紹介
ねえ知ってる? この学校には不思議な組織があるんだよ。正体不明のその組織で分かってることはすごく少ないの。六人構成で、その全員がすごく優秀な人たちなんだって。三学年だから一学年に二人ずついるの。三年間、その組織の仕事をこなしたら跡継ぎを見つけて引退する。引き継いだ子が、その組織の一員になって次の仕事をこなしていくんだって。
どういう仕事をするかって? それは分からない。誰も知らないの。ううん、その組織の人たちが知られないようにするんだ。知られちゃいけないの。それこそがその人たちの一番大切な仕事らしいよ。
知られちゃったら、その組織から脱会させられちゃうの。それはとってもいけないことなんだって。わかんないけど。
名前? ああ、その組織のね。色々呼び名はあるんだ。けど一番有名なのはやっぱりあれかな。六人構成ってところから、こう呼ばれてるの。
――"cube"って。
第一面[部屋の中の少女]
耳元で怒鳴りつけるかのようになり始めた携帯電話のアラームにたたき起こされたが、こんな乱暴なアラームを設定した覚えはなく、なのにこんな目覚め方をしなければならない自分の不遇をちょっと恨んでみた。
「どう、起きた?」
アラームが鳴りやみ、頭上からした春川の声にようやく事態を飲み込めた。
「君か、こんなひどい起こし方をしてくれたのは」
未だに昨日の後遺症でずきずきと痛む頭をゆっくりとあげると、あきれ顔の春川がセミロングの黒髪をくるくると指に絡ませていた。その手には私の安眠を妨害した犯人がきっちりといる。
「あのね、私昨日の晩にあなたに電話したわよね。今日の朝にここにお客さんを連れてくるからって。あなたは電話口で確かに、わかったってこたえたわ」
「ああ、確かにそうだ。けど一つ付け加えるなら、私は呂律も頭も回ってない状態でわかったって答えたんだよ。つまり分かってなかった」
昨晩、彼女から連絡があったのは覚えてる。ただ私はそのとき居酒屋のカウンター席でたまたま隣どうしになった中年のおじ様と昔の映画の話で盛り上がって、泥酔状態だった。彼女からの電話も聞き流して、わかったと答えただけだった。とりあえずそうしておけば、電話というのは成立するのだから不思議だ。
「しかしあれだな。君のモーニングコールの乱暴さはギネスものだよ」
昨日のアルコールがまだ漂っている頭で軽い冗談を言ってみるが、彼女は笑いもしない。
「あなたは何歳?」
「口説いてるのかい?」
「十九歳よね」
「なんだ調べてまでいるのか。よっぽど気があるんだな。大丈夫、私は同性でも関係なく愛せるから。今晩は暇だよ」
彼女の携帯の角が私の頭に降り落とされた。ただでさえ痛いのに、この衝撃はたまらない。思わず顔がひきつった。
「どう、これでちゃんと起きたかしら」
「そうだな、はっきりと目覚めたよ。君の笑顔がさらに素敵に見える。ただおかしいね。私の目の前にいる美女が少し悪魔にも見える。天使のようにかわいいのに不思議だよ」
彼女がまた携帯を降りあげたので、ホールドアップをして降参を表した。いい加減にしないとせっかく奢ってもらった日本酒が頭から抜けてしまう。
「で、こんな朝早くにどうしたんだい。一限目は自主休講かな?」
「ええ。あなたこそまたここで泊まり込んだの?」
ゆっくりと机から起きあがってあくびをしながら体を伸ばすと、体中の骨が目覚めの音を鳴らした。
「家に帰るより近いし、ここはついさっきまで実に静かな場所だったんだよ。君は知らないだろうけどね」
私の嫌味を彼女は片目をつり上げるだけという優しい処遇で許してくれた。もっとも言いたいことはあっただろうが、彼女がこの部屋の静寂を破ったのは事実。彼女はそういう事実まで言い訳や論理などで誤魔化すような性格じゃない。私が彼女の好きなところの一つだ。
ここは大学のある寂れた棟の一室。室内には机とイスが一つ。一応、「写真部」という名目でこの部屋を先代の先輩方が勝ち取ったが、あの人たちもここを自宅代わりに使っていて、唯一の後輩であった私が引き継いだわけだ。
「一体どれくらい飲んだのよ。すごくお酒臭いわ」
「いいことを教えてあげよう。どのくらい飲んだかんなんて覚えていたら、こんなに臭わないし、酒飲みとしては失格だね」
「失格もなにも、あなたにはお酒を飲んでいい資格もないのよ」
彼女は深々とため息をついた。彼女は私と会っていると、絶対に何度かため息をつく。私といると疲れるそうだ。なんとなくだが気持ちはわかる。しかし今更この性格は更正不能だろ。そこらの不良少年よりたちが悪いと自覚している。
「で、よく聞いてなかったけど、お客を連れてくるんじゃなかったのかい?」
