第03話 「不滅の英雄 III」
ケンイチからサックを奪った黒星の下っ端は、サックの中身をケンイチの目の前で漁る。
「あー、お前大した物持ってねぇな。現金もそんなにねぇしよ」
すると、男は何かを見つけたのか、「お?」と声を上げてサックから何かを取り出す。
「んだコレ? 通信機か?」
取り出されたのは近未来的なデザインが施された五センチほどの黒い端末だった。
端末からオレンジ色の光が点滅しており、起動されていることを示す。
それを取り出されたケンイチは舌打ちする。
訝しんだ黒星の下っ端はぎろりとケンイチを睨んだ。
「おいお前、これは一体なんなん――」
と男が言い終える前に異変が起きた。
デパート三階の窓が突然割れ、何かがデパート内へと侵入する。
同時に、吹き抜けとなっている地上へと窓のガラスが落ちてきた。
またしても客の何名かが驚いて叫び、黒星のメンバーが身構える。
上を見上げると、ローラーが着いた黒い円盤のような物が急降下してきていた。
「なんだ!?」
ケンイチの目の前に立つ男も上へと視線を移し、ケンイチはその隙を見逃さない。
男の顎に渾身の右ストレートをお見舞いする。
「ごふ!」
まともに拳をもらった男はよろめき、ケンイチは男から黒い端末を奪い返す。
さらに、急降下してくる黒い円盤から煙幕が散布され、猛烈な勢いで一階中央を黒い霧で覆うとそのまま床に激突するも、頑丈な素材でできているのか、まったく傷が付いた様子がない。
視界が奪われ、客はまたしてもパニックに陥り、黒星のメンバーはそれぞれが指示を出して事態に対処しようとしている。
そんな中、ケンイチだけは冷静を保ち、持っていた黒い端末を前へと掲げる。
すると、煙幕を散布し終えた黒い円盤がケンイチの端末に反応したかのように、ケンイチの目の前へローラーを走らせ、待機状態に入る。
「いくぞ。ボイス・コマンド!」
ケンイチの音声認証開始の指示を受けた端末が一際強く点滅し、同時に黒い円盤、エクスキューターから『レディ』と機械音声が反応する。
「エクス・オン!」
『イクィップ』
装着コマンドが認証され、エクスキューターが複雑にその構造を変形し始める。
円盤の形から開くように展開されると、中から雪のように白く長いマフラーが現れる。
まるで意志を持っているかのようにケンイチの上半身を包み込み、最後にフードが頭にかぶせられる。
展開されたエクスキューターはケンイチの両足へと装着され、膝まで届くブーツへと形を変える。
背中にはブーツから伸ばされた二本の細いコネクタが脊髄に沿って張り付き、マフラーとブーツがケンイチの脳から発せられる信号に連動して動くよう接続される。
最後に黒い端末を耳へ装着し、準備が整う。
数秒で変身を遂げたケンイチは、漆黒の足で跳躍し、人間では実現できない高度を飛ぶ。
デパートの中央一階には煙が立ち込め、黒星のメンバーは視界を確保するために全員が煙を中心に囲むように後退し、それを眺める。
すると、その煙から人影が一つ飛び上がった。
「な、なんだあれは!」
メンバーの一人が叫び、全員の視点が煙幕から飛び上がった人影に集中する。
その者は上半身を白いフードと長いマフラーで覆い隠し、顔が見えないどころか性別の判別すらできない。
機械的なロングブーツからは紫色に輝くラインが走っており、上半身の神々しさとは対照的に禍々しさを強調させる。
その姿を、その場にいた黒星のメンバーは知っていた。
警察にも軍にも所属しない謎の人物。
数年前にふらりと現れ、黒星がこれまで計画した事件の幾つかを未然に防ぐか解決してきた邪魔な存在。
「ジャスティカ!」
メンバーの誰かが叫び、全員が銃をジャスティカへと向けた。
天使にも悪魔にも見える乱入者は、宙を舞い、裁きを執行する。
エクスキューターを装備し、ジャスティカへと変身を遂げたケンイチは煙幕を飛び越え、前方に並ぶ敵へと突っ込む。
真正面から飛んでくるジャスティカに対し、黒星の団員は、各々が持っている銃で撃ち落とさんと発砲する。
ジャスティカは空中から敵との距離を縮めつつ身を丸め、襲い来る弾丸を真正面からその身に受ける。
ほとんどの銃弾はジャスティカに命中することなく通り過ぎていくが、何発かはジャスティカの胴体へと直撃する。
が、銃弾はジャスティカが上半身に巻いている長いマフラーに当たると簡単に弾かれてしまった。
「ど、どうなってやがる!」
団員がうろたえている間にジャスティカは床に着地し、一気に駆ける。
両足に装着されたエクスキューターはジャスティカの脚力を通常の人間の何倍にも増幅させ、常人では実現できないほどの運動能力を発揮する。
目にも止まらぬ速さで両足が動き、ジャスティカは床、壁、宙へと縦横無尽に駆け回り、敵に狙いを定めさせない。
その間、ジャスティカの視界には武装した敵と一般人が色で識別されていた。
常時目に付けているよう言われたコンタクト型モニターが役立ち、敵の武装と数が目に装着しているモニターに映し出されていく。
敵は八人、内五人がサブマシンガンを装備、残り三人がアサルトライフルを装備している。
