四十四話
名のある冒険者と言うのは向こう側から依頼が来るものだと言う。それは何の誇張でもなく、得た伝手を辿ってそう言った依頼が来るのだ。
彼らに任せれば大丈夫だ、と言う信頼が依頼を持ってこさせるわけだ。
そして、それは見事に実を結んだというか、棚ぼた的にオレたちに依頼が舞い込んできた。
「墓地の調査ねえ」
「はい。その、それで主人からの意向なのですが。女性だけでやっていただきたくて……」
「女だけで?」
娼館の主人からの言付けを預かって来た奴隷は頷くと、女だけで、と言う理由を説明し始めた。
そう、今回の依頼は先日アレルを連れて行った娼館から来た依頼だ。
アレルが世間話の過程で冒険者をやっていて云々、と言ったところから伝わって来たらしい。
「娼婦と言うのは奴隷がなるものも多いもので。そう言った奴隷を葬るための墓所を設けているのですが……その、半月前に死んだユリアと言う娘がいるのですが……それが、迷い出て死者を冒涜していると言う噂が……」
「で?」
「常連の冒険者に調査を依頼したのですが……男は全て殺され、女だけが無事に帰ったそうなのです。それで、男を激しく憎んでいるのではないかと主人は考えられたそうで」
「なるほど。だから女だけがね」
娼館に女なんか来るわけないからな。
「手付としてはこちらを。無事解決……その、ユリアかどうかは分かりませんが、墓所で死者を冒涜している者を片付けた場合はもう一つお渡しするそうです」
奴隷が金塊を置く。それを手に取って持ち上げてみる。重さからして、金貨千五百枚分くらいの価値はあるな。
一応構わないかを尋ねてから、ナイフで金塊の表面を削る。どうやらしっかりと純金のようだ。
表面を金でメッキした金属なんかの贋金もある。まぁ、重さからバレる事も多いのだが。
しかしと、オレは頭を捻る。
オレは運には自信がまったく無い。もう正直記憶もあいまいだが、オレは生まれる時にステータスを決めたはずなのだ。
そのとき運を最低にしたはずで、それは明らかにオレの人生に影響を与えてきている。
具体的に、その運の作用がどんなふうに関係してくるのかオレは知らないが、なんとなくの推論は立っている。
それは前回の冒険で魔術師の本拠である洞窟を探検した時に立てた推論なのだが。
最初オレは、自分の運の悪さと言うのはマーフィーの法則を適用したようなものだと思っていた。
つまり、失敗する可能性を孕んでいるものは確実に失敗するのだと思っていたのだ。
だからダンジョンを歩けば必ず罠が存在し、なおかつそれに引っかかる、と推測を立てていた。
しかし、前回の冒険でサソリを操っていた魔術師の本拠に踏み入った時はなんら罠にかからなかった。
アレは罠が存在する余地が無かったか、それとも罠が仕掛けられているダンジョンを歩いたら確実に罠にかかるわけではないのだろうかとも思ったが、そこで別の推論をなんとなく思いついた。
それは、ウィザードリィ系ゲームだったらたとえば……宝箱を調べたら必ず違う罠だと勘違いし、例え魔法で罠の種類を調べても罠の解除に絶対失敗するようなものではないか、と言うものだ。
あるいはテレポーターを喰らったら確実に石の中に飛ばされるのかもしれない。
こっちの方がどちらかと言うと真実味を帯びているのだ。
なにせオレが歩いたらダンジョンに確実に罠があると言う事は、足の踏み場が無くなるほどに大量の罠が仕掛けられていると言う事で、それでは奥に潜む者ですらも外に出れなくなってしまう。
