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六話

今回かなりショッキングな描写があります。

身体欠損に耐性の無い方は閲覧をご遠慮ください。

 日も変わり、今日もまた闘技会の興行が行われる。

 名前も知らん役人が死んだ事での闘技会だっていうが、実際のところ闘技会を開く名目が欲しいだけなんだろうな。

 闘技会はこの世界じゃ数少ない娯楽みたいだし。


 さておき、今日のオレのやる事は一つ。

 戦う相手はライオンらしい。うん、ライオン。

 正直、前回の試合からいきなりレベルアップし過ぎじゃないかとも思うのだが、やってやれない事は無いと思う。


 今回はちゃんとした武器が与えられるし、オレは以前より強くなっている。

 多分、大丈夫……だと思う。


 ……大丈夫じゃないとしても、やらなきゃならんのだから仕方ない。

 それに、オレが死にそうになったら助けてくれるって言う話だしな。


「オレはやれる……オレはやれる……うん、オレはやれる。ライオンなんか怖くない。ライオンとかむしろマスコットだろ」


 ……マスコットはちょっと無理があるかも。

 そんなことを考えていると、部屋の中にデリックが飛び込んでくる。かなりの勢いだ。


「た、大変だ!」


「なにが? お前の顔の方が大変な事になってるぞ」


「んなこと言ってる場合じゃあねえんだ! お前の闘技の予定が変更された!」


「ああ?」


 オレの闘技の予定が変更された? 何があるって言うんだ?


「詳しく聞かせろ。オレの相手は何になるんだ」


 事ここに至ってなぜ急遽変更されたのかは分からないが、猛獣であるライオンから変更されたと言うのであれば、相手はおそらく人間だろう。


 死刑囚、と言うのは考えづらい。

 ついこの間戦ったばかりだし、猛獣との戦いから唐突に死刑囚では観客も興醒めになるだろう。

 であれば、相手はおそらくオレと同じく剣闘士だ。


「お前の相手は、剣闘士だ。まだ経験は浅いが、それでもお前よりは慣れてるし、訓練も受けていやがる」


 やはり、オレの考えた通りに相手は剣闘士らしい。

 それも、しっかりと訓練を積んだ剣闘士と来た。

 唯一の救いは経験が少ないってことくらいだろう。それもどれだけ慰めになるかは分からないが。

 全くもって、ヘヴィな話だ。


「なんで変更されたんだ?」


「俺が知るかよ。ああ、クソ……上は何を考えてやがるんだ……これじゃあニーナを殺すようなもんじゃねえか……」


 ああ、全くな話だ。

 相手が剣闘士、それもしっかりと訓練を積んだ相手とは。

 もちろん、オレだって遊んでいたわけじゃない。剣の訓練はしていた。

 だが、ほんの数日ではただの付け焼刃でしかない。


 それでどこまで拮抗し得るのか。

 オレと相手の差。オレの優れている部分、オレの劣っている部分。

 考えてすぐに分かるものじゃないが、劣って居る部分の方が圧倒的に多いだろうことは想像がつく。

 オレを殺すつもりは無かったんじゃないのか? ウソだったとでも言うつもりか?


