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7:野獣が衝突しました。拗ねました。



 ガタゴトと馬車が揺れる。隊首会から一夜明け、私達は王都から42マイル(約68km)ほど離れた山に異常発生した腐猪キャオノヴァの討伐に向かっている。10時間ほどかかる行程はすでに半分以上過ぎ、数度の休憩を挟んで明日の昼前には到着予定だ。


 8人乗りの幌馬車ほろばしゃの中ではノーマン隊長を含め第三部隊の隊員が外の風景を眺めていたり、仮眠を取っていたりと無言のまま思い思いに過ごしてる。私も例に漏れず、ただ、何かが重く伸し掛かったような体を幌の骨に預けて流れる風景を眺めていた。


 昨日団長に言われたことが、何度となく頭の中にあぶくのように浮かんでは消えて行く。告げられた指令はあまりに衝撃が大きすぎて、ノーマン隊長が仇討ちの為に入団したことを私は告げることが出来なかった。


 ろくに知らされずに始まった監視。詳細が解らないことが不安を煽る。それはノーマン隊長の件も同じだった。何を考えているのか、私に協力しろと言った割に、未だこれといった情報は寄越さず、自身も行動はとっていないらしい。


――ノーマンを殺せ


「ピエール」


 団長とノーマン隊長の声が被ったような気がして、私はびくりと肩を震わせた。


「どうした。ひでぇ顔だぞ」


 すでに休憩となっていたらしい。馬車は止まっており、私以外に隊員はおらず、ノーマン隊長が真面目な表情で私を覗き込んでいた。


「…ひどいのは〝顔〟じゃなくて〝顔色〟でしょう…」

「細けぇのはいんだよ。大丈夫なのか?」

「大丈夫です。…馬車は久しぶりでしたので、少し酔っただけでしょう」

「ならいいけどよ」


 ぽんぽんと頭を叩かれ、私は貴女より年上なんですが、なんて心の中で言いながら私は幌馬車を降りた。


 王都から一日強の距離にあるミオネア山脈。多種多様な動植物が生息する、程よい高さの山の峰々が視界いっぱいに広がる。空気の加減なのか、生息している植物によるのか、なんとなく青みがかって見える力強い山肌は、すっきりと晴れた青空と並んで思わずほうと溜息が漏れた。しかし、この美しく雄大な山には、ここ数年攻撃性の高い腐猪キャオノヴァが異常発生していた。


 腐猪キャオノヴァはイノシシのような外見ながら、その大きさは普通のイノシシの3倍~5倍。5歳くらいの子供なら軽く5人は乗れる大きさがある。首回りが爛れたような黒紫色をしているためにその名がつけられた。大食らいで雑食。地元では山の主などと言われるほど生息の確認は稀な存在であった。


 それが何故か異常発生した。お陰で山の恵みだけでは足りなくなり、ミオネア山脈の麓の村の畑まで降りて来て荒らすようになってしまった。生態系の崩壊までもが危ぶまれ、傭遊士バッカスにも駆除依頼が出ていたが追いつかず、ついに騎士団が討伐を行うようになったのである。


 ミオネア山脈が間近に迫り高度が少し上がったからだろうか、外の空気は涼やかだ。そのことに私は少しばかりほっとして、周りを見渡した。そこでは隊員らが幌馬車に熱布と呼ばれる寝具を敷いて寝台に仕立て直していたり、夕食の準備に取りかかっていたりとテキパキと動いている。


 私とノーマン隊長は他の隊長副隊長と合流し、麓の村の村長に挨拶をする。そのあとは山小屋にもどって作戦会議だ。私達は特に何を話すでもなく、村へと向った。


:::


腐猪キャオノヴァの討伐はあたしの得意分野だって何度言やぁ解んだよこの石頭が!」


 充てがわれた村の山小屋で夕食後に始まった作戦会議は予想通りというべきか、紛糾した。フィッツジェラルド隊長とノーマン隊長の意見が真っ正面から見事にぶつかったのだ。


 いや、討伐の作戦自体は意外なほどにすんなり決まった。山の開けた場所に腐猪キャオノヴァが好む臭いを染み込ませた布を置いておびき寄せる。腐猪キャオノヴァは非常に鼻が利くので集まるのに時間はかからない、とはノーマン隊長の言だ。


