監視
蓮見は校内で捜査を進めていく。
「心配してくれてるんだってね。感謝するよ、ティーチャー」
海野先生はとても大の男の昼食とは思えない程の小さなサンドイッチとペットボトルの紅茶をテーブルに置いた。これじゃ私の方がよっぽど男らしい食事だ。
「小林を調べてるって聞いた」
相変わらず最低限のことしか口にしない人だ。だからこそ、仲良く、そして程よく三年間付き合えたわけだけど。
「そうだよ。興味深い子だ。ちょっと親しくなりたくてね」
「容疑者なのか」
真っ直ぐこちらを見て、その視線を一切そらすことはない。刑事の父とはまた違う迫力を持っている。相手を怖がらす力じゃない。誰かを護ろうとする力、とでもいうべきか。
私は箸を置いて、水を一口飲んだ。
「微妙だね。そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える。けど今の段階じゃ、何も言えない」
彼が本当に"cube"なのかどうかも判明していない。仮そうだったとしても、ただの"cube"か『主』かは分からない。容疑者候補であり、被害者候補。それが小林陸の立ち位置だ。
「この一週間、お前は何を調べてるんだ」
「何を、か。分からないね。強いて言うなら、私は箱のふたを開けたいだけさ」
遠回しなその一言で海野先生は、私が何を調べているのかを分かったようだ。
「あんな七不思議みたいなものを調べているのか」
「その七不思議みたいなのに属してたんだよ、私は」
サンドイッチを囓っていた口を止めて、私を見てくる。信じられないという顔をしているが、私が冗談を言ってるのではないと察したようで、伏し目になった。
「……小林は俺の生徒だ」
急にそう切り出してきた。そういえば彼は海野先生が担任のクラスだった。だからこそ平然と授業をさぼれている。先生はちゃんとした理由があればそんなことは咎めない。そしてそのちゃんとした理由っていうのは、先生が納得できれば何でも良い。私もよく調べ物があると言ってはさぼり、その授業の先生に怒られて、海野先生に庇ってもらった。
「そしてお前も俺の生徒だ」
思わず照れてしまいそうになる発言。卒業してからもう一年以上経っているのに、海野先生にとって私はまだ自分の生徒らしい。
「だから、両方とも信頼してる」
「ありがたい限りだよ。なんせ、お前は信じられないってよく言われるから」
「それは分かる」
「うん。私も分かる」
ここで会話が途切れてしまったかと思うと、先生は何も言わずそのまま立ち去っていってしまった。何が言いたいのかはよく分かった。信頼してくれているんだ。そして、だからこそ小林陸が心配なわけだ。
またチャーハンを口に運び始める。うん、紅ショウガがほしいね。
食事を終えた後、生徒会室へ戻った。ここが一応、今現在の私の基地だ。仁志には悪いがかなり私物化させてもらっている。灰皿、ノートパソコン、ガスコンロ。おうよそ高校とは思えない代物を置かせてもらっているので、彼は俺の部屋だぞと毎日のように怒ってるわけだが、少し脅せばすぐ黙ってくれる。
携帯で父に電話をするとすぐに繋がった。
「そっちはどうなってるんだい」
昼の挨拶もすっ飛ばして、早速質問をぶつけてみると不機嫌な父の声が聞こえてきた。
『相変わらず、自殺の裏付け調査だ』
警察はもう茜ちゃんの事件を殺人とは見ていない。最近は彼女がどうして自殺したかを調べているらしい。当然、そういうわけだからこっちに警官が来ることもない。
『それで、箱は見つかったのか』
「もう無理だね。やっぱり先を越されたんだよ」
この一週間、校内を見回りながらも茜ちゃんの『証の箱』を探していたが、やはりどこにもない。予想通り、『主』が先に見つけ出してしまったようだ。こうなると茜ちゃんの事件と、黒沢明子の事件を結びつけるのは難しい。
「それで、頼んでいたことだけど、どうかな」
『小林陸についてだな。別に、何か特別怪しいってことはない』
「だろうね。そうだと思ってたよ」
父に小林陸について調べれるだけ調べてくれとは頼んだものの、前科でもない限り父が彼について調べれることなんて限られてる。駄目もとという奴だった。
「とにかくこっちはこっちで動いとく。父上は茜ちゃんの自殺を否定できる材料を探してくれ」
『ああ、分かった。なんとかそっちに応援を出せるようにしよう』
そこで電話がきれた。ふぅと息を吐きながら、それはそれで困るなという感想を心の中で浮かべてしまう。今ここで警察が介入するということは、最悪を意味する。茜ちゃんと、黒沢明子を繋げるには、『証の箱』なんかよりも、ずっと確かなものがあればいい。
