十八話
デリックとリウィアと話をした後、さて次はどうしたもんかなと首を捻る。
やる事が色々とありすぎて、何から始めていいのかもわからないのだ。
とりあえず、闘技場の経営者連中はぶっ殺すが、まぁそれは後回しだ。今は力をつけにゃ何も始まらん。
「とりあえず、武器防具を調達してだよな。それから拠点になる場所を探さにゃならんが……」
「拠点ならここを使えばいい」
デリックの提案。それはありがたい申し出だが……。
「ガキが家を買っても次の日にゃギャングやら押し寄せてきて奪い取って行っちまうぜ。哀れなギャングを出さないためにもやめた方がいい」
「なんでギャングが哀れなんだ?」
「お前が皆殺しにするからだ」
なるほど。
「この町は割と平和だからな。粋がってるギャングも所詮は常人。ライオンと真正面から殺し合えるお前とじゃ分が悪いどころじゃない」
「まぁ、言われて見りゃそれもそうか……」
たぶん、オレは素手でライオンを撲殺出来る。猛獣相手に素手なんてやりたくはないが。
そんな奴と普通の人間が喧嘩をしたら、ライトセーバーにプラスチックの剣で挑むくらい悲しい結末が待っているだろう。
「どうせうちの部屋は余ってるしな。それに、ここにずっと屯してるわけでもねえからさして迷惑でも無いさ」
「まぁ、それもそうだが……フェリスの事はいいのか?」
「あの毒はそう簡単に感染しねえさ。膿に触らなきゃいいんだろ?」
「ああ、まぁな」
デリックにはフェリスの病気について知っている限りの事を教えている。なので、対処方法は分かっているのだ。
性行為をしたら一発で終わりだったりはするのだが、まぁデリックがそんなことするとは思えないし。
「まぁ、出来るだけ早く治療方法持って帰って来て欲しいがな」
「任せとけ、すぐにでも持って帰ってくるさ。問題はどういう薬を使えばいいか、なんだよな」
「そこらへんの事はよくわからんが、まぁ【パナセア/万能解除】の魔法が使える奴を連れてくるんでもなんとかなるだろうよ」
「そんな魔法があんのか?」
「ああ。どんな病でも毒でも治す魔法だ。使い手はあんまり居ねえんだが……」
デイダスには使えないだろうし、もっと腕のいい治療師を連れてくる必要があるってわけか。
まぁ、方法の一つとしては考えておくかな……。
「まぁ、とりあえず今日は泊まっていきな。冒険の準備を始めんのは明日からでも遅くねえだろ」
「そうだな。じゃあ今日は世話んなるよ。あ、そうそう。フェリスの食事代としていくらか預けとく」
金貨を入れた袋からいくらか取り出してデリックの前に置く。
「おう。これが無くなったらメシが貧相になるから、惨めな思いをさせたくなかったらちゃんと帰って来いよ」
「あいよ」
その後、特に何かあったわけでもなく、デリックの家に泊まった。
そして、夢を見た。
それは無尽の荒野だ。
熱を孕んで吹く風が、砂塵を巻き上げていた。
一人の女戦士が立っていた。
砂塵を弾くかのように煌めく金色の髪。
白く輝くかのような肌。
強い意思を宿した蒼い瞳。
絶世の美女と言っていい容貌に皮肉気な笑み。
白銀に煌めくフルプレートメイル。
常軌を逸して巨大な漆黒のハルバード。
「敵は強いな」
落ち着き払った声。
それが女の声。
そして、その言葉の内容を示すように、眼前には信じ難い程に強大な敵が居た。
それがなんなのか。
オレには分からなかった。
確かにそれを視界で捉えてはいたはずだ。
だが、それを認識できない、理解出来ない。
ただ、とにかく、信じ難い程に強大だという事だけが分かった。
女の傍らに寄り添うように立つ者たちが居た。
女。女だ。
四人居る。
「いい気分だ。心が躍る。戦場に在って強大な敵と見える事はやはり嬉しいものだ」
女の一人がそう言った。
姿は、よく見えない。
ただ、小柄な女なのだという事が分かる。
身に纏うのは漆黒のフルプレートメイル。
手に担う剣もまた、漆黒。
憎悪と怨嗟、それが凝り固まったおぞましい剣。
邪悪な戦士。その言葉がこれほどしっくりくる者も居ないだろう。
「確かに、いい気分だ。戦場に立つ事、それこそ無上の喜び。そして、強大な敵と見える事、それこそが武人の誉れ」
