第02話 「不滅の英雄 II 」
フーと別れて約三十分、ケンイチはデパートへと到着し、さっそく買い物を始めていた。
「あー、多分冷蔵庫の食料は全滅してるだろうしなぁ。また最初から買い足す必要があるよな」
ぼやきつつ、これから買う物を頭の中で整理してリスト化し、ケンイチはデパート一階を歩く。
このデパートはアイルシティの中でも一、二を争う大きさとなっており、生活で必要な物は大体ここで揃う。
デパート内には今晩の食材を早めに買いに来た主婦が多く、これから夕方になれば仕事上がりのサラリーマンや夕食をレストランで済ます家族でごった返す。
早めに用事を終わらせようと決めたケンイチは、まずは上の階にある日用品から買い漁り、食材が置かれているデパ地下へは最後に行くことにした。
エスカレーターに乗り、ゆっくりとしたペースで上へと向かう途中、ふとそこから見えるデパートの一階の様子にケンイチは視線を落とす。
デパートの主な出入り口である大きな扉をくぐり、何名かの男たちを引き連れて、白のシルクハットに白いスーツを着た男が入って来た。
パフォーマーか何かかと思い、ケンイチはエスカレーターから少しだけ身を乗り出して一階の中央に集まる男たちを見る。
すると、他のお客も男たちに気づいたらしく、通り過ぎながら視線を移す人や、足を止めて様子を伺う人達が出始めた。
ケンイチはそこで、男たちの連れが中央に集まった者だけじゃないことに気づく。
デパートの出入り口、窓、エレベーターの前に予め待機していたらしい男達を発見した。
男達の配置に嫌な予感がしたケンイチはエスカレーターを登りきると、足早に人気のいない場所へと向かう。
一階から三階まで吹き抜けになっているおかげでケンイチは二階の手すりから身を隠しながら一階を覗き込むことができた。
白いスーツを着た男は周りにキョロキョロと視線を向けたあと、わざとらしく咳払いをし、大きく口を開ける。
「えー皆さんどうもこんにちは、今日は良い買い物日和ですね」
何が始まるのかと思いきや世間話を始める男に、何名かの主婦は「そうですね」と呑気に答えた。
「我々はちょっとした用事でここに来たんですけれど、ついでに別の用事の方で皆さんにちょっと協力してもらおうかと思ってるんですね、はい」
白スーツの男は至極丁寧な口調で周りのお客に語りかけ、それを見ていた人々もほうほうと何度か頷く。
すると、白スーツの男はおもむろに右手を上げ、パチンと指を鳴らした。
それを合図に、連れの男達が一斉に懐から拳銃を取り出し、天井へと銃口を向ける。
「有り金全部、我々黒星に寄付してください」
銃声と悲鳴がデパート内を駆け巡ったのは同時だった。
パニックが目の前で起こり、白スーツの男はさぞ楽しそうに笑う。
「あははは! 動いたら撃っちゃいますよー。はいどんどーん!」
白スーツの男が持っていた拳銃を二発撃つと、一発は逃げ惑っていた男性客の足を射抜き、その後放たれた一発は女性の腹に直撃する。
撃たれた二人は床に倒れ伏せ、ピクピクと痙攣し始めた。
一瞬にしてデパート内に恐怖が広がり、叫びと鳴き声が響く。
その光景を見ていたケンイチは手すりからするりと手を離してしまう。
あまりの出来事に、ケンイチの目は大きく見開かれ、自然と手が震えだす。
「嘘だろ」
呆然とした様子でケンイチは下の様子を見るが、始まった事態は止まらない。
「ほら、皆さん、緊急時は落ち着いて行動してくださーい」
白スーツの男は両手を振って客に指示を仰ごうとするが、誰も言うこと聞くはずもなく、他の黒星メンバーが銃を上へ向けて発砲する。
威嚇射撃は天井に吊るされていたデパートのデコレーションを居抜き、その内の何発かが下を覗き込んでいたケンイチの前を通り抜ける。
「うお!」
思わず仰け反ったケンイチは、バランスを崩しかけるがどうにか踏みとどまった。
まずは落ち着け、どうする?! とケンイチが己に問いかけるも、近くから新たな騒ぎが聞こえてくる。
冷静を取り戻さんと言わんばかりに、今度はケンイチが居る二階で異変が起こったのだ。
