四十八話
「で、アイテムの分配だが……鑑定して必要なものを取捨選択して損得関係なしにメンバーに配布。自己強化に当てる形として、不用品は売却及び保管。得た資金は共通資金としてプールする。異論は?」
数十分の話し合いの末に、オレが出した案を主体に固めた意見が肯定され可決する。
では早速と言う事で、回収したアイテムその他を出して鑑定を始める。
「コイツは酸が付与された剣っすね。コイツは【キュア・ライト/軽度負傷治癒】のワンドっす。残り回数はあんま残ってないんで……売ったら金貨千五百、ってとこっすかね」
「このタリスマンは運勢をよくする効果があるようですけど、魔法の力自体が微弱なのでお守り程度でしょーか」
「あー、これは書き損じのスクロールっすね……元は【ジャンプ/跳躍】のスクロールっぽいっすけど……捨ててあったのを拾ったんじゃねえっすか。金にはならないっすね」
「この矢には呪いがかかってるみたいなのですー。二本しかないですけど。特定種族への呪いみたいなのですが……私には分かんないのです」
「ああ、確かに呪いの矢っすね。コイツは……エルフ殺しの呪いっすね。エルフにだけ効く呪いっすよ。ちょっと需要は微妙っすけど、高く売れるっすよ。矢筒に入れててもしょうがねえんで売っちまいましょう」
「ふむー。この杖には攻撃魔法が入ってるのですよー。私の魔法で一番似てるのだと……【スパークレイ/閃光魔法】でしょうか。こう、炎をびーって感じでだすのですが」
「どれどれ……あー、よく分かんねえっすね……でも説明と系統からすると【レイ・オブ・ヒート/高熱の熱線】っすかねえ。回数はかなり残ってるんで、作った術者次第っすけど金貨四千はくだらないっすかね」
続々と判明する高額なアイテムたちにオレたちは思わず浮かんでくる笑みが止められなかった。
冒険者と言うのは収入が大きい。それに惹かれる人間は無数にいる。無論、死の危険と隣り合わせなのは変えようがないが……。
オレたちと言うパーティーはかなり恵まれている方だ。クロウはまぁ確かに弱いがどんどん強くなってるし、それ以外の皆は目に見える速度で強くなっていってる。
最近のリンの剣の速度なんかもう見えねえもん。アレルも前より魔力がどんどん強くなってるし、身体能力も上がってるように見える。
オレは言うに及ばずで、身体能力はドンドン上がってるし【オール・ガンズ・ブレイジング】の作れる数も増えたし、打てる回数も増えた。
強い人間が多ければ、こうも簡単に多額の金が稼げる。それが冒険者と言う存在なのだ。
そうして稼いだ金で更に強くなるためにアイテムや武器を手に入れ、更に強くなり続ける……果てがどこにあるかは誰にもわからない。
オレはどこまで強くなれるのか、楽しみだ。
「さて、概ね鑑定は終わったか。分配だが、このワンドって奴はオレでも使えるのか?」
「どうっすかねえ……使えそうな感じはするっすけど……まぁ、オレとアレルなら使えるっすね」
「はいー。これはちょっと魔法が使える人でないと難しいかとー。コツを掴んだら使えない人でも使えると思いますが……」
「ならアレルとクロウのどっちかが持つべきだな。ワンドは両方ともクロウが持つ方がいいだろ。アレルは両方とも素で使えるんだし」
「へい」
治療役を任せられると言うのは心強い。
出来るならオレが持っておきたかったところなんだが、使えるかどうかわからないものを持つのはちょっと……。
「で、このポーションは……」
「コイツとコイツが病気……特に衰弱系の病の治療で、コイツは麻痺の治療用っすね。残りは体力回復用っす。品質はちょっと分かんねえっすね……」
陶器製のビンにコルクで蓋をし、それを蝋で密封した容器だ。開封してないのに効能が分かるのは、魔法のオーラを纏っているかららしいが……オレにはよく分からない。
「前衛が持つべきだな。リン、持っとけ」
「なぜ私が?」
「防御が一番薄いのがリンだと思う奴は手ぇあげろー」
全員揃って手を挙げた。
「そう言うわけだ。治療用のをお前が大半持て。衰弱系のポーションはオレとお前で一つずつ」
「う、うむ……あまり納得は行かんが……」
「まずはその痴女みたいな恰好をなんとかしような? な?」
もう誰もツッコミやしないが、コイツの格好は痴女も真っ青なんだ。
陣羽織みたいなの羽織っちゃいるが、上はサラシしかつけてないし、下は袴履いてるが上がサラシだけなもんだから太もも丸見え、その上パンツまで見えると言うありさまだ。
