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威勢

小林と野球をすることになった蓮見。

「真剣勝負。恨みっこなしだよ」

「デッドボールは、さすがに恨む。気をつけてくれ」

 私のやすい挑発で一気にやる気になったのか、それとも勝負になるとスイッチがすぐに切り替えられるのか分からないが、この瞬間、彼の眼の色が変わった。

 これは気を抜いたら惨敗する。バッティングセンターには時々いくが、その気分では無理か。

 バットを構えて彼を見つめる。彼の第一球はど真ん中のストレート。私はそう読んでいた。そのために私はデッドボールと口にした。彼が自分のコントロールを見せてくるように。

 彼がいつも屋上で見せる構えをとったので、グリップを握る力を強める。

 爆音がなった。首を後ろに回せば、キャッチャーミットにボールが収まっている。審判がストライクをコールすると同時に、私は自分がバットを振っていたことに気づいた。

 私の読みが間違っていなかった。ボールは間違いなく真ん中へきた。それを確認いて振ったけど、どうやら彼のスピードについて行けなかったみたいだ。

「初球から力をこめてるね。やってくれるじゃないか」

 体勢を立て直しながら愚痴ってみると、彼は意地悪な笑みを返してきた。

「痛い目をみたくないからね」

 彼は言い終えるとすぐさま目を閉じて、投球体勢にはいった。私は彼とボール以外の物を視界から排除する。

 今度は高めに飛んできた。それをさっきの反省をふまえて、少しバットを早く振るとなんとか当たりはしたものの、ボールは後方へと飛んでいき、ファールになった。

 ただ、マウンドの高校球児は少し驚いていた。

「蓮見さん、野球やったことあるの?」

「バッティングセンターにたまに行くくらいだよ。スポーツは全般的に得意だけど、特定の運動部に入ったことはないね。いや正確に言うと入っても、すぐ退部になった。なんでも生活態度に問題があったらしいんだ。不思議だね」

 後半部分は実話で私としては笑ってほしかったのだけど、彼は聞いてもいない様だった。

「素人で俺の球、二球目で打った人は初めてだよ」

「光栄だね」

 短い会話だったけど彼がこういう勝負をもちかけるのは私が初めてじゃないということが分かった。彼が驚いたところからみると、今まで全勝してきたのかもしれない。なら、ここで一つ歴史を変えてみてやろうか。

 三球目は低めにきて、ワンバウンドしてボールになった。どうやら少し焦ってくれたらしい。けどこれでもツーストライク、ワンボール。不利なのに変わりはない。

 別に負けても良い。何か奢ってやるくらい、後輩なのだからしたってかまわない。そこまでケチじゃない。ただ、何でも素直に答えてくれるというなら、どうしたって勝ちたい。負けたくないんじゃなく、勝ちたい。小さいようで、これは実はとんでもなく大きな違いだ。

 彼がまた投球フォームになったので、雑念を振り払う。今度はかなり高めに飛んできたので見逃そうと判断した直後だった。そのボールが急に落ちた。

 ただ、やはり高かった。判定はボール。

「変化球まで使ってくれるとは、嬉しいね」

 私のひきつった歓喜を、彼は笑顔で返答する。

「嬉しいなら振ってよ。普通は振るよ」

「どういうわけか、あんまり普通扱いされたことがないんでね」

 なんて冗談を言ってやったが実を言うと反応できなかっただけ。フォークボールだと気づいたときは、すでにボールはミットの中へ帰っていた。あれがもう少し低ければ、負けていた。

 これでツーストライク、ツーボール。彼としては次で勝負を決めるつもりだろう。スリーボールになったら、投球にかなり制約がつく。

 だから、たぶん私の勝ちだ。彼が投げるボールは完全に読めている。

 マウンド上の彼と目があった。自然と笑みがこぼれる。こいつは楽しい。なんで女に生まれてしまったのか。男として生まれて、もっと真剣にこの勝負を楽しみたかった。

 彼がまた投球フォームをとった。目を細めて、握る力を強くする。これがラスト。今度の球は少し低め。腰に力を入れながら、バットを振る。球は私の少し前で外角へ曲がった。さっきとは違う変化球。

 予想通り。

 テレビの野球中継で聞くような綺麗な音ではなかったが、それに近い音をバットがたてた。打球はマウンドの小林陸の上を通り抜けて、センター前ヒット……になると確信したが、そうはならなかった。

