ACT3:死神とオルデン傭兵部隊
連邦地球陸軍所属・傭兵部隊の前線基地は、月面のコロニーにある。ソウル太陽系以外の様々な星系の民族も居るが、やはり地球系の割合が一番多い。短期間で爆発的に人口が増大した地球系は、他星系人に比べ貧富の差が激しいのである。
航宙歴:575年。登録窓口で入隊の手続きを済ませたヒカルは、支給された真新しい階級バッジを襟に付け、荷物を部屋に運び入れた後、見知った顔を捜しながらリフレクションルームへと入って行った。
辺りを見渡しながら昔と変わらない光景に、何だかこそばゆい気持ちになっている。そう言えば、よくここでトーマとテッドの3人で、ミーティングをサボったものだった。
(さすがに3年以上も経つと、知らない顔の方が多いか…)
郷愁に思いを馳せるヒカルの背後から、突然大きな声が掛かった。
「おいっ、そこの!」
柄の悪い声に思わず振り返ったヒカルは、大柄な髭面の親父に抱き締められていた。
「うわっ、誰だよ!」
「やっぱりヒカルか!?いつ戻って来たんだ?」
もがきながら顔を上げたヒカルを、男は柔和な笑みで見下ろしている。
「テッド!?久し振りだね、まだくたばってなかったか!今さっき、入隊手続きが終わったところさ」
襟元のバッジを見て、不服そうにテッドは唇を尖らせる。
「新しいバッジか…。軍曹?お前ならとっくに、中佐になっててもいいだろうに」
「傭兵部隊は規則で【軍曹】が最高ランクだろ。忘れたのかい?」
「何だ?まだ有効だったのか、あの規則は」
呟く彼に、周りを見渡しながらヒカルは訊いた。
「それよか、古株はテッドだけか?ルドガー達は?みんな、元気にしてるかい?」
訊かれたテッドは、言い難そうに下を向く。
「ルドガーの野郎は、お前が除隊した次の年にやられたよ。他の連中もリタイアするか、やられるかのどっちかだ。ここは長生き出来る場所じゃない、お前も嫌ってほど知ってるだろ?」
「そうか……、すまない。またみんなに会えると思って、浮かれ過ぎたな」
「謝る事はねぇさ。俺は最後におめぇに逢えて嬉しいんだからよ、これでここも安泰だぜ!」
「最後?」
弾かれたように訊き返すヒカルに、テッドは頷く。
「ああ。次の出動の前に、俺はU・F・Gへ異動になる。…何でも、連邦宇宙局内に新たな組織を作るとかで、俺に白羽の矢が当たったって訳さ」
「連邦宇宙局に新組織だって?」
「俺達みたいな白兵戦のプロを作るそうだ。で、俺が初代隊長って事」
「あんたが隊長だって?…冗談だろ?」
思わずヒカルは、疑義の目をテッドに向けた。彼の昔の素行を思えば、到底信じられない話だからだ。
「大真面目な話だぜ。…おいおい、何だ、その胡散臭げな顔は?ここでも一応隊長なんだぜ?隊の名前も、もう決めてある。ここが“オルデン”だから、俺のチームには“アゾート”って付けるんだ!悪くないだろう?」
「アゾート…【賢者の石】か。いい名だね」
「ヒカル。これから軍も改革で色々あるが、絶対におめぇの居心地は良くなるはずだ。負けんじゃねぇぞ!」
「テッド?」
いつになく真剣に、テッドはヒカルに言う。
「俺は、おめぇやトーマには、何1ついい事をしてやれなかったからよ。本部じゃ、おめぇと同い年の連中が、やっとデビューしたって言うじゃねぇか。ガキの頃から最前線に居るおめぇにだけは、俺は辛い思いをして欲しくねぇ!いいな?居心地が悪けりゃ、変えていくんだぜ、ヒカル?」
自分が復帰するまでの間、テッドがずっと心配してくれていた事に、深く感謝するヒカルであった。大きく頷き、彼を見上げる。
「あれから3年。俺も、もうガキじゃない。心配してくれてありがとう、その気持ちだけで充分さ」
2人が固い握手を交わしている所へ、鳶色の髪の青年が走り寄って来て、何とも軽い声を掛けてきた。
「隊長~ぉ。隊長、こちらでしたか、探しましたよ。―――あれ?」
「あ!」
互いに指差し合い、ヒカルと青年はその場で固まっている。青年が晴れやかな笑顔になる一方、ヒカルは眉を寄せ厭~な顔をしている。青年とヒカルを見比べながら、テッドは青年に声を掛けた。
「知り合いなのか、ケイン?紹介しよう。今度俺の代わりに部隊を指揮する新・隊長の、ヒカル・カトー軍曹だ。軍曹、こっちは部下の隊員で…」
テッドの言葉を遮って勢い良く敬礼をとると、青年は元気良くヒカルに挨拶をした。
「お久し振りでありますっ、カトー教官!」
「…ケインか。何でお前さんがここに居る?」
眉間の縦皺をますます深くして、ヒカルは呟く。彼の様子を気にしつつ、テッドはケインに訊いた。
「教官?ヒカルが?」
「隊長、前にも話したでしょう?士官学校で年下のくせに、鬼のように強い教官が居たって!」
憮然とケインを見上げるヒカルを見て、テッドは腹を抱えて大笑いした。
「そうか、ヒカルの事だったか!あっはっはっは…。そいつぁ敵わんだろうよ、ケイン」
テッドは言い置き、指を立てて凄みを利かせる。
「何せ、この軍曹殿が伝説の“オルデンの死神”だからな!」
テッドの言葉に、室内に居る隊員達が一斉に3人へ注目した。
「「「えっっ?!」」」
「おい。今、【死神】って言わなかったか?」
周りが急に騒がしくなってきたので、ヒカルは慌ててテッドの口を塞いだ。
「馬鹿!声が大きい」
「おぉ!すまん、すまん。確か、この通り名が嫌いだったよな?」
「………」
ケインは無言でヒカルを見つめたまま、茫然自失と化している。
「引き継ぎの話などもあるし、俺達の仕事部屋へ行こうか、ヒカル」
「そうするよ。…何だよ、ケイン?」
「すっ…、すっげえぇぇっ!!」(大声)
彼の大声に、リフレッシングルームに居る全員が、何事かと集まり出したので、ヒカル達3人は足早に場所を移動する羽目になった。
通路のスロープを移動する間も、ケインは興奮が冷めない様子で、頻りにヒカルへ話し掛けている。
「凄い人なんじゃないですか、教官って!俺、そんな凄い人の指導を受けれて感動ですよ!!」
「お前さんが嬉しいのは解ったから…。頼む、騒ぐなよ。ただでさえ俺は目立つんだから」