「もうすぐ来るわよ。その前にトイレで顔でも洗ってきなさい」
言うことを聞かないとこの母性本能の強い友人はまた携帯を凶器にしてきそうだったので、歩く度にずきずきと痛む頭をなんとか揺らさないように扉の方へ近づいていき、ノブを掴んだ瞬間、自動的に扉が開かれた。もちろん、そんなハイテクな扉につけ変えた記憶はないし、まず大学に予算がないだろう。
扉を開けた見知らぬ少女は私の顔を見て一瞬びくっとしたが、すぐにまだ嗅ぎ慣れていない臭いに反応して自らの鼻をつまんだ。どうやら居酒屋で相談にのれるお客さんではないようだ。
髪の毛を赤いリボンで結い、後ろでまとめている。頬のそばかすがせっかくの素材を邪魔してしまっているが、十分にかわいいと形容できる。白地のプリントTシャツにどういう意味か、"ROCK OUT"と印刷されていた。恐らく意味はないんだろう。
「春川、可愛い子じゃないか。手を出してもいいかな?」
「そうね。きっと執行猶予と、友人を一人失うことですむと思うわ」
「そうか。ならちょっとホテルに予約を入れておこう」
後ろから思いっきり携帯の角で頭を叩かれた。
「あの、大丈夫なんですか……酔っぱらってるみたいでしたけど」
お客の少女は春川が隣の部屋から持ってきた椅子に座って、私と向き合っている。彼女の隣には春川が立っていて、私がちゃんと仕事をするか見張っていて、私はというとさっきの攻撃のダメージからようやく回復しつつあるところだった。
「酔いも目も、君の隣に立っている綺麗なお姉さんが見事に覚ましてくれたよ。もっとも、ありがたいことに君のように可愛い子が目の前にいるっていう夢はまだ覚めてない」
春川が鋭い眼光を浴びせてくる。こんな冗談も許してくれないとは、この友人はいつからこんなに堅物になってしまったんだろう。ああ、最初からか。
「冗談言ってないでちゃんと話を聞いてあげてよ」
「これが冗談に聞こえるなら、君はまだまだウブだな」
これ以上ふざけていると後で本気で叱られてしまう。彼女が怒るとそれはそれは厄介だ。私は咳き込んで、わざとこの場の雰囲気を作り替えた。彼女が満足そうに頷いている。
「じゃあ、まずは自己紹介をしてもらっていいかい。君みたいな子の名前を知れないのは不幸だし、何せ呼べないっていうのは不便だ」
私の冗談を聞き流した後、彼女は一度つばを飲み込んでゆっくりと口を開いた。
「私、鴻池有華って言います。高校二年です。今日はその、蓮見先輩に相談がありまして……」
「恋の相談なら乗れないよ。ああでも、その相手が私なら別だ」
この減らず口はほとんどもう無意識の産物だ。春川、許してほしい。
「いいえ、そんなんじゃないです。実はあの……私の高校、ご存じかも知れませんけど二ヶ月前に人が殺されまして……」
ここで私は舌打ちをして、春川に目を向けた。きっと恨めしそうな目をしていただろう。二ヶ月前に殺人事件があった高校なんて、全国がいかに広くとも一校しかないはずだ。
「春川、いやがらせかい」
「怒らないでよ。あなたなら適任だと思ったの」
はぁとため息を吐く。二ヶ月前に殺人事件があった高校……。どう考えても、私の母校だ。それ以外ない。そんなにたくさんの高校で殺人が起きるはずないし、起きてたとしたら私はパスポート片手に羽田の国際線に駆け込んでいる。
春川がなぜ彼女をここに連れてきたのかよく分かった。
「あの私、蓮見さんはすごく頭が良くて、かっこいい名探偵だって聞いたんです。だからその……」
「もう一度言ってくれ」
「あっ……はい?」
「だからもう一度言ってくれ。私ってところから聞いたんですってとこまで」
「だから、蓮見さんがすごく頭が良くて、かっこいい名探偵だって」
「もう一度」
「あのぉ、やっぱり酔ってますか」
酔ってる訳じゃない。なんか相談に乗るのが嫌になってきたから、適当に話題をそらしたかっただけだ。
「で、君は私にその殺人事件を解決しろって頼みにきたのかい」
私は高校時代から趣味で人の相談事にのって、たまに厄介ごとを解決したりもしたが、殺人事件となるとそれは無理難題だ。私は警察ほどの組織力も調査力もない。彼ら以上にあるのは酒への耐性くらいだろ。
「いいえ、違います。その事件で亡くなった子自体は、私は友達でも何でもありませんでしたから。ただ、私の親友がその事件のせいで学校に来なくなったんです」
彼女はそう言うと急に椅子から立ち上がり、その勢いで座っていた椅子を倒したことも気にもせず、私の手を強く握ってきた。
「お願いです! 茜を助けてあげて下さい!」
この作品はずいぶん長くなる予定です。
頑張って毎日更新していきますので、なにとぞ。




