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蛍火

作者: 三堀信夫

コンクールに応募して落選したものを作り直して掲載しています。初投稿なので至らない点があると思いますが、よろしくお願いします。

年に一度の村祭の日。夏の太陽が沈みかけ、辺りに虫たちが飛び始めた頃。村外れの神社の辺りは色づき、明からみ、こんな寂しい村のどこから集まってきたのか、たくさんの村人で賑わっていた。辺りの木々に吊るされた提灯にともる灯は、村の夜にぽつぽつと蛍のように浮かんでいた。

「なあ、子供らはどこへ行っちゃたんだい?さっきから姿が見えないけど」

「そこの裏じゃないの?大造ジイの話を聞きに行くんだ、って言ってたわよ」


神社の裏、普段なら人気のない場所。今日ばかりは違って、何人かがそこにいた。一人の老人と、彼を取り囲んで輪になって座る子供達が十人ほど、輪の真ん中に懐中電灯を置いて座っていた。懐中電灯の明かりに照らされた顔にはまだほんの幼い五歳ほどの顔のいくつかもあれば、しわの寄ってくたびれた老人の顔まで、様々あった。それらの顔は皆良く日に焼けて、この辺りの住人に特有な、わずかに彫りの深く凛々しい顔をしていた。

「大造ジイ、今日はなんの話をしてくれるの?」

「そうだなあ、今日はお祭りの日だからちょっと特別な話をしてやろう」

老人はその顔に穏やかな笑みを浮かべつつ、彼の昔話を始めた。取り囲む子供達は真剣そうな顔で彼の話に耳を傾けている。

「これはキミらが産まれるずっと昔の話、それこそ、この老いぼれがまだほんのキミら位の年だった頃の話だ。ワシの家は代々、村に流れる川を守る家系だったんだ。だから、子供だったワシもよく父親と一緒に川の番をしていたんだよ。ある日ワシは一人で川の番に立ったんだが、そこで面白いもの見たんだ……


「大造、今夜はお前一人で川の様子を見てきてくれないか?父ちゃんは足を怪我してしばらく歩けないんだ」

父ちゃんは、僕が知っている限り、風邪をひいた時もばあちゃんの葬式があった日にも川の番をしていた。川の番を休むのは、もしかしてこれが初めてかもしれない。それに僕が一人だけで番をするなんて、もちろんこれが初めてだ。一人で行くのは少し怖いけど、怪我をしているなら仕方ない。そう思って僕は懐中電灯を手に一人で川へと歩いて行った。

辺りはもう夜の帳も降り始め、夕焼けの朱は徐々に夜の藍に融け出していた。夏の夕暮れ時は日常とはどこか違った色をしていた。まるで僕だけが世界から切り離されて、この朱とも藍ともつかない色の中に取り残されてしまったような、夏にはふさわしくない、寂しくて心細い気持ちになった。

五分ほど歩いて川辺にある川の神様を祀る、小さな社に着いた。ここはさっき通って来た道よりも涼しくて静かだ。きっと社の周りを覆うように木が茂っているからだろう。

川の番とは言っても何か特別なことをするわけではない。ただ社にお供えをして、そこでしばらくの間、川を見ているだけだ。父ちゃんが言うには、こうすることでこの村はいつもきれいな水を使えるんだそうだ。

社にお供え物の野菜を置いた後、僕は普段父ちゃんとするように川岸に座って川の流れを見た。父ちゃんといる時には学校のことだとか友達のことだとか、色々なことを話す。だけど今日は僕一人。川の流れの音が聞こえてくる。どこかでヒグラシが鳴いている。遠くに鳥の声も聞こえる。辺りはそれらの音で静かになっていた。


あまりに静かなものだからいつの間にか眠ってしまったようだ。朱色の夕暮れはどこかに消え去って、藍色の夜が辺りを染めていた。セミたちはもう木の一部のようになって黙り込んでいる。