二階にも待機していた黒星のメンバーが現れた。
「おらおら、撃たれたくなかったら大人しく歩け!」
銃声を撃ち鳴らし、ケンイチからは少し遠くの通路から、黒星のメンバーが客をデパートの中央へと強制的に誘導し始めていた。
「くそ!」
ケンイチは悪態をつき、迫る驚異に歯噛みする。
インディゴに拾ってもらい、スカーレットは大型トラックに背負われたコンテナ内部に入り、情報収集を行っていた。
トラックは現在停車しており、運転席に座るインディゴも恐らくスカーレットと同じ作業をしているはずだ。
コンテナ内部は改装されており、大量のモニターやデスク、その他電子機器類が置かれていた。
驚くべきはモニターに写っている監視カメラの映像だろうか。
その気になればアイルシティとコーストシティ全体の監視カメラの映像を覗き見ることができるだろう。
だが、あまりの監視カメラの多さが逆に仇となり、スカーレットは黒星の車両を探すのに手間取っていた。
スピーカーからは無線を利用している警察官達の会話内容が流れていたが、どれも世間話程度の内容しかなく、事件性はまったくない。
モニターの映像をコーストシティとアイルシティを繋ぐ橋へと切り替え、スカーレットはコインを取り出してそれを弄る。
「アイルシティへ向かうのならこの橋を通るしかないけれど……目的は何?」
思考を巡らせていると、カメラの映像に何台かの車がコーストシティ側の橋の前で止まったのを発見する。
車から出てきた男達に、スカーレットは見覚えがあった。黒星のメンバーだ。
「橋の前に集まっている? まさか橋を封鎖する気?」
どう対処したものかと考えていると、唐突に車内のビーコン音が鳴り響く。
「――っ! これは」
コンテナ内の壁に設置されている一際大きいモニターにアイルシティ全体の地図が表示され、とある場所の一点にオレンジ色のマークが点滅される。
『どうしたスカーレット!』
運転席側にいるインディゴが通信でスカーレットに呼びかけてきた。
「ジラフから緊急信号よ!」
数々のモニターの映像を、スカーレットは救難信号が飛ばされた付近の映像へと切り替える。
信号が発信されたのはコーストシティの中央デパートからだった。
監視カメラが捉えた映像が、モニターに映し出される。
そこには銃を乱射している黒星の暴れっぷりと、パニックに陥っている客で溢れていた。
「なるほど、橋で待機しているのはデパートを襲撃している奴らの退路を確保するためということね」
大体の状況を把握したスカーレットは、インディゴへと指示を送る。
「インディゴ、コーストシティの中央デパートへと向かうわ。そこでジラフと合流する」
了解だ、とインディゴが言うや否や、トラックが急発進する。
スカーレットは持っているコインを握り締め、意識を戦闘態勢へと切り替える。
ケンイチと別れたフーは車に乗り、途中で仕事仲間の先輩を拾い、アイルシティを離れ、現在はコーストシティへと続く橋の上に車を走らせていた。
助手席には男がおり、フーがパトロールに出る祭に組む警官、いわゆる相棒が深々とシートに腰を降ろしていた。
相棒である中年の男は顔を真っ赤にして何度かしゃっくりをする。
「うぃー、まだちっとばかし飲みたりねぇな」
立派に丸まったビール腹をさすり、男は再度しゃっくりした。
「アダム、なぜ勤務中に酒を飲むんだ?」
フーはいつもの無表情で相棒であるアダムに淡々と言うが、フーの声にはどこか呆れと怒りが込められていた。
「あぁ? お前年長者の俺に指図してるんじゃねぇぞ。どうせ今日はもうやることねぇんだよ」
アダムはフーの訴えにまともに取り合おうとせず、脂肪の溜まった腹をポリポリとかく。
やることなど山積みのはずなのだが、この男はまだ飲む気らしい。
どうしてこんな奴とバディを組まされているんだ、とフーは思いつつも、アダム以外と組まされても恐らく似たような警官と出会うことになるだろうと確信する。
今の警察のモチベーションは底辺を下回る。