だとしたらオレが歩いた場所に必ず罠が存在すると言うのはおかしいだろう。オレの運の悪さは物理法則や因果律を捻じ曲げるほどの物ではないはずだ。
だとすれば、オレはダンジョンを歩けば罠に必ずかかるのではなく、罠のあるダンジョンに入った場合、その罠にほぼ確実に突っ込んでいってしまうのだろう。
そして、罠にかかった場合、その罠による被害は最悪のものになる可能性が非常に高いのだ。
それはつまり、仲間に罠を発見する能力のある人間が居れば防げると言う事だ。
無論、オレが話を聞かずに突っ込んでいくとか、最前衛を歩いていたら意味はないかもしれないが。
オレが心配しているのはそれだ。
今回の依頼で戦う可能性が高いのはアンデッドであり、アンデッドはものにもよるが猛烈な病を感染させて来ると言う。
それは確実に感染するわけではなく、頑健な肉体を持っていれば退けやすいらしいが。
もしもそれが運によるものだとしたら。
TRPG的に言えば、抵抗判定が頑健ではなく、幸運だったとしたら。
オレは確実にその病に感染してしまうだろう。
そして、病を治癒させるような能力を持っている人間はオレのチームには居ない。
純粋に体力で治癒出来るものや、毒だったとすればアレルの魔法で回復出来る可能性は高いが、今回は女限定の依頼だ。アレルは連れていけない。あんなんでも男なのだから。
つまるところ、オレが死ぬ可能性があるのだ。そんなのは全くもって認められない。
だから断ろうかとも思うのだが……しかし、出来るだけ早めに確かめておきたい。
もしもオレが病に感染しても即座に死ぬわけじゃない。出来るだけ退路を確保しておいて、オレが戦闘不能になったら脱出できるように策を立てておけばいい。
そしてすぐさまアレルを連れて来るか、あるいは最初からアレルに待機していてもらうか……。
危険ではあるが、いずれは直面しなきゃならない事態だ。なら、出来るだけ安全なこの事態でそれを確かめるべきだろう。
「……よし、分かった。受けよう」
「ありがとうございます。それでは墓所の場所をお教えしますので……」
そうした経緯があり、オレとリンとカチュアで娼婦たちの菩提を弔う墓所へと来ていた。
「……嫌な気配だ」
この町の地下にカタコンベは存在する。
この町の歴史はそこまで古いわけではなく、二百年程度の歴史を持っている。しかし、二百年と言う人間には長過ぎるほどの時は、この町の地下のカタコンベを途方もない巨大さに押し広げるには十分すぎる年月だった。
まずはじめに、この町のカタコンベと言うのは各所に入口が存在する。
それは特殊な立場の人間の埋葬のためや、罪人の埋葬のためなどの複数の理由が存在し、その中でも娼婦の埋葬のために存在するこのカタコンベへの入り口は厳重に隠されている。
人気のあった娼婦の遺骨を持ち去ろうとする不埒者や、その娼婦を死者として蘇らせようとする悪辣な魔術師が存在するためだ。
それは娼婦に限らず付きまとう問題であり、邪悪な死霊術師などは無数の死者を得るためにカタコンベに入り込もうとすることもある。無数の死者は死霊術師の邪悪な研鑽を積むためには必須の存在なのだ。
だからこそ、この世界のカタコンベと言うのは侵入者を拒むべく、入り組んだ特殊な形状をしている。
娼婦のための入り口のここは厳重に隠されているため、内部の罠の数はさほどではないと言うが……。
しかし、オレたちの前に口を広げている地下への入り口からは、何とも言えない不穏な空気が漂っている。
まるで地獄の底へとオレたちを誘っているかのような、そんな不安すらも湧いてくる。
「明らかに、何か拙い雰囲気がするな」
