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二十九話

 大休止を終えて移動を再開し、次の村へ。

 もうなんか歩くの嫌になって来た。馬が欲しい。馬。UMA。


「おいクロウ」


「へい」


「馬に変身する魔法でもねえのか」


「ないっすねぇ……いや、あるかもしれないっすけど、知らねえっすね……」


「チッ、使えねえ。馬が欲しかったのに」


「この人俺を馬にする気だった!?」


 移動でくらい役に立て。

 そんな事を考えてると、アレルがふよふよと浮いてこちらに寄って来る。


「そう言えば、そちらの方たちとは自己紹介してないですねー」


「適当にやっとけ」


「私はアレルと言います! 三歳です!」


「俺はクロウです! 二十六歳っす!」


 何張り合ってんだこいつら。つーかアレル小さすぎるだろ。


「マジで三歳?」


「マジなのです。とある禁呪で肉体は成長させてますけど」


「道理で」


「便利な呪術があるものだな。私は稀人凛だ。年齢は八だ」


「ん? お前苗字あったのか」


「む、まぁ一応な」


「一応ってなんだそりゃ」


 前に故あって姓を持たず、とか言ってた気がするんだが。


「少々複雑な話なのだが……そもそも、父と母とは言っているが、二人は結婚しているわけではないのでな。だから私も子として認められているわけではないから、私は未だ捨て子のまま……と言う事になっている」


「んで?」


「すると改帳に書き記せんからな。仕方なく何かしらの姓を名乗るわけだが、姓や来歴が分からん者は皆須らく稀人と言う姓を名乗るようになっているのだ。実際は無いも同然だ。だから普通は名乗らん」


「ほー、なるほどね。とすると、オレがシェンガの生まれだったら稀人ニーナになってたわけか」


「そうなるな。無論、来歴が分かれば改帳は書き換えることになるがな」


 よく分からん制度があるんだな。




 雑談をだらだら交わしつつ移動を続け、やがて日が落ち始めてくると移動は終わりにして休息の時間となる。

 時刻はおよそ五時過ぎと言ったところだろうか。雪こそ降っていないが、もう冬に入る時期なので日没は速いのだ。

 五時と言うのもかなり無理しているので、その時刻にはもはや日は落ち切る寸前だ。


 適当に薪を集めて焚火をし、夕食を作る。

 で、晩飯を食うわけだが、アレルを見て嫌な気分になる。


「お前……それうまいのか?」


「え?」


 心底不思議そうな顔をされてしまったが、蛆の涌いたチーズに大量のコクゾウムシが集った乾パンなんて食ってたらそうも思うだろうが。

 蛆は除けてるけどコクゾウムシは取り切れないからそのまま食ってるし……。


「おいしい……わけではないと思い……ます?」


「なんだその疑問形は」


「あの、えっと……ごはんはごはんで、食べておなか一杯になって死なないようにするものですよね?」


「ああ、まぁ、理屈はそうなる……のか?」


「美味しいとか不味いとかじゃなくて、食べなきゃいけないから食べるものだと思うのですよー」


「ごめん、ちょっとお前がなに言ってるのか分からない」


 マジでなに言ってんだコイツ?

 リンとクロウもなに言ってんだコイツと言わんばかりの顔でアレルを見ている。

 確かに理屈はその通りだが、美味いものを食いたいと思うのが普通だろうが?