凛とした立ち姿。
細身ながら極限まで鍛え上げられ、無駄を削ぎ落とした芸術品の如き肢体。
なにかを殴り続けたことによって、丸く変形した異形の拳。
年経た巨木が如き安定を齎すブレの無い体幹。
覗く肌には歴戦の猛者であることを示す夥しい数の傷痕。
まさに、戦士とでも言うべき姿の人間が、そこには居た。
「久方ぶりじゃの、こうして本気で戦うのは」
その声の主がエルフだと、なぜか直感した。
理由は分からない。ただ、直感した。
そいつはエルフだと。
他の何者よりも尊いエルフだと。
エルフの特色の、色素の薄い髪は、金色のようにも、銀色のようにも見えた。
小柄な体躯をしたエルフは、懐かしそうに、傍らに寄り添う獣人の女を声をかけていた。
「へへへ、ホントに久しぶりだね、こうやって姉者と一緒に戦うのは」
人懐っこそうな声の響き。
頭に生える獣の耳から、そいつが狼の獣人だと分かった。
いや、それは本当に、狼なのか。
何よりも誇り高く、強大。そんな獣の血を受け継いでいる。
あるいは、そんな獣が、人間の似姿を取っているのではないか。
分からないが、とにかく、その女は強大だった。
五人の女たち。
それは強大な敵を前にしていた。
だというのに、誰一人として、絶望などしていない。
勝つ。必ず勝って見せる。そんな強い意思があったから。
眩しかった。
カッコよかった。
「さあ、往くぞ」
誰が声をかけたのか、それは分からない。
たぶん、彼女たちにも分からなかったんだろう。
誰が声をかけても、結果は同じだったから。
朝、目が覚めてベッドから起き上がる。
「あ~……なんか、すっげえドキドキする夢見たような気がする」
夢の内容は覚えて無いんだが、なんかとにかくドキドキする夢だった。
きっと、これから冒険に出るってんで色々と昂ぶってるんだろう。それで内容は覚えちゃ居ないが冒険する夢でも見たんだろうな。
「さあて、今日は準備をぼちぼち頑張りますかぁ……」
眠っている間にこわばった体をほぐすように軽くストレッチをして、客間として使われていた部屋から出る。
あくびをしつつリビングへと向かうと、そこではリウィアとフェリスがお茶を飲んでいた。
「おはよう、ニーナちゃん。お寝坊さんね」
「ニーナ、お寝坊さんだね」
ステレオで寝坊について咎められてしまった。
それに辟易しつつも、朝飯について聞いたがもう無いらしい。
「まぁいいや、今日は出かけるから外で適当に喰って来るわ」
「お昼ご飯はちゃんと食べられる時間に戻ってくるのよ?」
「へーへー」
「今日のお昼ご飯は私も手伝うから楽しみにしててね」
「はいよー」
「聞いてる?」
「聞いてますよー」
生返事を返しつつ、微妙に像が歪む鏡の前で髪を整えておく。
さすがに寝癖くらいは直しておかないとな。
「よし」
相変わらず無暗に長い髪は、いざというときに金になるから伸ばしていたものだ。
状態が悪いと売れないので、髪の手入れは結構真面目にやっていたりする。
もう必要ないから切ってしまってもいいかもしれないが、それについては後回しだな。
「じゃ、行ってくるわ」
フェリスとリウィアに声をかけると外に出る。
既に日は高くなっている。時刻にして8時ちょっと前だろう。デリックはもう仕事に向かったのだろうな。
「さて、武器屋に向かいますかね……」
そう言って歩き出したところで、同じところをうろうろ歩き回っているリンを見つけた。
動物園のゴリラみたいな行動をしている可哀想な子は見なかったフリをして道を引き返した。
一体なんなんだろう、アイツは。
「まぁいいや。向こうの通りから回っていけばいいか」
「どこに行くんだ?」
「…………」
引き返したはずなのに、なんでコイツはオレの後ろに居るんだろうな。
「……リン、なんか用か?」
「ああ。剣闘士をやめたと聞いてな。大方、武者修行の旅にでも出るのだろう?」
「武者修行じゃねえが、旅するのは確かだ」
「折角だから同行させてもらおうと思ってな」
「なんで」
「私は宿曜師ではないが、多少の天運を見るのは教養の一種でな。見たところ、お前の前には……波乱と争いがたくさんある」