 マウンドの上で彼が飛んだ。グローブを掲げたまま。そして、打球はそこへ吸収された。

 唖然とする私をよそに、彼がそのまま綺麗に着地する。同時に審判がアウト! と大声で告げるといつの間にか自分たちの練習をほったらかして私たちの勝負を観戦していた部員たちが歓声をあげた。

 彼がキャップをとって、その歓声に答えている間、私はバッターボックスでバットを持ったまま立っているしかできなかった。

「残念」

 周りのハイテンションと相対するようなローテンションの仁志が近づいてきた。

「君の用意した資料に、守備がうまいなんてなかったよ」

「知るかよ」

 これは助手としてどうかと思う。けど、彼の責任でないことははっきりしているので責められない。……悔しさが残る。

 部員たちの歓声に答えおえた彼が駆け寄ってくる。

「一応、俺の勝ちだよね」

「一応じゃなく完璧にだよ。完敗だ」

 ポケットから財布を出して、そこから五百円玉を取り出して彼に渡した。彼はやったと喜びながら、それを後ろポケットにしまった。練習中に落としちゃだめだよ。

「悔しいけど、楽しませてもらったよ。ありがとう」

「蓮見さんも悔しいかもしれないけど、俺も相当悔しいよ。最後の球。どうして打てたんだよ」

 どうやら彼としてはあの球を打たれたことがかなり悔しいらしい。納得できないと顔に書いてある。ただ、甘い。あれは簡単なことだった。

「二球目のファールで君は私がストレートのスピードについていけると分かった。なのに、四球目で高めの変化球をボールにした。ミスかなと思ったけど、君が私の言葉に笑顔を返したので分かったよ。ああ、これはひっかけだなってね」

 あそこまで来たら、もうフォークでストライクを取りに行った方がいい。あれが少し低めに投げられていたら、完全に私はやられていた。そうしなかったのは、次に投げる別のボールで絶対にストライクをとる自信があったからだ。

 ただストレートとフォークを知った私に、絶対に打たれない球とは何か。それ以外の変化球しかない。そう考えた。もちろん四球目がただのミスだったかもしれない。けれど彼の笑顔が、その余裕がこの結論への自信になった。

 そこまで説明すると仁志も小林陸もぽかんと情けない顔をした。

「あの短時間でそこまで考えてたのかよ……」

「落ち込んでるね。けど私だってくやしい。正直勝ったと思ったからね」

 読みが当たったと確信したとき、この勝負はいただいたと思った。まさかあんなファインプレーを見せられるとは思わなかった。かなり悔しい。

「あれはとっさの判断だったよ。体が勝手に反応したんだ。運が良かった」

 そんな雑談をしていたら、顧問がそろそろ練習を再開したいという旨のことを言ってきたので、私と仁志はここで退散することにした。どういうわけか野球部員たちから拍手で送り出されたが、悪い気はしなかったね。

 そして喉が渇いたのでそのまま食堂にコーヒーを買いに行った。

「ワンカップはないね、相変わらず」

 百円で無愛想にアイス缶コーヒーを吐き出してくる、少し羽虫のついた自動販売機に、学生時代と変わらない感想を漏らす。

「あるわけねぇだろ。ていうか、アルコールは控えてるんじゃないのかよ」

「あれだけがんばったんだから、自分にご褒美をあげたい気分なんだけどね。いやそもそも、そろそろ限界なんだよ。初めて知ったけど、アル中らしい」

 大げさに震えさせた手のひらを仁志に見せたが、冷たい視線が帰ってきた。

「俺はずっと昔から知ってたぜ。で、あんな遊びで時間つぶして良かったのかよ」

「あれは遊びじゃないよ、君。見事な調査だったじゃないか」

 仁志は分かっていないようだったが、大切な情報が一つ得れた。それは小林陸が、自分がマークされてると自覚しながら、私に勝負を挑んでくる強気さを持っているということ。

 缶をあけて、よく冷えた苦いコーヒーで舌をぬらす。体が少し震えたのは、武者震いだったのかもしれない。

 あの威勢の良さは、『主』の電話を想起させた。

野球が書きたいな、と思って書いた話です。

深い意味はないです。

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