 今までの討伐は山に散開し、数人ずつで腐猪キャオノヴァを見つける度に狩るという非常に非効率的な手法をとっていた。まさか腐猪キャオノヴァが好む臭いがあるとは知らず、さすがは傭遊士バッカスだと皆感心していた。


 そうして集まった腐猪キャオノヴァを1部隊が取り囲んで一気に叩く。さらにもう1部隊が広域を取り囲んで討ち損じを叩く。最後の1部隊を三等分して前衛、中堅、後方支援にそれぞれ振り分ける。腐猪キャオノヴァの毛皮は硬くぬめりが強いので矢が通り辛い。それに手負いの獣の相手は危険度が増す。では、落とし穴はと言えば、時間がかかる上、掘り返した土に残る人の臭いに警戒するため役に立たない。結局は剣を使うしかない。ここまでは良い。問題はその前線をどの部隊が担うのか。つまり配置で揉めに揉めていた。


第三うちが前衛に立つことの何が気に入らねぇんだ!」

「貴女が前衛に立つことだと何度も言っているでしょう!」

「だからなんであたしが前衛じゃダメなのか納得出来る理由を言えッ!」


 立ち上がり、テーブルをひっくり返しかねない勢いのノーマン隊長に、私を含め、他部隊の副隊長も真っ青だ。声を荒げる隊長がいないわけではない。だが、ノーマン隊長という〝女性〟が、大声を出しているのが信じられないらしい。悲しいかな私はその点に関しては最早慣れてしまっている。胃が痛いのはフィッツジェラルド隊長がどこまで我慢してくれるだろうかということ。気が気じゃない。胃薬飲みたい。


「理由はふたつ。ひとつ、貴女は大人数を率いた経験はないでしょう?騎士を無駄に傷つけかねない。もうひとつは貴女が女性だからだ。女性に危険な仕事はさせられません」

「大人数を統率したことはねぇが、討伐で共闘したことはある。女の腕力が問題ならそれをカバーする方法をあたしは持ってる。腕が確かなら男も女もねぇだろうが!理由になってねぇんだよこのデコっぱげが!」

「デコッ!?」


 生まれてこのかた言われたことが無い――しかも女性からは特に――だろう暴言に驚愕するフィッツジェラルド隊長。しかしノーマン隊長はそんなフィッツジェラルド隊長の態度で腹の虫が治まるわけもなく、短い髪を全部逆立てて鋭い視線を送る。しかし、気を持ち直したフィッツジェラルド隊長がふるふると頭を振った。


「なんと言われようと譲れない。貴女は後方支援だ」


 ついにノーマン隊長がブチ切れるか!?と、私が中腰になった時、静かな声が響いた。


「クリフ」


 それまで全く口を開かなかったバレンシア隊長。しかも、それが聞き慣れないフィッツジェラルド隊長の愛称だったこともあり、一瞬誰を呼んだのか解らなかった。うん。私もクリフ隊長って呼ぼう。心の中で。フィッツジェラルドって長い。


「彼女が後方支援だなんて役不足だと思うよ?」


 淡々としたバレンシア隊長の言葉。その内容に誰もが驚き、目を見開いて彼をみた。


「おい。あたしをバカにするのもいい加減にしとけよ。そこまで言うとあたしを隊長にした騎士団はバカですって公言してるようにしか聞こえねぇぞ。呆れて過ぎてもう怒る気も失せらぁ」

「……?」


 どんと両足をテーブルに上げ、深々と椅子に凭れたノーマン隊長に、また皆が驚いて視線が集まった。クリフ隊長だけは彼女の態度を嗜めたが、当然ノーマン隊長は聞く耳なんか持っていない。一方、バレンシア隊長の無表情に初めて感情が乗った。ひどく不思議そうにノーマン隊長を見つめている。それによって私は両者に行き違いがあることに気がついた。


「ノーマン隊長。もしかして役不足を逆に捉えてませんか?」

「あん?」

「役不足とは、花形役者が端役を演じることから転じて、与えられた仕事が本人の能力に対して不相応に軽いことを批判する時などに使う言葉です」

「……つまり?」

「えーっと…つまり、ノーマン隊長が後方支援をするなんて勿体ないってことです」


 目を丸くして驚いたノーマン隊長はその表情のままバレンシア隊長を見る。視線を受けたバレンシア隊長は小さく首肯し、そしてクリフ隊長を見遣った。


「というわけでね、彼女には前衛を担って貰ってはどうかな?」

「ふざけるな!女性をそのように危険な任に置くなどありえない!」


 クリフ隊長もバレンシア隊長の意見なら耳を貸すだろうかという私の淡い期待は瞬時に粉砕された。そして私は天を仰ぐ。〝女性だから〟というのはノーマン隊長には禁句だということにそろそろ気付いて欲しい。またも終わりの無い怒鳴り合いが始まる、と覚悟を決めたその予想は、意外にも裏切られた。


