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戮力のジャスティカ  作者: 上野竜二
第一章 「赤い少女と白黒の戦士」
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第08話 「その身は誰がためのもの III」

 あたり一体に地響きが走り、周りの建物が僅かに震える。

 コーストシティの港にて、アスファルトの地面にさきほどの衝撃により大きなクレーターが出来上がっていた。

 半径五メートルほどのそのクレーターの中心に人が一人立っている。

 上半身を白い布で覆い、機械的な黒いブーツからは紫色のラインが怪しく光る。

 黒星と戦う正体不明の人物ジャスティカが、港で行われていた黒星と他マフィアとの密会に乱入したのだ。

 取引を始めようとしていた黒星とマフィアはジャスティカから距離を取り、マフィア達の面々は息を呑む。

「お、おい! 聞いてないぞこんなの! どうしてジャスティカにこの場所が割れたんだ!?」

 しがみつくかのようにマフィアのボスらしい若い男が隣に立つ黒星側の男の腕を掴む。

 黒星の男は燃えるような赤い髪を逆立てており、つり上がった瞳は野獣のようだった。

 服装は他の黒星のメンバーと同じように黒いスーツを着ているが、放つ風格は他と別格だった。

 男は若いマフィアのボスを見下ろし、唾を吐くかのような独特な笑いを上げる。

「カッ! それでもドーンファミリーの頭かお前は。群れを率いてる奴が怯えてんじゃねぇよ。情報がどこかから漏れたってことだろ」

 遠くではジャスティカが黒星とマフィアの手下達と戦闘を開始ししていた。

 どう見てもジャスティカが手下達を圧倒しているのだが、赤髪の男は焦る様子もなく、ただじっと戦況を眺める。

 無数の弾丸が降り注ぐ中、ジャスティカは地面へかかと落としを繰り出し、蹴りの風圧だけで銃弾を全て弾く。

 ジャスティカが一度跳躍しただけでアスファルトに凹みを作り、着地した地点のアスファルトが派手に舞い上がり、土砂の波となって手下達を飲み込む。

 異常なまでの強さの前に、ドーンファミリーのボスは掴んでいた赤髪の男の腕を揺する。

「お、おい。どうするんだこの状況!」

「旗色は悪いな。おそらく現状の戦力じゃ太刀打ちできねぇ。撤退に専念するべきだ」

 赤髪の男は冷静に状況を眺めていると、遠くから黒星の一員が赤髪の男の傍に走ってきた。その後ろには黒いレインコートを着た屈強な男が二人と増援の黒星メンバーがぞろぞろと馳せ参じた。