圧倒的な力を持った敵を前に、警官達は何度も立ち向かい、その度に何名もの仲間が帰らぬ者となってしまったからだ。
今ではほとんどの者が黒星に関する事件には関わろうとせず、それを知った別の犯罪組織が次々と黒星の傘下へと参入し、黒星の力は増していくばかりだった。
少人数ではあるものの、フーのように日々戦い続ける者もいる。
だが、所詮ちっぽけな人数の集まりでは、そうそう事件を解決することなどできるはずもない。
歯がゆい気持ちを必死に抑えていると、唐突に車の無線に本部から全警察車両へと連絡が入った。
『立て篭り事件が発生した。場所はアイルシティの中央デパート、犯人の人数は不明だが、黒星による犯行と思われる。近くにいる警官は直ちに現場へ向かえ』
通信を受けたフーは車のハンドルを強く握り締め、アダムに視線を向ける。
「アダム、事件だ。すぐにアイルシティへ引き返すぞ」
ローテンションではあるが、フーはいつもより早めの口調で訴え、焦りがにじみ出る。
だが、相棒はこれといって慌てる様子もなく助手席の椅子を倒して体を横にする。
「冗談はよせ、俺は死にたくない。このままコーストシティに戻るぞ」
のんきにアクビをするアダムにフーの眉がぴくりと動く。
「何を言っているんだ、人が襲われているんだぞ。俺たちの仕事は市民を守ることだろ」
「いいや、俺たちは指示に従い、ルールを守って行動するんだ。現場付近の警官への指示だったんだから俺らが行く必要はないだろ。そもそもアイルシティは俺たちの管轄じゃない、俺らはコーストシティ勤務だ」
増援要請が来るまで待機待機、とアダムは眠たげに言うとそのまま瞳を瞑った。
しばらく無言の空気が漂い、ため息を一つついたフーが急ブレーキを踏む。
「おわっ! な、何しやがるんだフー!」
驚いて飛び起きそうになったアダムはベルトのロックが掛かってうまく起き上がれず、椅子の上でじたばたする。
「今日はもうやることがないのなら、早上がりさせてもらうよ、アダム」
淡々と自分のペースで言い放ったフーは、呆けるアダムを無視して車のエンジンを止める。
道路脇に停車させた車から降りたフーはすぐさまアイルシティへ向かって走り出す。
どうにかシートベルトを取り外したアダムは顔を真っ赤にし、フーの背中に向かって叫ぶ。
「てめぇ、フー! 誰が運転すると思ってるんだ!」
後ろからアダムの怒号が聞こえてきたが、それも無視してフーは走り続け、途中でタクシーを拾った。
デパートを襲撃した黒星達の段取りはすこぶるスムーズに進み、全ての出入り口を確保した彼らはそこから客のほとんどをデパートの一階中央へと無理矢理誘導した。
ケンイチもすぐに黒星の一人に見つかり、銃で脅されてデパートの一階へと連れられていた。
ケンイチを含めた客は全員一固まりに集められ、それを囲むように黒星のメンバーが輪になって銃を構えている。
さきほどメンバー全員に指示を送っていた白いスーツの男は、いつの間にかいなくなっていた。
「おら、持ち物全部出しな」
メンバーの内の何名かが客一人一人から金品を巻き上げ、ケンイチの番が回ってくる。
「さっさと寄越せ坊主」
「……分かったよ」
銃を突きつけられ、ケンイチは仕方なく背負っていたサックを男に差し出す。
アイルシティの中央デパートへと、一台のトラックが勢いよく走る。
猛スピードで走るトラックの姿はさながら雄叫びを上げて走るライオンのようだ。
コンテナ内にいるスカーレットはモニター越しでデパート内の状況を見つつ、これからどう行動するべきか思考を巡らせていた。
そろそろデパートに着くころに、インディゴから通信が入る。
『スカーレット! もう到着するぞ、どうする!?』
言われ、スカーレットはデパート中央に客のほとんどが捕まっている様子をモニターで確認する。
「時間がないわ! エクスキューターを射出して!」
スカーレットの指示が飛ぶと同時、コンテナ上部から何かが開く音がすると、バシュと、とある物が打ち出された。
「お願い、間に合って……」
自然と手を組み、スカーレットは祈るように呟いた。
がんばれフーさん。