放送
学園長の協力を得た蓮見は遂に仕掛け出す。
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高校二年生の時、放送室をジャックしたことがある。もちろん悪意のある目的があったわけじゃない。どうしても校内全体に私の声を届ける必要があったから、仕方なくそうした。当時の放送部の部長が快く協力してくれたらあんな強硬手段にはでなかったと言い訳しておく。しかしおかげで私は放送部員から以後目の敵にされたし、海野先生にきっちりしぼられてしまった。
そんな思い出深い放送室で、機材の点検をしていた。素人の私に出来ることなど限られているけど、最低限はやっておきたい。一応、さっきまで先生が準備して大丈夫だとは言っていたが、自分でもしとかないと安心できないから。
「しかし、警察も学園長もよく許可したもんだな」
同じく機材の点検をしている仁志が半ば呆れていた。彼は生徒会の仕事で放送室を何度か使ったことがあるらしく、頼りになってくれている。そんな彼の不安はかなり大きいようだ。
「こんな作戦、無茶すぎるだろう」
「まあ、ふつうに考えればそうだね。危険が大きい。ただ警察としてもこの事件は汚点になってるから早く解決したい。けど特に捜査が進展することもないから私のあの案にのっただけだよ。それに警察としてもそろそろ公表すべきだと思ってたみたいだよ」
作戦の概要は父を通して警察に報告してある。どうしても警察の許可が必要だった。素人の私が口を出したことに一部関係者は不快感を表したようだが、小林陸に目をつけていた点と、私が犯人に注目されているという点で、作戦に協力してくれることになった。
婆さんの協力も不可欠だった。いや正確には婆さんをはじめとする、学校側だ。これも昨日味方につけたので問題ない。あの話し合いがなければ、一部の先生方だけと結託してまたジャックするつもりだったが。
「成功すんのか」
端的な質問に思わずため息が漏れる。さっきからもうずっとこれを訊いてくるし、同じように答えている。
「だから、この作戦に成功も失敗もない。私がほしいのちょっとしたデータさ」
作戦自体は小難しいものじゃない。全校生徒に呼びかけて、その中に含まれる『主』にメッセージを送るだけだ。あとはそのメッセージに『主』がどう反応するか。私が欲しいのは反応だけ。あとはどうだっていい。
上手くいけばかなりの手がかりは得られるはずだ。運が良ければ個人の単位で『主』が特定できるかもしれない。もちろん希薄だが、零でもない。
「けどかなり危険だろう。下手したらほかの生徒まで危ない」
今回の作戦にこの心配はつきもので、仁志はかなりこれを懸念していた。もちろん私だってそうではあるが、ここの生徒が危険なのはもうずっと前からで、それを不安材料にして行動しないなんてことになれば、それはそれで『主』の思うつぼだったりする。
「何度も言うけど、いざとなれば何とかなる。そういう反応を出すはずだ」
機材の点検がすべて終わった段階でいすに座って、携帯を取り出して有華ちゃんを呼び出した。仁志がここでサポート役に徹している間、彼女には外の様子を見てもらうことになっていた。
『もしもし』
声を押し殺した有華ちゃんが電話に出てくれた。
「外の様子に変化はないかい」
『ないですよ。いつも通りです。皆、昼の校内放送がないことも気づいてないみたいです』
現在は昼休み。いつもならこの時間は放送部員が完全に趣味で選んだ曲が流れているが、今は止めている。そもそもあの放送を聞いてる生徒なんてごく少数。その少数ならいつもと違うとは思っているだろうが、別に苦情を出してきたりしないだろう。放送部員たちには顧問から今日は機材点検でないと言ってもらっているし。
「それで君は今どこにいるのかな」
『蓮見さんの指示通り、屋上ですよ』
この作戦をするにあたってできる限り有華ちゃんには生徒が見やすい場所、かつ彼女が隠れられる場所にいてもらうことになっていた。そうなると屋上がベストポジション。あそこなら教室の中までは無理だが、校内をおおかた見渡せる。
そして彼女が隠れやすい。見つかっても今現在、屋上は基本的に立ち入り禁止。そこを父に無理を言って有華ちゃんだけ入れてもらっている。父は最後までふつうの警官をそこにつけたらいいと推してきたが、それではだめだった。
普通の警官は確かに頼もしいが、「いつも」の校内の雰囲気を知らない。だから「異常」にも気づきにくい。明らかな異常にはすぐ気づくだろうがただ「いつも」と少し違う、というわずかな「異常」には気づかない。だから有華ちゃんに頼っている。
もちろん、警官も屋上にはいる。今回、有華ちゃんの身が危なくなる可能性もあるのでボディガードだ。
「それでいい。君はただ校内の様子、特に携帯をいじっている生徒を見ててほしい。携帯のカメラで撮れるだけでも撮っといてね」
『それは分かりましたけど、一体、何するつもりなんですか』
今回の作戦の内容は警察関係者には話しているが、ほかの人には多くを説明していない。校内放送で『主』に呼びかけるというのだけだ。言いたいだが、情報漏洩を考えると、あまり言い触らすこともできない。信頼していないわけではないが、最悪のことを考えると仕方ない。
仁志にだけは今さっき説明しておいた。あまりにしつこく聞いてくるので。
「なに。ちょっとした交信さ。とにかく頼んだよ」
また質問される前に、そう濁しておいて素早く電話を切った。
「さて、ひぃ君、そろそろミュージックスタートといこうか」
マイク付きのヘッドフォンを装着しながら、私が呼びかけると彼は息を飲んだ。こっちが無理矢理明るく振る舞っているのだから、それに答えてほしい。心配なのは分かるけどさ。ここまできたら心配なんてするだけ無駄なのに。
「……心配しないの。大丈夫だから」
不安でいっぱいの彼の頭をなでながらそう落ち着かしてやる。そもそも今日の作戦はそこまで深刻になるものではない。本当にただの交信だ。ようはこっちから初めて『主』に話しかけるだけだ。相手がそれに答えてくれるかどうかは賭だけど、多分答えるだろう。
中々強めの力ですぐに腕を払われてしまった。
「……お姉さんぶんな」
それは困る。私は仁志の姉貴分であることがちょっと嬉しいのだから。まあ、けど彼のプライドも尊重してあげないといけない。
「そうだよ。その調子で頼む。じゃあ、やろうか。いや、やってやろうか」
喧嘩を仕掛けるときに使うような言葉に訂正したのは、今からまさに大げさに言えば戦争を始めるからだ。仁志が頷いて機材の電源をいれ始め、さっきまで静かだった放送室に機材の稼働音が小さく響き、電源が入った合図のランプが点灯した。それを確認してから、喉の調子を整えて一気に宣戦布告をマイクに吹きかける。
「全校生徒、及び"cube"に告ぐ」
そして誰より、この放送を今もこの学校のどこかで聞いているであろう『主』に、犯人に告ぐ。
放送室ってなんか特別な空気がありましたよね。
学校を支配できそうな、不思議なところでした。
あ、今全体の三分の一くらいです。




