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五話

 人間にとって最悪の毒とは何か。まあ、順当にざっくりといけば、フグ毒とかそういう毒が出てくるわけだが、この場合は比喩だ。

 死に至る病とは絶望である、とか言うのと同じようなものだ。

 で、その場合、最悪の毒と言う奴は退屈と言う奴だと思う。じわじわと精神を蝕む遅行性の猛毒だ。

 そして、オレは今、その猛毒に蝕まれていた。

 まぁ、ありていに言って暇だと言うことだ。




 今日は闘技場での興行も無し。

 所属剣闘士は奴隷でなけりゃ外出許可が出てる。

 オレは解放奴隷の剣闘士なので、外出許可が出ている。つまりは出かけられるわけだ。

 とは言え、出かけても何かする事があるわけでもない。


「はぁ~……あぁ~……」


 最初は適当に体でも動かそうかと思って実行していたのだが、さすがに一時間も走り回ったり剣振り回したりしてりゃあ飽きる。

 無闇に根詰めても体痛めちまうしな。

 しかし、そうなると暇になってくるわけで……。


「まぁ、散歩でもするか……」


 数枚の金貨をポケットに突っこんでオレは闘技場から出る。

 腹が減ったら適当に何か食おう。そう思いながら町をぶらつく。

 人通りは相変わらず多い。祭りでもあるんじゃないか? って思うくらいだ。

 そういえば、前世でも東京に初めて行ったときは祭りでもあるんじゃないかって疑ったなぁ……。


「まぁ、これが平常運転ってこったろうけど」


 さすがに祭りがあるのかと尋ねるほど田舎者丸出しではない。

 まぁ、田舎者ではあるんだが……。

 オレの村にはテレビもラジオもねぇ、車もそれほど通ってねぇ、ってな具合だ。村に限らず世界全体で存在してないけどさ。

 そんなことを考えながら道を歩いていると、やはりだが武装している者が多くいる。


 冒険者、という奴だろう。オレの村にも何度か来たことがあった。

 主に旅の最中に立ち寄って食糧の補給をしていったり、というのが主だったがな。さりげなく村の収入源の一つでもあったんだぜ。


 冒険者は金払いがいいのが通説だ。奴らは金に糸目はつけない。つけたら死ぬようなシビアな仕事をしているからだ。

 逆説的に言えば、それだけ金がもうかる職業でもある……そう言うことだ。

 何しろオレが命がけで稼ぐ何倍もの金を一日で稼ぐんだからな。

 

 オレも資金が溜まれば冒険者になるべきだろうか。

 ……人生の目的と言う奴も今のところないのだし、その予定は選択肢としては間違いじゃなかろう。

 

 いずれにしろ、今は闘技場でじっくりと金を稼いで基盤を盤石にしておかないとな。

 何をするにしても金は大事だ。地獄の沙汰も金次第って言うしな。

 この諺、この世界にもあるんだぜ。しかも同じ言い回しでな。

 それだけ金は大事ってことだ。


 にしても、冒険者になるのに必要な支度金って幾らくらいだろ……とりあえず重要なのは武器と防具と食料って所か……拘らなけりゃ、さほど金はかからなそうだが。

 とは言っても命を預ける道具に金をかけないってのは明らかに死亡フラグだしなぁ。


「そうだ、武器屋に寄ってみるかな……見るだけならタダだし」

 

 そうと決まれば早速行くとしようかな。

 進路を変えて、冒険者らしき人物が多く流れて行く場所へと。

 そちらへと向かえば、予想の通りに冒険者を相手とした店が立ち並んでいる。


 日持ちする保存食量の類から、そう言った保存食量を美味しく食べる為の調味料。

 野外での宿泊を目的とした丈夫そうなテントやランタン。

 そう言った冒険者向けの商品が陳列された店が多い。

 

 お、塩飴だ、懐かしいな。オレの居た村は山村だったから塩分を含んだ食品が滅多に手に入らなかった。

 なので、塩飴は貴重な塩分の補給源だった。買い出しに行ってた奴が買ってきてたが、この町で買ってたんだろうか?


 そんな事を考えつつ通りを歩き回り、ようやっと武具類が陳列されている店に辿り着く。

 おー、あるある。あれこれと売ってるな。節操がねえや。


「これはジャマダハルか? こっちはパタだ。シャムシールまであるな」


 中東の武器ばっかりだな。あ、ダーク発見。日用ナイフみたいな扱いだな。

 そう思いながら店内に入って行くと、今度は洋風の武器が出迎える。うーん、本当に節操がない。


「これはカッツバルゲルか? いや、スティレットのような……装飾があるしチンクエディア?」


 分類のよくわからん武器もたくさんある。

 一概にこれ、と判断出来ないって言うのも武器としてはありがちなことなのかもしれない。

 そう思いながら値札に目をやる。


「金貨二枚か。そんなに高くねぇな」


 短剣だから安いんだろうか。別の武器も見てみるか。

 闘技場にも置いてあったグラデイウスを手に取って値札を見てみると、こちらは金貨十五枚。

 確かに高いが、やはりそんなでも無いな。

 武器は安いのか? それも考えにくい話だが……。

 そう思いつつ店内の物色を続ける。


「お、やたらめったら高いコーナー発見。なんだこの白い剣は?」


 手に取ってみるとかなり軽い。これ金属か?

 触ってみると硬いし冷たい。金属のようだが、白い金属なんて存在するのか?

