"cube"を動かしているのは」 

 そこで一端言葉を区切ったのは、自分がそれに毒された過去があるから。それをイヤと言うほど思い知らされるから。

「馬鹿げた特権意識と、子供じみた優越感だ」

まだ過去の話が続きます。

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