僕は不安になって立ち上がった。早く帰らないと叱られる、もう辺りは夜なのに。

そのとき、僕はあるものに気がついた。川の上を、数匹で飛ぶ蛍だ。光を点滅させながら踊るように、川上へ向かって飛んでいた。

僕はなぜか家に帰ろうという気持ちも忘れて、蛍を追いかけて川上へと歩いていった。

湿った土の川辺から、岩場の続く川上へ、蛍を追って登っていく。でこぼことした足元も、何の苦にもならなかった。川上に行けば行くほど、川のさざめきは大きくなった。行けば行くほど、あたりの空気はひんやりと澄み渡っていった。


川辺を歩いていくと川の源泉らしい開けた場所に出た。そこは不思議に昼間のように明るくて空気も透き通っていた。湧き上がる水の周りにはいくつもの光が飛んでいた。足下には青々とした苔が広がり、所々に見たこともないようなきれいな色をした花が咲いていた。

どこから清々しい、涼しい風が吹き込んできた。

ふと見ると水の湧き出す辺りに何人かの子供が集まっていた。どの子供も上等そうな白い着物をきている。今はみんな貧乏で、あんな着物はハレの日でも滅多に着ないのに。僕は彼らが誰なのか考えてみたが、その答えは出なかった。

彼らは皆、男とも女ともつかないような顔立ちをして、ただ楽しそうに笑いあっている。僕はその姿になに一つ、恐れや不気味さを感じることはなかった。むしろどこか懐かしいような気がして、 安心しきっていた。

すると子供達の一人が振り返った。そして優しそうな、生来の友達に言うような親しい声で言った。

「ほら、こっちにおいでよ。一緒に遊ぼう」

僕は自分の状況も家に帰らないといけないことも忘れて、その子供達と遊んだ。ほんの、たわいもないことをしただけだったけど、どうしてか何よりも楽しかった。まるで僕自身がこうやって彼らと会うことを待ち望んでいたかのように。

そうは言っても僕は家に帰らないといけなかった。父ちゃん達が心配して探しているかもしれない。僕は子供達にもう帰らないといけないことを伝えた。子供達は残念そうな顔をしていたけれど、こう言ってくれた。

「また来てね。夏、蛍がいる間、僕らはずっとここにいるよ」


気付くと僕は川岸に座ってにいた。さっきは夜だったのに、夕方の景色になっている。

僕は立ち上がって家へと歩いて行った。さっきのことは夢だったのだろうか、それとも本当に?そんなことを考えながら、来たときと同じように一人で。

家に帰ると母ちゃんが晩ご飯の準備をしていた。父ちゃんは一人で川の番に行ったことを褒めてくれた。

僕は父ちゃんに川であったことを話してみた。すると父ちゃんは驚いた顔をして言った。

「そりあもしかして川の神様じゃないか?あの川の神様は蛍なんだ。お前がいつもお参りに行っているから姿を見せてくれたのかもしれないな」


その日から僕は一人で川の番をすることになった。父ちゃんが言うには川の神様に好かれている人が番をするほうがいいらしい。父ちゃんとは一緒にいけなくなったけど寂しくはなかった。だってあそこにはあの子達が待っていてくれるのだから。


「へえ、じゃあ大造ジイはそれからも神様に会えたの?」

「ああもちろん、夏になって蛍が出る頃になるとな、時々あの子供達のいるところへ行けたんだよ」

語り終えた老人は懐かしそうな顔をして、子供達に言った

「キミらももしかしたら神様に会えるかもしれないよ。あの子達は一緒に遊んでくれる子供が好きだからね」

「大造ジイは子供じゃないからもう会えないの?」

「ああ、いつの間にかあの子達には会えなくなってしまった。だけど感じるんだ、毎年夏になるとあの子達が森の中にいるのを。今だってきっと、どこからかみているはずさ」

「そうなんだ……あっ、ホタル」


夏の空はいつの間にか藍色に染まっていた。セミの声も聞こえてこない。

どこからか涼しい風が吹いてきた。

「ほら、神様がみんなが来たのを喜んでいるぞ」

老人は周りの子供達に言った。

何人かの子供が、白い和服姿の子供をみたと言っていた。大人たちは誰も本気にはしなかったが、ある一人の老人だけは熱心にその話を聞いていた。

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