げんなりと項垂れるヒカルの言葉は、どうやらケインには届いていないらしい。ヒカルの背中をバシバシ叩きながら、尚も大声で騒いでいる。
「有名人、大いに結構じゃないですか!!堂々としてて下さいよ、教官」
「その教官って言うのもやめてくれ。恥ずかしい…」
すれ違う他の隊員達が、ヒカル達を見て小さく笑って行くのを目の端で見ながら、ヒカルが溜息を吐くと、テッドは笑顔を絶やさないままヒカルの肩に手を置いた。
「ところで、ケインはどんな生徒だった?教官殿?」
「最悪だね」
キッパリと即答したヒカルに、ケインは心外だとばかりに詰め寄る。
「そんな事はないでしょう?…最初の頃は、ヤンチャだったかも知れませんが」
何か思い当たる節でもあるのか、語尾が小さくなっていく。そんなケインへ、サングラスの下から毒の籠った目でヒカルは見やる。
「俺が士官学校へ配属になって、一番最初の候補生だったからな。手に負えないの何のって。…お陰で、こいつには何度実力行使させられた事か」
「そんなに態度の悪い奴だったのか?」
指の関節を鳴らしつつテッドが凄みを利かせて睨むので、ケインは慌てて手を振りながら言い訳を始める。
「そんなっっ、誤解ですよ隊長。…だって、しようがないじゃないですかっ。今日から担当だって現れたのが、どう見てもお子様で、16歳だって聞かされても、全然見えないんだからっっ!」
「はっはっはっはっは!!お互い様ってか。背は伸びたのに、相変わらず成長の遅い男だな、ヒカルも」
話を聞いたテッドが豪快に笑い飛ばすので、とうとうヒカルはそっぽを向いてしまう。
「どうせ俺は童顔だよ」
「ハハハ…、拗ねるなって。着いたぜ」
テッドが止まった先の扉のプレートには、【指揮官室】と書いてあった。軽くノックをして、テッドとケインが先に中へと入って行く。続けてヒカルも室内へ入って行ったが、中に居るメンバーに、やはり知った顔は無かった。
「おぅ、待たせたみたいだな!みんな、ちょっと集まってくれ」
室内に居た5人の男達が、一斉に新顔のヒカルに視線を向ける。
「今後、俺の代わりに総指揮をとる新隊長の紹介だ。ヒカル・カトー軍曹だ。若く見えるが、在籍10年以上の超ベテランだからな。甘く見ない方がいいぜ?」
「ヒカル・カトーです、よろしく」
紹介されて、ヒカルは軽く敬礼した。
「軍曹、紹介しよう。右から、クラース隊のクラース・F・レイドリック伍長。階級は1つ下だが、副隊長を務めている」
「よろしくお願いします、カトー軍曹」
肩に掛かる長いグレーの髪を、後ろで1つに束ねた青年は、ニコリともせずにヒカルに敬礼を返す。
「次がマーク隊の、マーク・ニコル伍長。爆破や罠スペシャリストだ。“配線の魔術師”なんて呼ばれている」
「そうやってあだ名を付けたの、隊長でしょ」
そうテッドに返す黒髪の青年は、まだ20代前半くらいの若い青年だ。
「マークの隣りに居るのがポール隊の、ポール・アシュレイ軍曹だ」
「隊長の知り合いやって聞いてたから、もっとオッサンかと思ってたで。よろしゅう頼んまっせ」
西部訛りのキツイその男は、まだ30代前半だというのに、髪がやや薄くなり始めている。それを誤魔化すかのように、赤毛を短く刈り込んでいた。
「その隣りがチェイサー隊の、チェイサー・スミス伍長」
「よろしくお願いしまっす!」
ビシッ!と敬礼を返す黒髪・褐色肌の彼が、メンバーの中では最年少のようだ。まだあどけなさの残る少年は、ヒカルと同年代くらいだろう。
「で、ベン隊の、ベン・ウルフ軍曹だ。またの名を“オールパイロット”という」
「よろしく、カトー軍曹」
ヒカルに右手を差し出し握手を求める彼は、テッドの次に最年長のようだった。落ち着いた立ち居振る舞いは、古代イギリスの紳士を彷彿とさせる。
「そして自分が、ケイン隊を指揮する、ケイン・マクガーレン伍長であります!教官」
ヒカルに爽やかな笑顔で敬礼したケインを冷ややかに見ながら、クラースがヒカルに訊くのだった。
「…その若さで在籍10年以上って事は、珍しいですね。地球系以外の傭兵か」
「まぁ、そんなところだ」
ヒカルの経歴については、軍の中でもトップクラスの機密事項になっている為、ヒカルは適当に言葉を濁した。
主要メンバーの紹介が終わったので、テッドは卓上に図式を広げてヒカルに見せる。
「来て早々で申し訳ないが、ヒカル。こいつを頭に叩き込んでくれ」
「連絡系統の諸式図か。…俺が居ない間に、随分と様変わりしたものだな?」
指でなぞりながら呟くヒカルに、テッドはニヤリと口元を緩ませる。
「俺達の直の上官は、あのガードナー中佐だ。馴染み深い人だから、やり易いだろ?」
「ガードナー中佐か!?」
ガードナー中佐とは、何度も任務を共にした間柄だ。上層部にありながら、常にトーマとヒカルに目を掛けていた、数少ない1人だ。
「今じゃ大佐だがな」
「そうか…。じゃあ、ここのトップって?」
「パッセンジャー総督だな。覚えてるだろ?仕事の出来ん、口先男の」
「のろまのパーシー、あいつが?!」
意外な人物の名に、ヒカルは驚いてテッドを見ている。テッドは侮蔑の籠った笑い声を上げて、上官の悪口を続けた。
「どうせ親のコネでも使ったんだぜ?まぁ奴に関しちゃ、ほとんど前線には出て来んから、仕事はやり易いぜ」
「なるほどね」
大いに納得するヒカルに、テッドは続ける。
「俺達の任務がはかどる分だけ…、それだけ前線は激化してるって事だ。大改革の裏には、トーマの件が一枚絡んでるみたいだぜ?」
彼の言葉に、ヒカルの眼は鋭く細まる。
「トーマが居なくなった事が、相当堪えたんだろうな。…いい気味だ」
「堪えたどころじゃないだろう?トーマの損失は、陸軍にとっちゃあ、一個師団分の戦力ダウンに相当するだろうぜ」
テッドの指摘に、ヒカルは鼻を鳴らした。
「フン!――で、今度から俺が司令塔になるんだな?」
「ああ。今の若い連中の度肝を抜いてやれ」
そう言って、テッドは側に居る部下達に顎をしゃくった。
「…優秀なオペレーターが1人欲しいところだな」
組織図を見つめ、自分の置かれた立場を思案するヒカルに、テッドが補足を加える。
「ああ!そう言やぁ、新しいのが1人来るんだったな」
「傭兵か?」
