三十一話
二人が借りていると言う家に入ると、割と綺麗に掃除された部屋がオレたちを出迎えた。
女はかまどの火を強くするとさっさと水を沸かし、人数分のお茶を淹れた。
「はい。まぁまぁイケるわよ、このお茶」
「薬草茶か。割とイケるな」
香草なんかも混ぜてあるようで、苦みと一緒に鼻に抜ける爽やかな香りがする。味自体は特筆する事はないが、サッパリする感じはなかなかよろしい。
「じゃ、自己紹介から始めようかしら?」
「そうだな。そう言えばそっちのお前はマックスとか言われてたが、お前の名前は聞いてない」
「名乗った覚えもないしね」
と、女は肩をすくめる。
そして、マックスと呼ばれていた少年、十歳程度に見えるそいつは軽く頭を下げてから口を開く。
「私はマックス・ムスタマン大佐です。帝国魔導海軍オルタナティブ特殊作戦群大隊長です。生まれは帝国属領極東方面皇国区です」
「お、おう……つまり、帝国とやらの人間……なんだな?」
「あ、名前だけ言えばよかったですね」
今さら気付いた様子でマックスが頭を掻いた。普段慣れてる自己紹介をしてしまっただけらしい。
そして、今度は女の方が口を開く。
「あたしはカチュア・ティアーズ。同じく帝国の人間。親衛隊隊長をやってたわ。別名は雲の騎士団の団長ね。太陽王であらせられる陛下を、下々の者から守る親衛隊だから。知ってたりは……しないわよね」
「うん、知らん」
「聞いたことないっすねー」
「太陽王と名乗っていた王が昔居たような気がする、程度のものだな」
オレは太陽王なんてものに聞き覚えすらない。日の沈まぬ帝国とやらなら聞いたことがあるが。
「えっ! カチュアさんって親衛隊隊長だったんですか……? こ、これは失礼をば致しました……」
と、マックスが驚きをあらわにする。
「あれ、言って無かったっけ」
「言ってないです。絶対に言ってないです。親衛隊隊長って超お偉いさんじゃないですか。軍だったら連隊長相当ですよ!」
「そう大したものじゃないわよ。親衛隊隊長なんて言っても所詮はお飾りみたいなものだし」
「それはまぁ、そうですが……」
どうも二人の間に何か認識の齟齬があったらしい。
「あー……知り合いだと思ってたんだが、違ったのか?」
「カチュアさんとは四日前……この世界で目覚めた時、同じ地点に倒れていたので知り合っただけです。親衛隊隊長の方とは知りもしませんでした」
「あたしはマックスのことは知ってたわよ? 一等粛清官でしょ?」
「一応それかなり上級の機密なんですが……」
「親衛隊隊長に権限は殆どないけど、機密閲覧資格は高いのよ」
いまいち話はよく分からないが、どうもどっちも結構偉い立場だったらしい。
しかし、粛清官とは。何やら物騒な名前だ。
「一応聞くが……粛清官ってのは、名前通りに粛清を行う……ってわけじゃないよな?」
「名前通りに粛清する特務官よ。強力な個人戦闘能力と隠密能力を持ちあわせた暗殺者ね。それも一等だから……代々陛下に仕えた暗殺者の家系の生まれね。家系的にも、少なくとも千年は続いてる家系のはずよ」
どうやら二人ともかなり特殊な人間なのは間違いないようだ。
「よく分からんが、二人とも偉いんだろ? えーと……ティアーズ?」
「カチュアでいいわよ」
「じゃあ、えっと、カチュアの方が偉いのか?」
「はい。軍機に照らし合わせると、さっきも言った通り親衛隊隊長は連隊長相当ですから、少将か准将辺りです。私は大佐ですから、私が下です」
「粛清官は超法規的措置を取れる立場の人間だし、まぁどっちもどっちね。シビリアンコントロール下にない王直属の暴力装置である事はどっちも一緒だし。そもそも一等粛清官はある特定の血筋しかなれないわけで、その血族の権力も相当なものがあるし」
「しかし、親衛隊隊長は陛下の乳母が兼任されるのが通常ですので、法に囚われない形の権力を持っているとも言えますし、最も王に近しい存在である事は間違いありません」
「それは粛清官にも言える事だけどね。粛清官は王直属の、後ろ暗い事も担う役割だもの。その権限と一族の力をフルに活用すれば、逆らえる存在は親衛隊含めて誰も居ないと言えるわ」
「よーし、全然分からなくなってきたぞう」
変な質問するんじゃなかった。
リンとアレルは完璧について行けていない様子で、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるかのようだ。
複雑怪奇すぎる政治事情はオレにもよく分からない。
「まぁ、いい……オレはニーナ。ファミリーネームは知らねえ」
「私は稀人凛」
「クロウっす。ファミリーネームは……要らないっすね」
「アレルなのです」
そう言ったところで、カツンと音を立ててカチュアがカップを机の上において、オレにまなざしを向けてきた。
「改めて礼を言っておくわ。ありがとうってね。あたしは平気だったけど、マックスが死んでたかもだし」
「気にしなくていい。金払ってくれれば」
「やっぱそうなるわね……金なら無いわ!」
「手っ取り早く稼げる職業があるぜ。娼婦か、傭兵かだ」
「傭兵の雇い口はあるのかしら?」
「ここにな」
手を差し出すと、カチュアは呆れたような溜息を一つ吐いて、肩を竦め――――オレの手を取った。