「どうするんだ、ニーナ。元々は猛獣との闘技だったんだ。降りるのも認められるはずだぞ」


「……いや、やるしかないだろ」


 今更闘技を降りる事は、出来ない。

 観衆はオレの試合を期待している。そこから逃げ出せば、オレの評価は地に落ちる。

 次の試合で負けた時、助命嘆願はされないだろう。

 今回の試合では助命嘆願はされる確率が高い。


 頼れるのが観客の意思だけとは、また何とも情けない話だ。

 それでも、オレは試合をしなくちゃならない。死中に活を見出すしか道は無い。

 ああ、あいも変わらず、オレの人生はハードモードだ。


「……やれるのか?」


「知るか。やるしかないんだ」


 それ以外に道が無いのなら、全力で突き進む。それしかない。

 逃げ出す事が出来ないなら、玉砕覚悟で突っ込んでいくしかない。

 そうするしか、生き残る道は無いのだ。

 本当に、クソッタレだよ、この世界は。


 だが、やるしかないんだ。


 やると言うのなら、やる前から諦めるわけにはいかない。

 戦う前から負ける事は決して許されない。

 逃げ出して、無様に殺されるわけにはいかない。


 オレは、勝つ。勝って、のし上がっていく。

 具体的にどんな風にって考えてるわけじゃない。

 ただ、逃げ出すなんてことは、オレの望んでいるモノじゃない。

 オレの望んでいるモノは、栄光と、力。

 この闘技場の観衆から贈られる賞賛と言う栄光。


 そして、自分勝手な都合を押し通す力。


 もう嫌なんだ、あの村の暮らしは。

 知り合いが知らないうちに消えて行く生活は嫌だ。

 病に罹れば治ることを祈るしかない生活は嫌だ。

 毎日汗みどろで働いて、得た収穫も掠め取られていくような生活は。

 そんな生活は、クソッタレだ。

 クソッタレだ、他人の勝手な都合でそんな状況に置かれるのは。


 だから、勝って、勝って、勝ち続けて、誰にも邪魔されない力を手に入れる。

 オレの自分勝手な都合を押し通す力を。誰にも文句を言わせない力を。

 だから、逃げるなんて事は許されない。

 逃げ出していて、そんな力が手に入るわけがないのだから。


 覚悟を決める。


 頼れるのは自分の剣と腕だけ。それすらも不確かで、相手に通用するか怪しい。

 だが、それしか頼れるものが無いのもまた事実。

 なら、頼れる存在になるように、この一戦でして見せる。


「ぶっ殺してやる」


 精一杯のはったりとして笑みを作って、自分を自信づける。

 ただのはったりでも、しないよりはマシだ。

 自分を信じないで、どうするって言うんだ。


「デリック、デイダスを呼んどいてくれ」


「ああ……死ぬなよ。蘇生はしてもらえねえ、埋葬されるだけだからな……」


「分かってるよ」


 一剣闘士如きにそんな大金はかけてくれやしない。

 蘇生とは最上の奇跡ではなくとも、神官の大半に扱える奇跡の中では最上クラスに位置する。

 デイダスは使えると言うが、それに使用する触媒は途方も無く高価だと言う。


 そんな大金を払って蘇生してくれるほど、闘技の主催者は温情に溢れていない。

 だから、生き残る以外に道はない。

 負けた時は……観客の温情を期待するしか、ないな。






 オレの闘技の時間が到来する。

 緊張を感じながらも、オレはグラディウスを手に闘技場へと向かう。


 物理的な圧力を持っているのではと錯覚させるほどの歓声。

 その声はオレを応援する声、そして相手の闘士を応援する声。

 そのどちらでもない、とにかく殺せと言う言葉の連呼。


 オレが勝てば、この声の全てがオレの勝利を讃える甘美な音となる。

 オレが負ければ、相手の勝利を讃える苦渋に満ちた音となる。


 甘美な音を自身の物とする為に、必死扱いて戦ってやるさ。

 呼吸を整えながら、闘技場の中心へと歩いていく。

 反対側の入り口からも、オレと同じく剣闘士が姿を現す。


 ……大きい。

 身長は、185センチはあるだろう。

 130センチに満たない身長のオレにとっては、雲を突くような巨漢と言う表現がしっくりと来る。

 その全身は隆起した筋肉で覆われている。オレ程度、片手で持ち上げる事など容易いだろう。

 手にはオレと同じくグラディウスが。

 その身体は簡素ながらも革鎧で覆われている。


 不利。


 分かっては居たが、直面すればその不利さ加減がよく分かる。

 一体どうやって攻めるのか。

 一体どうやって守ればいい。

 打開策はちっとも浮かんできやしない。


 体躯の差から生まれるリーチの差。

 骨格に搭載される筋量の差。

 スタミナ、タフネス、数値化出来ない強みの差。

 

 どう足掻いても埋めようがない。

 そんな差を幾つも持つ相手と戦って勝たなきゃいけない。

 全くもって、ヘヴィだ。


「ああ……ヘヴィにもほどがあるってんだ……畜生が」


 そう吐き捨てながら、オレはグラディウスを鞘から抜いて駆け出す。

 ヨーイドンの合図なんてない。

 剣闘士が闘技場に二人揃った。それが開戦の合図なのだ。


 一気に最大速度で攻め込む。

 タッパの差がある以上、ショートレンジに潜り込むしかない。

 短期決戦だ。無い頭で考えた戦略はそれだけ。


「うぉぉおおおぉっ!」


 姿勢を低く。出来る限り身を縮こめて。

 そして、相手の懐に飛び込んだ瞬間に頭上数センチを相手のグラディウスが掠めて行った。


 ――――殺った!