「資料を見た限りじゃあ、正規の軍人じゃないみたいだな。連邦宇宙局からの斡旋みたいだぜ?本当、組織の改革といい、連邦宇宙局様様だぜ」
「そう言えばテッドの異動も、連邦宇宙局の推薦だったよな?」
訊かれたテッドは、誇らしげに胸を張る。
「おぅよ!今を時めくディーン・アーダン提督からの、直々のお声掛かりだぜ」
「アーダン提督だって?!」
頓狂な声を出すヒカルを、テッドは不思議そうに見返した。
「どうかしたのか?」
「いいや。…つくづくその名前に、縁があるなと思ってね」
「?」
「こっちの話だ、気にしないでくれ」
意味が解らず目を丸くするテッドに、ヒカルが答えた時、卓上の通信機が鳴った。
ビーッ!『隊長、そちらにカトー軍曹はおられますか?』
話の途中で内線が入ったので、テッドはマイクに向かって返事をする。
「居るぜ、どうした?」
『大佐がお呼びです。すぐに大佐の部屋までいらして下さい』
「解った。―――早速のお呼び出しだな?」
マイクのスイッチを切って、テッドはヒカルを振り向いた。
「行って来る」
短く告げ、ヒカルが足早に出て行くと、2人のやり取りを黙って見ていたポールが、探るような眼差しでテッドに声を掛けた。
「ずいぶんと大人しそうな坊やけど、ホンマにここの隊長が勤まるんかいな?」
「ポール、人は見掛けによらないものだぜ?噂くらいは聞いた事があるだろ?あいつが【オルデンの死神】本人なんだぜ」
テッドは不敵に笑ってみせるが、ポールは依然、疑義の目を向けたままだ。
「【死神】ねぇ…」
「ポール!お前教官の事、馬鹿にする気か!?」
大仰に溜息を吐くポールに、ケインがムキになって詰め寄るが、すぐにテッドが制した。
「ケイン!騒ぐんじゃねぇ。あいつは俺より優秀だから、おめぇ達、安心して命を預けていいぞ!―――それと…、特にケイン」
「なっ、何です?」
急に話を振られ、ケインは吃驚している。
「軍曹の愛銃に、汚れた布が巻き付いてただろ?あれには絶対、触るんじゃねぇぞ!!」
「いいですけど、何故です?」
「さっきも話に出てきたが、あれは軍曹の兄貴の形見だ。上の作戦ミスで、目の前で爆死して残ったのが、あの布きれ1枚だけだったんだ。…この件を俺が話した事は、内密にな?」
そうテッドは部下達に告げて、吐息を吐くのだった――。
基地内の連絡橋を渡り別棟に入ると、ヒカルはエレベーターに乗り込んだ。扉が開き通路に出ると、軍の建物とは思えない、重厚な内装のフロアへ出た。赤絨毯の敷かれた通路を更に進んで、高級なオーク材の扉の前で立ち止まる。
「ヒカル・カトー、出頭致しました」
『入れ、軍曹』
「は!失礼します」
大佐の声を受け室内へ入ると、デスクの前の大佐と、応接ソファーに座るフードを被った人物の、2人だけしか居なかった。普段であれば大佐の側に、護衛や秘書やらが常に居るので、ヒカルは少々面食らってしまった。それを察してか、大佐の方から先に話を進めてくれる。
「重要な話があってな、人払いをしているのだよ。新しい体制について、説明は受けたかね?」
「ええ、簡単には聞きましたが」
「君の率直な意見が、聞きたいのだがね?」
問われたヒカルは、キッパリと即答する。
「優秀なオペレーターを1人、俺の下に専属で欲しいところですね。…補充があると聞きましたが?」
「うむ。彼を配属しようと考えている、紹介しよう」
大佐に促され、ソファーに座った人物がフードを外し、ヒカルに顔を上げた。
磁器のような白い肌、流れるように輝く銀髪に若葉色の瞳。男女の見分けがつかないほどの美しいその顔を見て、ヒカルの頭に血が上った。腰の短銃に手を掛けると、一気に青年へ照準を合わせる。
引き金に指が掛かる寸前、大佐が青年の前に立って、ヒカルの攻撃を無効にした。
「大佐!それはバイオロイドです!!何をしているのですかっ?!」
怒りに顔を紅潮させるヒカルを、大佐は必死に落ち着かせようとした。
「私の話を最後まで聞きたまえ!!…確かに、彼は君が言う通りバイオロイドだが、我々が戦っている連中とは違うのだよ!」
「違う?」
ヒカルはまだ、銃を下に下ろしてはいない。照準は、依然、青年に向けられたままだ。
「彼は、宇宙に不法投棄された大量の産業廃棄物の中から発見された旧型で、名前は…」
「認証ロッドナンバー:CX-9579・ZZ-ⅩⅢ(サーティーン)です、サージェント・カトー」
青年は静かにヒカルを見つめていた。淡い…、碧の瞳だ。
「ZZ-ⅩⅢ、軍曹に説明を」
「はい」
大佐の命を受け、人造擬体は朗々と語り出した。
「あなた方人類が戦っているヒューマン・バイオロイドは、僕らの完成体・CZ-9000シリーズのバイオロイドです」
「…どういう事だ?」
「ドクター・カークは最初に開発した各パーツに、AAからCPのナンバーを付け、完成体であるシリーズにCX以降のロッドナンバーを付けました。ナンバーCQからCWまでは試作体の、バイオロイドとは到底呼べない者達の事で、ナンバーCX…、僕ら以降より人工知能を移植し、より人類に近い存在となっております」
「解らんな。同じ完成体であるお前と奴らと、一体どこが違うって言うんだ?」
「見た目にはまったく同じなので、外見からの見分けは不可能です。この姿はドクター・カークの亡き妻:イライザの姿を真似て造られたものです。CZ-9000シリーズには、脳にイライザのマイクロチップが移植されているのです」
「お前も完成体なのに、なぜお前には、そのイライザチップが内蔵されていない?」
「僕らCXシリーズは製造の段階で、人工知能の性別を【男】に設定して造られた為だと思われます。それ故、本来であれば廃棄処分されるはずでした」
「どうやって助かった?」
「僕の入れられたケースが、誤って不法投棄の艦に乗せられたからでしょうか?火星での事故と同時期ですので、恐らく混乱があったものと推測されます」
注意深く観察したまま微動だにしないヒカルに、大佐は引き攣った笑顔で懇願する。
「軍曹。その恐ろしい銃を、そろそろ下ろしては貰えんかね?私は胃が痛いよ…」