「そうね。各種のデータはこの場が魔力的に何ら問題の無い……むしろ安定した場所と訴えてるけど、あたしの勘は「警戒しろ」と訴えてるわ」
どうやらその不安は他の面々も同じらしく、一様にここが何か嫌な感じがする、と言う答えを出していた。
例えば、死人を目の前にしているような、そんな感覚だ。
あの死者を目の前にしているときに感じる、異様な感覚。例えばそう、死に引きずり込まれるような、そんな感覚だ。
それはたとえば、崖から下を見下ろした時、崖下に吸い込まれそうなそんな感覚を覚えるのに似ている。
このカタコンベの入り口からは人を死に誘う気配が流れているのだ。
カタコンベの入り口から少々離れた場所で待機させていたアレルを手招きして呼ぶと、アレルがこちらに歩み寄ってきて……顔を顰めた。
「アレル、何か分かるか?」
「酷いです……魂を冒涜している気配です……おぞましい邪悪な術で、死者を思うがままに操っているんです……」
「……手段は?」
「時間を貰えれば、この魂を昇天させてあげる事は出来ますが……この邪悪な術を用いている者を始末しなければ」
「分かった。ならオレたちがそいつを始末してくる。お前はここでその準備をしろ」
「わかりましたです。絶対に、彼女たちを天に還してあげます」
アレルにはオレたちには見えない何かが見えているのだろう。
憐憫のまなざしを中空に向けると、少し離れた場所で空中に浮かび上がり、精神を集中させ始めた。
「さて、行くぞ」
アレルが準備をしている間に、オレたちはオレたちの仕事を済ませなければいけない。
オレはカタコンベの中へと足を踏み入れた。
カタコンベの中は非常に暗く、奥から何かが飛び出してくるのではないかと言う不安を感じさせる。
入口近くにあった燭台にろうそくを差し込み、それに火をつける。
パピルスと蜜蝋で造られたろうそくはぼんやりとした灯りをカタコンベの中へ投じる。
「……臭うな」
腐敗臭……とは違う。もっと冷たい……地下の空気、それに、嫌な臭いを足したような。
地下墓地の臭いと言うなら、そうなのかもしれない。だが、不愉快で、危険だとオレの感覚が訴えかけている。
「カチュア、何かあるか?」
「二十メートル先まで見えてるけど何も。右側に曲がり角があるわ」
暗闇でもサーモグラフィーやら赤外線カメラでカチュアは見通せると言う。ここでの探索はカチュアが先頭になるべきだろう。
隊列を変え、カチュアを先頭に。そしてろうそくに火を灯しながら進んでいく。
数メートルごとのろうそくの点火と言う作業は苛立ちを産み、その遅々として進まない進行は余計にオレたちの神経を過敏にさせる。
総合距離にして百メートル、地上部分からは、まだ地下五メートルも進んでいないほどの距離を進むのですらも十分以上がかかった。
暗闇と言う不安。進まない事態。溜まり始めるストレス。
オレとリンの口数が減り始め……。
「へっへっへ、どんだけ育ってんのかしら……」
「きゃああああああああ――――っ!」
――――突然背後から胸元に手を突っ込まれ、オレは悲鳴を上げた。
思わず振り返りざまに拳を放つが、いつの間にかオレの背後に回り込んでいたカチュアはそれを軽々と回避する。
「あんた意外と可愛い悲鳴上げんのね……」
「ふ、ふふ、ふざけんなお前ぶっ殺すぞ!?」
「七十六センチ、AAカップと言ったとこかしら。まだ成長途上ね。八歳にしてこれなら未来はとても明るいわよ」
「ふざっ、けんなっ、このっ!」
パンチとキックのコンビネーションを放つがやっぱり全部避けられる。コイツどういう回避能力してやがんだ!
