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戮力のジャスティカ  作者: 上野竜二
第一章 「赤い少女と白黒の戦士」
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第05話 「不滅の英雄 V」

 フーは三階への階段を上り、長い通路を走り抜き、さきほど二階の天井を切り裂いた現場付近へと到達していた。

 フーは拳銃を握りしめ、壁を背にする。

 そこから顔だけを壁から出し、現場を覗き込む。

「なっ……に、が?」

 いつも無表情な彼には珍しく驚きの声が上がった。

 だらりと腕の力を抜き、フーは目線の先へふらふらと歩く。

 切り裂かれた通路の向こうには血だまりの上に一人の青年が横たわっていた。

 白かったはずのマフラーは赤く染まり、滴る血は切り裂かれた床を通って下の階へと流れていく。

 しかし、フーが一番驚いたのは青年の素顔を見たからだろう。

 口からは大量の血が吐き出され、胴体は無残に切り刻まれているが、その顔は数時間前に見た青年と良く似ていた。

「ケンイチ……君」

 膝から崩れ落ち、フーは両手を床につける。

「なぜ、君が?」

 疑問が浮かんでは消え、様々な感情がフーの中を駆け巡る。

 驚きは疑問へ、疑問は悲しみへ、そして悲しみは少しずつ怒りへと変貌していく。

「っ!」

 ぎらりとした瞳を上げ、フーは立ち上がると、ポケットからある物を取り出す。

 それは、近未来的なデザインをした、小さな黒い端末だった。

「スカーレットォ!」

 男はとある少女の名を叫ぶ。


 通信を受けたスカーレットはキーボードを拳で力強く叩き、叫ぶ。

「インディゴ! エクスキューター射出! リザードが現場にいる!」

『分かってる!』

 どごん、とコンテナ上部で何かが射出される物音が鳴った。

 スカーレットは端末を乱暴に掴み取り、両手で包み込むようにそれを持つ。

「リザード、敵は屋上へ向かったわ……奴を逃がさないで」

 まるで祈りを捧げる少女のようにスカーレットは通信相手へと指示を出す。

 悲痛な表情を浮かべ、スカーレットは血が出るほど強く唇を噛む。

 後悔と怒りの感情がスカーレットの胸中に渦巻く。


 ほんの少しだけ冷静さを取り戻したフーは視線の先に横たわる友人を見下ろす。

 いや、そもそも彼とは友人と呼べるほどの仲だっただろうか。

 ケンイチと会った回数は出会ったきっかけになった事件が一回、事情徴収と退院祝いをした時の一回ずつだ。

「ケンイチ君、君が結局何者だったのかは知らない。だけど、君がジャスティカだったことは何だか妙に納得できる。君の人柄なんだろうね」

 少し遠くで何かがデパートの窓を壊し、こちらへ向かってくる音がした。

「……僕は、そんな君を尊敬していたんだと思う。死に際に立たされても諦めない君の姿に、僕はもう一度戦う決心をもらったんだ」

 フーの後ろから黒い円盤、移動形態に変形したエクスキューターが到着すると、フーは黒い端末をケンイチへかざす。

「君が守りたかったこの街は僕が必ず守る、挫けても何度だって立ち上がってやる――」

 切り裂かれた天井から太陽の光が差込み、あたりを照らす。

 フーの瞳にも光りが灯り、掲げた端末を強く握り締めた。

「ジャスティカは不滅なのだから!」

 端末が輝き、エクスキューターが呼応する。

「ボイス・コマンド」

『レディ』

 最後にもう一度、目に焼き付けるようにケンイチの顔を眺め、フーは己を別の存在へと変貌させる言葉を紡ぐ。

「エクス・オン」

『イクィップ』

 天使の衣と悪魔の足を纏った戦士が再び立ち上がる、たとえその身が何度引き裂かれようとも。


 少女は震える足でどうにかデパートの屋上へたどり着いたが、後ろから別の足音が聞こえ、またしても絶望が胸の中に広がる。