「大佐はこんな奴の言う話を、信じるつもりですか?!連中が送り込んだスパイかもしれないのに!!」
「その事に関しては、発見直後から何度も検査をしているよ。しかし、オールクリアだ。彼の示す脳波パルスは、これまでの連中の物とはまったく異なる波形なのだよ。連中と同じバグが発見されない以上、彼の言葉を信じてみようというのが上の決定だ。知能・身体能力、いずれをもってしても連中に引けを取らない…、これほどの強い味方が他に居ると思うかね?君は…、確かに強いが、君の身体は1つで、君の部下達に君と同じ働きは出来ないぞ?」
「納得…、出来ません」
ヒカルはサングラスの下から、尚も人造擬体を睨み付けている。
「君の気持ちは解るが、ZZ-ⅩⅢは、地球連邦全体にとって貴重な存在だ。納得出来なくとも、仕事はして貰うぞ!――今日から彼を、君の下に就けてくれたまえ。彼は社会経験が浅い為、多くの情報をインプットして貰わなければならないからな。そうする事で、より人間に近い感情が発達するんだったかな?ZZ-ⅩⅢ」
「その通りです、ガードナー大佐」
ソファーに座るZZ-ⅩⅢを振り返り、確認を取った大佐は、再び視線をヒカルの顔に戻した。
「それと軍曹、これも上からの最終通達だ。結局、上の連中にも彼が本当に正しいか否か、見極める事が出来ないのだろう。彼に少しでもおかしな素振りがあれば、射殺命令が出ている。判断は、君に任せるとの事だ」
大佐の言葉に、ヒカルは呆れた口調で訊き返す。
「本人の前で言ってしまっては、意味がないのでは?」
「もし彼が敵のスパイなら…、警告の意味で私は言ってるのだよ」
狸親父と陰で呼ばれる策士の大佐は、ヒカルに片目を閉じてみせた。ようやく銃を下ろし、腰のホルスターに仕舞ったヒカルは、ソファーに座る彼の姿を観察しながら、皮肉を込めて大佐に言う。
「確かに、機械の頭なら、優秀なオペレーターでしょうよ。さて、こいつをどうやってみんなに紹介するかだな…」
「一応IDは作成済みだ、私の息子という事になっている。名前はリュオン・W・ガードナーだ」
「俺は13(サーティーン)って呼びますよ。機械に名前なんて、必要ありませんからね」
「宜しくお願い致します、サージェント・カトー」
リュオンが差し出す右手を無視して、ヒカルは踵を返した。
「俺は機械と握手はしない。――では、戻ります」
「うむ、頼むぞ、軍曹」
大佐の部屋を出て指揮官ルームへ戻る途中、ヒカル達は痛いほどの視線を浴びていた。ヒカルは声を押し殺し、リュオンに命令する。
「いいか、他の連中ともめ事を起こすんじゃないぞ?何を言われても恍けるんだ、解ったな!」
「大丈夫です。僕の電子記憶の第一項目に、【人命尊重】に関する記載が、インプットされています」
「それと、その僕って言うのもやめろ。軍人らしく俺とか…、他ので呼べ」
「了解しました。呼称に関するメモリーを書き換え(リライト)します、――実行。ただ今より、呼称は“私”で使用致します」
飄々と答えるリュオンに、ヒカルは尚も文句を付ける。
「その機械独特の、アンドロイド口調もやめろ!何の為に仮のIDがあると思ってんだよ!」
「メモリーを確認、…申し訳ありません。データ不足により、ただ今の命令をすぐに実行する事が出来ません」
「ああ、もういいよ!“人間らしく”振る舞ってくれ」
「了解です」
ドアの前で大きな溜息を吐きながら、ヒカルは不機嫌な顔のまま部屋へと入って行く。案の定、背後のリュオンにみんなの視線が釘付けになっていた。
「やぁテッド。本日付で配属になった、新人オペレーターだ」
「オペレーター?」
「すっげぇ美人じゃねぇの!…あれ?どっかで会った事ない?」
小躍りして鼻の下を伸ばす、ケインの襟首を掴んで後ろに引くと、テッドが腰の銃に手を掛けて叫んだ。
「馬鹿野郎、ケイン!そいつはバイオロイドだ!!」
「ちょーっと待った!!…紹介が遅れた、彼はリュオン・W・ガードナー。ガードナー大佐の息子さんだ」
自分の説明など無駄に終わると諦めつつも、ヒカルは一応声を張り上げてみた。
「大佐の…」
「ご子息?」
テッドを始め、訝るみんなの前でリュオンは急に伏し目がちになると、暗い声で語り出した。
「この顔でしょう?だから学生時代から、ずっと虐められてまして…。父の後を継いで立派な軍人になろうとしても、容姿のせいでやはり上手くいかない…。とうとう父に泣きつく形で、こちらへの配属が決まったんです。足手まといにならないよう頑張りますから、宜しくお願い致します…」
「…何だ、そうだったのか。あまりにバイオロイドに良く似てるから、俺はてっきり…。すまなかったな、怒鳴ったりして」
見事、瞳を潤ませ話すリュオンに頭を下げるテッドを見て、ヒカルはただ唖然と、心の中で毒吐くのだった。
(何だよ、出来るんじゃねぇか。…機械の心配なんて、するんじゃなかったぜ)
他のメンバーも、どうやら納得しているらしい。ケインなど、
「美人だから喜んだのに、男かよ~」と言っている始末である。
大佐の息子という肩書きには相当効果があったようで、リュオンが部隊に打ち解けるのに、さほどの時間は必要としなかった…。
「じゃあな、みんな!達者でな!!」
ヒカルとの引き継ぎも終わり、テッドが正式に連邦宇宙局へ異動になった頃、新生オルデン傭兵部隊に出動命令が下った。シェラザード星系の惑星で、大規模なクーデターが発生した。当初、内政によるものだと思われていた事件だったが、すべて人造擬体による仕業である事が判明したのだ。
シェラザード星系の惑星は、ほとんどが海に覆われ、人の棲む大陸面積は実に10分の2程度しかない。元々、微々たる軍事力しか持たなかった王室政権では、人造擬体への抵抗など、無力に等しかっただろう。惑星機能を掌握した人造擬体達は、一般市民達を奴隷化して軟禁。王族達の消息は、現在も掴めていなかった。
奴隷化された人々が皆殺しにされる恐れがある為、大規模な部隊での展開が不可能、小数・先鋭部隊による惑星奪還作戦が命じられた。
惑星全土の地図をメインスクリーン上に広げ、ヒカル達、主だったメンバーで作戦会議を開いている。復帰早々にしては極めて重要な作戦の為、ヒカルは思案に思案を重ねていた。
