強奪
蓮見の質問に小林は
長い間沈黙が続くかと思ったが、そうはならなかった。私の質問に、彼はすぐに答えてくれた。ただそれはちゃんとした言葉ではなく、軽快な笑い声だったが。
日頃は笑ってもはにかむ程度の彼が、両手でおなかを抑えて大笑いしている。かなり新鮮な姿だったが、当然良い気はしない。
「私の質問はそんなに面白かったかい」
笑い続けて答えない彼にそう言うと、両手をあわせてごめんごめんと謝られた。
「い、いや違うんだ。少しおかしくてさ……そうかぁ、俺がねぇ。ははは」
結局彼の笑いが収まるまでじっと待つことにした。気が済んだ彼は、またごめんごめんと謝る。
「そうか。蓮見さんがずっと疑ってたのは、そういうことだったんだ。どうりで最近、"cube"についてよく噂を聞くなって思ってたんだよ。蓮見さんが調べ回ってたんだ」
細かく言うと噂については私ではなく、仁志と有華ちゃんなのだけどそこは言う気はない。あの二人の存在を、向こう側に知られてないというのはこの調査において一番重要なことだ。
「まあ、そうだね」
「どうしてあんななぞめいた組織を調べてるのさ?」
「どうしてだろうね。君が答えてくれたら、答えるかもしれない」
「そう。なら答えるよ。俺は"cube"じゃない、絶対に」
語尾に絶対とまでつけてきたが、残念ながら彼にはそれを証明することはできない。もちろん私も彼を"cube"だと立証することはできないので人のことは言えないのだが、私の場合は運が良ければ荷物検査でもすれば片が付く。
もちろん、そんなことはしない。相手がさせてくれないだろうし、必ず『箱』を持ってるなんて保証もないから。
「疑ってるね」
「それが仕事みたいなものだからね。良心が痛むが仕方ないんだ。許してほしい」
おどけて見せる私に彼の方が疑いのまなざしを向けてきた。
「本当に真意が読めないよね。けど俺は答えたんだから、蓮見さんも答えてよ。どうして調べるの」
私が何かを調べるときは大抵、依頼を受けたからだ。もちろん私が直感的に気になったから調べるというケースもある。今回の場合においてはその両方。だが、依頼人のことは口にできない。守秘義務じゃない。依頼人がすでにいないからだ。
「謎めいているから調べてるんだよ」
「……ずるいね」
「私だって素直に答えるかどうかを決める権利はあるだろう」
微笑を浮かべてやると、今度は小さく笑われた。
「友達になろうって言ったのは、そっちのくせに」
そういえばそうだった。これは一本とられたな。
「まだ友達になるまでには色々と至難がありそうだね」
「蓮見さんが信じてくれれば、問題は解決するよ。けど俺としても"cube"じゃないとは証明できないから、面白い噂を教えてあげるよ。それで腹を割ったことにしてほしい」
彼はそういうとバットを置いて、私のそばまで寄ってきた。ただタバコのにおいが嫌だったのか顔をしかめる。仕方なく、また携帯灰皿にまだ少し長いタバコを入れた。すまない、マイ・ハニー。
彼は私の横でフェンスにもたれ掛かり座った。
「蓮見さんなら知ってるかもしれないけど、ここ最近、いや一年くらい前かな、"cube"の資格を奪えうるかもしれないって噂を聞いたんだ」
思わず体を硬直させてしまった。自分でも表情が凍っているのが分かる。私を見上げていた小林陸が、想像以上のリアクションに息を詰まらせた。
"cube"の資格を奪う……。そんなことが。
「ビックリするなぁ。そんなに驚くは思ってなかったよ」
「……いやすまない。続きをききかせてくれないか」
心の中で何度も自分に落ち着けと言い聞かす。ここでうろたえていたら、彼が話しにくくなる。ちゃんと頭を働かせて、いつも通り落ち着いて聞け。自分に余裕を持て。
「何か聞くところによると、"cube"っていうのは選ばれたらそれの証明として何かもらえるんだって。ようはそれが資格って呼ばれてるんだけど、それさえ手に入れれば誰だって"cube"になれる。噂はこういうやつだったよ」
思わず舌打ちをしたくなるのをぐっと堪える。資格というのはつまり『証の箱』のことだ。私の在校中には噂になんてなっていなかった。あれは"cube"と『主』だけが知っているいわばトップシークレットで、あれだけが『主』とのつながりみたいなものだった。