 お値段は金貨二千六百枚。ショートソードのサイズでこのお値段とは驚いた。


「こっちのブロードソードは金貨四千三百枚か。たっけぇ」


 うーん……しかし、なんでこんなに高いんだ?

 見た目的には何か変わってたりと言うことは無いが……そう思いつつ刀身に触れてみる。


「あぢっ!?」


 指先が灼ける嫌な感触。いったい何が起きたのかと指先を見てみれば、指先は黒く焦げたかのようになっていた。


「熱? いや、酸?」


 いずれにしろ、普通ではあり得ない現象なのは間違いない。

 どうやら、魔法の武器だったらしい。道理で高いわけだ。


 とりあえず、武器の値段も分かったし闘技場まで戻ろう。

 そのうちデイダスが暇潰しに来るだろう。その時に治療してもらおう。


 しかし、武器の値段がさほど高くないって言うのはいい情報だった。

 魔法の武器はべらぼうに高いが、そうでないものは安い。防具も同じだろう。

 つまり、冒険者を始めるのに敷居はさほど高くないと言うことだ。


 もちろん、その後にのし上がっていくのは難しいだろうが、第一歩が踏み出しやすいと言うのはいい情報だ。

 剣闘士として頑張っていれば、いきなり魔法の武器を手にして冒険者になる事も出来るだろう。

 何事も努力が肝要だな。




 武器屋を出て町中に戻る。

 途中で何かメシを買っていこう。

 自由に外出していい日は闘技場でメシが出ないのだ。ケチな話だ。


 まぁ、自由に外食出来ると思えば気も晴れる。

 この世界は結構メシが美味いんだよな。

 ただし都市部に限る。だってオレの故郷のメシはたいがい不味かったし。

 

 この世界には調味料も色々とあって、醤油とはちと違うが、まぁ大体似たような魚醤もある。

 味噌もあるしな。オレの居た村でも作られてた。正確に言うと、大豆の塩漬けって言う保存食だったがな。

 その塩漬けにした豆を食うわけだが、時間が経つと発酵して味噌になる。まぁ、味噌になる前に大概喰っちまうけど……。

 

 それから、デリックに聞いた話だと、このバルティスタ共和国から南にある国の貿易港だと、度々異国から多種多様な調味料が輸入されるらしい。

 その調味料が肉に合うとか、火を噴くほど辛いって話だから、たぶんだけど唐辛子とか胡椒のことなんだと思う。

 夢が広がる話だ。調味料はまさに黄金の価値がある。

 

 他にもデリックの話では、シェンガでは魚を生食する風習があるそうだ。

 まぁ、うちの村にもその風習あったけど。でも、日本のそれとは全然違う。

 

 まず、冬になったら魚を釣ります。

 クソ寒いにも関わらず外で捌きます。

 魚を薄くスライスします。

 クソ寒いせいで凍ります。

 食べます。

 ゲロマズ。

 

 とまあこんな具合だ。うちの村とは違って、シェンガのは刺身のようなもんだとオレは信じてる。

 だってアレ本当に不味いんだよ。喰うのが辛いくらい。せめて焼いて食べたい。

 でも伝統だから生で喰わなきゃいけない。

 

 いや、あの食べ方が重要なのは知ってるんだよ。焼いちゃ意味が無い事もな。

 冬は植物がねえから、魚からビタミンを摂取しないと壊血病になるからな。焼くとビタミンが破壊されて意味が無いんだ……。

 だから魚以外にも獲って来た動物を生で喰ったりしてたしな……。

 

 ああ、やだやだ。オレは前世ではシティボーイだったんだ。ゲーセンまで徒歩と電車で四十分かかるところがシティだったかはともかくとして。

 ちゃんと料理のさしすせそが揃った料理が喰いたいよ。

 あと、米が喰いたい。お米。米は日本人の心だぜ?

 

「料理のさしすせそかー……」


 西京味噌、白味噌、酢味噌、瀬戸内麦味噌、味噌。ぜんぶ味噌。

 

「あぁぁ~……米が喰いたい~」

 

 机の上に買って来たものを放り投げ、自分の体をベッドの上に放り込む。

 どっかで稲作やってねーかなー。シェンガならやってるんだろーか。

 

「でもシェンガ遠いんだもんなぁ」

 

 早馬を乗り継いでも一週間かかるって話だから、徒歩だと一か月はかかりそうだ。子供の足だからもっとかかるかも。

 

「はぁ~……米好きニーナはせつなくてお米の事を思うとすぐため息吐いちゃうの」


 オレ何言ってんだろ……人間、退屈だとロクな事しねえし言わねえな。

 

「……何言ってんだ、お前」

 

「オウアッ!?」

 

 独り言を言った直後、それに対する突っ込みがあった事に心底ビビって振り返ると、そこにはデイダスが居た。

 

「び、びび、びっくりしたぁ……な、なんだ、何か用か?」


「いや、闘技場は外出許可出る日はメシ出ねえんだろ? だから夕食に招待してやろうと思ったんだが」


「そ、そうか……晩飯はもう買ったからいいよ。あと、さっきのことは忘れろ」


「お、おう……じゃ、じゃあな。……なんか悩んでんなら、相談しろよ」

 

 そう言うと、デイダスは静かに部屋から出て行った。

 それを見送り、オレはベッドから降りて、壁にまで歩き、その壁に頭をぶつけた。

 

「死にてぇ……」


 しかも治療してもらうの忘れてた……。

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