 ここまで飛び込んだ速度を上乗せして、グラディウスを突き出す。

 狙うは、鎧に覆われていない首。

 一撃で貫く。貫けずに掠めたとしても、頸動脈を傷つけられれば勝機が得られる。


 そう願って突き出した一撃は空を切っていた。


 相手の咄嗟の反応が間に合い、オレの剣を紙一重で躱していた。

 怖気が走る。拙い、と理性と本能が同時に理解した。

 致命的な隙を晒しているのだと、理解させられたのだ。


「くおおっ!」


 咄嗟に、相手の首側へと向けて剣を振り払おうと腕を動かす。

 だが、その前に相手の手がオレの腕を掴んでいた。


「くっ……そっ、このっ、離せ!」


 振り払おうとしても、振り払えない。

 圧倒的な力の差。大人と子供。女と男。埋めがたい差。

 それが如実に現れている状況。


「残念だったな、嬢ちゃん」


 相手の剣闘士がそう言ったかと思った次の瞬間、オレは無重力の世界に居た。

 何が起きたのか。脳は半ば思考停止状態に陥り、それを理解したのは背中から地面に叩き付けられた瞬間。


「かっ、はっ……!?」


 息が詰まる。叩き付けられた衝撃で、身体の何処かがイカれてしまったのか。

 呼吸をしようとしても肺はロクに動いちゃくれない。

 それが更に混乱を招いて、オレに逃げ出すための機会を失わせていた。


 相手に握られたままだった左腕と、そして投げ出されていた右腕が掴まれ、それが押し込められる。

 抑え付けられている事に気付いたとほぼ同時に呼吸する機能が体に戻ってくる。

 息も絶え絶えになりながら振りほどこうとして……悟った。


「くっ、そぉ……!」


 振りほどけない。


 体重をかけて抑え込まれれば、振りほどく事は出来ない。

 筋力が足りない。それは、どんなに足掻いても変えられない差。


 詰み。そう言われる状況に、陥ってしまっている。

 相手に抑え込まれて、武器すらもいつの間にか失ってしまって。

 そして、その抑え込まれている状況を変える事も出来ない。


 蹴っ飛ばしてやろうと足を上げる前に、相手に馬乗りになられた。

 こうなってはもう何も出来ない。

 俎上の鯉と言う言葉がぴったりくる状況。


「ちとおイタが過ぎたな。お仕置きしてやろうか」


 そう言うと相手がオレの服に手をかけて、それを力づくで破り捨てた。

 冷たい外気に肌が晒される感覚。

 これから何をされるのか、予想がついてしまう自分の頭が恨めしい。

 その予想が外れていて欲しいと、願わざるを得なかった。


「このっ、ロリコン野郎……!」


 そして、出来たのは悪態をつく事だけ。

 それしか出来ない。そんな自分が情けなくて、悲しくて、自分を殺してやりたくなった。


「そんなこと言われたって痛くも痒くもねえよ。喜べよ、女にしてやるぜ。それとも、もうなってんのか?」


 くひひ、と男は下卑た笑みを浮かべた。

 そして、オレは男が本気なのではないかと、そう思った。思ってしまった。


 その瞬間に、押し込めていた恐怖が噴出した。

 体が震えて、視界がぼやける。

 ああ、泣いてる。そんな風に、客観的に自分を見ている冷静な自分が何処かに居た。


「い、嫌だ……それだけは……それだけはいやだ! や、やめて……許してくれ……!」


 嫌だ、それだけは、それだけは絶対に嫌だ!

 そんなのは、そんなのは嫌だ……!

 冷静な自分は、そんなのはただ野良犬に噛まれるようなものだと考えている。

 けれど、それもただの予防線……もしも本当にそうなってしまった時、自分を慰める為の自己弁護でしかないと、なぜか悟ってしまった。


「へっ、そんな趣味はねえよ。だが、お仕置きは必要だな」


 そう言って、男は腰に差していた短剣を抜き、それをオレに見せつけた。

 いったい何をするつもりなのか。

 それは、男がオレの目に短剣を突き出してきて、ようやく理解した。


「や、やめろ! やめろ! ヤメロォォォォォォォオッ!」


 音も無く、静かに短剣の刃が視界の中に入り込んでくる。

 そして、激痛。

 

「アッ……がっ、いぎぃぃっ!」


 目を閉じる事は出来なかった。

 体が反射的に目を見開いていた。

 眼球の中を短剣が動き回り、内側に剣先を引っかけ、眼球を引きずり出そうとするのが分かった。

 そして、自分の目玉が抉り出される光景が、視界に映し出されていた。


「ひぃっ……あ、ああ……! かえ、せ……オレの……オレの、目ぇ……!」


「もう手遅れだ。諦めるんだな」


 ぷつり、と、ぼやけ始めていた左目の視界が失われて、何の意味も成さない異様な白色の立ち込める視界が現れた。


「あ、あ……オレの……オレの、目……」


「これに懲りたら剣闘士なんざ引退するこったな」


 そう言って、男がオレから離れて立ち去っていく。

 その背に、オレは手を伸ばして、怨嗟を吐いた。

 

「許さねえ……! 絶対に許さねえ……! 殺してやる……殺してやる……! 絶対に殺してやるッ! それまで、精々生き延びていやがれ! そして、オレに殺され地獄に落ちる時に思い出せ! このオレの怒りを!」


 許さない……絶対に許さない!

 オレから、オレから、奪った、オレから奪った!

 オレの目を……! オレのモノを……! オレの視覚の半分を!

 許さない。許せるものか。絶対に許してなるものか。

 絶対に、許さない!


「殺してやる――――!」

既に改訂前の物とは展開が異なって来ておりますが、この辺りから完全に別物になります。

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