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閑話一

 クロウは冒険者である。

 ただ一生畑を耕すだけの農民では終わりたくないと故郷から飛び出し、冒険者として金を稼ぎ、自らを高め……。

 そんな努力をしていたのは、初めの一年程度のものだった。


 圧倒的な才覚の持ち主たちが次々とステップを踏んで上に行く中、いつまでも同じ場所で足踏みを続ける自分。

 自分に才能が無いと気付くまでには、だいぶ時間がかかった。そして、あきらめをつけるのは早かった。


 それからは腐る一方だった。


 少しでも変わればと思って身に着けた魔法はさして上達する事もなく、矢にちょっとした魔法を込めては売って小金を稼ぎ、そこらの人間に難癖をつけては金を巻き上げる。

 そんな腐った生活を続け、やたらと羽振りのいい子供を見つけて金を巻き上げてやろうと思い……ボコボコにされた。


 躊躇とか手加減とか、そう言う言葉をどこかに置き忘れてきたかのように容赦のない蹴りと拳。

 自分がただの一般人だったなら、最初の数発で死んで居たはずだった。それくらい無茶苦茶な威力の蹴りだった。

 そして同時に苛烈だった。必死で土下座して許しを乞えば、自分で指を切り落としてケジメをつけろと言いだす。

 いや、殺されないだけマシなのかもしれないが、そんな無茶苦茶なケジメの付け方など聞いた事がなかった。


 だからか、憧れたのだ。


 その少女には、輝きがあった。説明のしようがない、熱と言うものがあった。

 全身から発散させている苛烈な雰囲気。それに惹きつけられた。

 血濡れのカリスマとでも言おうか。そんな雰囲気が彼女にはあったのだ。


 自分に才能が無い事は分かりきっていた。そして、才能があるだろう少女には決して追いつけない事も分かった。

 それでも、ついていきたいと思った。だからこそ、下僕になれと言われて頷いた。

 この人についていけば、きっと何か新しい物が見えてくる。農民のまま終われないと思った自分が納得できるような何かがあると、そう思った。


 夜逃げしようと相談する仲間二人を説得してその少女の傘下に加わって、旅は始まった。

 少女の名はニーナ。金髪に碧眼の少女。片目は喪われたと随分サッパリした調子で話す通り、カラッとした雰囲気の持ち主。

 強いがムラッ気がある。普段から強いが、怒っている時の方が遥かに強い。激怒した時の爆発力など想像したくもない。


 もう一人はリン。黒髪に黒目のエキゾチックな雰囲気の持ち主だった。異国の生まれなのだろうと思っていたが、その通りにここから遠く離れた国、シェンガの出身だという。

 そして、旅の目的はニーナとほぼ変わらず、強くなるための武者修行の旅。

 強さに関してはムラッ気は無いが、落ち着きがある。円熟した雰囲気の剣術を使い、ただ単純に強い。


 最近の女の子はこえーな……と思った。聞けば二人とも年齢は八歳。記憶が確かなら、自分の居た村の女の子はそのくらいの年ならお飯事をしたりするものだったはずだ。

 誰が好き好んで剣を握って振り回すだろうか? やりたがるのは男の子くらいだ。

 しかも本当に強いなんて早々あり得る事態ではないはずだ。


 そこのところを不思議に思って、クロウは夜営の準備をする途中訪ねてみた。


「姐さん」


「あ? 姐さんってオレの事か?」


 鍋をグルグルかき回していたニーナが胡乱げな態度で尋ね返してきた。


「へい。姐さんは姐さんっす」


 年下のはずだが、そう呼ばないとヤバい気がするのだ。と言うか、舐めた態度を取ると躊躇なく殴って来るだろうという確信がある。

 だったら敬った態度を取っておいた方がいい。


「まぁなんでもいいが。何だ? メシならまだだ」


「いや、メシじゃねーっすよ」


「ならお前は晩飯抜きでいいんだな」


「そういう事でもねーっすよ!」


「冗談だ」


 けらけらとニーナが笑う。諧謔を弄するようなタイプではないと思っていたが、そう言うわけでもないらしかった。

 むしろどちらかと言えば好んで冗談を発するタイプらしい。


「姐さんってなんであんな強いんすか。ほら、ゴブリンの頭捩じ切ったり」


 今日の昼、茂みから飛び出してきたゴブリンの頭を掴んだかと思うと、そのまま首を捩じ切ったのだ。

 その凄まじい腕力と躊躇の無さに後続のゴブリンは恐れをなして逃げ出した。

 自分も同じ立場だったら逃げていたとクロウは自信を持って言える。


「知らねぇ。気付いたらこうなってた」


 ずずっ、と音を立ててニーナがシチューの味見をする。

 沢で汲んだ水で干し肉を戻し、食べられる野草を放り込んだシチューだ。どうやら美味かったらしく、もう一口だけ味見をしてレードルを置く。


「オレは元は奴隷だ。で、剣闘士になった」


「はぁ……マジっすか」


「マジだ。闘獣士ってやつでな、ライオンと戦った。モツが出そうになったが、何とか勝った」


「勝ったんすか……」


 その時点で相当おかしい。


「そのあとは普通に剣闘士をやってた。何回か死にかけた。この目をやられたのも剣闘士をやってた時だ」


 バンダナを取ると、落ち窪んだ瞳がある。その下にある眼窩は虚ろで、眼球すらもない事を示していた。