「おい、チェリー」

「…?もしや私のことですか?だとしたらノーマン隊長、今はあだ名をつけている場合では…」

「あー。悪ぃ悪ぃ。お上品なお貴族様にはあたしのスラングは通じねぇわなぁ?」


 あからさまに蔑んだ笑みを浮かべるノーマン隊長にクリフ隊長が眉根を寄せた。


「…スラング…俗語でしたか」

「童貞野郎って意味だよ。このクソチェリー」

「なッ!?…どッ、どうッ!?」

「正面からくだけが女の悦ばせ方じゃねぇぞ。さっさといろんな〝体位〟を覚えやがれ紳士面したクソガキが」

「ぷ!」


 バレンシア隊長が大きな手で口元を隠している。先程の音は聞き間違いだろうかと思うほどに無表情を貫いているが、吹き出したのは間違いないらしい。すぐに意味を理解した私を含む副隊長はザァッと顔を青ざめさせる。だが、当のクリフ隊長は意味が分からなかったらしく、童貞と呼ばれて顎が外れるほど愕然とした表情から一転、キョトンとしていた。


 ノーマン隊長はひとしきりクリフ隊長を睨んだ後、ちらりとバレンシア隊長を見遣る。そして不意に立ち上がると、頭を冷やしてくるといって会議室を出てしまった。ぱたんと意外にも静かにドアが閉められ、沈黙が降りる。


「…正面…?…女性の喜ばせ方…大意…?……――ッ!悦ばせ方、体位かッ!?」


 ノーマン隊長の発言を反芻していたらしいクリフ隊長が、ようやく意味を理解したらしい。まるで火を放ったように顔を赤くする。これではまるで本当に童貞チェリーのようだ。…死んでも口には出さないが。


「いやぁ。彼女、うまいこと言うね」


 感心した声を出すバレンシア隊長に、全員の視線が集まった。相変わらず何を考えているのか解らない無表情だ。声色と表情がかけ離れている。


「…ヒュ、ヒューリック…君は理解したのかい?…わ、私は…言われたことが…衝撃的すぎて…それに彼女の話…公用語を使っているのに、まるで異国語のように意味が…何故なにゆえ、突然…その…い、色事の話など…」

俗語スラング体位ポジション役割ポジションを掛けたんだよ」

「……と、いうと…?」

「直訳するなら女性もいろいろだから、通り一遍の対応ではダメだよってとこかな」

「私の女性への対応が形骸的だと?」

「直訳だって言ったでしょ?そこに〝ポジション〟を加味して考えてないと」

「……」

「解った?」

「…解らない。ノーマン隊長は何を怒っているんだ…」

「君って本当に石頭だね」


 どちらかというと強面紳士なバレンシア隊長が、意外にも気軽な口調であることに私は内心驚いていた。そしてその気安げながら辛辣な内容にも。さらりと言われた批判にしかしクリフ隊長は多少なりとも自覚があったのだろう。「…ぬぅ…」と唸って考え込んでしまった。


「要するに『隊長なら性別に左右されず、適材適所を徹底しろ』ってお怒りなんだよ」

「う……し、しかし…いくら強いと聞かされても…やはり女性なのだ、騎士としてそれは…」


 さらに頭を抱えたクリフ隊長。バレンシア隊長は憚りもせずに溜め息をつく。さすがに私も彼がここまで石頭だとは予想だにしていなかった。


 クリフ隊長の気持ちは全く解らないではない。騎士の十戒にいつしか付随して声高に言われるようになった〝貴婦人への献身〟。私だって守ろうと考えているものを、騎士道や団規が服を着て歩いていると揶揄されるほどのクリフ隊長なら苦悶するのも仕方ないだろう。


 私は、肚を括る。悩みからではなく、これから自分がやろうとしていることへの緊張によってキリリと痛む胃を無視して、そろりと隊長方に声をかけた。一斉に集まった視線。それでも私はごくりと喉を鳴らして、提案を口にする。


「私に…ノーマン隊長の説得を任せていただけますか?」



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