「むーん……」
本人は未だに納得していない。そろそろ慣れろよ。いや、自覚しろよ。
「剣だが……欲しい奴は?」
誰もうなずかない。まぁそうだろうとは思ってたが。
マックスとカチュアは剣を使うが、元々自前で持っている。リンは剣のタイプが違う。アレルも一応剣を使うが、基本的に後衛なので予備でしか無く、クロウも同じだ。
となると、必然的にこの剣はオレのものになる。
「あとはこの指輪だが……」
二つの指輪を転がす。これも魔法の道具だ。
この指輪には特殊な力が秘められており、オレが殺したあの一番強い冒険者風のゾンビが装備していたものだった。
「こっちが一時的に力を増幅させる力を秘めた指輪。こっちが魔法に対する抵抗力を与えてくれる指輪……だったな」
「はいー。ただ、この力を増幅させてくれる指輪は代わりになんと言いましょうか……その、ニーナさんみたいになります」
「それは拙いな」
「大問題ね」
「俺がつけたらヤバいっすね……売っちまいましょうよ」
「私は絶対につけませんからね」
「お前らがオレをどう思ってるかよく分かったよ」
「だって、つまり、あたし風に言わせるとこうだもん。魔力中枢の生体的リミッターを強制解除するようなものだもの。よく使うけど、使い過ぎたらヤバい魔法だし、使いまくるような状態になる指輪はヤバいわ」
「自決術式を平然と使うカチュアさんも相当アレですが、それと同じような真似をするニーナさんも相当アレですね」
なんだかすごい物騒な名前の魔法が出てきたが、まぁいい。
「あのー、一応説明しておきますけど、そこまで酷いものではないですよ? ニーナさんはえっと……特に酷いというか、凄いタイプみたいですから……」
「そうなのか? というか、似たような者をアレルは見た事があるのか」
「はいー。ああいう風になっている間は理性を失ってしまう方が多いですが、敵味方の区別くらいはつくのですよ。……まぁ、敵を全部殺したら味方も殺し始めてしまいますけどー」
「そう言えば、ニーナもいきなり我々に襲い掛かったりはしなかったな」
「敵を全部始末して、迂闊に近づいたあたしたちが悪かったってわけね……いや、分かるわけねーわよそんなの」
「いやもう……ほんと、すまんかった……」
これに関しては言い逃れのしようも無い。完璧にオレが悪い。
「いや、それは別に構わん。荒れ狂った戦士は時としてそうなるものだ。次から気をつければいい」
「そうね。味方誤射で死ぬ兵士の方が多い、なんてこともあるんだから。まぁ、でも乱発しないでよね、あれ」
「ああ」
「次からは気をつけましょーね。それで、これはそれほど強力なものではないので、筋力と肉体の頑健さを上げてくれる程度のものです。理性も失いませんし。ただ、魔法は使えなくなってしまうでしょーね。そこまで冷静な思考力が残りませんです」
「なるほど。では、魔法を使う者は避け、直接戦闘を行う者が身に着け……って私しかおらんではないか!」
ここに居る面々は全員一応直接戦闘が出来るが、魔法を併用せずに戦う者はオレとリンしかいない。
オレもあれが魔法じゃなければ、と言う勘定なので、実際はリン一人しかいないのかもしれない。
いずれにしろ、オレは自前で同じことが出来るようだし、使用者はリンしかいない。
「で、こっちの抵抗力を与えてくれる指輪だが……クロウとリンのどっちかだな」
「そうですねー。私やカチュアさん、マックスさんは自分で魔法に防護の策がありますし。ニーナさんは……えっと、自分でも分かってらっしゃるんですよね?」
「ああ。オレ、魔法には強いっぽいな」
雷を放つ魔法に打たれまくったが死ななかったし、根本的にオレは魔法に強いらしい。
ステータスの設定とか言うのを生まれる前にやった記憶もあるし、その時に魔法に対する設定も最大に設定したはずだ……どうだったっけ……確か、えーっと……。
STR 100
VIT 100
INT 33
MRE 100
DEX 100
AGI 100
LUK 1
こう、だったよな。
力が最大、肉体的頑健さが最大、知恵……魔法の強さに影響するものを最大、魔法抵抗力を最大、器用さを最大、俊敏さを最大、運を最低。
二つを除いて百に出来たって言う時点でチートな気がしないでもないが、どこいらへんに基準があるか分からんからチートかどうかすら分からん。
まぁいずれにしろ、オレは魔法に強いのだ。
「より強い防護を、って言うのも考えたいとこだが、鎖は弱いところから切れるもんだ。だからリンかクロウが使え」