全く、こうして調査をしていて何でそんな重要な噂を掴めていなかったんだ。仁志も有華ちゃんも……。いや違うな、あの二人は悪くない。本来なら私が真っ先に知っておかないといけないんだ。
怒りで責任転嫁をしようとしている自分が情けない。
「へぇ。そんな噂がねぇ。しかし"cube"になるには優秀じゃないといけないって話なのに、奪えばなれるってのは少し強引だね」
「けど優秀な奴が隠してる秘密を暴き出すんだよ。そういう意味では優秀なんじゃないかな」
"cube"については憶測が噂になるケースが多い。鵜呑みするのは危険だ。ただ……彼の言うとおりだ。ずいぶん細かい。憶測がそこまで細かくて、そしてそれがそのまま噂になるのか。
「しかし資格の強奪か。みんなそこまでして"cube"になりたいのかね。私には分からんよ」
「蓮見さんはそういうものには興味なさそうだもんね。俺もそうだね。"cube"なんて興味ないや。何をするかまでは知らないけど、野球で忙しい」
丁度そこで三時限目の終わりを告げるチャイムが校内に響いた。休憩時間は基本的に校内パトロールにあてているので、そこでフェンスから体を離した。
「興味深い話だったよ。また何かあったら聞かせてほしい」
「いいよ。役に立てるなら喜んでやるさ。けど今の話だって少し前に食堂で女の子たちが話してるのを聞いただけだから、期待はしないでね」
なるほど情報源は曖昧なのか。けど噂なんてそういうものだ。そういうものが重要になってくる。それは経験上、嫌というほど身にしみてしまっているんだ。探偵としても、"cube"としても……。
屋上の扉の前まで来たところでくるりと身を翻して未だにフェンスに身を預けている彼をみた。
「そういえば腹を割って話してくれたんだ。こっちもそうしないとダメだね。私が"cube"を調べてる理由はね……」
嘘はつかない。私はそこで本心の一部を吐露した。
「君を疑いたくないから。君を信じたいからさ」
どうやらこの回答は予想していなかったらしく、彼はかわいらしくきょとんとしていた。
「まあ、そういうことだ。四時限目は出なよ、野球少年。友達からのアドバイスだ」
背中を向けたまま手を振って別れを告げ、屋上の階段を素早く下りていく。校内はすでに授業から解放された多くの生徒たちの声で騒がしくなっていた。
一度足を止めて、もう閉じてしまった屋上の扉を振り返る。
「……興味のないわりに、ずいぶんと詳しいね」
話を聞き終えてこういう感想を真っ先に浮かべてしまうのは、少しゆがんでいるだろうか。
「資格の強奪……」
昼休みに有華ちゃんと仁志を生徒会室に呼びつけた。仁志は大きなレーズンパンを丸かじりし、有華ちゃんはいかにも女の子らしい小さめのお弁当をゆっくりと食べている。
忙しい二人を呼びつけたのはもちろん、あの噂を伝えるためだ。メールで知らせても良かったが、こういうことは直接口で言った方が重大性がよく伝わるし、メールは携帯に履歴やデータが残る。過去の経験上、過信できない。
「酔狂な奴らもいるんだな」
話を聞き終えた二人の反応は真逆だった。有華ちゃんは息をのんで絶句し、仁志はバカにしているというより、呆れた様だった。
「そうだね。理解出来ない話だ。けど、私が言いたいのはそんなことじゃない」
さっき仁志に買ってきてもらったグレープ味のゼリーをスプーンで少しだけ口に運ぶ。つるんとした食感が心地よく、かまずに飲み込んだ。
「……そんな噂、俺は全く知らなかった」
「私もです。女の子たちがそんな会話してるの聞いたことありません」
やっぱりそうなるとは思ってた。こんな噂、知ってたらすぐ報告してくれるはずだ。
「ただ私たちが掴めていなかっただけかな。まあ、噂だ。デマって考え方もできるんだよ。ただ、ちゃんとこの情報を胸に刻みつけといてくれ」
私が二人にこの情報をちゃんと伝えたかったのにはある理由がある。二人はあまりそれを分かっていないようだったが、とにかく首を縦に振ってくれたので、それでよしとしとく。
「それであんたは小林をどうするんだよ?」
結構、重要なワードだったり。
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