「だぁっ! もういい! 次やったらマジ殺す!」
「そんな怒らなくてもいいのに。女同士なんだし。まぁ、女同士でこういう事する人は滅多にいないけどね」
「じゃあやるな!」
「あくまで発育測定だから、ほら。代わりにあたしのスリーサイズも教えてあげるから」
「…………幾つだ?」
カチュアがオレの耳元に手を当てつつ小声で言う。
「バスト八十七、ウエスト六十、ヒップ八十五よ」
「おおう……」
身長低い割にプロポーションいいとは思ってたが、なかなかいいプロポーションの持ち主で……。
グラマーってほどではないが、メリハリはある方だし、綺麗な体型、って言うのが一番しっくりくる体型だろう。
「へぇ、なるほどねぇ……なるほどなるほど……へっへっへ」
「さて、次はリンの方も……」
「……やったら斬るぞ」
リンはあからさまな警戒感を見せているが、カチュアにそんなものは無意味だった。
軽々とカチュアはリンの懐に入り込み、その胸元に手を当て……。
「サラシでサイズが分からない……!」
「なんだと! サラシを突破するんだ!」
「任せておきなさい!」
「馬鹿か貴様ら!? 私を相手に戦ってどうする! ってこら話を聞け! やめろ! おいニーナも加勢するな! やめろ! だぁああ――――――!」
「バスト七十二、ウェスト五十一、ヒップ七十四。年齢にしては大き目ね。身長は百三十七センチ、と……」
「……次にやったら本気で迎え撃つからな」
「悪かったってリン。お嫁に行けなくなる事はしてないだろ?」
「されてたらとっくの昔に舌を噛み切っておるわ!」
「怒るな怒るな。あくまで身体測定よ。これもあたしの調査の一環だから」
「ここでやるな! 敵地だぞ!」
「音に反応するか確かめたかったのよね。敵を迎え撃つにしても、ここならあたしの得意なフィールドだし」
そう言ってカチュアは周囲を見渡す。
横幅は一メートルもない狭い通路で、硬い岩盤を掘り抜いて作った通路だ。
この狭い通路ならば、相手が押し寄せてきても一対一を維持しやすい。
「それに、気になってた事も判明したしね……」
「なんだ?」
「ニーナの身長が百四十二センチ、リンの身長が百三十七センチだったわ」
「で?」
「あんたら毎日何ミリって勢いで身長が伸びてるわ。ちょっと異常ね」
「……ヤバい病気とかじゃないよな?」
「戦闘があったあと数日間、急激な成長が見受けられるけど、その後は殆ど見受けられない。戦闘が何らかのファクターとなってあんたたちに成長を齎してるって感じかしら」
「……戦えば戦うほど成長するって事か? クロウやアレル、マックスはどうなんだ?」
「クロウにはそう言った傾向は見受けられないわ。アレルやマックスにもね。ただ、身体能力は上がってるみたい。あたしも身体能力が微々たる差だけど上がってるわ」
成長している、と言うよりは、全盛期に近づいている……って評価の方が正しいな。
戦えば戦うほどに成長し、全盛期に近づいていく。そう思うのが正しい気がする。
まるでゲームのような話だ。戦えば戦うほどに強くなっていく事を実感できる身としては、何ら間違っていない気さえするがな。
「まあ、そう言う考察は後でやればいいさ」
「そうね、先に進みましょ」
「……ならやらなければよかったものを」
未だにリンが恨みがましい眼でカチュアを見ている。
「あたしは今やりたかったの。それに緊張とか吹っ飛んだでしょ?」
「……まぁな」
じりじりとした焦燥や、ストレスのようなものはいつの間にか消えていた。
この空間に居ることで感じていたプレッシャーがなくなっている。そこらへんまで考えてカチュアはオレにセクハラし始めたのだろうか?
元は軍人だと言うし、その辺りはお手のものなのかもしれないな。
なんとも敵わないな、と言う気持ちにさせられつつも、前へ前へと進んでいく。
カタコンベと言う建造物特有の、冷たい空気が足元から登って来るような感覚を覚える……。
そして、通路の終端に辿り着き、無数の遺骨が安置されている部屋へとたどり着く。
バルティスタにおいて遺体埋葬の習慣は基本的に火葬となっている。
それは魂は肉体に宿るものとされ、魂を肉体から解放してやらねば天に……積み重なる空と言われる死後の世界に辿り着く事が出来ないとされているからだ。
そこで記憶や意識が擦り切れるまで過ごした魂は新たな魂となってこの世に生まれ落ちる……。
それがこの世界における魂の在り方であり、それは基本的に正しいのだろう。なにしろ魂を扱う存在がこの世には存在するのだから、それが間違っているとは思えない。
それ故に、肉体を火葬して魂を解放し、その遺骨はこうして地下の空間へと安置される。
そう言った事をしなければ、死体は不浄な力を得て動き出し、生きとし生ける者全てを憎む邪悪な存在となって人を襲う。
だからここに安置されているものも基本的に遺骨だけなはずで動き出す道理はないはずなのだが……。
「……剣を抜け、何かヤバいぞ」
剣を抜く。リンも同様に何かを感じ取ったのか剣を抜いている。
カチュアは一瞬オレたちの様子を見て呆気にとられたような顔をしたが、すぐに同じく剣を抜いた。
「動体反応も何もないわよ。一体どうしたって言うのよ」
「ここは明らかにヤバい……言葉でどうこう説明は出来ないが……肌にビリビリと何かが吹き付けて来る」
「……邪悪な気配だ。邪霊の集う場所のような、死者を冒涜する力で満ちている」
掌に火を生み出す。その火によって、周囲が照らし出される……。
半径十メートルほどあるホール……壁際に掘られた穴に遺骨が積み上げられているが、その遺骨は崩されている……。
そして、その遺骨たちの足元には物言わぬ骸となった男たちの姿があった!