「うーん……俺はいいっす。リンの姐さんが使ってくだせぇ」
「なに? しかし、私はお前より肉体は頑健だぞ。魔法で薙ぎ払われたときに死ぬ率はお前の方が高いのだぞ」
「より確実にって事っすよ。もし死んじまってもアレルが蘇らせてくれるっすから」
「あう、出来る限りのことはしますけど、蘇生が無理なことだってあるのですよ? そう言う無茶はしないでほしいのです!」
「へへ、ありがとよアレル。でもな、俺も分かってんだ。俺は一番弱いからよ、俺が残ったってしゃあねえよ。リンの姐さんに生き残ってもらうのが、一番生き残る率が高いんだ」
「ううー……ぜったいぜったい生き返らせてあげますからね! だから無茶しちゃだめなんです!」
「わかってるわかってる」
「さて、クロウの尊い挺身もあることだし、この指輪はリンがつけろ」
「まるでクロウが既に死んだかのように語るなよ……」
眉根を顰めるリンに二つの指輪を渡してやる。
さて、残るアイテムは使い道もほとんどないもの……体のサイズに合わない鎧や、この場に居る面々では使い道の無い魔法触媒、効果が低いので売った方が得な品などで、それらは売却して各々の装備を整える資金として分配される事となった。
売却に関しては日も暮れてきたので明日の朝に持ち込むこととし、その日はとりあえず祝賀会……を始める前に、カチュアが提案をした。
「確かめたいことがあるのだけど、いいかしら」
「うむ? 改まってどうしたのだ、カチュア」
「今日あった事だけどね、さすがにちょっと様子がおかし過ぎたし……」
「ああ? あれはもういいだろうが」
「あんたの自覚症状がないだけであって、何か重篤な精神的症状が眠ってる可能性もあるのよ。このチームを危険に晒しかねないものは出来るだけ排除しておくべきよ」
「む……分かったよ! で、どうすんだよ」
過ぎた事を……面倒くせぇな……。
「ま、ここは定番の……催眠術よ!」
そう、カチュアが宣言し……オレたちはその胡散臭いセリフに全員で微妙な表情を送るのだった。
催眠術でオレがあんなふうになった原因を探ると言う事で、家の窓などを遮光し、部屋を暗くする。
そして、匂いの無いパピルスと蜜蝋で作ったろうそくを手に、カチュアがオレの前に立つ。
オレは椅子に座り、リラックスした態勢を取る。
「さて、落ち着いてね……はい、よーく、このろうそくの光を見て……」
「ああ……」
揺れる炎……揺らめいている。催眠術の定番だ。
「今日は疲れたわね。なんだか眠くない?」
「そうだな、少し眠い気がする」
「そうよね、眠いわ。眠いわよねぇ。すごく眠いわ」
「ん……そうだな……思ったより疲れてんのかな……眠いわ」
頭がぼうっとする……なんだか頭に靄がかかったような……なんだか、眠いような……けど、眠くないような……考えが、ぼやけて行く……。
ああ………………。
ニーナの普段は鋭い相貌がとろんとした目つきに変わる。こうなると、ニーナは優しげな雰囲気の女の子になる。
血圧も高く朝に強いニーナは滅多にこうならないのだが、稀にこうなる。まぁ、性格は全く変わらないので喋ると台無しだが。
「……催眠状態に入ったわね。ニーナ、私の質問になんでも答えてくれる?」
「……できるだけは」
魔法も併用した催眠暗示は強力だ。特に、カチュアの習得している幻術魔法と言う特殊な系統の魔法は、こう言った催眠術には強く作用するのだ。
悪用したことも、まぁ、何度かあったりする。
「よし。じゃあ、今から少し前……アレルとはどこまで行ったの? 本番?」
「…………アレルの、あちこちに、キスをした……だけ……」
「ちょっとぉ! なんでそんな質問するのですか!」
「いーじゃない。しかし本当か……」
もうちょっと凄いとこまで行って隠してるだけだと思ってたのになぁ、と内心でカチュアは思いつつも、質問を続ける。
「じゃあ、そのもう少し前……何があった?」
「リンに、キスをして……」
「更に前」
「カチュアに……」
「更に前よ!」
「………………………………暗い……」
「暗い?」
「暗い……淋しい……誰も居なくて……寂しくて……何もない……虚無……虚無がある……何もない……虚ろで……寂しい……」
ニーナの声が震えていた。かたかたと体が震え、思い出したくないと言う態度をありありと示している。
「……そこは、死後の世界?」
「……たぶん、そうなんだと思う……積み重なる空……」