「交渉成立って事ね。よろしく」
「ああ、よろしくな」
四人のメンバーで旅を続けるのも悪くはない。だが、こいつらは間違いなく強い。
それが分かる以上、こいつらを逃すのは得策じゃない。戦力強化って事もあるが、こいつらを逃せば強力な商売敵が増えてしまうって事でもあるからな。
コイツらを仲間として抱え込めるのは嬉しい話だ。チームの強さが高まれば、より強い敵と戦っていける。
それは強くなると言う目的に、これ以上無く合致するからだった。
無論、強すぎてオレの役目がなくなるのでは困るが……。
しかし、二人ともそこまで異常な強さではない、と分かる。この二人と戦ったとしても勝ち目がない、とは思えない。判断基準は感じる魔力らしきものの強さだが。
マックスは底知れない……と言うか、底があるのか? と思うほどの量を持ってるが……。
しかし、それとは逆に生命力と言うか、肉体的な活力が驚くほどに弱い。重病人か? と思ったほどだ。
そう言った総合的な所から見るに、二人とも十分に勝ち目を感じる。仲間に入れても問題ないだろう。
「で、マックスって言ったか? お前はどうする?」
「私も同行しますよ。色々と理由はありますが、カチュアさんと同行出来た方が色々と身のためですので」
「そうか。ならお前も一緒に来い。歓迎するぜ? ま、下っ端になるけどな」
「誰かの上に立つよりは誰かの下に立つ方が性に合ってますから。誰かの依頼で誰かをぶった切る。それが私たちだ」
「ならいい」
手を差し出す。それにマックスも右手で応じる。
「よろしく」
「ああ」
こうして二人を仲間に加え、オレたちのチームはひとまずの完成を見せた。
これ以上のメンバーの増員は動きを鈍らせる。六人でも限界ギリギリと言ったところだろう。
その後、オレたちは一日滞在し、準備から武器の手入れまでを済ませ、出立した。
村の連中はオークの襲撃も無くなったと言う事で安心し、引き留められる事もなかった。
「なぁ、こっちには拷問のスペシャリストが二人居るんだ。手足がなくなる前に話した方がいいぜ」
ばきっ、と言う音と共に、オレはその男の爪を引っぺがした。爪は一気に剥がすとそんな音に聞こえる。
加虐と言う喉の奥に苦いものを感じるような感覚と、背筋にゾクゾクと来る甘い感触。
それにオレは笑みを浮かべると、もう一度男に尋ねた。
「テメェらのアジトはどこだ? さっさと話した方が身のためだぜ」
村を出立して二日。川べりに辿り着き、早めの大休止を取ろうとしていたオレたちに追いはぎだろう連中は襲い掛かって来た。
オレたちのチームは女が一人、ガキが四人、男が一人と非常に襲い易い見た目をしている。
なにしろガキは全員が十歳以下に見える上に、女も荒事を得意としているようには見えない若い女だ。
唯一男は荒事を得意とする雰囲気を見せているが、一人ならば数で押しつぶせると判断したんだろう。
もちろん、その判断は大間違いだ。
数分と経たずに殲滅されたそいつらだが、アジトに行けば多少の金にはなるかもしれない。
そう判断して、頭目らしい男を生かしておいたのだが、これがなかなか強情で口を割らない。
となれば拷問以外に道はなかろうて。
「ふっ、へっへっへ……ば、馬鹿言え……誰が言うかってんだよ……」
この通り、拷問をしても強情で口を割らない。
「そうかそうか。指は何本あるか知ってるか? 手足を合わせて二十本だ。残り十九本、頑張れよ」
「指の関節は親指を除いて十二。両手合わせて二十四。そこに刺すだけの釘を作るのは大変ですよ」
木の枝を小刀で削りながらマックスは言う。
マックスは拷問技術も習得しているらしい。一族のものではなく、軍で習得したものらしいがな。
マックスの世界でも捕虜に対する拷問を禁じる条約の類はあったらしいが、やはり、そう言う後ろ暗い真似をしているとこと言うのはあったらしい。
「手が使い物にならなくなったらどうやって生きてくんだろうなぁ。まぁ、テメェの人生に興味もねえ。せいぜい、頑張ってくれや」
川べりに男の悲鳴がこだまする。
長くなりそうだ。
その後、アジトの場所を聞き出し、アジトに居た留守を守っていた連中も始末し、溜め込んでいた財宝を手に入れる。
まぁ、予想通りと言うべきかなんというか。そう大したものはなかった。
こういう連中の金の使い道は生活費もさる事ながら、享楽的な生き方をするものだ。
追いはぎなんていう連中は早々儲かるものでもないし、回収できた金は金貨にして二十枚程度。
旅人なんかを襲って糊口を凌いでる連中からしてみりゃ大金なのかもしれんが、今のオレたちにはもうはした金だった。
分配どうこうの話をする気にもなれないほどに少額だったので、全額カチュアにやった。手持ちの金がほとんどないと言うし、あって困るもんでもなかろう。
「ま、いい暇つぶしにはなったし、お前らの実力も見れた」
マックスとカチュア、その二人の実力は最初の遭遇の際にも見た。
今回はそれとはまた別の実力も見た。
二人とも凄腕と言って差し支えない。マックスは明らかに剣の腕は一番だろう。リンより上だと思われる。
そしてカチュアは……いまいちよく分からんが、まぁ強いことには変わりない。
もはや何も心配することなどなかった。