「オレが見て来る」
「危ないわよ」
「灯りを出せるのはオレだけだ。お前出せるのか?」
「……無理。炎を作るのは出来るけど、燃費悪いし」
だからこそオレがいくわけだ。
死体に一歩歩み寄り、しゃがんでその死体を転がす。
体温を感じさせない外気温と同じ温度は、それが間違いなく死体だとオレに告げていた。
「……これだ、これが致命傷になって死んだんだ」
男の死体を注意深く眺め、その首筋に傷跡を見つける。
首筋を深く抉られた傷跡は頸動脈を横断している。傷の深さは二センチほどにもなるだろうか。凄まじい力で首を抉られたのだ。
「一、二、三、四……四つ傷口がある。後ろから前に……これは爪で抉られた跡だ」
だが、こんな凄まじい力で人間の首を抉ったりなどすれば爪は折れるだろう。人間の力で出来る事ではない。
しかし大型動物などとは違う。これは明らかに、人型生物によって首筋を抉られた傷跡だ。なら、これを成したのは……。
「かっ――――!?」
唐突に首に何かが巻き付いた。
それが何かを認識する前に、首を猛烈な力で締め付けられ、一瞬意識が飛ぶ。
「お前か! お前が俺を殺したのか! この寒さと飢えをお前にも教えてやる!」
しわがれた男の声。それはオレが検分していた男の死体から響いている!
横たわっていた死体はのそりと起き上がり、オレの首を絞めつけていた手を持ち上げてオレを宙に吊るす!
ゾンビ! 邪悪な力によって仮初の命を与えられた死体が動き出す魔物!
生前の技能を使う事も出来るゾンビは、ものによっては強力な力を持っている!
戦士風の風体をしていた男だからだろう、その腕力は凄まじく、みしみしと首の骨が軋む音が聞こえてくる。
頸動脈や気道を締め付けるという知恵を持っていなかったことに感謝しなくてはならないだろう。
オレの首が圧し折れるか、酸素がなくなって意識を失うまでは足掻く事が出来る。
「テ、メェ!」
赤々とした憎悪の光を宿すゾンビの胸に、自由にならない体を何とか動かして剣を突き立てる。
だが、ゾンビはそれになんら痛痒を感じていないらしく、憎悪を宿した顔を近づけて来る。
ゾンビが口を開くと蛆の涌いた口内が見えた。それを近づけて来る…………。
「オレを食う気か……? 舐めてんじゃ、ねえ……!」
剣を持っていなかった左手を男の頭に叩き付ける。
ただそれだけならば、ゾンビを押しとどめる事すらも出来なかっただろう。
だが、オレの手には凝縮した火の玉――――【ペインキラー】が創り出されている!