「ふむ……そこで、あんたはどうしたの?」
「オレは……あそこが嫌いだ……嫌いなんだ……あそこは寂しい……寂し過ぎる……誰かと一緒に居たい……あそこから出してくれたら……オレは何をされてもいい……結婚したって……奴隷にされたっていい……あそこは嫌だ……」
「はぁ。じゃあ、あたしに結婚してって言ったのは……」
「あそこから出て……出してくれたから……結婚しなきゃ……」
「そんだけの理由で……いや、それだけさせるくらい、あそこに精神を乱す何かがあるのね……なんで、あんたはあそこが嫌いなの?」
「ずっと、ずーっと……オレは、あそこに居たんだ……どれだけいたのか、分からない……」
「それは、いつ?」
「生まれる前……」
「生まれる前の、トラウマね……前世の記憶もあるみたいな話しぶりだったけど、間違いないみたいね。さて……じゃあ、そこにどれくらい居たのか、なんとなくでも分からない?」
「…………一度、意識を失って……もう一度、意識が戻ったのを、一日って……言うなら……」
「……言うなら?」
「オレは……二百四十六万七千四百八十二日間、あそこに居た……」
「にひゃっ……六千年も、そこに居たの……?」
「そう……オレは、それくらい、そこに居た……でも……数え始めたのは、いつくらいか、覚えてないんだ……だから、どれだけいたのか、分からない……最初は、平気だったんだ……」
「うん……」
「真っ暗で、静かで、だれもいない……考え事をするにはよかった……ずっと考え事をしてた……けど、疲れもしなくて、眠くもならない……眠ろうと思っても眠れなくて……だんだん、辛くなって……体をめちゃくちゃに動かしたり……ひとり言いったり……」
「…………他には?」
「ずっと、そればっかりやってた……十日、くらいかな……だれか、喋ってる気がしたんだ……だから、探した……何もないはずなのに、そいつは見つからなくて……探して探して……見つからなくて……今度は、誰かが居る気がして……探しても、見つからない……分かってた……あれは……幻聴とか、幻覚だって……でも、それでも……居るかもしれないって、そう思うと……まだ、頑張れた……」
「……酷い」
「それで……必死で探して……探して、探して……これは幻覚で誰もいるわけないんだって……気付いちゃったり、思い出しちゃったりすると……オレは、気絶した……んだと、思う……もしかしたら、瞬きしただけなのかもしれない……でも、そうして気絶すると、意識がスッキリしてた……だから、それが、一日って事にした……毎日、探した……誰かいないかって……誰もいないんだ……」
「うん、うん……」
「そうやって、毎日毎日、心が擦り切れるまで、探した……途中で、自分の記憶の中の人を思い出して、頑張った……嫌いだった奴でもいいから、出てきてくれないかって……そうして想像してると、そいつが出てくる気がした……気のせいだ……でも、それに縋った……毎日飽きもせずに皆を思い出した。心が疲れ切ったらめちゃくちゃやった。自分を殺そうと思って自分を殴りまくった事もあった……舌を何回も噛み切った……目玉を抉り取って、喉に手を突っ込んだりして……でも、気付いたら治ってる……死ねない……」
「酷過ぎるわよ……そんなの……」
「…………酷いのかもしれない。オレは自分を殺そうとした……オレは、酷い奴なんだと、思う……」
「違う、違うのよ……違うのよ……」
「…………そうやって、ずっと、いろんなことやった……何かをやったら出れるかもしれないって、いろんなことやった……でもダメだった……そうやって……どれくらい、やったかな……分からない……」
「……うん」
「二十年、くらいだと思う……それくらいやって……ダメだって思って……毎日、日付を数える事にしたんだ……それが、二百四十六万七千四百八十二日って言う日付の……一日目……」
「それは、どうして……?」
「日付を数えて……それはきっと、今日はまだダメだったんだって、そう思って……百万日過ぎれば、きっと自分は出れるって、信じた……三十万日くらい経ったころにはナニカがオレにそう言ったんだって盲信してた……百万日経っても出れなかった時は、数え間違えたって思った……でも、一年経っても出れなくて……オレはまた滅茶苦茶に狂った……でも、狂えない。心は壊れない……体も壊れない……ダメだった……だから、オレは……きっと一千万日なんだって、信じたんだ……」
「…………」
カチュアは首を振った。聞いているだけでも、辛すぎた。