「誰にやられたんすか?」


「誰かは知らん。剣闘士なのは確かだが」


「そうっすか……その剣闘士の冥福を祈っておくっすよ」


 ニーナにそんな真似をしといてまだ生きているとは思えなかった。

 例えどんな代価を支払ってもニーナはそいつをぶっ殺したはずだ。

 剣闘士をやめていたとしてもニーナには関係あるまい。嬉々としてぶっ殺しに行っていたはずだ。

 そして今ここにニーナが無事に居るという事は、何ら問題なく殺し終えたのだろう。


「まだ殺したとは言ってねーだろ……」


 心外そうな顔で言うニーナだが、自分がクロウにやったことを覚えているのだろうか、こいつは。

 カツアゲを仕掛けてきた奴を殺しかねないほどの勢いで殴ったり蹴ったりしたのだ。目を奪った奴を殺さないと誰が思うのか。


「殺してないんすか?」


「殺したけどよ」


 一応尋ねてみるとそう返事が返って来る。やっぱ殺してるんじゃねーかとクロウは呆れる。


「まぁ、姐さんがよくわからんうちに強くなってたのは分かったっすよ」


 大抵、皆そう言うのだ。気付いたらここまで強くなっていたと。

 クロウはそうではなかった。確かに少しは強くなった。だが、限界があった。それだけの話だ。


「よく分からん奴だな……まぁいいか。乾パン食うか?」


「貰うっす」


 差し出してきた乾パンを受け取って齧る。

 ニーナの乾パンは上等なものだった。クロウが買い込んで来た物よりよっぽど味がいい。

 とは言っても所詮は乾パン。やはり普通のパンには敵わないのだが。


「しかし、元気だなあいつ……」


「そうっすね」


 ニーナが指して言うのはリンの事だ。

 痴女も真っ青の格好をしているが、強いのは確かである。その少女は今、ヒマつぶしがてらに素振りをしていた。

 料理に関しては「私は出来ん!」と堂々と宣言してニーナを呆れさせ、水汲みなどをした後は何もする事がない為に素振りをしている。

 ちなみに、クロウも料理は出来ない。そのため料理はニーナの役割だった。と言っても肉を戻してスープにするだけの簡単な料理くらいしかここでは出来ないのだが……クロウとリンはその簡単な料理ですらできない。

 そして、フレデリックとペリートは居ない。

 席を外しているというわけでもなかった。


「しかし、五人だったのが今は三人か。これが軍なら壊滅だな」


 ニーナの言葉通り、既にこのチームの人間は半減している。ペリートとフレデリック。その二人は死んだのだ。

 と言っても、モンスターに殺されたわけではない。


 ペリートはモンスターと遭遇して戦いになったところで逃げ出し、予想よりも遥かに強かったニーナが瞬く間にゴブリンとオークを皆殺しにして追いかけた。

 その後どうなったのかは知らないが、まず間違いなく生きていない。


 フレデリックはペリートの二の舞にはならないと意気込み、クロウと相談して逃げる算段を立てた。そして逃げるつもりはかけらもないクロウはそれをニーナに密告した。


 まだ逃げてないし、苦しまないで殺してやるかとニーナが背後から首を切り落とそうとしたのだが、リンがそれを止めた。


 実際には逃げ出さなかったのだから武士の情けだ。誰かに殺されるよりはそちらの方がいいだろうと言ってリンがフレデリックに切腹させて介錯した。

 むしろこっちの方がひでーよとクロウは思ったが何も言わないでおいた。

 ちなみにニーナは嬉々として切腹の作法を教えていた。十文字腹とか恐ろしい事を言っていたが、間違いではないらしくリンは訂正しなかった。


「それにしてもお前、よかったのか? あの連中と仲間だったんじゃねえのか?」


「まぁ、仲間だったと言えばそうっすけどね」


 ただ腐っていた奴らがなんとなくまとまっただけで、知っていたのは名前くらいなものだ。

 大して仲間と言う意識があったわけではない。そもそもそうじゃなかったら密告なんかしない。


「別にケツ掘り合ってた仲でも無いんだし、そこまでガッチリした仲間だったわけじゃないっす。なもんで、どうでもいいっす」


「そうか」


 信用されてきてるな、とクロウは漠然と思う。

 最初はニーナは懐疑的な目を向けてきていた。暴力で跪かせた相手なだけに、信用していなかったのだろう。

 実際、その懐疑の通り、ペリートとフレデリックは逃げ出した。そして宣言通りにぶっ殺された。

 その一方でクロウは逃げるつもりがかけらもない。積極的に働いている。

 きちんと下僕……と言うよりは、仲間としての役割を果たしている。だからこそ信頼してくれているのだろう。

 その信頼を裏切ればペリートとフレデリックよりもさらに苛烈な殺し方をされるだろうことは分かっていたが、裏切るつもりはないので何ら問題なかった。


「おい、リン! メシにすんぞ! 切り上げろ!」


 考えに耽っていたクロウのすぐ横でニーナが怒鳴った。

 丁度キリのいいところで声をかけたのだろう、リンはすぐに頷くと戻って来る。

 夕飯の時間だった。

真に勝手ながらしばらく更新を停止させていただきます。

詳しくは活動報告にて述べます。

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