頭部に直撃したペインキラーは腐った肉を焼き切り、頭蓋内部に入り込むと猛烈な熱量を解放。
脳が沸騰し、頭がい骨が内圧に割れ爆ぜ、周囲に焼け焦げた肉片を撒き散らす。
下顎から上が吹っ飛んだゾンビの腕の力が緩み、地面に落ちると同時にゾンビの体が崩れ落ちた。
「けほっ……糞が、思いっきり締めやがって」
乾いた地下墓地の空気を吸い込む。ああ、空気がうめぇ。
「大丈夫か、ニーナ」
「ああ、何とかな……」
傍に走り寄って来たリンに問題ないと返しながら立ち上がると、暗闇の中でカチュアが戦っていた。
それはあの戦士風の様相をした男とはまた違う、複数の冒険者のゾンビのようだった。
いや、中には全身鎧をしっかりと身に着けた騎士のようなゾンビの姿もある。
白銀の鎧の輝きは今なお健在であり、堅牢な防御を示しているようだ。
「すげぇ……」
「ああ……」
阿呆のようにオレとリンは呆けていた。
それほどまでに、カチュアの戦いと言うのは凄まじかったのだ。
四人の冒険者に二人の騎士、更に数人のゴロツキのなれの果て。それら十人近い相手に囲まれ、剣一本で一歩も引かないどころか互角以上に渡り合っている。
その顔に余裕そうな表情まで浮かべ、たった一人で十人近くを相手取る。間違いなくオレたちよりも強い。これはオレたちなんかいない方がよかったんじゃ……。
「ちょっとあんたら観戦してないで助けてくんない!?」
と思っていたら余裕そうな表情なのに、物凄く切羽詰った声を出すと言う器用な事をやらかすカチュア。
あ、そう言えば……「表情と言うのは対人戦で重要な要素よ。こちらの狙いを気付かせないと言うのもあるけど、それ以上に心理的な優位を取れるかも重要なの。だからあたしは戦闘中は常に余裕そうに笑うように設定してあるのよ」とか言ってたな……。
「キツイんなら最初からキツイって言えよ!」
とりあえず【オール・ガンズ・ブレイジング】を急いで形成して四発ぶっ放す。
「助けが要らんかと思ったではないか!」
同じくリンがトンボに剣を構えて突っ込んでいく。
オレの放った【オール・ガンズ・ブレイジング】はゴロツキのゾンビ二体に命中してそのまま倒れ込み、残る二発が騎士らしいゾンビに命中して体が燃え上がるが、すぐさま火が消えてしまう。
そして突っ込んだリンがゴロツキを通り抜けざまに一体斬り捨て、冒険者のゾンビに唐竹の一撃を叩き込んで真っ二つに両断した。
そして続いてオレも突っ込み、カチュアの背後から襲い掛かろうとしていた騎士のゾンビにドロップキックをぶち込んで吹き飛ばす。
距離を取る、と言うのならば打撃を打ち込む他になく、最も威力出すには走り込みの威力も付加したドロップキックが最適だった。
オレのドロップキックで吹き飛ばされた騎士のゾンビは剣と盾を手にしたまま体勢を立て直し、オレに襲い掛かってくる!
「小娘! 貴様の柔らかい肉で飢えを満たしてやる! 血もうまそうだ!」
「気に入らねえなクソが! ゾンビはゾンビらしく呻いてりゃいいんだよっ!」
苛立ちと共に剣を振るう。その剣は迎え撃った剣で抑えられるが、そのまま無理やり押し切る。
「おのれ小娘! 大人しく死ね!」
「テメェが死ね! 死ね! 腐った臭いも偉ぶった口調も何もかもが気に入らねえ!」
更に力を籠める。それと同時、騎士の持っていた剣が圧し折れる。
「だから死ね!」
振るった剣が盾に受け止められるが、剣を更に押し込む。オレの全力で押し込まれる剣に、盾が押し込まれていく。
「大人しく死ねと言ってるんだよ!」
左手を剣から離し、握った拳を盾に叩き付ける。
その衝撃に騎士が大きくたたらを踏み、オレは更なる力を込めた剣戟を振り下ろす――――!
「死ねぇっ!」
オレの剣を迎撃する盾を叩き割り、鎧を砕いて剣がゾンビの心臓付近までめり込む。だが、その一撃でもゾンビは仮初の生命を失わない!
