直球
勝負から翌日。蓮見は再び小林に会いに行く。
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その翌日、いつも通り校内パトロールをしているとメールが届いた。送り主は仁志。今は三時限目の授業中だから、きっと机の下に携帯を隠しながら送ってくれたんだろう。大方、読まなくても内容は予想がついた。
『小林が授業にでてない』
メールにはその一文だけだった。仁志は小林陸のクラスメイトを一人、情報提供者にしている。彼が授業にでていなかったり、不審な行動をとったりしたら、その情報提供者から仁志に連絡がいって、そして私へくる。
いつも通り屋上だろう。今日授業をさぼってくれたのはありがたい。丁度二人きりで、誰にも邪魔されずに話がしたいと考えていたところだ。
屋上に行くとやはり彼はそこにいて、今日は素振りの練習に勤しんでいた。バットが空気を裂く音が階段から聞こえていたので、そのバットを振る力はすごいものだ。
「相変わらず努力家だね」
そう声をかけて初めて存在に気づいてもらえたらしい。
「練習はどれだけしたって、したりないよ」
「偉大な言葉だね。尊敬するよ。本を出すかい?」
タバコをくわえてフェンスに背中を預けた。金属のきしむ音がする。
「昨日は良い経験をさせてもらったよ」
おかげさまで昨日はぐっすりと眠れた。まあ、そのせいであの夢を見たから一概に良かったとは言えないが、それは彼に言うことじゃない。
「俺も楽しかったよ。蓮見さんってすごいね。頭も良いみたいだし、運動神経も相当あるよね。正直あんなに苦戦するなんて思わなかったんだ」
彼としては素人の私くらい三球三振で抑えたかっただろう。けど私としては勝ちたかった。
「悪いね。けどあの勝負を通して、私たち二人はさらに親密になっただろう」
「変な言い方するね」
「お望みならそういう関係になってもいいよ」
「いい。蓮見さんと毎日会うとなると、なんかしんどそう」
彼の予想はすばらしく当たっている。それは最近の父の白髪の増え方でよく分かる。それに仁志が毎日のようにため息をついているし、兄も無駄に心配している。私の周りの男性はかなり苦労している。
そういえば春川にも相当迷惑をかけている。うん、反省しないといけないね。以後、気をつけよう。覚えていたら。
「けど、親密になったのは本当だろう?」
なんとか彼を頷かせたいのだけど、こう質問し続けると相手も流石に不審に思う。彼はバットを止めて、私に視線を合わせた。
「何か言いたそうだね」
「そうだね。言いたいことはいくらでもあるさ。けどそれを全部言うほど私は野暮ったくはないから安心しなよ」
煙を吐き出して彼と見つめ合う。いい加減、こうやって観察したり仲良くお喋りしたりするのにも終わりにしないといけない。昨日の勝負、あれはいい踏ん切りだった。私と彼はそこそこ近づけた。その事実だけあればいい。
「君、友達の定義は何かある?」
最近気づいたのだけど、私には前後の脈絡を無視して会話を進める悪癖がある。そして驚いたことにそれを悪いと分かっていても、直そうと思っていない。これは重症だ。けど繰り返すようだけど、直す気はない。
そんな悪癖を彼はそこまで気にしないでくれた。
「急に会話が飛ぶね。友達の定義か……。考えたこともないや。けど人によって違うだろうけど、俺の場合は友達はって訊かれた時に、頭に思い浮かぶ奴らかな」
直感的でそこはスポーツ少年らしい。けど彼の定義はシンプル・イズ・ベストというやつだ。小難しく『友達』や『知人』や『顔見知り』などと区切る必要なんてない。
「いい思考だね。ちなみに私の場合は一度腹を割って話した奴っていうのなんだ」
こうは言うものの、正直定義など決めていない。今も昔も顔を知っていたら、普通になれなれしく話しかけるし、知らない人にでも緊張感を持たずに接しあえる。少し話してしまえば、おおかた友達だ。ただ親友の定義なら、定めていた。それが今言ったもの。
ちなみに今まで仁志や春川などがそういう経験を経て得た親友だ。
「ということで小林君、私と友達にならないか」
少し嘘をついているけどその辺は許して欲しい。
「……何が言いたいのさ」
彼の身体から少し警戒心が見えた。どうやらこれがいつものお喋りじゃないことを察したらしい。
「そうだね。率直に言うなら私は、君に一つ質問したいんだ」
私のお願いを彼は鼻で笑った。別にバカにしたわけではなく、少し呆れたという感じだ。
「昨日の勝負は僕が勝ったよ。だから、素直に答えるかどうか分からないよ」
「ああ、そうだ。この状況を想定していたから勝ちたかったんだけどね。だから、言ってるだろ。友達になろうって」
にこりと笑ってみせる。彼はスマイルのサービスをあまり気にいってくれていないらしい。その剥き出しの警戒心が更に強まっていく。
「……質問したきゃ、すればいいよ。素直に答えるかどうかなんて、蓮見さんに関係ないんでしょ。やめてって言ったってどうせするんでしょ」
その通り。申し訳ないけど私はきっと彼が質問するなと怒鳴り散らしても、泣きだしても質問する。それが仕事だし、既に始まっている悲劇の連鎖を止めるために必要なことだ。
気まずい雰囲気が流れたので、誤魔化すために一本タバコを差し出すが彼は受け取らない。
「……タバコはやらない。体力に響くからね」
「そうだね、賢明だ。けど私みたいにこいつなしで生きられないなんて人生も中々味があっていいんだけどね」
おそらく全国のヘビースモーカーたちの支持を得られるであろう自画自賛をした後、携帯灰皿を取り出してそこに吸い殻を捨てた。そして差し出していたタバコを自分が吸う。
「もう単刀直入に訊くよ」
そう切り出しながらライターで火をつけ、点火を確認してライターをしまうと同時に、確信を突くことにした。
「――君は"cube"か?」
その一言が私と小林陸しかいない屋上という空間を支配した。
ストレートな質問。




