対峙
蓮見のもとに連絡が入る。
4
ヘッドフォンを頭からはずして、深々と息を吐く。校内放送は久々で、つい在校中を思い出しそうになったがそれをさせてくれなかったのがメールだ。二通、あの短時間で届いた。予想していた、期待していたこととはいえポーカーフェイス、いやポーカーヴォイスでいるのは中々大変だった。
「大丈夫だったのかよ」
仁志が開けたままの私の携帯を不安げに手に取っていた。
「言ったろう。相手の反応が見たいだけだって。あそこで脅しにおれてたら、二通目のメールは見れなかった」
イスから立ち上がって、彼の手から携帯を取る。二通目の「殺す」にはさすがに血の気が引いた。あれほど説得力のある「殺す」は滅多と無い。そして今後ともないようにお願いしたい。
「無視するし、喧嘩売るし……怒らせただけだろ」
「大丈夫。本番はこれからだよ。たぶんね」
仁志が首を傾げると同時に私の手の上で携帯がふるえだして、彼がびくんっと反応する。今度はメールじゃなく、直接電話だ。期待通りの結果じゃないか。
非通知発信。さっきのメールもそうだが、どうせ盗んだ携帯からかけているに決まっている。逆探知は用意していない。父はそうしたほうがいいと力説したが、盗んだ携帯を逆探知しても無意味だし、発信地点もどうせ校内だということを説明すると反論できず消沈した。それくらい『主』は分かっている。だからこそ、メールも電話もしてくれるんだ。自ら足跡を残すような間抜けな奴なら、誰も彼もこんなに苦労させられていないだろう。
仁志に静かにしておくようにと、唇に人差し指をあてて黙らせ、電話にでる。少し心臓の鼓動が激しくなっている自覚はあった。
「もしもし」
『殺されたいの』
こっちの呼応にかぶせるように素早く、恐ろしい単語が飛んできた。
この声を聞くのは茜ちゃんが死んだとき以来だというのに、ずいぶんと懐かしい気持ちになった。ただ同時にあのときの怒りなどもふきあがってくる。
「いや、まだ死にたくないよ。せめて還暦は迎えたい。それまで待ってくれるかい」
『ふざけるな。なら、あなたは殺さない。殺すのはあなたの後輩たちだ。隣でおびえてるあなたの弟分や、最近やけに動いてる鴻池も含んでる。言っておいてやる。こっちは誰だって殺せるんだ』
怒気や殺気というものがストレートに伝わってくる。そしてそれらには嘘はない。電話の向こうの『主』は、本当に誰だって殺せるんだろう。それは身体的とか、技術的にとかじゃなく、精神的にそんなことをしても平然としていられるという意味において。
「怒ってるのかい」
『怒ってる? 怒ってたら今頃人が死んでる。だからまだ謝れば許してやる。いいか、すぐに荷物検査を中止しろ』
「あれは警察の決定だよ」
『警察が荷物検査なんてするなら事件当日にしてる。今するということは、誰かが警察をそそのかしたからだ。そして荷物検査の目的は『箱』。そそのかした奴はその存在を知ってる奴。……甘く見るな』
何でもかんでもお見通しすぎる。スパイでもいるんじゃないかと怖くなるが、どうやら『主』が自身で出した推論みたいだ。甘くなんてみれるはずない。そんなことをしたらあっという間に裏をかかれて、首を切られる。もともと私がここまで無防備に動き回ってること自体、危険極まりない賭なのだから。
ここまで嫌なものか。どうせならあの子供っぽい、幼稚な口調の方がまだ話しやすいな。そうしないのは焦ってる証拠だから、こっちとしてはいいのだけど。そのままの勢いで何かへまをしてくれないかな。
『学園長にも言っておいたはずだ。いざとなれば被害者を拡大さす。あんたの言った通り、こっちの目的は"cube"だ。けどそれを邪魔するなら、それ以外も殺す。いいのか』
いいわけない。なんて選択肢のない質問だろう。いいわけないのだが、だからと言って"cube"が殺されていく現状がいいわけでもない。だからこそ今だって、殺人鬼とこうやって話してる。だれが好き好んでこんなことするものか。
「わからないね。なんで"cube"を殺してるんだい」
会話の主導権をもっていかれそうだったので、質問によって奪い返そうとした。もちろん素直に答えないのは百も承知。ただ一方的に喋られてはたまらない。今回の目的は『主』との会話にある。ただ喋られるだけでは、目的は達成できない。
