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剥奪

犯人との対峙を終えた蓮見に父があることを問いはじめる。

 5



 なかなか面白い顔が揃っているとは思う。私からすれば毎日見ている人たちなのだが、この三人が同じテーブルについているのは初めて見た。今後もたぶんないだろう。

「三人揃って仏頂面なんかしないでくれるかい。せっかくこっちが腕をふるって作った料理が目の前にあるんだ。少しは笑顔を見せてくれてもいいと思うね」

 ここは我が家。そしていつものリビング。テーブルについているのは、私と父と兄、そして本日のゲストである仁志。そして全員の前に私の手作りのミートスパゲッティとサラダ、そして野菜スープがある。

「理不尽だ。なんであんたの料理がこんなに美味いんだよ」

 仁志が喜んでいいのか、それともテーブルの下でスネを蹴ってやるべきか迷ってしまうコメントをしてくれる。

 今日、仁志のご両親が遠方に知人の結婚式で家を空けているらしい。最初はそれを知らなかったが家に帰る前に近所の話好きの奥さんに捕まって、長々としたマシンガントークのついで教えてもらった。

 仁志はすでに私の協力者として目をつけられているので、できれば家で一人にさしたくはない。なので彼の家に行き、今晩はこっちで過ごす様に進めたわけだ。もちろん彼の性格からして素直に言うことを聞くとは思えなかったので、多少強引な手段にでた。どういう手段かは彼のために黙っておくけどね。

「料理は得意なんだよ。いつかこれを使って美女を落とすんだ」

 ちなみに仁志が私の手料理を食べるのは初めて。きっとまずいに決まっていると決めかかっていたのに、一口食べると黙ってしまった。というか、私の料理が黙らせた。

「レイは母さん似だからね。何でもできる」

 兄のほめ言葉は的を射ていた。母は料理はもちろん、多くのことをなんでもできた。特に練習もしないのにこなしてしまうという恐ろしい人物である。そして料理に関しては確かに私は母に似ているんだろう。母から教わったとか、家庭科の授業が好きだったとかではなく、やってやろうと意気込んで始めたら、出来たという経緯だから。

 ちなみにそんな母はこの間、家族が全員留守にしている時にオーストラリア旅行から帰ってきていたらしい。いつ帰るとかという連絡がまるで分からなかったのだが、家に帰ったらお土産と『帰って来たわよー』というメモだけ残されていた。そして今はまたおばさんたちと電車を乗り継いで国内をフラフラと旅行しているらしい。

 じっとしているのが嫌いで、常に動いていたいらしい。最近では私という主婦代わりの存在が出来たからそれがひどくなっている。自由なのは母らしく、見ているこっちも幸せなのだが一体どこにいるのか皆目検討もつかないというのは不安でもあった。

 父だけにはラブメールを毎日送っているらしく、それが母との数少ない連絡回線だ。

 ちなみに、オーストラリア土産は私にはコアラとカンガルーのぬいぐるみ。二匹仲良く私の部屋で転がっている。

「まるで俺が不器用みたいな言い方じゃないか」

 父が抗議をするが誰も何も言わない。そりゃあ、器用じゃないだろう。そんなお堅い性格じゃ。言っておくけどね、ほめ言葉だよ。

 フォークをくるくると回しながらスパゲッティを巻いていると、ごんっという大きな音がなった。なんとなく分かっていたけど、それは父がコップをテーブルに置いた音で、わかりやすい感情表現だったりする。

「食器は大切に扱ってほしいね。割れたら危ないよ」

 これは無視されては困る主張。

「レイ。今日の作戦はどういうつもりだったんだ」

 それを無視して険しい顔つきの父が有無をいわさぬ態度にでてきた。これはおふざけが通用する雰囲気じゃないみたいだ。

「話した通り。『主』と話したかった。それだけだよ」

 テレビから聞こえてくるコメディアンたちのそこそこ笑えるトーク。いつもなら喜んでみるのだが、今日はそんなことはさせてもらえそうにない。

「かなり『主』と電話でやり合ったって聞いたぞ。それに聞くところによると、お前、"cube"をつぶそうとしたことがあるそうじゃないか」

 大雑把な電話の内容は話したものの、その件については話していない。なのに父がここまで知ってるのはもちろん、誰かが報告したから。私がその誰かさんをにらむと、舌を出されてそっぽをむかれた。全く、かわいくない奴だ。

