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5:野獣がご挨拶に伺います。胃が痛いです。




 重い扉が、門番代わりの騎士によって開かれる。目に飛び込んで来たのは円卓、そして開けられた扉以外に正面と左右にある3つの扉。そして、8人の騎士。各部隊長だ。


 我が国の騎士団の部隊にはそれぞれ数字が割り振られている。だが、それは決して序列を表すものではない。それは団長ですら同じことで、上座も下座も存在しない部屋の円卓に彼らが座していることからも読み取れる。


 武人としての実力も人を導く能力も秀でていなければこの席に座ることは許されない。血筋による力が部隊長の座に就くことに全く関与していないとは言わないが、それでも、そんなものだけで座れるほど部隊長の座は易くはない。つまり、ここにいる8人は正真正銘、騎士団において十指に入る実力者。そんな人物が一堂に会している。


 部屋に入った瞬間に、部屋に満ちている空気が違うと感じたのは、決して私の気の弱さから来るものだけではないはずだ。


「第三部隊新隊長、カレン・ノーマン。同じく副隊長、ピエール・ジャックス。ただいま到着致しました」


 右拳を胸にあて、敬礼と共に口上を述べる。詰め襟に金刺繍の入った騎士制服はどれも動かないのに、16個の目が私とノーマン隊長を射抜いた。


「待っていたよ。こちらへ」


 私たちが入って来た扉から見て最奥の席に座っていたカララス団長が立ち上がり、ノーマン隊長の席を丁寧な仕草で示す。するとカララス団長に倣うように他の部隊長も一斉に立ち上がった。


 ノーマン隊長は黙って移動し、私もそれに従って、席を引いた。


「カレン・ノーマンだ。学のない身なんで、ロクな口を利けないことを許して欲しい」


 意外にも、ノーマン隊長は作法に乗っ取って立ったまま、彼女にしては丁寧な挨拶をした。団長がにこりと笑い、全員に目で着席を促す。音もなく全員が席に着く。その所作をみるだけでも、彼らと自分の実力の差を思い知る。私は純粋な緊張によって胃が縮むのを感じながら、ノーマン隊長の斜め後ろに控えた。各部隊長の隊長は副隊長を伴ってはいない。通例隊首会に副隊長は同席しないので、私にとって慣れぬ場であることも緊張を高めた。


「さて、順番に紹介していこうか」

「いや、いい。また今度、それぞれに挨拶に行く」


 いきなり団長の進行を妨げたノーマン隊長に、私は竦み上がる。彼女の言葉を不快に思った何人かが厳しい視線を送り、私は小さく悲鳴を上げた。


「それよりも聞きたいことがある」

「お待ち下さい。いささか無礼が過ぎましょう」


 立ち上がったのは案の定というべきか、フィッツジェラルド隊長だった。彼の性格を反映したかのように真っすぐに伸びる焦げ茶の髪は真ん中できっちりと分けられて、前髪がこめかみの辺りを隠している。それがなんとも少年臭いのだが、大きな青い目が作る甘いマスクとの組み合わせは若い女性には堪らないらしい。各部隊長と比べると少しばかり小柄だが、ノーマン隊長よりは高い背丈。だが、丁寧な口調ながらも憤慨を隠しもしない雰囲気のせいか、随分大きく見えた。


「この場に座る以上我らは同志。命運を共にする者を知ろうともせず、貴女のご都合を優先するのはいかがかと」

「…隊長は忙しいだろう。あたしなりの遠慮のつもりだったんだが?」

「それならば責めたことをお詫びいたします。しかし、さればこそ遠慮のしどころを間違っておられる。お引きください」


 バチッと音がしたと錯覚するほどの睨み合い。ノーマン隊長の表情は窺い知れないが、見なくても解る。肌がひりつくほどの彼女の苛立ちに、どっと汗が背中に流れた。


 腰に剣を帯びていたなら抜剣しかねないほどの緊張。それを切ったのは団長だった。


「残念ながらフィッツジェラルドの言い分の方が正しいかな。隊長職は多忙だからこそ、後日改めても時間が取れるとは限らない。ノーマン、折れてくれるかい?」


 少し困ったような、紳士然とした柔らかな笑顔の団長が神様に見えました。フィッツジェラルド隊長は当然とばかりに鼻を鳴らし、対してノーマン隊長は舌打ちしそうな剣呑な空気を纏って沈黙を貫いた。


 そこからは、団長が自身から順に紹介をしていく。第四部隊まではさらりと流れた。だが、第五部隊のフィッツジェラルド隊長は紹介されるとノーマン隊長をギロリと睨みつけて「クリストフォード・ムル・フィッツジェラルドです」と呻くように言葉を紡いだ。そんなにイヤならオズワイド隊長みたいに黙っていれば良かったのに…とは、心の中にしまっておく。


 そして第六、第七部隊と続き、第八部隊のヨーク隊長が紹介されると、ノーマン隊長はびくりと小さく肩を震わせた。…解ります。解りますよノーマン隊長。青年というには年嵩の美丈夫が、でかい右手を頬に添え、小指をピーンと立てて、笑顔で「ライナス・ヨークよぉん。ライラって呼んでちょうだいね」と手を振ったら、そりゃそんな反応にもなりますよね。爵位を返還された理由は会えば解るといった意味を正しく理解してくださったと信じています。きっと今夜のノーマン隊長の夢にはヨーク隊長のバッサバッサの下睫毛が出てくるだろうな…