「さぁて、どうしたものか」
いつになく慎重なヒカルに、軽い口調でケインが言う。
「そんなに考える事はないでしょう、教官?」
「あのなぁ。俺は異動したばかりだから、今のここの連中をほとんど知らないんだよ。精鋭部隊の人間を選べって言われてもなぁ」
溜息混じりに応えるヒカルに、冷たい目線を向けながら、クラースが訊き返す。
「軍曹、上からはどの程度の人数と言われてるんです?」
「100名以下なら、幾らでもいいってさ。…正規兵じゃないからって、適当だよな」
「我々チームリーダーで、ある程度のメンバーをリストアップしましょうか?」
「そうだな…。悪いが、自分のチームから各15名ずつ選んでくれないか?その後、みんなと相談して決めるよ」
クラースの申し出に、ヒカルが首肯すると、横からケインがヒカルの袖を引っ張った。
「教官、教官!作戦の内容は解りましたけど、一体どうやって惑星へ降りるんです?惑星の機能は、完全にコントロールされちゃってるんでしょう?ゲリラ作戦の意味、無いと思うんですけど…?」
「ケイン…。いい加減、その“教官”はやめろって言ってるだろ」
妙に冷たいクラースの視線を気にしつつ、ヒカルはケインに文句を付けた。
「…今、U・F・Gが開発中の【一方通行計画】を知ってるか?」
「ワンウェイ計画?」
「あれだよ、ケイン。空間転移装置の実験、略称が【一方通行計画】」
鸚鵡返しのケインに代わり、得意気に答えたのはマークだ。
「お?マーク、物知りだな。…まだ試験段階なんだが、どうやら今回、俺達で人体実験をしようって腹積もりみたいだな」
「俺達で人体実験って、まだ試験段階なんですよね?失敗したりしないでしょうね?」
ヒカルの言葉に、ケインは生唾を呑み込んだ。そんなケインに、ヒカルは平然と告げる。
「解らんな」
「わーっ!!教官、何でそんな冷静なんです?!失敗したら死んじゃうんですよっ」
「お前なぁ、傭兵部隊に居たら、任務でいつ死んでもおかしくない状況で何言ってんだ?ほんっとう、いつも騒がしい馬鹿だぜ!軍曹、こんな奴、気にする事ないっすよ」
本気で焦るケインの横で、チェイサーが彼を一蹴した。年少のチェイサーの方が大人に見えるので、ヒカルは苦笑を洩らしつつケインに言った。
「動物実験や物体での移動では、すでに成功してるんだ。よほどの失敗がない限り、大丈夫だろうよ。…安心しろ、お前さんが1人で行く訳じゃない」
「けど隊長はん。たとえ旨くワンウェイで地上に降りたとして、奴らのセンサーに引っ掛かったりせぇへんのかいな?」
「磁場に一時乱れが起こる程度で、問題ないと思われますが、一応地上へ降下次第、散開される事を推奨します」
質問とばかりに手を上げて訊ねたポールに、ワンウェイの試験データをモニターで確認しながら、リュオンが穏やかに即答した。ケインはモニターを見つめたままの、リュオンに声を掛ける。
「そう言や、リュオンも作戦に参加するんだよな?」
「こいつは駄目だ。あくまでもオペレーターとして、俺達のバックアップをさせる」
鋭く告げるヒカルの言葉に、ケインは不服そうだ。
「そうなの?」
「確かに。こいつが前線に行ったら、他の連中に間違って撃たれても、洒落にならへんで?」
「違いねぇ!」
ポールが妙に真剣に呟くので、思わずケインは吹き出してしまう。ドッと笑いが起きて、室内の緊張した雰囲気が、一気に和んでいく。
「じゃあ悪いがみんな、メンバーのリストアップを頼んだぞ。1800時、再度ここへ集合して、最終的にメンバーを詰める」
小型端末を片手に席を立ったヒカルに、ケインが声を掛ける。
「教官、どちらに?」
「部屋に居る。何かあれば呼んでくれ」
「了解です」
食堂の混雑する時間帯を避けて行われた夕食前の懇談の結果、なんとか精鋭部隊のメンバーが決まり、ヒカルとリュオンは作戦司令本部へと出向いて行く。空間転移装置へのデータ入力にかなりの時間が懸かる為、早めにメンバーのリストを連邦宇宙局へ提出しなければならないからだ。
司令本部の建物内には18時を過ぎている為、ヒカル達以外に誰も居ない。
本部のホスト端末から連邦宇宙局の端末へアクセスして、メンバーのリストを送信する。入力はもちろん、リュオンの担当だ。ヒカルが差し出す書類に目を通しながら、恐ろしいまでの手早さでキーボードを叩いていく。
「…レイドリック伍長のチームから11名、サージェント・アシュレイのチームから10名、スミス伍長のチームから11名、サージェント・ウルフのチームから13名、マクガーレン伍長のチームから15名、ニコル伍長のチームから14名。それと、各チームリーダーが6名。…いずれも射撃命中率90%以上の、Aクラス人物ばかりですね」
「特攻を仕掛けるには、最強のメンバーが必要不可欠だからな。それと俺の名前も、忘れずに入力しておけ」
ヒカルの言葉に、リュオンは入力の手を止めて、彼を振り向いた。
「貴方も前線に出るおつもりですか?通常、指揮官は後方より前線に指示を出し、決して戦闘には参加しない事が常なのでは?」
「俺は、型破りでね」
「しかし、貴方に何か起きた場合、軍の士気が乱れ、作戦遂行に支障をきたすと推測されます」
もっともらしいリュオンの指摘に、ヒカルは不敵な笑みを浮かべて応える。
「データ不足だな。軍って所は、頭の替えは幾らでも居るんだ。重要なのは、いかに動ける手足かって事だ。任務が成功するもしないも、そこがポイントだと俺は思うね」
ヒカルの答えにリュオンは納得したのか、入力を再開する。
「了解しました。貴方の名前も入力致します」
モニターに映し出されるヒカルの顔写真を見ながら、リュオンは小さく呟いた。
「サージェントは、…私の事がお嫌いなのでしょうか?」
問われたヒカルは、不満げに鼻を鳴らす。
「ハン!好きか嫌いかで言えば、嫌いだね。…大佐から、俺の事は聞いてるんだろう?」
「はい。火星の…唯一の生存者だと」
「知っていて、なぜ質問する?」
鋭いヒカルの声に、リュオンは泣きたいような、笑ったような淋しげな表情を浮かべる。これが本当に、人造擬体の顔なのだろうか?