「ですから、とりあえず食べて生きていければいいですから、味とかは別に気にした事は……」


「……不味いもん食ったら嫌になるだろうが」


「はぁ。ですけど、そう言うのは気にしないようにすれば……」


「お前どっかおかしいんじゃねえか?」


 絶対にコイツどっかおかしいだろ。コイツ、なんか変だ。

 具体的にどう変かと言われても説明できないが、何か変だ。


「まぁ、お前が問題ねえってんなら好きにすりゃいいが……食欲が失せるから見えないところで食えよ」


「はぁ、すみません」


 後ろを向いて食い始めたが、あんなつまらなさそうに飯を食う奴は初めて見たぞ……。

 如何にもって顔をしてるんじゃなくて、ただ必要だからやってるって言う無表情な顔で飯食う光景があんな異様だとは……。


 さておき、オレたち三人のメシはつつがなく終わり、近くの小川で軽く鍋と皿を水で洗って仕舞い込むと、交代で番をしながら眠る。

 野生動物などに対する警戒ではなく、野盗等への警戒が主で、基本的にクロウとリンがその役目を担っている。

 オレは感覚はあまり鋭い方ではないし、周囲の察知に優れているわけではないからだ。

 無論、番をせずにサボっているわけではないが。


 さて、今日は初めにリンが番をし、次にオレが起こされて番を始める。

 焚火に適度に薪を放り込んで、周囲の光景がうっすらと分かる程度の明るさに抑えて火を維持する。


「…………」


 番の時間はヒマだ。だから、大抵はリンの寝顔を眺めている。

 起きている時は目つきが悪いというか、どこか据わった目をしているリンだが、寝ている時の顔は子供らしくあどけないものでなんともかわいいものだ。


 自分の感覚としては、リンは年下の妹のような気分だ。

 手はちっともかからないが、なんとなく眼の端で追っていて何かあったらフォローしなきゃと思ってしまうような感覚。


 ぱちぱちと火に放り込まれた薪の水分が爆ぜる音を聞いていると、どことなく感傷的な気分になってくる。

 若草色のマントに身を包んだ体を縮めて、火にかけている鍋からお湯をくみ取って一口啜る。

 味も何もしないのでつまらないが、体を温める効果はある。


 何とはなしに空を眺めると、驚くほどに広く高い空がある。

 見慣れた星々は全く見当たらないが、まばゆい輝きを散りばめた空は見ていて飽きない。


 同じく先ほどからずっと空を眺めているアレルに目線をやる。眠っていないようだが、大丈夫なのだろうか、こいつは。


「アレル、眠らなくていいのか」


「星を見ていますから」


「星を?」


「ええ、星を。星を見てると、昔を思い出します」


「昔って、お前まだ三歳なんだろうが」


「普通の三歳がこんな色々と魔法を知ってたりするわけないのですよ。私にはいわゆる前世の記憶と言う奴があるのです」


「前世って、おいおい、マジかよ。まさか日本で生まれたとかじゃねえだろうな」


「私が生まれた国の名前は知りませんけど、日本と言う国は聞いたことないのですよ。私はとあるジプシーの一族の子供として生まれました」


「へぇ」


「私は、宿命の子でした。運命を生まれながらに背負っていました」


「運命、ねぇ……」


「ええ、運命。そう言う宿命だったのです。私の人生には戦いしかありませんでした。それが悲しいことなのかどうかは……よく分かりません。悲しいかどうか分かるほど、私は人生を知りません。けど……私は、精一杯生きました」


 そう言って、アレルは誇らしそうに笑った。


「精一杯生きて、精一杯戦いました。なぜ自分が宿命の子なのかと思ったことも、ありました。でも、思ってしまうんです」


 どこか苦笑気味に、アレルはそう笑いながら。


「私がやらなきゃ誰がやるんだろうって……誰かがやってくれるのかも知れないし、もしかしたら誰もやらないのかもしれない。でも……その時やらなかったら、たぶん私は一生後悔するんだと思うんです。だから、私は精一杯戦って……精一杯生きて……そして、死んだ……だから、それでいいんです」