「最後に、第九部隊隊長、ヒューリック・ヴル・バレンシアだ」


 団長が紹介し、バレンシア隊長が立ち上がり、わずかに首を動かして会釈をする。立ち上がったその姿にノーマン隊長が驚いたのが解った。バレンシア隊長は驚くほど長身だ。私も改めて驚いた。ともすれば文官と間違われることもありそうな、騎士には珍しいひょろりとした体型である。


 プラチナブロンドの髪を油できっちりと後ろへ撫で付け、もともと体毛の薄い体質なのか髭のあとも見受けられないかわりに眉毛もほとんど無い。かなり彫りが深いために常に目元に影が差している切れ長の一重の眼。瞳の色は朝焼けのような美しい薄紫なのだが、長身が悪いのか、目つきのせいか、常にぎょろりと人を見下ろしていた。ちょっと美形な骸骨みたいな人だ。


 いや…この表現がいかがなものかとは…思ってはいる。が、他にうまい表現は見つからない。ついでに彼の表情が変わったところは見たことがない。おかげで騎士の間でも「何を考えているのか解らない不気味な男」という人物評。正直、私も可能な限り関わらずにいたい人物である。


「以上が部隊長だ。よろしく頼む」


 カララス団長が朗らかにそう言うと、最後に紹介されたバレンシア隊長が静かに席に着いた。だが、ノーマン隊長に反応がない。団長が再度呼んでも身じろぎもしない。


「…ノーマン隊長?」

「へぁッ!?」


 私がノーマン隊長の肩を叩いて彼女の名を呼ぶと、大袈裟なくらいに肩を跳ねさせ、素っ頓狂な声をあげて私を振り仰いだ。その表情に私は目を見開く。


 ……ちょっと。なんでそんな顔真っ赤なんですか…!


「ノーマン?大丈夫かい?」

「え?あ、ああ…なんでもない。すまない」


 …さっきの顔は幻覚だったんだろう。ノーマン隊長は先程の動揺が嘘のようにキリッとした顔で団長を見遣った。彼女の耳が未だ赤く見えるのはきっと私の気のせいだ。


「さて、次は特別害獣討伐予定についてなんだが…先に貴官の話を聞こうか、ノーマン」

「ありがとう」


 ノーマン隊長は一度ぐるりとこの場に座る全員に視線を走らせ、口を開いた。


「あたしを隊長にって言ったのは誰だ?」


 漂っていたあまり歓迎されていない空気に一気に警戒が走る。私に至っては完全に背筋が凍った。無表情を貫けた自信がない。数日前、協力しろと言ったノーマン隊長。何かしら行動を起こすだろうとは思っていたが、まさか隊首会の場で、暗に彼女の相棒ジャック・ユノーの襲撃犯に迫るような発言をするとは思いもしなかった。誰がどこまで情報を持っているかも解らない状況で、彼女の発言はあまりに軽卒に思えた。


「国王陛下から勅書が届いただろう?」

「バカにしてんじゃねぇよ。王様の命令なんてなぁ建前だろうが」


 ついに口調を崩したノーマン隊長は私の胃に穴を開けた。絶対開いた。さらにはフィッツジェラルド隊長がガタリと椅子を鳴らし、私は戦慄する。だが、カララス団長がそれを手で制したことで私が胸を撫で下ろしたのはごく自然なことだろう。団長はフィッツジェラルド隊長がしぶしぶ腰を下ろしたのをちらりと確認し、テーブルの上にゆったりと手を組む。そしてほんのりと笑みを浮かべてノーマン隊長を見た。


「言葉遣いは追々正してもらうとして…確かに貴官の言う通り、多くの場合誰かが推挙し、それを陛下が承認するが――何故そんなことを知りたい?」

「騎士ですらない部外者の、それも根無し労働者(プレカラト)が部隊長になるってことがどんだけバカげたことかなんて、さすがにあたしだって解る。いくら有名で有能でも、まずは騎士にする。違うか?」

「…その通りだ」

「無茶を通して、王様を巻き込んでまであたしを呼んだ。それは誰なのか、目的は何なのか。知りたいと思うのは普通だろう?」


 堂々と言い放つノーマン隊長に、相変わらず胃は痛いのだが、私はある種の感動を覚えていた。


 ノーマン隊長にとっては、ここは敵地も同然だ。私とて敵となるかも知れない。そんな場所でたったひとり。それでも、堂々と立ち向かえるのはその実力に裏打ちされた自信によるものに他ならない。無謀にも思える。それでも、権威や地位に屈することなく、凛とした態度を貫く彼女は掛け値なしに美しかった。


 そんな彼女に何を思ったのかは解らない。カララス団長は柔らかく微笑んだ。


「残念ながらそれは無理だ」

「…んだと?」

「どうか勘違いしないでくれ。教えたくても出来ないのだよ。我々も何方どなたが貴官を推挙したのか知らされていないんだ」

「……」

「すまないね」


 黙り込んだノーマン隊長に団長は苦笑を浮かべた。そして、何事もないように隊首会のもうひとつの議題を持ち出し、話を進める。


 何故だろう。私はどこか置き去りにされた気持ちで、団長の特別害獣討伐計画を聞いていた。


 いくらかの意見のやり取りの後、王都の東の山森で異常発生している特別害獣討伐に我ら第三部隊と、そして第五部隊、第九部隊が赴くことが決定する。ノーマン隊長にとっては、初の大仕事だ。気を引き締めねばならない案件だと解っているのに、私の心は浮上しない。


 宙を漂ったままの心を抱えて私はノーマン隊長と共に隊首会室を後にした。



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