「私は、…自分の存在に疑問を感じます。私は…、存在してはならないのでしょうか…」
「言っておくが、お前は機械だ。機械はただの道具にすぎない。道具なら道具らしく、一切の感情は捨てろ。お前がただの道具なら…、好きとか嫌いとか関係ない」
「それは、私がただの機械になれば、貴方が私を好きになるという事でしょうか?」
一瞬、冷たいとも思えるヒカルの言葉に、リュオンは顔を上げた。極端なリュオンの考えは、まるで理屈の通じない子供のソレと同じで、ヒカルは苛立ちを感じている。自分の事を、仔犬のような眼で見つめるリュオンを突き放すかのように、声を荒げて返した。
「何で、そう短絡的なんだ!いいか、人間ってのは道具に対して好きとか嫌いとか、そういった感情は持ち合わせていないんだよ!別にお前が道具だろうが何だろうが、好きにはならないね」
リュオンは黙ったまま、静かにヒカルを見つめている。ヒカルはやれやれと両手を宙に広げると、リュオンに言った。
「そんな顔をしても無駄だ。…データの送信が終わったなら、戻るぞ!」
「…はい」
踵を返すヒカルに着いて行くリュオンの顔は、どこか儚く哀しげだった―。
最大型級・超光速航宙艦:バビロン号。後にミスリル・ダイヤ搭載艦として初の臨界事故により、悲劇の艦としてU・F・Gの歴史に名を残す事になるこの艦から、ヒカル達オルデン傭兵部隊はシェラザードの惑星へ転送される。
傭兵部隊の全メンバーは、艦後方のレッグデッキに集合して、最終準備と確認をしているところだった。そんなヒカルの元を、バビロン号の艦長が訪ねて来た。
「軍曹!」
「これは艦長、何か?」
振り返る小柄な指揮官へ、艦長は驚いた様子で声を掛ける。
「部隊を指揮する貴方自ら、戦闘に参加されるのか?」
「そのつもりですが」
「そうですか…」
艦長は呟くと、ヒカル達へ真摯に頭を下げて続ける。
「では、改めて貴方に言っておきたい事があります。本来であれば、自分の星は自分達の手で取り戻すのが筋なのでしょうが、…どうか我らの民をお救い下さい」
「艦長はシェラザードの方でしたか。-大丈夫、お任せ下さい。…では」
ヒカルは艦長に敬礼を返すと、準備が整った部隊の所へ戻って行く。総勢81名の部隊は、6つのチームに分けられていた。画面の地図を指し示しながら、各チームリーダーに、ヒカルは最終確認をしていく。
「クラース・マーク・チェイサー・ポールのチームは都市部奪還後、東西南北4エリアの奴隷化された人々の救出、並びに避難誘導。ベンのチームは王族の捜索及び、王宮内の報告を。ケインのチームと俺で特攻を仕掛け、都市部の完全制圧、以上だ。惑星の地理を、しっかりと頭に叩き込んでおけ!-質問は…、無いな?では、これより作戦を決行する」
「「「了解!!」」」
隊員達から背後を振り返り、ヒカルは装置の前に居るリュオンにも声を掛けた。
「オペレーター!準備は出来たか?」
空間転移装置を、連邦宇宙局の軍人と共に操作しながら、リュオンが応える。
「…エネルギー充填開始。転移ソリトン値、確認。転移座標・マイナス0,45軌道修正。エネルギー充填率100%、システム・オールグリーン。空間転移装置、起動致します」
「最初に、俺達を転送してくれ」
「了解です。目的地・座標入力完了…」
ヒカルとケインのチームメンバーは、装置の前に置かれた巨大ドーム型の機械の中へと入って行く。ドームのハッチが閉まるのを確認して、リュオンは通信機で話す。
Pi「転送します。到達時の衝撃に備えて下さい」
先発部隊であるヒカル達の身体を、黄色い光りが包み込んでいき、次の瞬間、彼らの姿が装置の中から消えた―。
「いててて…」
折り重なるようにして地面に座り込む隊員達を見もせず、周りへ鋭い視線を走らせながらヒカルが訊いた。
「全員、無事か?」
「尻が痛いっす、教官」
「転送される空間が球体だから、着地に難ありだな。作戦終了後、上に報告しておくか」
ヒカルは立ち上がって、廃墟と化しているビル群を見つめ、辺りの気配を探っている。そんな彼に隊員の1人が、不安そうな声を上げた。
「た…、隊長。一番肝心な特攻部隊がこの人数で、大丈夫なのでしょうか?」
「バ~カ。特攻部隊だからこそ、少ない人数に越した事はないんだ。そーでしたよね、教官?」
自分の教えをちゃんと覚えていた事に、ケインを振り向くヒカルの口元には、笑みが浮かんでいた。
「心配するな。俺の部下は、誰も死なせやしないよ。…準備はいいか?」
「いつでもいいですよ」
「これより特攻を開始する。目標・前方の評議会ビル、…GO!」
しなやかに且つ速やかに、ヒカル達は人造擬体の占拠する建物を、次々と攻略して行く。ヒカルの指揮は、まるで敵の動きをあらかじめ知っているかの如く、一切の無駄が無かった。惑星都市部の制圧に、丸1日しか懸からなかったのには、みんな驚きであった。
惑星・連邦評議会ビルの通信システムを使って、バビロン号で待機する他のチームへ、GOサインを出した。通信を終え、ヒカルは背後の隊員達を振り返り、しばしの休憩を許可した。
「良し!今から2時間の仮眠だ。休める時に、体を癒しておけ」
「「「了解です」」」
床へ座ったものの、横になろうとしないヒカルに、ケインが声を掛けた。
「教官は休まれないのですか?」
「俺はいい。作戦を、少し練り直さないとな。…お前さんも休んでおけよ?」
「教官も、後で休んで下さいよ?-先に失礼します」