「な、なん、何でこんな……」

 何でこんなことになっているんだ。

 人とコミュニケーションをほとんど取らない彼女にとって、今日ほど大きな声で悲鳴をあげた日はない。

 普段から運動しないことも合わさり、体力は既に尽き、どうにか屋上の端まで辿り着いたものの、手すりに体を預けてヘタリこむ。

 だが、追っ手はすぐに追いついてしまい、女子生徒は「ひぅ」と短い悲鳴を上げる。

「ふぅ、結構走り回ったねぇ。お疲れ様、良い運動になったね!」

 白スーツの男ヴァイスが鼻歌を歌いながら歩み寄り、女子生徒は後ずさろうとするも、後ろにあるのは屋上の手すりと、何もない空間だけだ。

 もはや逃げ場がないと悟った女子生徒は諦めの色を瞳に浮かべる。

 ふふふ、と男は気味の悪い笑いと共に近づいてくる。

「たすけ、て」

 蚊の鳴くような声で少女は助けを請う。

 その時、少し遠くで光が昇ったのを少女は見た。

 屋上の中央、ヴァイスが三階で切り裂いた時の割れ目から何かが飛び出てくる。

 すぐさま気づいたヴァイスが振り向く。

「おやおや、まだ残機が残っていたみたいだねぇ!」

 屋上に降り立った救世主に、少女は最後の希望を抱く。


 コードネーム"リザード"、本名フー・ヤンはジャスティカの姿を身にまとい、目の前の敵へと疾走する。

「コールウェポン」

『クワッドエッジ』

 ジャスティカが静かに武器展開コマンドを唱えると、エクスキューターが反応し、袖口から折りたたまれていた白い刀が二本飛び出し、さらに漆黒のブーツの脛に一本ずつ黒い刃が展開される。

 ジャスティカ・リザード用に設計された武器だ。

 計四本の刃を携え、ジャスティカは真っ直ぐにヴァイスへ接近する。

「ふふふふ、随分元気だねジャスティカ!」

 ヴァイスが目にも止まらぬ速さで両腕を振るう。

 一瞬にして飛んできた斬撃をジャスティカは両手両足の刃で応戦した。

 迫るヴァイスの爪の刀剣を逆手で持った刀で軌道を逸らし、続く敵の斬撃を飛び蹴りで弾き飛ばす。

 宙に舞ったジャスティカはそのまま猛烈な勢いで縦に回転し、ヴァイスに斬りかかる。

 上方から別々の角度で放たれる連続攻撃に、ヴァイスは冷静に対処した。

 まっすぐに合わせていた手のひらを広げ、伸ばした爪を網目状に組んで咄嗟に爪の盾を展開。

 爪を重ねることで強度を底上げしていた爪の刀剣と違い、爪の盾とは名ばかりで、一本一本の爪には意外なほど強度はない。

 ジャスティカの怒涛の八連撃はヴァイスの爪を六本ほど叩き切るが、そこで勢いが止まる。

 残った四本の爪が、ジャスティカが放った蹴りと鍔迫り合う。

「ふふ! 惜しい惜しい!」

 折れた爪は瞬時に再生し、爪の刀剣へと再び変形するとジャスティカを無理矢理押し返す。

 人間の筋力では到底成し得ない技を、ヴァイスは実演した。

 ジャスティカは宙で身動きが取れず、ヴァイスは爪を元の長さに戻すと、再び広げた十本の指をジャスティカに向ける。

「ばいばーい」

 攻守交替。

 十本の指それぞれが別のタイミングで爪を弾丸のように伸ばし、ジャスティカを強襲する。

 爪の散弾が空間を埋め尽くし、防御態勢すら取らせようとしない。

 しかし、ジャスティカは絶望を前にしても揺るがない。

 ジャスティカは逆手に握っていた刀の柄に着いているトリガーを引く。

 刀内部で火薬が爆発し、刀の峰に設置されたスラスターから推力が発せられた。

 推進力を得たジャスティカは隕石のごとく宙から屋上へと急降下を行い、爪の散弾を危うく避ける。

「ジャッジメント」

『スラスターエッジ』

 着地すると同時、エクスキューターの出力が最大まで引き上げられ、ブーツにも仕込まれていたスラスターが火を噴き、さらなる加速を得たジャスティカの姿はもはや目で捉え切れるものではない。