ここで急に相手の声の調子が変わった。前回話していたときのような、おどけた、というかふざけた口調になる。
『不思議なことを訊くね、探偵さん。あんたならわかるんじゃないか。知ってるだろう? "cube"は醜悪な組織。つぶした方がいいんだ。なにより、それを真っ先にしようとしたのは他でもないあなたじゃないか、蓮見レイ』
隣で電話の漏れていた声を聞いていた仁志が驚いて私を見た。私はなるべく表情を崩さないように心がけていたが、不機嫌さがにじみ出てしまっているかもしれない。どうしてこの『主』はそこまで知ってる。
あの記憶が蘇る。私の人生経験上、最も悔しかった出来事。そして同時に最も惨めな出来事。
『あなたと私は同じさ。悪をつぶす正義のヒーロー、そうだろう?』
「違う。一緒にするな。私はおまえみたいに人を殺さない。私は悪をつぶすために悪になったりはしない」
つい口が悪くなってしまったが抑えられなかった。私がこんな殺人鬼と一緒? ふざけないでほしい。私は正義のヒーローになろうとは思ったことがないが、悪にだけはならないよう心がけている。
電話の向こうで高笑いが聞こえてくる。完全に人を見下し、バカにした笑い声。
『あの組織にのまれた人間が、今頃そんなことを言っても無意味に等しいね。あなただって仕事をしたはずだ。したよね? したんでしょ? 絶対したじゃん』
「うるさい」
『うるさい? さっきまで放送でわめいてたのは誰? ねえ、誰? 今更あんなことして何になるんだか。わかってるとは思うけど、もう三人死んでる。一人はあなたの目の前で。一人はあなたのお休み中に。もうあなたじゃ止められない。どうせまた死ぬ。ていうか、殺す。あはは、楽しいねぇー』
殺してやりたい。たとえ法や正義が全力で止めてきても、電話の相手を切り刻んで、再起不能にしてやりたい。感情の赴くまま、鋭利なナイフを突き立ててそれを振り落としたやりたい。
そんなどす黒い感情が心や頭だけじゃなく、体まで支配していってる感覚に見回れた。あまりの感情の激しさに何も言えないで、ただただ目を鋭くする。そんな私を無視して、笑い声を含んだ声がまた聞こえてきた。
『ああ、そろそろ本題に戻りましょうよ。あなたと私が同じなのは変わらないんだから。いいかな、荷物検査は中止してよ。じゃないと、本当に知らない』
会話のリズムを完全に狂わされている。落ち着いて対処しないといけないのに、腹の底から沸き上がる怒りとか、『主』の言うことを完全否定できない自己嫌悪とかが頭を侵略してきていつもの理性をたもてないでいる。
携帯を持っていない方の手が急に温もりに包まれた。はっとして手を見ると、仁志が優しく両手で包んでいた。そして顔をこっちに向けて、口だけ動かす。唇の動きでなにを言ってるのかわかった。おちつけ、だ。
頷いて、少し間を置いて会話を続ける。
「……分かった。荷物検査はなら中止するようにする。ただこちらとしたって言いたいことはある。これ以上人を殺すな」
そんなことを素直にきく奴じゃないと分かっているのに言葉にするのは、それくらいしかできないから。
また笑い飛ばされるのかと思ったけど、そうはならず、電話の向こうから叫びに近い拒絶が聞こえてきた。
『わかってないわかってないわかってないっ! いい? そっちに命令する権利なんてない! 殺されたくなかったら――』
そこで一瞬の空白が生まれた。ただそれはすぐに死んでしまう。
『……捕まえてみなよ、探偵さん』
それがラストメッセージだった。電話がきれて、ツーッツーッという機械音が聞こえてくる。これ以上話すこともないらしい。ただ、今回のことでだいぶ状況が変わる可能性がある。『主』もそれを理解して焦っている。
あとは『主』の言葉に従うだけ。望み通り、荷物検査は中止させないといけない。もともと電話をさせるための餌だ。惜しいとは思うが、期待はしていなかった。
そしてあと一つ。
捕まえてやるさ、絶対。
「――調子に乗るな」
絞り出した声に、どのくらいの憎悪が含まれていたかは自分でもわからなかった。
そろそろCUBEとは何かの説明にはいろうかと。