「……そうだな」


 後悔をしたくないと言う想いは、誰にでもあるのだと思う。

 けれど、後に悔いるからこそ、後悔と言うそれは、回避していく事はとても難しい。


 だから、アレルがその人生にひとかけらの悔いも残さなかったのだとしたら。それはアレルの言う通り、自分に出来る全てをやる……精一杯生きていたからこそなのだろう。


「あーうー……ごめんなさい! 突然へんなこと言ってしまって!」


 突然恥ずかしくなったのかアレルがそんな事を言い出した。顔も赤くて恥ずかしそうだ。


「気にするな。ロックでいいじゃないか」


 実にロックだ。ロックってなんなのか自分でも分からないが、それがロックなのだと思う。

 ただ、自分が素直にそれがロックだと思った時、それは自分にとってのロックなのだ。


 この星が今にも終わる瞬間、オレはまだ負けてないと叫ぶ男がいる。それがロックだ。

 オレにとってのロックはそんなイメージ。自分の意志を貫くこと。


 だから、オレはアレルの生きた人生をロックだったと肯定してやれる。

 オレが思うオレだけのロックとして、たとえ世界の誰が認めなかったとしても、オレはオレのロックの信条に従って認めるだろう。


「で、お前はこの世界に新たに生まれて……ってわけか」


「そうです。それで、もうなんていうのでしょうかね、性分みたいになってしまいまして。もしかしたら、自分に何か出来るかも知れないと思うと、居てもたってもいられなくて……家を飛び出して修行中なのですよ」