「俺の鎧を砕いたな! 貴様の血肉を貪ってもこの怒りは収まらぬ!」
「黙れ!」
拳をヘルムに覆われた頭に叩き付けると、ヘルムが変形する感触と共に、騎士のゾンビが吹っ飛んで壁に叩き付けられる。
苛立ちはオレの体を猛烈な勢いで動かしていく。
「気に入らねえ! 何もかもが気に入らねえ! 死ね! 死ねェっ! テメェの腐ったキチガイヅラが気に入らねえ! この豪華な鎧も気に入らねえ! テメェの存在そのものが気に入らねえ! テメェを産んだアバズレも気に入らねえ! あああああああああああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ――――――!」
苛立ちは拳の猛打となって現れた。
ヘルムに覆われた拳を狙って放たれる拳の乱打。鉄のひしゃげる音と、肉が潰れる音。
拳で撃たれるたびにゾンビの頭は壁に叩き付けられ、反動で帰ってくる頭に更に拳を叩きつける。
「死ねぇえっ!」
どこから湧いてくるのかもわからない猛烈な憎しみと苛立ちと怒り。それは破壊衝動となってオレの体を突き動かす。
目の前の存在を徹底的に破壊し尽したいと言う想いだけが、オレに凄まじい力を与えてくれる。
その心地よさと、沸き立つ破壊衝動で、オレはゾンビの顔に徹底的に拳を打ちこんでいた。
「があああああああ――――ッ! 死ね死ね死ね死ね死ねッ! 死ねぇッ――――――!」
「ニーナ、そのゾンビの頭でミートパイを作るつもりなら止めないけど、もう死んでるっぽいわよ」
「なに?」
いつの間にか近寄ってきてたカチュアの声に、拳の乱打を止めると確かに騎士のゾンビは完璧に動きを止めているようだった。
ヘルムに守られているはずの頭は厚さを三分の一ほどに減じさせ、ヘルムは屑鉄もかくやと言うひしゃげた鉄の塊に成り果てている。
もうこのヘルムは脱がせられないだろう。
「チッ! 無駄な体力を使った」
苛立ちと共に騎士の死体から剣を引き抜く。この鎧とヘルムはもうダメだな。売っても二束三文だろう。
とは言え、それ以外の部分は無事の様だし、後で引っぺがせば売り物になるだろう。
「まぁいい。チッ、汚れた」
肉片と腐った血で汚れた手を冒険者だったらしいゾンビの死体の服で拭い取る。
少しジンジンと染み込むような痛みは残っているが、ヘルムを徹底的に殴った拳に傷はなく、骨にも何ら問題はないようだった。
「悲惨ね……もう親でも誰か分かんないわよこれ……」
完璧に潰れたパイのようになっているゾンビの顔をカチュアが哀れなものを見るような声で言う。
「男前が上がったろ。さっさと次に行こうぜ」
女だけが逃げ帰ったと言う話だったが、オレたちは女だけなのに襲われた。
だとすれば、逃げ帰った女が仲間を見捨ててさっさと逃げたとでも考えるべきだろう。アレルを連れて来ることも考えるべきか……。
しかし、邪悪な気配は未だ残っている。この部屋の中心辺りから吹き寄せて来るこの邪悪な気配は、何らかの魔法によるものなのだろう。
死体をゾンビに変じさせ、更にはゾンビにも力を与えるような、そんな魔法だと思われる。
ここに踏み込んだ哀れな犠牲者がゾンビに襲われ、ゾンビの数が増える。そんな面倒な場所だ。
そして、ここに居るゾンビを全部始末したと言うのにこの力が消えないと言う事は、この力は永続的なものか……あるいは、この魔法を仕掛けた存在がまだ残っているか、だ。
ゾンビを始末したと言う事は相手にも知られていると考えるべきだろう。これを察知する手段があるかは知らないが、最悪の自体を想定して然るべきだ。
おそらく、このカタコンベは別の場所にも繋がってしまっている。
あの騎士風の男たちがここに入り込むと言う事態が想像できないからだ。
そこからこの事態を作り出している奴が逃げてしまえば、報酬はナシだ。
この男たちの装備をはぎ取って売れば同じくらいの額にはなりそうではあるが……。
報酬がたくさんもらえるに越したことはない。
アレルを連れて来れないのは惜しいが、このまま進もう。