「ユーリさん! 外側の見張り達を連れてきました!」

 ユーリと呼ばれた赤髪の男は頷くと、未だ己に張り付いていたマフィアのボスを引き剥がす。

「あぁ、さっさと反撃しろ。ただし、奴は強い、油断するな」

 手下達が頷くと、前に立っていたレインコートの男二人が雄叫びを上げる。

 すると、二人の体が複雑にうねり、異様なスピードで外観を変質し始める。

 一人は、レインコートが弾けるように破れ、両腕が黒い翼へと変形させた。

 さらに首が伸び、髪が途端に抜け落ちる。そのまま全身に羽毛が生え、顔は人間のままだが口だけが鳥のようなクチバシへと変わる。

 体躯も一回り大きくなり、二メートル半ほどのコンドル男が出現した。

 もう一人は肌がヌメるような青い表皮へと変わると、レインコートが滑るように男から落ちる。

 体を一気に変身させた男の上半身は大きなパラソルのように膨れ上がり、パラソルの下からは無数の触手が生えてくる。

 ドーム状に変形した上半身の中心からは辛うじて人間体を保った男の下半身が突き出ており、その姿はまさしくクラゲ男だ。

 異様な光景を見たマフィアのボスは腰が抜けたのか、その場で尻もちをつく。

「お、俺ぁ一体何を見ているんだ……」

 マフィアのボスが呆ける間、黒星のメンバーは一気にジャスティカの方へとかけ出す。

 ユーリはポケットからタバコの箱を取り出し、火を点けないままタバコを一本口に含む。

「おっさん、これが黒星の戦い方だ。下っ端共にはほんの少しだけ改造手術が施されてるが、それだけでも警察どもを圧倒するには十分な力を発揮する」

 さきほどからジャスティカが一方的に攻撃をしてはいるものの、先に倒れてしまっているのは黒星のメンバーではなくマフィアの下っ端の方だった。

 黒星のメンバーの面々は驚くような身体能力は発揮せずとも、普通の体では実現しえないだろう反応速度でジャスティカの攻撃の余波から逃れている。

「そして、一定以上の信頼のおける奴らにはさらに上の改造手術、『モンスター』の能力が授けられる」

 ユーリがくわえているタバコに突然火が灯り、それがモンスターとジャスティカの交戦開始の合図となる。

 戦地に到着したコンドル男とクラゲ男が同時に攻撃を放つ。

 クラゲ男が無数の触手でジャスティカに殴りかかり、コンドル男は空から鋭い針がついた羽を飛ばす。

 ジャスティカは抉り出したアスファルトの塊を蹴りあげて羽攻撃を防ぎ、襲い来る触手を回転蹴りで全て撃ち落とす。

「もう警察どもは脅威じゃねぇ、軍隊にだって対応できる。たまにこうしてジャスティカどもが邪魔しにくるが、結局相手は少人数だ。数カ所で暴れ回っている俺達には対処しきれていないのさ」

 マフィアのボスはユーリの話を聞きながらも目の前で繰り広げられている非現実的な光景を息を呑んで眺める。

 するとユーリは両手をポケットに突っ込んだままマフィアのボスの前に仁王立ちする。

「黒星の傘下に入れ、そうすれば力をやる。これからは『モンスター』の力が裏社会を支配する」

 ユーリはドーンファミリーのボスに右手を差し出す。タバコの煙が二人の間を漂い、不穏な空気を作り出す。

 それはまるで地の底から這い出た悪魔がさらなる深みへと誘うかのような光景に見えた。

 マフィアのボスはひくついた笑みを浮かべ、その手を取った。

 ユーリは鋭い八重歯を覗かせてニヤリと笑い、握った手に力を込める。

「カッ、商談成立だ」 


 フー・ヤンの部屋には幾つもの大小様々なスピーカーが置かれており、全てのスピーカーは通信傍受装置に繋がれ、会話内容が流れ出るような仕組みになっている。

 以前スカーレットに頼んでこの機材を手に入れてからというもの、フーは非番時には毎回通信傍受をしてはアイルシティとコーストシティの状況を把握しようとしていた。

 この傍受装置は無線での会話のみならず、携帯の電波をも拾うことができ、本来なら犯罪として処されるに等しい行為なのだが、それをやってのけてしまうのがスカーレットが率いるこのグループの異常性と言っても良いだろう。

