プールサイド・バタフライ
ぱちん、と弾く音がした。間山はデリカシーがない。
濃紺のスクール水着の裾に指をかけ、当り前の顔で弾いている。目の前に僕がいるにもかかわらず、だ。
「で、本当にバタフライ出来るの?」
学校のプールは使えないので、公営のプールに来ている僕達。けれど、色気も何もありやしなくて。
「……出来るよ」
僕も間山も学校指定の水着姿で、おまけにきつめの水泳帽で。
「本当? 三上、運動神経鈍そうなのに?」
しかもここに来た理由が、売り言葉に買い言葉で。二人きりでのプールだというのに、デートのような甘い響きは微塵もなくて。
何でこんなことになってしまったのだろうと、思う。
「間山に言われたかねえよ」
僕が水泳部に入ったのは先々月で、間山と出会ったのも同じ時期。陸上練習は男女共通で、たまに話をしたりもしていて。
だから結局は、僕が悪いのだ。
「何よそれ。私はね、中学のバタフライで市大会三位だっての」
「それが信じらんねえんだよなあ」
格好良い所を見せたかっただけなのだ、間山に。
「……じゃ、泳ぐから見とけって」
陸上練習の休憩中、隣に座っていた間山に、僕はバタフライのなんたるかを語ってしまった。市大会云々という話を、その時の僕は知らなかったのだ。仕方がない。
暖かな水に浸かり、プールサイドを見上げる。水着をぱちぱちと鳴らしながら、間山が僕を見下ろした。
「うん。ま、失敗したら教えたげるから」
にっこり笑顔が憎らしい。
「だから安心しなよ、三上」
格好良い所を見せたいと、どうしても思ってしまうじゃないか。殆ど自己流にもかかわらず。
顔を浸し、目を開く。不格好でも遅くても、泳げる所を見せ付けたい。最初から、目標は変わっていなかった。間山に一目置かれたい。ただ、それだけの。難易度は、上がっているけれど。
壁を蹴り、泳ぎ出す。もがく様に手足を動かし、奇妙なフォームで、ゆっくりと。
たぶん、無我夢中。間山は僕の実力に気付いていて、泳がせているのかもしれない。バタフライだけに。
「っはあ」
指先に硬いものが当たったので、足を付いた。プールサイドを見上げると、先程と同じ、笑顔の間山。
「うん。泳げてなくはないね」
相変わらず水着に指をかけ、弾く音を響かせて。
「も少しフォームを整えたら、結構速くなるんじゃない?」
僕に手を、差し伸べる。
「教えたげる。だから、また来よう? ふたりで」
間山の手を握り、思った。息が上がっているから、まともに考えられないだけなのかもしれないけれど。
「てか三上、本当に泳げるんだもんなあ」
間山の笑顔に希望を抱く。僕達の間には、きっと。
それなりの希望が溢れている。