スクヨウジが何のことかは知らないが、占いの一種であるらしい。
占いは信じるわけではないが、信じないわけでもない消極的否定派であまり信頼していないのだが、この世界の占いだとマジで当たりそうだな……。
そうだとすると、オレの旅は前途多難なのか……。
「で、オレの暗い未来を暗示して何がしたい? つーか、波乱と争いがあるのにそこに突っ込んでってどうするよ」
「私は修行のために旅をしているんだぞ。戦いのある場に赴くのは当然ではないか」
まぁ、言われてみれば確かにその通りかもしれんが。
「加えて言うと、お前とは個人的に友誼を結びたいと思っている。同年代で私と渡り合える者は多くは無かったからな」
「あれで渡り合ったって言えるのか?」
「結果として勝ったのはお前だ」
過程を見ればリンの完全勝利なんだが、結果を見ればオレの勝利だったからな。
「それに、お前との再戦がまだ済んでいないからな」
「ハッ、そうかよ。なんなら今からやってやるか? 町中で剣抜くのはご法度だけど、殴り合いならできるぜ?」
「くくっ、徒手での心得もある。私の父より教えを受けた柔の術、受けてみるか?」
互いにファイティングポーズを取ったところで笑い合う。
さすがに本気で殴り合うつもりなんかない。
互いに構えを解くと、笑いあったまま尋ねてみる。
「柔の術は親父さんからって言うが、剣は誰に習ったんだ?」
「母からだ。私の母は祖国で最高の剣士なのだ」
それはまた吹いてくれたもんだが、子ども心に自分の親が一番強いと思うのは当然か。
「両親揃って武術の教えを受けたわけか。武術家の一族なのか?」
「いや、そういうわけではない。それに、父と母とは言うが血のつながりなど無いしな。私は捨て子だったのだ」
「そ、そうか。なんかすまんことを聞いた」
そんな暗い話が飛び出してくるとは思いもしなかった。
「ああ、すまん、気にしてくれるな。気を使わせるつもりはなかった。むしろ私は二人に拾われた事を誇りに思っているくらいだ」
う、うーん……まぁ、捨てられた自分を拾ってくれて、その上で武術を教えて育ててもらったわけだしな……。
そう考えると、実の親より養父母に育てられた事を誇りに思うのも当然かもしれない。
「まぁ、お前が気にするなってんなら気にしないが……」
「そうしてくれ。それで、お前はこれから何をしにいくつもりだったんだ? もう発つのか?」
「いや、武器防具を揃えるつもりだよ」
「そうか。であれば武具の見立ては得意だ、私に任せてもらおう」
「そりゃ頼もしい」
武器の見立てには自信なんか無かったのでそう言う助力があるのは助かる。
自分の命を預けるものだ。出来るだけいいものが欲しいのは当然だろう。
オレは死ぬ事は認めている。だが、死ぬのは怖い。また、あのさびしい場所に行くのは絶対に嫌だ。死にたくない。
だから生き足掻くのだ。可能な限り生き続けて、やりたいことをやれるだけやって、いずれ死ぬときは後悔せずに死んでいく。
あのさびしい場所にまた行くことが嫌なのに、死ぬのは認めてるってのも変だが……。
いずれ死ぬのは確かなんだ。なら、覚悟を決めて死んでいくしかねえ。
まあ、不老とか不死になれるなら大喜びで飛びつくけどな。
不老不死とかあんまりいいイメージはないが、あのさびしいところで精神が擦り切れて壊れるまで過ごすより百万倍マシだ。
そんなことを考えてるうちに武器屋に辿り着いていた。
以前来た時には居なかった店番がおり、ヒマそうな顔であくびをしていた。
「らっしゃい。適当に見てってくれ」
言われずともそのつもりなので、アレコレと武器を見る。
「何か得意な武器はあるか?」
「無い」
「特にないか。おおよそ何でも使えると考えていいのか?」
「逆だ。武器なんかろくに使った事ねえから得意な武器どころか苦手な武器すら知らん」
「そうか。まぁ、素人の使い方ではあったしな。となればオーソドックスな方がいいか」
がちゃがちゃとリンが武器を検分するのを横目にしつつ、周囲を見渡す。
「なあ、魔法の武器ってのはどうなんだ?」