 フーはそんなことを思いながら机の上に置かれた資料に紛れている写真を睨む。

 一週間以上前にフーが密会しているブレッドからもらったユーリという男の写真だ。

 しばらく海外のマフィアとの取引に出ていたらしいユーリがコーストシティに帰ってきているらしく、フーとしては今すぐにでも外に出て奴を追いたい気持ちでいっぱいになる。

 はやる気持ちを抑えるかのようにフーはスピーカーからランダムに流れで出てくる会話内容に耳を傾ける。

 だが、これといった情報は聞き出せそうにもなく、フーは一息ついて傍受装置の電源を落とす。

 収穫なし、心の中でつぶやき、ゆっくりとした歩調で部屋を出る。

 前線へしばらく復帰できないのもそうだが、悩みの種はそれだけではない。

 フーとミチルの生活が始まって一週間が過ぎたが、二人の仲が進展することはなかった。

 仲良くなる必要などどこにもないのだが、ミチルが部屋の中に一週間引きこもり続け、基本的に他人に無頓着なフーもさすがにある程度気になってしまう。

 昼頃にフーがリビングに出ると、テーブルの上には昨夜フーが外から買ってきた食べ物がラップに包まれて置かれていた。

 少しだけ食べられた形跡があり、フーが就寝した後ミチルがこっそり部屋から出て食事を取ったのだと推測する。

 それにしても食べなさ過ぎだ。ほとんどの料理が手つかずの状態となっており、今日まで食事に関して口出ししていなかったフーだったが、一言ミチルに声をかけることにした。

 フーはミチルの部屋の前へ行くと、何度かドアを叩く。

「ミチル……おい、ミチル」

 しばらく部屋の前で待つフーだが、扉が開いてくれる気配がまったくなく、フーはため息を吐く。

「開けるぞ」

 そう言って扉のドアノブに手をかけてひねった途端、部屋の中でドタンと何かが落ちる音が鳴った。

 構わず扉を開こうとした瞬間、慌てて飛び起きたらしいミチルが向こう側から扉を力いっぱい閉めようとする。

「お、おぉぉお女の子の部屋、勝手に開けるとか、し、信じられないし!」

 泣き声にも近い叫びを上げてミチルは必死に扉を引っ張る。

 フーは無理やり扉を開こうとせず、すぐに手を離す。

 バタンと扉が閉まり、バタンと似たような音が向こう側で響く。おそらくミチルが勢い余って床に転んだのだろう。

「いや、返事がなかったから、いるかどうか確認しただけだ」

「よ、余計な、お世話。私は外に出たく、ないし、誰とも、会いたくない」

 頑なに人と接することを拒むミチルにフーは少しだけ疑問を抱く。

 自身も人と接するのは苦手な方なのだが、ここまで拒否反応は出さない。

 フーは腕を組み、扉の向こうにいるであろうミチルに視線を投げる。

「なぜそんなに外に出たがらないんだ?」

「……」

 率直な疑問を投げただけなのだが、ミチルは沈黙してしまう。

 フーはミチルに返事を急かすわけでもなく、扉の前でじっと待ち続ける。

 すると、小さめの声でミチルが応じてくる。

「……た、他人と関わって、ろくなことは、ない」

 ガリ、と扉をひっかくような音がし、ミチルは拒絶の意志を示す。

 話す気はない、とミチルは言いたげだが、フーはそれを無視して本題に入った。

「無理に出てこいとは言わない。しかしだ、食事はちゃんと採ってくれ。栄養も考えて食べ物を買ってきているが、食べてくれないのでは意味がない」

「ほ、放っておいて。も、元々、食べない、ほうだし」

 ほんの少し苛立ちを含みながらも、ミチルはたどたどしく答える。

 しかし、フーもそう簡単には引かない。

「それでもだ。今までは適当に食事をしてきたのかもしれないが、ここではしっかり食べてもらおう」

「な、なんでそんなに構うの?」

 心の底から疑問に思っているのか、ミチルは少しだけ凄味を入れてフーに聞く。

 確かに、出会ったばかりの相手にいちいち食事を摂ったかどうかなど確認する必要はない。

 一呼吸間を置いて考えたフーは一つの答えにたどり着いて口を開く。

「それが僕の仕事だからだ。君にちゃんとした食事を摂らせる義務が僕にはある」

 事務的に告げるフーの口調は冷たい。

 気のせいか扉の向こうに立つミチルの肩が落ちた気配がし、フーは再び首をかしげる。

「どうした?」

 だがミチルからすぐに返事はこず、フーはまた待ちぼうけを食らうと、ミチルが扉から離れていくような足音がする。

「……い、いらない、ごはん」

 なぜかさきほどより元気のない声でミチルが応じ、それきり返事をしなくなってしまった。

 仕方なく諦めたフーはいつものようにリビングのテーブルの椅子に座り、未だテーブルの上に置かれた昨日の夕飯の残りを睨む。


 壁にかけられた時計が午後一時を回ったことを確認したフーはポケットから黒い端末を取り出す。

 定時連絡を済ませるため、とある女性へと通信を繋げる。

『こんにちはリザード。調子はどう?』