そう、もう偶然じゃ片付けられないような、事件が起きれば……。
頭からその考えを排除する。それを起こさせないのが、私の仕事じゃないか。
「……ウォッカがほしい」
最近は酒を飲むなと兄から言われている。一応私だってどうしてそんなことを兄が言うのかは分かっているから我慢しているが……。
恋人と会えないってのは、中々辛いものがあるよ、ブラザー。
「"cube"について調べてるけど、候補者が多いぜ」
放課後、仁志が部屋に入ってくるなり愚痴った。
「そもそもあの組織は定義が曖昧なんだ。優秀なら選ばれるって……。優秀なんて、色々あるだろ」
彼が嘆きたくなる気持ちも分かる。そもそも誰が"cube"なのかという話題は、彼らが起こさなくても元々あっただろう。そして、誰が会員らしいとか、いや違う本当はあいつらしいとかいう噂が円満していて、そうなると"cube"じゃないかと噂された生徒の数は本当にたくさんだ。
そして彼の言うとおり、『優秀』という言葉が曖昧でもある。私見で申し訳ないが、優秀じゃない人間なんていないんだ。
「だから、可能性が高い奴だけでいいって言ったろう」
「それがまた難しいんだよっ」
仁志は鞄をソファーに投げるように置いて、その隣に腰を下ろした。
「小林みたいな奴は今のところ出てないんだ」
この調査をして一週間、単純に噂になった者だけでいうならもう数十人にいて、これではきりがないからと思い、可能性が高い奴だけと接触するという作戦をとっているが、そうするとそれはそれでかなり数が少なくってしまう。
今のところ、仁志は男子を、有華ちゃんは女子を調べている。まず男女ともに噂になってること。次にその噂に信頼性のある裏付けがあること。私たちが決めた、可能性の高い候補者の条件だ。
そして今のところ、この条件でヒットしたのは小林陸だけ。
「けどまあ、ひぃ君、それはそれで望ましいんじゃないかい」
「何言ってんだよ、『主』を含めて後四人、この学校から"cube"を調べなきゃいけないんだろ。一人じゃまだまだ……」
「分かってないなぁ、君は」
タバコをくわえて彼にも勧めるが、彼は断るどころか無視をしてきた。冷たい後輩だ。
「数が少ないってのは、それだけ彼である可能性が高いってことじゃないか」
そもそも候補者を絞るための作戦だ。こうなることは当たり前。
「だからってなぁ」
「ああ、うるさい奴だな。候補者が多いと嘆き、少ないと文句を言うんじゃ、一体どうなってほしいだか分からないよ」
頭をかきながら扉へと向かう私を見て、仁志が軽く腰を浮かせた。
「どっか行くのか」
「その数限られた候補者の偵察さ。今の時間だと丁度部活の真っ最中だろ。何か発見があるかもしれないからね」
小林陸の観察だけじゃなく、そのほかの運動場で部活をしている生徒の監視もしたい。犯人が動き回るなら、やはり放課後が一番だろ。そもそも私から言わせれば、何で最初の犯行を昼休みになんかやったのか、それがさっぱり理解できない。放課後なら生徒は自由に行動できるのに。
もちろん、『主』がそれを理解してないとは思わない。黒沢明子が一人でいたから、丁度いいと思って殺しただけなのかもしれない。
「あっ、じゃあ俺もついてく」
「私と一緒にいたいのかい」
「うるさい、黙れ」
そんな事を言ってくる口の悪い後輩とともに部屋から出て、廊下を歩いていく。数名の生徒がようやく風景としてなじんできた、タバコを吸って堂々と校内を歩く私の姿に苦笑混じりで目配せをしてくるのにウィンクで返す。
廊下の片隅で談笑に花を咲かせている女子の集団を見ながら、有華ちゃんのことを思う。彼女は女子の噂話が最も多いこの放課後、色んなところへ足を運んでいるらしい。仕事熱心で感謝しているが、あまり行動しすぎると目立つことになるから心配でもあった。
女子の一団が私に気がついて、少し鬱陶しそうな目を向けてきた。堂々と何かを調べてると公言して校内を遠慮せず徘徊してるんだ、嫌われて当然。彼女たちから言わせればプライベート空間に足を踏み入れられたようなものだ。
何かを調べてると公言するってことで間接的に『主』に、私はお前を捜してるって伝えている。そして同時に校内を見回って、『主』そのものを探しながら、奴が自由に行動できないための抑止力となっているつもりだ。誰が奴かは分からないが、こうすることで監視できているはずだ。
ただ、私が『主』を監視できてるということは、あまり面白くない事実を生み出す。
私も『主』に監視されてるという、嫌な事実を。
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