焦燥
蓮見が放送を開始したことで、動きが……
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『全校生徒、及び"cube"に告ぐ』
蓮見レイの声が頭の上から突然降ってきた。スピーカーを見上げて、それを凝視する。一体何をする気か分からないが、"cube"という言葉を使ってきたので明らかに事件に関係することだろう。ここに来て、ようやく向こう側から何かを仕掛けてくるらしい。いい度胸。買ってやる。
焦燥を一瞬で消し去って耳を研ぎすます。
『ただいまから緊急校内放送を開始する。忙しいところ申し訳ないが、耳と意識を貸して欲しい』
丁寧な言葉を使っているがどう考えてもこれは強制している。誰か無視するといけないから最初から"cube"なんて言葉を発したに決まっている。事件の話だと最初に宣言して生徒たちの興味を一気に引きつけた。そしておそらくは、これは呼びかけでもある。思わず唇がゆがむ。こっちからら一方的にコンタクトをとっていたのを不満に思ったらしい。
ならちゃんと耳を貸すよ、批評家さん。
『ご存じの通り、今現在、この学校では普通じゃ考えられない事態が起こっている。君らが不安がっているのもちゃんと理解している』
くだらないおしゃべりはやめて早く本題に入れ。生徒たちが不安がっている? 確かに怖がっている生徒もいるが、本当に賢い連中は休んでいる。登校しているほとんどの連中は自分は関係ないと決めてかかってるバカどもじゃないか。殺されたって文句なんか言わさない。まあ、死人に口なし。文句なんて言えるはずもないのだけど。
『そこでそんな不安をなぎ払ってみたいと思う。安心してほしい。今回の事件は実は無差別犯罪じゃなく、ちゃんとしたターゲットがいる。そう、被害者は全員特定の人物だ。分かりやすく言うと、"cube"だ』
校内のざわつきが一気に増した。バカどもが騒ぎだす。
思わず笑いたくなった。批評家、いや探偵さん、おもしろいことをしてくる。今現在、"cube"がなんらかの形で事件に関わっているというのは校内では常識だが、被害者になっているとは公にされていなかった。当たり前だ。警察はそもそも"cube"の存在さえ世間には公表していない。
なのにここで一気に発表し、あまつさえそれが被害者になってるとまで言ってのけた。
多くの生徒は"cube"が被害者ではなく、加害者になってると噂していたのをひっくり返した。これはおもしろい。だから校内放送なんて使用したのか。誰の耳にも聞き漏らしがないように。
『ああ、落ち着いてほしい。というか、黙りなさい。いいかい。だからこれは呼びかけだよ。殺された三名は全員"cube"だ。だからもし今、この放送を聞いている"cube"がいるなら名乗り出てほしい。何もしない。ただ保護したいんだ。これ以上、死人を出したくない』
優しい探偵さんだ。最後の言葉だけ妙に感情がこもっていた。しかし、これは厄介なことになる。いやそれが目的か。保護したいという本音と、こっちを困らせるという目的。両方兼ね備えた呼びかけ。
ちょっとは楽しませてくれるらしいが、あまり調子に乗られても困る。携帯電話を取り出して、彼女宛にメールを書いた。
『放送を中止しろ』
その一文だけの素っ気ないメールを送ってやった。
『何度も言うようだけど、名乗り出てくれ。おっ』
そこで彼女の声が止まった。どうやらメールが届いたらしい。これでこの愉快な昼間のミュージックも終わりだ。少し残念。いつものくだらない曲よりは楽しませてもらった。ただこれ以上囀られると楽しすぎて少々不愉快になり、それはお互いにあまりよろしくないだろう。
生徒たちが長い間に疑問を持ち始める。さて、そろそろ音楽を流して欲しい。昼間の音楽はバカ共の喧噪を紛らわすのに丁度いいのだから。
『ああ、すまない。ちょっと止まってしまたね。それじゃあ、続けよう』
予想に反して彼女が続けてきたので、思わず舌打ちをした。それも大きめの。どう考えたってメールは届いてるはずだ。だから声をいったん止めた。なのに続けるだと。しかもまるで動揺していない。
最初からこっちから連絡があると分かっていて、そしてそれを無視すると決めていたんだ。そして無視してると伝えるために、間をおいた。
かなり屈辱的。
『それはさておき、実はこの次の五時限目、あることを警察が実施するらしい』
いやな予感がした。また携帯でメールを打つ。『やめろ。殺すぞ』。それだけをまた送ると、また放送が聞こえなくなった。今度は間が長い。さすがに殺すと言われたら、黙るだろう。
一秒、二秒と長くなる間。どうやら怖じ気ついて命令に従うらしいと安心して携帯をしまおうとした矢先、また彼女の声が降ってきた。
『ああ、今情報が届いた。どうやら一斉に持ち物検査をするらしい。ご協力お願いしますだってさ』
最後にクスッと笑いやがった。なんてこと……止まらない。止まる気なんてない様だ。これは完全に喧嘩を売られている。しかも持ち物検査だと。
『不審物を持ち歩いてる生徒がいたら怖いだろう。それを防ぐ為さ』
違う、不審物なんて求めてるんじゃない。どう考えても彼女の望みは『箱』だ。あれを持ってる生徒をローラー作戦で一気に見つけだす気だ。荒っぽいが確実な作戦ではある。今まで小林陸に張り付いて失敗したので、一気に大胆な作戦にでてきたみたい。これは……。
まずい。まずい。まずい――。
『もちろん、強制じゃないよ。任意ってやつだ。拒否したい子はしてくれていい』
ふざけるな。こんな身分が丸わかりの場所で、任意を拒否なんてしたら目を付けられるに決まっている。拒否権なんてあるようでないと同じだ。それくらい、どんなバカでも分かる。
くそっ。どうする。どうすべきだ。
『じゃあ、きょうの放送はここまで質問等がある人は直接私に言いに来るように。じゃあ、食事中悪かったね。アディオス』
彼女の声が聞こえなくなると同時に、軽快なポップスが流れ始めた。最近の流行歌。明るいメロディに、バカみたいな歌詞。売れ筋のアイドルグループが歌っていたのを覚えている。それが完全に挑発であることは当然分かってた。
校内は放送が終わって一気に騒がしくなる。放送中殺していた息をよみがえらせた生徒たちがそこら中を歩き回り、誰かが小さな輪を創ると、それは徐々に肥大化していく。ただ無能がどれだけ集まったって無能なのに変わりはない。ゼロはいくら集まろうとゼロ。そんな無能たちの話題は当然、"cube"と持ち物検査について。
持ち物検査なんてイヤだと喚いてる奴もいる。そんな奴を友達が警告していた。警察に目をつけられるぞ、と。できればそうしてほしい。今現在、向こう側がこっちを追い詰めようとしているのは当然理解している。それでも電話をかけたり、犯行を重ねたりして余裕をかましているのは事実だが、決してこっちが圧倒的に有利な立場にいるわけじゃない。誰かがえん罪で捕まってくれた方がいい。身代わりを創る算段を、今からでもいいから考えるべきかも知れない。
そんな思考を置いといて、さっきまで校内に彼女の声を響かせていたスピーカーをにらみつける。そしてまた携帯を手に取った。今度はメールでは無意味なようなので、電話をかけることにした。彼女に電話をかけるのはあの時以来。もう半月も経ってしまっている。できればしたくない。逆探知なんてものも考えられる。もちろん、それをされても微塵も困らないようにしてはいるが。
ボタンを素早く押しているとき、これが彼女の望みだと、そのとき初めて気づいた。
ずっとこちら側視点というのは初めてですね。




