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予感

今後の捜査について考える蓮見であったが……。

 紙パックの牛乳をストローで飲みながら仁志が訊いてくる。まるで給食みたいな昼食だ。

「監視は続ける。彼の立ち位置は今までと変わりない」

 あの話し合いだけで彼が白か黒かなんて判断できるはずがない。信じたいし、疑いたくないのは本心だがそうするにはそれだけの根拠がほしい。せめて私だけでも納得できる根拠が。

「そうか。けど、俺個人的な意見を言っていいか」

 仁志が言いたいことはだいたい分かっているので、あまり聞きたくない。発言権を迫る仁志と、それを拒みはしないが許可しない私を有華ちゃんが不思議そうに眺めている。

「……君が話す必要はない。小林陸は黒に近づいた。そう言いたいんだろ?」

「ああ。だってそんな聞いたこともない噂をそのまま真に受けるわけにはいかないだろう。小林が捜査の攪乱を狙ってるのかもしれない。それだけじゃない。そんな噂、俺も鴻池さんも聞いてない。ここ最近ずっと"cube"をかぎ回ってる俺たちがだぞ。不自然じゃないか」

「そんなことは言われなくても分かってるさ。だから、これからは個人的に彼の監視を強化する」

 そう宣言すると威勢の良かった仁志が急に言葉を止めた。そしてそのまま顔を引きつらせる。

「あ、あのぉ、監視の強化っていうのは一体?」

 事情を知らない有華ちゃんが律儀に手を挙げながら質問する。仁志の場合は、私のやり方を知っているので驚きはしない。もちろん、賛同もしてくれないけど。そんなのは求めてないので構わない。

「ストーキングだよ。所謂ストーカーって奴だね。私は尾行って呼んで欲しいけど」

「す、ストーカーっ!」

 呼んで欲しいと言っている矢先からストーカー呼ばわりされた。心外だ。

「ダメですよ蓮見さん。犯罪ですよ」

「大丈夫さ。私が何もしない限り、警察は動かない」

 仁志や有華ちゃんのような普通の人からすれば、驚いたり引いたりするのが当たり前の行為だけど私はそこまで抵抗はない。人を傷つける目的なら絶対にダメだが、護るためならそれくらいは当然だ。護衛やSPっていうのは見方によってはストーカーじゃないか。

 それに言った通り、ストーカーじゃ警察は動かない。昔の父の重々しい記憶が蘇ってきて気分が悪くなった。ストーカー被害を止めたのに、減給になった父の姿がまだ私の脳裏にはちゃんと残っている。

「警察っていうのはそういう組織さ。心配することじゃないんだよ、今回が初めてじゃないし」

 尾行はもう何度もやっている。高校時代も、大学生になった今でも。もちろん依頼主のためだ。誰をずっと見続けるなんて好きこのんではできない。誰を一人を見続けるくらいなら、美人をたくさん見たい。

「……人殺しかもしれねぇ奴をつけ回すんだぞ。いやもしかしたらもう『主』が目をつけてあんたより先に尾行してるかもしれない。本気で危ないぞ」

「おかしなことを言うね、ひぃ君。ずっと前からもう危ないんだよ。知らなかったのかい」

 ここで彼とにらみ合うことになった。彼が私の身を案じてくれているのは分かってる。けどここで、ああそうだねと言って彼に甘えるわけにもいかない。私にだって意地やプライドがある。そしてなにより、そんなことは承知の上でそれでも護りたいと思えている。

 少ししてから、どうせ私が退くわけないと長年の付き合いで分かった仁志が鞘を収めてくれた。

「気をつけてくれよ、本当に。親父さんや一郎さんから頼むって言われてる身になってくれ」

 一郎とは兄の名前だ。兄が一郎だから、私はレイ。父としては長女らしい名前をつけたかったらしいが、母がこの名前を譲らなかった。もう十九年も前から父は母に頭が上がらなかったようだ。

 なるほど。父や兄は仁志にそんな頼み事をしていたのか。親バカとシスコン。全く、笑える家族構成じゃないか。幸せすぎて涙が出てくる。

「分かってる。けど気をつけるのは君たちもだよ。さっきの噂を忘れず、細心の注意を払ってくれ」

 これだけはしつこいと言われようと念を押しておかないといけない。最悪、これからの展開次第では二人を捜査から外すことも考えておかないといけない。

 有華ちゃんがお弁当を食べ終えて、丁寧に手を合わせている。本当に律儀な子だ。

「これからの捜査は基本的には何も変わらない。ただ、ひぃ君、小林陸の監視を強化する。彼の行動をさらに細かく知らせてくれ」

 仁志は決意のこもった目でそれを承諾した。

「それと彼、あの情報提供者にも気をつける様に言っといてくれ。何があるか分からないからね」

 小林陸の情報をくれている生徒には一度会っている。協力してくれると心強いことを言っていたが、どちらかというと単純に非日常を楽しんでいるようだったが、協力者に変わりない。大切に扱わないと。