それからキッカリ2時間後、チームは再び侵攻を開始した。ヒカルとケインがほとんどの人造擬体を一掃して行くので、隊員達はみんな、あまり疲れていないのだ。
リュオンの報告では、ベンのチームが苦戦していて、なかなか王宮の奪還が進んでいないとの事だったので、ヒカル達はそちらへ合流する事になった。
都市部を抜けて市街地へと入り、やがて緑豊かな王宮の敷地内へと、一気に突入して行く。王宮の建物に入ってから20分ほどで、ベンのチームと合流する事が出来た。
チームを指揮するベンを見つけると、ヒカルは彼の元へと駆け寄って行く。
「ベン、戦況は?」
「数が多いですな。ほとんどの敵が、王宮内に追われて来たものと思われますな」
「解った。チームを補給と休憩と、2つに分けてくれ。交替で休息を摂ってほしい」
「了解です」
ヒカルが手にした銃の残弾数をチェックし出すので、ベンが訊く。
「軍曹は、どうされるので?」
「敵の数を減らして来るよ。ケイン!出られるか?」
あらかじめヒカルが何を言い出すか、予想してたのだろう。自分のチームのメンバーを待機させていたケインは、大きく手を振って返事をする。
「こっちも補給完了です!」
「ケインの部隊は、左から城を取り囲んで行ってくれ。俺は右から仕掛けて行く。まずは、城のコンピュータールームから奪還するぞ!」
「了解しました」
ヒカルの言葉に、ベンは慌てて彼を止めようとしたが、そんなベンの肩にケインは左手を置いた。
「ちょっ…、軍曹!1人で出るなどと、無茶ですぞっ!?」
「あの人なら心配ないさ、まぁ見てなって。-俺達も行くぞ!」
ケインはベンにウィンクして、勢い良く外へと飛び出して行った。
外に出ると、ヒカルは手にした銃を背中に背負い、すぐに腰のホルスターから愛銃を取り出して、右手に構えた。
「シリアルコード:001、起動だ、相棒」
ヒカルの声に応えて、掌中の銃がカタカタと震え出す。
『声紋識別確認、起動致シマス』
シューンと風の唸るような音をさせて、銃は右手に絡み付くかの如く変形していく。鈍い光りを放つ銃を顔前に上げると、ヒカルは愛銃に命じた。
「最高出力、30%キープだ」
『実行。活動限界時間マデ、40分。かうんと・2400カラ開始シマス』
ヒカルは銃を構えると、建物から出て来る人造擬体の額を、確実に一発で仕留めて行く。城の至る所に人造擬体の残骸が増える中、ヒカルは城の中枢エリアまで一気に走り込んで行った。惑星全土に張り巡らされた人造擬体の、センサーシステムを破壊する為である。これさえ破壊してしまえば、シェラザード星系に展開する全軍で、侵攻出来るからだ。
メインコンピューター室の前で立ち止まると、ヒカルは室内の気配を探った。予想した通り、ケイン達から追われた連中も、ここが最後の砦とばかりに、室内に立てこもっているようだった。ヒカルはチラリと右腕の愛銃へ視線を走らせると、自嘲気味に薄く笑った。
「さぁて、さすがに丸1日中こいつを使うのは疲れるな。…だが!」
ヒカルは扉のロックを撃ち抜くと、扉の内側へ対・人造擬体用の手榴弾を、2つ投げ込んだ。
ズドドドーンンッ!!
扉を紙切れのように吹き飛ばして、中から激しい爆風と衝撃波が外に溢れ出て来た。壁に隠れて爆風が収まるのを待つと、ヒカルは慎重に室内へと足を踏み入れる。
至る所の金属が、ジジッ!と音を立てながら青白く放電する中、床に転がる人造擬体の額にとどめを撃ち抜いて回った。そこへようやくケイン達が到着し、ヒカルが何故【死神】と呼ばれているのか、その答えを目の当たりにするのであった。
…恐らく彼はいかなる戦場においても、最後まで生き残るのだろう。動くものの影すら一切無い荒涼とした大地で、ただヒカルだけが立っている…。そんな光景が、ケインの頭の中に浮かんでいた。
目に焼き付いた幻覚を、頭を振ってかき消して、ケインはヒカルに明るく声を掛けた。
「さすが、教官!速かったですねぇ!」
「ケイン、遅いぞ。そろそろ電磁波の影響が切れる頃だ、こいつらを全部片付けてくれ」
「了解。…しっかし、よくこれだけの数が、この狭い部屋に入りましたね?」
部下と手分けして人造擬体にとどめを刺しながら、ケインが呆れた口調で言う。
「奴らも、相当慌てたんだろう?突然、目の前に俺達が出現したんだ。機械の頭じゃ何が起きたのか、理解出来なかったんだろう」
「所詮は作り物の命ですね」
ケインが憐れむように息を吐いている所へ、部下の1人が駆け寄って来た。
「カトー隊長、あらかたの始末が終わりました」
「すぐにコンピューターを復旧させろ。復旧次第、バビロン号のオペレーターを呼び出せ」
「了解です」
作業に取り掛かる隊員達を見ながら、ヒカルは耳に装着された通信機に向かって訊く。
「無線も通じるな?-ベン、聞こえるか?」
ジジジ!『はい、軍曹』
「中枢のメインコンピューターは押さえた。そっちに、まだ敵は居るか?」
『いいえ、こちらに向かって来る奴は居ません。センサーで調べていますが、…どうやら王宮内の敵は、おおむね一掃出来たようですな』
「今、コンピューターを復旧させている。悪いが、何人かこっちへ回してくれ」
『了解です』
通信を切ると、ヒカルはコンピューターの前で作業する隊員を振り返った。
「あと、どのくらいで直りそうだ?」
「…2時間は見ていて下さい。電磁波の影響を、モロに受けてますからね。配線を全部交換しないと駄目ですわ」
「2発使ったのは、不味かったか…」
面倒臭げに返す隊員の言葉に、ヒカルは悪びれた様子で舌を出した。