なんの根拠もないその未来。それに縋るしか無かったニーナが、可哀想過ぎた。
「それで……二百四十六万七千四百八十二日目に……そいつは現れたんだ……」
「……そいつ?」
「そいつは、オレの居るとこを初めて見つけたような顔をして……「ついてきて」って言って……オレに、数字を決めろって……」
「……数字?」
「よく分からない……STRとか、INTとか、AGIとか……そう言う、能力値みたいなものだった……」
「ステータス……みたいなもの……?」
「オレは、それを決めて……そしたら、そいつは言ったんだ……「ここから先は自由だ。何をしてもいいんだ」って……そして……気付いたら……オレは、この世界に生まれてた……嬉しかった……人がいた……空気の匂いがした……声が聞こえた……嬉しかった……嬉しかった……本当にうれしかった……人がいた……嬉しかった……」
ニーナの瞳に涙があふれ出していく。思い出すだけで、幸せなのだろう。
ただ、そこに人がいたという、それだけの記憶で……。
「……それからは、ずっと、この世界に居たのね……」
「あの世界のこと……忘れていた……何度も何度も、前の記憶の事を思い返していたから……あの世界に行く前の記憶も、擦り切れないで覚えてた……だから……あの世界を忘れて、何も問題なかった……」
「うん、うん……」
「でも、ダメだ……あそこに行くと……思い出しちまう……あそこにずっといた……出してくれって、オレは滅茶苦茶に叫んで……出してくれたらなんでもするって、そんな事言って……走って叫んで……滅茶苦茶にやりまくって……心が壊れそうなくらい、疲れ切って……そうしたら……意識が途切れる……それで、もう一日……二百四十六万七千四百八十二日目で出れたから……次は四百九十三万四千九百六十四日経てば、出れるって思えば……頑張れた……」
「……そう。あんたは、普段その世界の事を覚えてないのね?」
普段、ニーナはそれほどに辛い事があったような態度を見せない。
真顔で大嘘を言えるタイプではあるが、態度を取り繕う事が得意なタイプではないし、自分の感情は素直に見せるタイプだ。
そんな事が生まれる前にあったのなら、もう少し物怖じくらいするだろう。いや、それを超えるくらいに強い破壊衝動や殺意を抱いているだけかもしれないが……。
あるいは、あの破壊衝動や殺意は、過剰に刺激された防衛本能が由来なのかもしれない。
死ぬことが怖い。あの世界に行きたくない。だから、自身の外敵を全て滅ぼす。完膚なきまでに、殺しつくす。それが結果として凄まじい破壊衝動や殺意に繋がっているのかもしれなかった。
「……少しだけ覚えている」
「少しだけ?」
「最初の、何時間か……ずっと考え事をしてて……凄く長い時間が経ったら……そいつがでてきた……あそこは凄く寂しいからもう絶対に行きたくない……そんな風にしか覚えてない……」
「そう……」
心を護るためなのだろう。ニーナの心は強靭な部類に入る。それでも耐え切れないほどに、辛い記憶なのだ。
「……あんたは死んで、蘇るたびに、同じ状態に陥ったりする?」
「……たぶん、そうなる。あそこはいやだ……」
「死にさえしなければ、大丈夫?」
「大丈夫……あそこは違う……あそこは、現世じゃありえない……分かるから……」
「そう。分かったわ。はい、じゃあ起きて」
ばちぃんっ! と素晴らしく強烈なビンタをカチュアがニーナに見舞った。
それにニーナが椅子から転げ落ちると、なんで自分が転げ落ちてるんだ? と心底不思議に思いながら立ち上がる。
「あれ?」
「おはよう、気分はどう?」
「……? 催眠術やるんじゃなかったのか?」
「もうやったわよ。大体分かったわ。対処不能ってね。でも、蘇りでもしなきゃ平気みたいだし……たぶん、直しようがないわ」
生まれる前に刻まれてしまったようなトラウマは根治出来ない場合が多い。
特に、何らかの事故で死んだ者や、他殺された者は、強烈なトラウマを抱いており、不幸な人生を送りやすい。おぼろげにすら前世の事を覚えていないのに、トラウマだけは残る。そんな人間もいるのだ。
「なぁ、なんか頬が痛いんだが、何やった?」
「覚醒させるために軽く叩いたんだけど」
「そうか。まぁいいや」
軽く、どころではない。しかし全員が黙った。たぶん本当のことを言ったらニーナはカチュアと喧嘩を始めるから。
巻き込まれかねない事態をわざわざ引き起こすほど、皆は馬鹿ではなかった。