「スカーレット、やはり僕にこの任務は向いていない」

 開口一番にフーは任務担当の変更を申し出るが、スカーレットはそれを笑って流す。

 生真面目なフーが仕事を諦めるというのは非常に珍しいのだが、知ってか知らずかスカーレットにとってフーの訴えは些細なことらしい。

『貴方はちょっと人と話すのが苦手みたいだから、ちょうど良い機会だと私は思っているけれど』

「これでも僕なりに気を使っているつもりだ。昨日の夕飯を十分に食べていなったから理由を問いただしたがまともに話をしてくれない」

 すると、通話の向こう側でスカーレットが少し呆れたようなため息を出す。

『女の子にそんな強引なやり方をしてはダメよ。もっと優しく接してあげなきゃ』

「……そうは言ってもだな」

 接するも何も相手が部屋からまともに出ようともしないのでは、どうしようもないではないか。

 フーはこれ以上の不満を吐露しても何も変わらないと判断し、頭を横に振って気持ちを切り替える。

「ところでスカーレット、昨日コーストシティの港の方にジャスティカを出撃させたみたいだな」

『えぇ。どこぞのマフィアを吸収しようとしていたみたい。クラゲと鳥みたいなモンスターの撃破に成功はしたけれど、他のメンバーはジャスティカがモンスターの相手をしている間に取り逃がしてしまったわ』

「結局は黒星の戦力は増えてしまったか。どうにか戦えているとはいえ、後手に回っているな」

 フーは単調な口ぶりで本音を言うが、本心ではこの場でじっとしていることにくすぶっている。

 それを察したのか、スカーレットは少しだけ話題を変える。

『調査の方は概おおむね順調と言ったところかしら。どうも、デパート襲撃の件は黒星全体の決定ではないみたい』

 新しい情報が舞い込み、フーは少しだけ椅子から身を乗り出しそうになる。

「つまり、一部の派閥による独断行動ということか?」

『可能性は高いわね。それと、ミチルさんが住んでいたアパート周辺にも怪しい人物をちらほら見かけたわね。理由は未だ分からないけれど、ミチルさんが狙われているのはほぼ間違いないわ』

 一体スカーレットがどういう手段を使って情報を仕入れているのかは不明だが、黒星の情報を少しずつ引き出せているらしい。

 どうにか己も捜査に参戦できないだろうか、とフーはミチルの部屋の扉を眺めながら思考する。

「ミチルがあの日デパートに行ったのは失踪した母親から連絡が来たから、だったか?」

『学校を通して、ね。どうも学校側も怪しいからそちらも調査しているけれど、連絡の出処は今のところ見つかっていないわ』

 やはり、ミチルを中心に何かが動こうとしている。

 そう思ったフーは何かを閃いたのか、一つ頷く。

「スカーレット、僕にミチルの保護者に合わせてくれないか?」

『あら、どうして?』

「ミチルについて直接聞きたい。もしかしたら黒星に狙われている理由も聞き出せるだろうし……これからミチルを護衛する意味でも何かの役に立つかもしれない」

 後半は少しだけ声を小さくして言うフーだが、スカーレットはそれをしかと聞き届ける。

『保護者の方への事情聴取はインディゴに任せるつもりだったけど、そういうことなら良いかもね』

 前線に立つフーがやることではないのだが、フーの気持ちを察したのかスカーレットはフーの提案を承諾した。

 気のせいかスカーレットの口調は明るい。

『保護者のトミ・アキツは明日、警察の護衛の元、一時海外への避難が予定されているわ』

 海外へ避難? とフーは首をかしげるも、すぐにこの対処の目的に思い当たる。

「そうか、ミチルの引き渡しのために黒星がアキツ氏を人質に取る可能性を潰すためか」

 察しの良いフーがそう言い当てると、通話の向こうでスカーレットがそうよと肯定した。

『本当はミチルさんと同じ場所で貴方に護衛させるつもりだったけれど、アキツ氏がミチルさんと一緒にいることを頑なに拒否したのよ』

「なぜだ?」

『同じ場所にいては黒星に狙われて命が幾つあっても足りない、と主張したそうよ』

 事前にミチルがアキツ氏と良い関係を築けていないことは聞いていたが、これは予想以上らしい。

『明日の午後、インディゴと護衛を交代してアキツ氏のところに向かって。誤送前なら少しだけ話をする時間はあると思うわ』

了解(サー)

 通信を切り、フーはもう一度ミチルの部屋の扉へと視線を投げる。

 部屋の主は出てくる様子はなく、扉は冷たく閉ざされたままだ。

「仲良くなる必要は、ないんだけどな」

 なぜこうまでしてミチルについて知ろうとしているのか、フーは自分自身よくわかっていなかった。

 だが、どうしてだかミチルを放っておこうという気が起きなかったのだ。

ジャスティカや黒星の情報は小出しにされていきます。

2つの組織とも謎を隠してますね。

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