「やめておけ。高いぞ」
「金ならあるが」
「壊したら買い直せないほど高価な物は勧められん。まだ駆け出しなのだしな」
「なるほどな」
武器は消耗品だ。ゲームなら壊れないが、現実じゃそうもいかない。そう考えると、ほどほどの値段のを選んだ方がいいわな。
「と言うか、予算はいくらなんだ?」
「金貨二千枚あるから、五百枚くらいかな」
「となると、もう少しいい品質の剣も買えるな。防具に関してはどうする?」
「よくわからん」
「まぁ、金が無いから皮鎧だな。ふむ、剣については、これなんかどうだ?」
そう言ってリンが指し示したのは、白い金属で出来た剣だった。
ただ、白と言ってもグレーに近い色合いだが。
「これ、何で出来てんだ?」
「白鉄だろう。率はまぁ、鉄七分に妖精銀二分、そこに魔法触媒が一分と言ったところか」
はくてつ……なにそれ。白金なら知ってるんだが、そんなん知らんぞ……。
「こちら風に言えば、ホワイトスチールだったかな」
それも聞いたことない。しかし、材料に使われている妖精銀ならなんとなくわかる。
「妖精銀って、ミスリルのことか?」
「…………確かこっちだとそう言うのだったかな?」
やっぱミスリルなのか。ミスリルと鉄の合金、で、色合いが白。だからホワイトスチールって事か。
「普通の剣と何が違うんだ?」
「ただの鉄よりはいくらか丈夫だ。それに非実体の敵も切れるぞ」
「ふうん」
持ってみると、見た目に反して軽い。値段は……金貨五百五十枚。ちょっとオーバーしてるが、買えないわけじゃないな。
軽く振ってみても特に何か問題を感じるわけでもないし、これにしよう。
「これにするわ」
「では、軽く手直しをしてもらってだな」
「手直しなんかいるのか?」
「扱いやすくなる。さほど大きな差ではないが、それが明暗を分ける事もあろう」
「左様で」
とりあえず店番に買う事を告げると、手直しをするからと手のサイズを測られて、しばらくしてから取りに来いと言われた。
とりあえず、前金として金貨百枚ほど置いて店を立ち去った。残りは受け取るときだ。
「さて、次は防具だな。防具屋がどこにあるか知っているか?」
「知らんなぁ」
「まぁ、この辺りにあるだろう。うーんと……ああ、あった」
リンの指差した先には鎧が描かれた看板の下がっている店。
分かりやすいが、文盲も居るからそうなっているんだろうな。
そんなことを考えつつ店内に入り、予算内で鎧を見繕ってくれと頼んでそれで終わりだった。
防具に関しては個体差が大きく無いのでそう言うものらしい。
まぁ、フルプレートメイルとかならもうちょっと別らしいが、皮鎧だとどれもこれも似通ったものなのだそうだ。
こちらの防具に関しても手直しするからもうちょっと待っとけやと言われて終わり。
鎧の値段は金貨三百枚ほど。こちらも前金にいくらか金貨を払って店を立ち去る。
「さて、あとは消耗品だな。武具の手入れの道具に携帯糧食に寝具に……まぁ色々とあるな」
「そうだな。めんどくせえ」
ああめんどくせぇめんどくせぇ、と思いつつも足を市場の方へと向ける。
冒険者向けの店はそっちの方に多いだろうと思ってのことだった。
市場の方へと向かうと、物乞いをたまに見かける。
基本的に、ちゃんとした市民の生活は保障されてるらしいので、こういった物乞いは解放奴隷とかその辺りなんだろう。
主人が死んだからとか、めでたいことがあったから恩赦だとかで解放されたが、生きる術を知らないせいでそんな感じになったってところだろう。
そして、生きたい癖に、剣を手に執って戦いに赴く度胸すらも無い。
ああ、嫌だ嫌だ。そんなショボイ奴にはなりたくない。
そんなのは冗談じゃない。人間、戦わなきゃ色んな意味で死んで行っちまう。
そう思いながら、乞食どもがちらほらいる通りを抜けようとしたところで、ふと、唐突にデジャヴを覚えた。
何か見た事があるようなものを見たような、そんな錯覚。
そのデジャヴがどうにも心に引っかかって、オレは足を止めると乞食連中の群れに眼をやった。
そこには、白銀の鎧を纏った女が息も絶え絶えと言った様子で壁に背を預けて座っていた。