「っ!」

 薄らわらいを浮かべるも、ヴァイスは冷や汗をかきつつジャスティカの攻撃から横へと回避を試みる。

 だが、最高点にまで達したスピードに追いつけず、ヴァイスの左腕が一瞬にして斬られ、血しぶきが舞う。

 せめて腕を一本斬り飛ばすつもりだったのだが、ヴァイスを相手に傷をつけられただけでも僥倖だ。

 ジャスティカは刀から発せられる推進力を利用し、女子生徒とヴァイスの間で急停止する。

 ヴァイスは左腕をだらりとぶら下げ、大量の血を流している。

 しかし、ダメージを受けているはずの本人は薄らわらいを崩さない。

 追い込んでいるはずのジャスティカだが、優位に立っているとは到底思えないほどに、ヴァイスが放つ威圧感は凄まじい。

「いやぁ、今回は運がないというか、ことごとく邪魔が入るね」

 やれやれ、とヴァイスは臆劫そうに右手を掲げた。

「ジャスティカ。その子の命は貴方に預けるので、よろしく」

 どう言う意味だ、と聞く間もなく、ヴァイスはこれまでで一番長大な爪の刀剣を出現させる。

 三十メートルはあるのではないかと思われた爪の長剣はしかし、ジャスティカではなくジャスティカと女子生徒が立っている足場を斜めに切り裂く。

 屋上の一部からコンクリートの塊と化した足場はゆっくりとデパートからずり落ち、ジャスティカとヴァイスとの距離が一気に離れる。

「わ、わわ、わああああ!」

 震えるような悲鳴を上げる女子生徒と、少し遠くで見下ろすヴァイス。

 歯噛みするジャスティカにスカーレットから通信が入る。

『あの子の救出を優先して』

 あくまで淡々と、だが言葉の奥では哀しみの色が伺える口調でスカーレットはジャスティカへ指示を飛ばした。

 ケンイチが体を張ってあの子を助けたことを忘れるな。

 スカーレットの言葉の裏にはそんな気持ちが込められているようにジャスティカは思う。

 足場はデパートから完全に離れ、空中落下を始めていたジャスティカと女子生徒だが、ジャスティカにとっては些細な状況だ。

 女子生徒を空中で抱きかかえ、エクスキューターから発するスラスターの推進力を利用し、空中で直角に軌道を変え、デパートの二階へ窓から侵入する。

「きゃあ!」

 窓ガラスを破壊してデパートへと戻った瞬間、女子生徒が実に女の子らしい悲鳴をあげる。

 女子生徒を離すと、タイミングを見計らったようにスカーレットが連絡を入れる。

『ヴァイスは逃げたわ。ダメ元でカメラで追跡はしているけれど、おそらく途中で巻かれる。その子はここに向かってる警察に任せて貴方はその場から退散して』

 それだけ聞くと、ジャスティカは先ほど蹴破った窓から退散すべく、女子生徒に背を向ける。

「あ、あぁあ、あの」

 まだパニック状態に陥っているからか、それとも元々なのか、大分口ごもった口調で女子生徒がジャスティカを呼び止めた。

 ジャスティカは体を振り返さず、視線だけを肩ごしに女子生徒へ向ける。

「あ、ありが、とう」

 赤毛の少女はどうにか感謝の言葉を紡ぎ、涙を浮かべる。

 ジャスティカは一度だけ頷くと、外へと一気に跳躍し、少女の前から消え去る。


 ジャスティカが退散し、女子生徒が警察に保護されたのをモニター越しで確認すると、スカーレットはゆっくりと顔をテーブルに突っ伏す。

「……ごめんなさい」

 か細い声で命を散らした少年へ懺悔するスカーレットだが、当然彼女を慰める者はこの場にいない。

 スカーレットはすぐに顔を上げ、ヴァイスの追跡を開始する。

 すると、スカーレットの後ろでコンテナが開き、青いレザージャケットを着た男が入ってきた。

「てっきり落ち込んで何もできなくなってると思ってたんだけどな」

「そんな暇はないわ。それよりも貴方も手伝って、インディゴ」

 インディゴはスカーレットの隣に座り、ヴァイスの追跡を始める。

 スカーレットは視線をモニターに向けたまま、インディゴへ呟く。

「インディゴ、私は必ず黒星を殲滅するわ」

 まるで自分に言い聞かせるようにスカーレットは言い、インディゴは黙って頷く。

 黒星との決着が迫っているのを、二人は薄々と感じていた。

不滅の英雄編終了。前半はケンイチ視点、終盤フーさん視点でしたが、次回はフーさんメインです。

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