分析をしている間にも、敵が銃身をこちらに向けようとしているが、一向に追いつけそうにない。
「く、くそ、早すぎる!」
団員の一人が叫び、焦りが他の団員へと伝染する。
一固まりに集まっていた敵が段々とバラけ始め、ジャスティカはその隙を逃さない。
コンクリートでできた壁にへこみを作るほどの跳躍をし、団員の一人に急接近する。
「ひ!」
驚いた敵が情けない声を上げるが、ジャスティカは容赦しない。
渾身の膝蹴りを敵の土手っ腹に入れ、あまりの痛さに気を失った団員を放り、次の標的へと疾走する。
回し蹴り、飛び蹴り、かかと落としと、蹴り一発で敵を昏倒もしくは悶絶させ、黒星の団員が一人、また一人と倒れていく。
「くそったれ!」
ヤケになったのか、ジャスティカが団員の一人にミドルキックを放つと同時、仲間に銃弾が当たる覚悟で隙を突いた団員が銃を乱射する。
蹴りを放った一瞬の隙を狙われたジャスティカにもう一度跳躍する暇はなかった。
ジャスティカは咄嗟に十字に組んだ両腕を前に構え、防御姿勢に入る。
銃弾の雨がジャスティカを襲うが、さきほどのように純白のマフラーが銃弾を弾く。
しかし、銃弾が当たるごとに、マフラーの一部が千切れるように弾け飛ぶ。
ジャスティカは目深く被ったフードの奥で歯噛みする。
「あの白いのを引っペがせば攻撃が通るはずだ! 撃ちまくれ!」
団員がそう叫ぶが、すぐに弾切れを起こしてしまい、ジャスティカは再び動き出す。
風のように駆け、蹴り技で敵を薙ぐ姿は台風の如し。
最後に残った敵の顎にハイキックをお見舞いして意識を刈り取ると、デパートの一階に一瞬だけ静寂が舞い降りる。
身を伏せていた一般客がゆっくりと立ち上がり、倒れた黒星のメンバーを見下ろす。
ジャスティカは一般客達に体を向けると、何も言わず、デパートの出口を指差す。
「あ、ありがとう!」
客の誰かが礼を言うと、デパートの従業員らしい者が誘導を始め客が次々と出口へと向かう。
ジャスティカは全員が避難していく中、他に敵がいないか警戒しつつ、耳に着けていた端末の通信機能を起動させる。
「スカーレット、近くにいるのか?」
後方支援を担当している仲間へ、ジャスティカは通信を繋ぐ。
ジャスティカ、コードネーム『ジラフ』、本名ケンイチ・E・コウヅキから通信を受け、スカーレットはトラックのコンテナ内に設置されているモニター郡を見ながら応対する。
「えぇ、今はデパートの少し遠くからそちらを見ているわ。監視カメラも七割方掌握済みよ」
キーボードを素早く叩き、モニター映像を目まぐるしい速さで切り替え、デパート内の状況を把握していくスカーレット。
『敵はこれで全部かな?』
「まだ上の階に残っているわ。あと、分かっていると思うけど、今回貴方が装備しているエクスキューターには基本武装しかないから」
『装備した時に気づいたけど。俺の武器はどうしたんだ?』
「まだ修理中、というより一から作り直しているわ。まさか怪我が治ってそうそう出させる羽目になるとは思わなかったもの」
スカーレットは自然とキーボードを打つ力を強め、恨めしそうに画面を睨む。
「残りの団員が三階へ上り始めたわ。どうやら一階と二階には逃げ遅れた人はいないみたいだけど」
と、そこでスカーレットは手を止める。
「……三階の監視カメラが全て壊されている。向こうの状況は分からないけれど、奴らは三階に集まろうとしているみたいね。どうするつもりかしら?」
『追おう。まだどこかに黒星のメンバーを率いていた奴がいるはずなんだ』
ケンイチの提案に、スカーレットはしばらくキーボードに視線を落とし、ふむと鼻息を鳴らす。
「人質は救出できたのだから、あまり深追いはしなくても良いとは思うけれど」
『けど、奴らの戦力を少しでも削るチャンスだ。もしかしたら三階に逃げ遅れた人だっているかもしれない』
ケンイチが言うことにも一里あり、スカーレットはしばらく思考を巡らせたのち、頷く。
「まぁ、怪我は完全に治っていたみたいだし、良いでしょう」
『まるで直接俺に会ったみたいな言い方だな。通信でしか話したことないのに』
言われ、スカーレットは少しだけ目を伏せる。
「……そうだったわね。ともかく、深追いはし過ぎないように。三階の様子はここからじゃ見えないから貴方の視覚をこちらに写させてもらうわよ」
わかった、とケンイチが言うと通信が切れた。
モニター上では三階へと向かおうしていた黒星の団員にジャスティカが追いつき、すぐに戦闘が始まった。
スカーレットはジャスティカとして戦うケンイチの姿をモニター越しで見守り、椅子に深く背を預ける。
テーブルに置いていたコインを掴み、いつもの癖でコインロールをし、思考を巡らせる。
「撤退の難しいアイルシティに来てまでやったことがただのデパート襲撃? リスクが大きすぎる」
恐らく別の目的があるのだろうが、スカーレットには心当たりがない。
考え込んでいるうちにジャスティカは二階にいた団員を全員倒し、三階へと上がっていく。
監視カメラから外れている三階への進行を反対するべきだったのではないかと、スカーレットは心のなかで己に問う。
なぜだか、さきほどから胸騒ぎが止まらい。
ついにジャスティカ登場。