「そうかよ。お前はバカの大統領だ」


「あうぅ」


 自覚はしてるのか反論は無かった。


「新しく生まれ直すことが出来たんなら大人しく幸せになっときゃいいもんを。だが、それもまたロックって奴なんだろうな」


 自分の思うままに生きると言う事は、そう言う事なのだろう。

 そう思いながら、オレはアレルの顔を見やる。

 焚火に照らされてぼんやりと浮かび上がる顔はどこか拗ねたような表情を浮かべていた。


「なぁに拗ねてんだよ、ったく。おい、ちょっとこっち来な」


「はいー?」


 アレルを手招きして近くに座らせると、その髪を手に取る。


「ひっでぇ髪だ。もうちょっと綺麗に整えな」


「あやー、禁呪法で体を成長させましたから、髪の毛は伸ばしっぱなしなのですよ。切るのもちょっと大変ですのでー」


「しょうがねえ奴だな、ったく。大人しくしてな」


 そう言って、オレは背嚢から小さい袋を取り出すと、小さい鋏を取り出した。クソ高かったが、髪の毛の手入れに必要なので買ったものだ。あと布切れを切ったりとかでも使う。

 その鋏で、アレルの髪の毛の外に跳ねてる部分を整えて行く。


 他人の髪の毛の手入れは慣れたものだ。母さんの髪の毛を切っていたのはオレだからな。

 逆にオレの髪の毛は母さんに切ってもらってたわけだが。


「髪の毛は短くした方がいいか?」


「んーん、伸ばしたままにしておいてください」


「そうか? つーか、お前男? 女?」


「男ですよー」


「そうか。そしたらなんでまた髪の毛なんか伸ばす?」


「髪の毛を伸ばすと勘が冴えるのです。肌で感じる危機に敏感になれます」


「ほー……」


 インディアンの髪の毛が長い理由もそんなんだった気がするな、そう言えば。


「ま、それなら見苦しくない程度に整えてやるよ」


「ありがとうなのですよー」


 暗い闇夜の中で、髪の毛を切る小さな音がこだまする。

 薪の爆ぜる音と、髪の毛を切る音。それだけが響く静謐な夜。

 なぜだか不思議なくらいにおだやかな気持ちになった。


 もしも、もしもオレが奴隷として売られなかったら。

 弟と一緒に、村で育っていくことが出来たとしたら。

 いつか、こんな風に。弟の髪を切ることが、あったんだろうか。

 そう思うと、少し寂しくて、少し悲しかった。


「ん……ほら、どうだ?」


「どうだと言われても自分の髪の毛はよく見えないのですよー」


 くるくるとその場で回りながらアレルが自分の髪の毛を見ようとする。

 その姿が、自分の尻尾を追い回す子犬のようでなんだか笑えた。


「くくく……」


「なんで笑うのですか?」


「いやなんでも?」


「むー。こう見えても前世では十四歳だったのですよ。私のほーがお兄さんなのですからね!」


「オレは前世合わせて二十九歳だ」


「はう、ニーナさんも前世のことを覚えてるのですか?」


「ああ。くっだらねぇ記憶ばっかりだがな」


 アレルほどヘヴィな記憶はない。ただの凡人だった。


「はー、道理でなんだかちょっと不思議な人だと思ったのです」


「そうか?」


「前世では男性でしたか?」


「ああ、男だった」


「今世では女性で大変ではないですか?」


「色々と苦労はある。だが、そう言う苦労も含めて、オレは今生きてる。そう思う」


 その立ちはだかる苦労も、全て粉砕してでも生きて見せると、オレは心に決めているから。

 女に生まれた事を嘆いてたとしても、それを否定するようなことはしたくない。

 それは、オレの存在そのものを否定する事だからだ。この世界に生きた、オレと言う存在を。


「ふふふ……ニーナさんは強いのですねぇ」


「お前には負けるよ」


「そーでしょーか? ニーナさんが言うならそーなのかもしれません」


 そう言ってアレルは笑うと、焚火の中に薪を放り込んだ。

 火が揺らぎながら、新しい薪を火に捉えて熱していく。火、火。ああ、きれいだ。


「ニーナさんはこれからどうしたいのですか?」


「さぁ……強くなりたいかな、それくらいしか何も思いつかない」


「楽しそうですねー」


「ああ、きっと楽しい」


 強くなりたいって、誰でも思うだろう。それだけなんだ。

 だから、きっと強くなるってのは楽しい事なのだと思う。


「それで幸せになれるでしょうか?」


「どうだろうな……幸せって何だろう。これまで生きてきて幸せだったことなんか一度もなかったと思う」


 生きようとしても生きられないような、そんな世界で。悪人になっても生きられない。そんな世の中に。

 どんな環境でも人は幸福になる事が出来るなんてきれいごとを言う奴がいる。そんなのは嘘っぱちだってオレは知っている。

 それは恵まれた環境の中で生きた奴が、自分の環境を顧みずに大口をたたいているか、それとも、自分はこれで幸せなんだと自分を騙しているに過ぎない。


 今自分が欲するものを得ること以外の何が幸せだと言うんだ?


 何かを得ても虚しいだけだと言うのならば、捨てればいい。そうすれば幸せになるだろう。

 人間の思う何かとはやはり、それは人間の思う物である以上、認識によって成り立つ。

 真の幸せと言うのは個々人で全くに異なってくる。

 オレは、自分の欲するものを手に入れる事こそが真の幸せだと思う。


「しあわせ、しあわせ……わからないですねー」


 幸せってなんなのでしょうねー、と笑いながらアレルは言う。

 コイツは何も知らないのだろう。本当に、何も。戦う以外の、何も知らないのだろう。


「お前は幸せになりたいのか?」


「さぁ? 幸せがわからないのです。でも、それが楽しいなら幸せになってみたいですねー」


「ふうん……今までに幸せだなって思った事はないのか」


「そうですねぇ……あ、そうですね……「ありがとう」って、言ってくれました。なぜだか笑いが止まらなくって。うれしくって。それが幸せでしたねえ……」


「そうか」


 具体的な状況はよく分からない。でもこいつは、何の報酬も得ず、ただ口だけの「ありがとう」の言葉で戦ってきたのだろう。

 どこの勇者様だ。銅の剣と金貨五十枚渡されて魔王退治にでもいけ。


「けっ、胸糞わりぃ」


「そうですか?」


「正当な働きには報酬が必要だ。それがありがとうの言葉一つなんてのは認められねぇ。具体的にお前が何したかは知らねえが、もっといい報酬をもらっていいはずだ」


「そうでしょうか」


「そうなんだよ。オマエにはどうやらちゃんとした価値観と言うものが必要らしいな。しっかり教育してやる」


「えー」


「黙れ、決定事項だ」


 コイツは放っておいたら色々と問題を起こしそうだ。よってオレが教育する。


「しばらくはオレたちについて来い」


「はーいなーのでーす」


 よし、魔法使いゲット。


「さぁ、そろそろ寝ろ。オレはもうしばらく見張りをしてる」


「はいなのですよー」


 明日もまた旅が始まる。英気を養わなければ。


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