「今日はいい機会だ。いい加減、お前と"cube"の関係について聞かせなさい」

 サラダを一口頬張った。なんとドレッシングまで手作りの力作。もちろん、おいしいに決まっている。ただ今日は"cube"の話をしないといけないみたいだ。せっかくのおいしい料理も、おいしくなくなってしまう。けどまあ、仕方ないか。隠し通せるものでもない。

 フォークを音を立てないようゆっくりと置いた。テーブルマナーってやつだね。

「そうだね。ちょっとだけ話してみようか」

 コップの水を飲んで、心を落ち着かせると同時に、兄がリモコンでテレビを消したので、ちょっとした静寂がリビングに落ちた。

「そもそも"cube"っていうのは前にも話したとおり、誰が"cube"なのかは"cube"も知らない。知ってるのは『主』だけ」

「そこ、そこなんだけどさ」

 仁志が急に声を上げて会話に参入してきた。

「"cube"の噂では、引退した奴が後継者を選ぶって話なんだ。だったら前の"cube"は今誰が"cube"なのか知ってるんじゃないのか。そうだったとしたら、一気に解決できる」

 仁志が言ってることは正しい。もし本当にそうだったとしたら、解決への手がかりがいくつもでてくる。ただそうはならないから私は今も『主』に遊ばれていて、警察も手をこまねいていて、『主』も自由気ままに行動しているんだけど。

「あの言い伝えには語弊があるんだ。いや、たぶん意図的な間違いだけどね」

 たぶんというか絶対だろうな。あの言い伝えはすごく調子がいい。だって、あれだけの情報がありながら『主』の陰すら見えないようになっているんだから。そんな都合がいいことがたまたま起こったなんていうのは考えにくい。

「普通の"cube"には後継者選択の権利はない。指名権があるのは『主』だけ。私もある日突然、『主』に指名された。驚いたことに拒否権はないんだよ、あれ」

 飲み干し忘れていた野菜スープを一口飲んだ。この絶妙な味付け。言い出したら止まらなくなる自画自賛をしたくなったのだが、冷めてしまう前にとりえず飲み干す。

「じゃあ、誰が"cube"になったのかは本当に『主』しか知らないのかよ」

 絶望感に染まった仁志の顔を見つめながら、非情にも静かに頷いた。彼には悪いがあの言い伝えで探っていけるほど、甘い事件じゃない。

「だから歴代の、たとえば去年卒業した"cube"を見つけても仕方ないよ。無意味だね。けど、前代の『主』を見つけたら今の『主』も知ってるだろうね。だけど今の『主』を見つけ出せない現状で、過去の『主』なんて特定できるとは思えない」

 ここでちらりと父を見ると、最初は表情を変えなかった。そしてそれを維持するのをかなり努力していたのだが、私が見抜いていることを伝えるためにずっと見続けていたいら、腕を組んだまま仏頂面でため息をついた。

「その捜査をしていることは黙っていたはずだがな」

「私ならそうすると思ったことを口にしただけさ。やめろとはいわないけど、期待しない方がいいと思うよ」

 警察ならそういう捜査をしていることは予想がついていた。父が私に黙っていたのは、私が歴代"cube"の一人だから。つまり私も容疑者の一人というわけだ。特に驚く必要もない。警察という組織がちゃんと捜査をしているということだ。

 私としては『主』じゃないからいくら調べられても別にかまわない。無罪はどうあっても無罪だ。それは有罪がどういう理由であれ有罪であるように。

「……"cube"のことで話せることは実を言うと、そんなに多くはないんだよ」

 そう切り出すと三人が同時に首を傾げてみせた。親子みたいだ。いや実際に二人は親子なんだけどさ。

「なんでだよ、三年間もあれに属してたんだろ」

「ひぃ君、言い伝えを思い出してごらん」

 またしても悪癖の前後の会話をすっとばす提案をしてしまったが、仁志は慣れたように従ってくれた。もちろん、いい顔はしていない。ただそれでも素直に小声で伝えられていることをつぶやいている。

 そしてしばらくして固まった。そのまま私を凝視する。

「そう、その通りなんだよね」

 困ったように笑ってやった。兄と父が何がなんだかわからない様子だったので、端的に説明した。

「私は一年生の初めに"cube"に指名された。そして――」

 あのときのことを思い出してしまい、毒を吐くつもりで告白する。

「二年の秋、裏切り者として"cube"の資格を剥奪された」

というわけで、CUBEの説明を始めます。

そして、ここからは蓮見の高校時代の話に。

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