「ケイン。お前さんらはこのまま、ここの警備を頼む。俺はベンの所へ、一旦戻る」
踵を返しコンピューター室を出て行くヒカルを、ケインは呼び止めた。
「了解です。教官!今度はちゃんと休んで下さいよ?」
「ああ、そうさせて貰うよ」
両手を腰に当てて、無理に怖い顔を作るケインに、ヒカルは笑ってみせるのだった…。
「他の部隊は、どうなってる?」
ザーッ!『レイドリック隊、ニコル隊、アシュレイ隊、スミス隊、それぞれ順調に進んでいるようです。それと、先ほど全軍に出撃命令が出ました。明日の、明朝までには合流可能です。サージェント・カトー』
「そうか…」
顎に手を添え、何やら思案するヒカルに、ベンが訊いた。
「浮かない顔ですな、軍曹?」
「ん?…少ないと思わないか、ベン?」
「少ないと言われますと?」
「惑星1つ侵略したにしては、バイオロイドの数が少ないと思わないか?」
「確かに…。言われてみれば、そうですな」
ハタと、ベンも納得する。
Pi!「オペレーター!」
ジジッ!『はい、何でしょうか?』
「もう一度、地図を転送してくれ」
『…送りました』
リュオンより送られてきた惑星地図をメイン画面に映し、目を通しながらヒカルとベンは考える。
「街の主要な拠点は、すべて押さえてますな。王宮内の残党も、一掃出来ましたし。やはり、全部倒したのでは?」
ヒカルは地図の一点を見据えたまま。ベンの言葉を否定した。
「……いや、そうじゃないな。オペレーター!軍の連中と合流出来るのは、早くても明朝だったな?」
ザーッ!『はい、そうです』
「よし!バビロン号は引き続き、このまま大気圏外で待機だ。迂闊に近付けば、艦を乗っ取られるぞ?」
『了解しました』
「ベン!すぐにチームを編成してくれ」
通信モニターに映し出されていたリュオンに、あろう事か待機を命じるヒカルに、ベンは訝るような顔で訊き返した。
「何をされる気ですかな、軍曹?」
「奴らは森に逃げて、俺達に夜襲攻撃を仕掛けるつもりだ。…先手を打つぞ」
自信あり気に告げるヒカルの号令の下、新たにチームを街の警護班と、攻撃隊の2つに組み分ける事となった。ケインを警護班リーダーとして王宮に残し、ヒカルを先頭にベンたち攻撃達は武装を整え、夕闇迫る森の中へと進んで行く。
ヒカルの言葉通りに部隊を編成し直したものの、ベンは作戦立案者のヒカルに疑義の目を向けていた。
「本当に連中は、森の中に居ますかな?」
「賭けようか、ベン?間違いなく居るね。俺の勘が、そう告げてる」
不敵に笑う年下の上官に、ベンは呆れた様子で返すしかなかった。
「勘…ねぇ」
そのままヒカルを先頭に、更に森の奥深くへと入って行くと、一見しただけでは解らない、落ち葉を踏んだ跡を、ヒカルは発見した。手で全員に停止を命じて、ヒカルは耳のインカムに小声で囁いた。
Pi!「オペレーター。俺達の位置が補足出来るか?」
ザーッ!『はい』
「俺達の半径1km圏内に、バイオロイドが居ないか見てくれ」
『スキャンします。-今の地点より、前方に800mほど行ったポイントに、まとまって居ます。およそ500体です』
通信を聞いたメンバー全員が、ヒカルを驚きの目で見返している。そんな彼らに、不敵な笑みを湛えたまま、ヒカルは告げた。
「800m…、奴らの熱感知センサーの外だな。…チームを3つに分ける。お前さんらは左から、ベンは彼らと共に右方向へ回り込め。三方向から挟み撃ちにする」
「「「了解です」」」
静かに部隊は散開すると、人造擬体のセンサー感知ギリギリの距離まで、一気に間合いを詰めて行く。準備が整ったところで、ヒカルが先に打って出た。
虚を突かれた形の人造擬体達は、慌てて森の中に広がろうと逃げ出すが、左右からベン達の攻撃が開始される。
人数では圧倒的に不利であったが、経験と確かなヒカルの指示により、怪我人は出たものの、犠牲者を出す事なく任務を遂行する事が出来た。
翌朝。明るく白み始めた空に、朝日を浴びて煌めく艦隊が姿を現した。結局、王族は侵攻を受けた時点で全員が殺されており、これにより、惑星は連邦の統治の下、一気に民主化へと政治が移行して行くのだろう。復興などの人的支援は連邦宇宙局達に任せて、ヒカル達オルデン傭兵部隊は、ソウル太陽系・月基地へと帰還して行った。
基地へ到着するなりの熱烈な出迎えに、ヒカルは吃驚してしまった。みんな、今回のヒカルの活躍に、新隊長の実力を充分に理解出来たようで、ヒカルの歓迎会が用意されていたのだ。一緒に作戦へ参加したチームリーダー達も、ヒカルの実力に感嘆しっ放しであった。
「だ~から俺が、最初っから言ってたんだよ。教官の腕前はピカ1だって!!」
腰に手を当てて、偉そうに胸を張るケインは無視して、部隊一のクールビューティー・クラースは、彼にしては珍しく顔を赤らめて、ヒカルに頭を下げた。
「すみません、“隊長”。見くびっていた訳ではないのですが、貴方とテッド元・隊長と、あまりに違うタイプの人だったので…」
「いいよ、クラース。俺も新体制に、徐々に慣れていくからさ。…これからもみんな、よろしく頼むよ!」
「「「アイ・サー、カトー隊長!!」」」
心底嬉しそうに告げたヒカルに、メンバー全員が敬礼を返した。
後に“オルデンの死神”とは、ヒカル、ケイン、クラース、マーク、ポール、チェイサー、ベン、リュオンの8名を指して言われる呼称へと、変化していくのであった。
オルデン傭兵部隊、新時代の幕開けであった…。