「有華ちゃん、小林陸はその噂を女子生徒から聞いたそうだ。もしかしたらもっと詳しい情報を知ってる子がいるかもしれない。今度からはその噂も絡めて捜査してくれ」

「はい」

 実に気持ちのいい返事をしてくれる。

 その後、二人はそれぞれの教室に帰っていった。教室に帰る前、仁志はどうやら情報提供者に会って、監視強化の旨を伝えいったようだ。

 二人が帰った後、携帯を取り出して父にも同様に報告した。

『……どう思う?』

 電話口で感想を求められ、素直に答えた。

「考えてることは父上と同じさ。事件の輪郭が見えてきたんじゃないかな」

 "cube"の資格を奪える。もし噂が本当だったとするならば好き好んでそれに入りたい奴は探しだそうとする。そして本当に見つける。そしてそこで……。

『いざこざが起こり、結果、殺人事件にまで発展している』

 さすがは長年刑事をやっているだけのことはある。噂を聞いただけで、そこまで推理してくれた。仁志と有華ちゃんはそこまでは分からなかった。だからあんなに念を押しておいたのだ。

 "cube"を調べているのは、"cube"になりたいからじゃないかと犯人に思われたら一巻の終わりになる。

『噂を鵜呑みにするわけにもいかないから可能性として考慮しておくし、上司にも伝えよう』

「うん。頼むよ」

 正直、昨日までは警察の介入は望ましくないと思っていた。それはつまり新しい被害者がでることを意味していたから。けど、今は何か違う。少し焦っている。嫌な予感がしてならない。

 仁志と有華ちゃんをこれ以上、踏み込ませたくないという気持ちがちょっと強まっている。

 会話を終えて、携帯をじっと見つめる。最初は明るかったディスプレイが、すぐに真っ暗になって画面に私の顔が映った。

 『主』からの連絡はあれ以来ない。けど、確実にあれが最後ではないだろう。そんな予感が強く胸のうちにあった。



 5



 堪えるつもりだったのに、大きく口をあけて欠伸をしてしまった。おまけに涙まででてくる。眠気が体を支配しそうなのがよく分かる。首を大きく左右に振って、目を覚まそうと頑張るが、努力だけではどうしようもないので、眠気覚ましのガムを取り出して、口に放った。

 目をこすって再びパソコンの画面と向き合う。世にいうオタクといわれる方々は毎日これとにらめっこをしているらしいが、信じられない。私はもう目が疲れてしかたない。よくこれをずっと見られるものだ、尊敬に値すると思う。

 こういう作業には慣れていない。今、目の前の画面にはこの高校の全校生徒の詳細な情報が載ったファイルが開けられている。それを昨日の晩から、一人一人細かくチェックしている。目的は『優秀な生徒』探しだ。優秀なんて定義はなんにだって当てはまるが、それだからと言って何もしないわけにはいかないので、最低限経歴だけでも優秀な生徒をリストアップして、それらをのせたリストを作っている。

 顔写真、出身小中学校、所属部など一人一人載ってある。なにか特別なことがある生徒はそのことも書かれている。こんなファイルを海野先生は一週間ほどで作ってくれた。もちろん一人だけではなく、他の先生方にも協力してもらったそうだ。先生方の中にも協力的な人が多い。やはり、二人の死を偶然とは思えないのだろう。

 そう考えると、あの婆さんがどれだけ鈍感かが分かる。

 とりあえず、昨日もらったそのファイルを昨晩からほぼ徹夜でチェックしている。ただ千人を越える生徒を全てチェックするのは、かなり時間がかかる。今はもう四時限目を過ぎているが、まだ二百名ほど残っていた。

 昨日は結局、放課後ずっと見回りをしたり、居残りをしている生徒たちに勉強を教えながら色々と探ってみたりし、その後は小林陸をつけた。ただ収穫は予想通りゼロ。彼は友達と喋りながら帰宅して、その後しばらくは家を出なかったので私も帰宅した。

 その後、いつも通り食事を作って、軽い家事をした後からずっとこの作業をしている。もういい加減嫌気がさしてきたが根をあげるわけにはいかない。

 今日は仁志から連絡はないので、小林陸はおとなしくしている様だ。

 ああ、ダメだ。また眠くなってきた。そういえば三時限目の報告をしにきた有華ちゃんに顔色が悪いとまで言われたのを思い出した。ガムはその時、眠いんだったらと言われてもらった物だ。ありがたいと思ったものの、残念ながらあんまり効果はない。

 イスの背もたれに全体重を預ける。指で目を押さえる。ああ、昼休みになればどうせ騒がしくなるし、チャイムも鳴る。自然と目が覚めるだろう。少しだけ眠らせてもらおう……。

 イスから立ち上がり、ソファーに寝ころんだ。私が記憶しているのは、ここまで。

第三章はあと2回。

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