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十七話

 蕩けるような勝利の余韻に酔いながら、オレは自室へと戻ってきていた。

 ふらふらと歩きながら、そのままベッドへと倒れ込む。


「ふぅ……」


 説明のしようがない充足感の後にある虚脱感。それがオレを包んでいるのだった。


 しばらく虚脱感に身を委ねていると、オレの試合を観戦していたのだろうフェリスが戻ってきた。


「ニーナ、どこか怪我してない?」


「してない……」


 心配する声にもおざなりに返答を返し、勝利の余韻に酔い続ける。

 だが、いつまでもそう余韻に浸ってはいられない。


 もう、この闘技場を離れようかと思う。

 理由が何かって言ったら、そりゃいろいろとある。

 けど、一番強い理由は、もっと強くなりたいって、そんな単純な理由だ。

 他の理由は、この闘技場で腐っててもオレの目的は達する事ができないってこと……つまり、フェリスの治療なんかできないってことだ。

 それに何より、この闘技場に縛られていたら行動の選択肢が狭まっちまうってことだ。


 もっと自由に動けて、もっとデカく稼げるような生業、冒険者になりたい。

 仕事を始める資金はある。だから、仕事を始める事はいつだって出来る。

 始めていなかった理由なんてものは単純で、始めようとする踏ん切りがいまいちつかなかったこと……そして、復讐を終えていなかったから。


 復讐は終えた。それを契機として、新たな仕事を始めるのだ。

 もうこの闘技場には欠片も未練はない。いつだって自由に出て行く事が出来る。だから始める。


「あー……フェリス」


「なに?」


「オレ、剣闘士やめるわ」


「村に帰るの?」


「帰りたいならフェリス一人で帰っていいぞ。なに、心配するな。病気は治してやるよ」


 それがケジメだ。オレの自分勝手でフェリスを助けて、その助けるという領域を病を治す事と定めた。

 助けた後は知らん。フェリスの好きなようにやればいい。

 助けるなら最後まで、なんて言葉もあるが、そんなことは知らんね。こっちは手助けしてやったんだ。後は勝手に自分で救われろ。


「村に帰らないならどうするの?」


「冒険者になる」


「冒険者に? ニーナ……大丈夫なの?」


「知らん。なるようになるだろ」


 何とかなるさ。多分な。ならなきゃそん時は死ぬだけだろ。そうならないように必死扱くさ。


「無計画だね」


「人生に計画なんてものは要らねえのさ。立てたところで簡単に崩れちまう」


「それもそうかもね」


 ぽふっ、と音を立ててフェリスがオレのすぐ傍に座った。

 そして、フェリスがゆっくりとオレの髪を手櫛で梳く。


「でもね、必ず思い出してほしいの」


「何をだ?」


「ニーナが死んだら私が悲しむって。おばさんも、おじさんも、きっと悲しむ」


「オレが生きてるか死んでるのかも知らんのだから、悲しみようもないんじゃないか?」


「それでも、ニーナが死んだら悲しむよ……きっとね」


「そうかもな」


 優しい両親だった。決して悪い両親じゃなかった。

 そりゃもちろん、労働力としてこき使われて、将来は鍛冶屋ンとこの跡取り息子のマーカスと結婚しろなんて言われてたけど。

 それでも、両親は両親だ。オレの事を産み、育ててくれた、大切な人たちだ。

 その二人を悲しませるってのは、ちょっとばかり気が重いな。


「だからね、ちゃんと生きて帰って欲しい」


「止めないのか」


「止めてもニーナはいっちゃうよね。きっと、縛り付けても。どうしたってニーナは抜け出しちゃう。だから、止めないよ」


「そりゃどうも」


 確かにそれは道理だ。オレはどう止められたって出て行っちまうだろう。自分勝手を通すために。

 どうしても止めたいってんなら、オレをぶっ殺す以外に方法はないだろう。

 そうしてオレをぶっ殺したところで何の意味もないんじゃ、結局オレを止める事なんかできないってことだ。


「でも、止めない代わりに、必ず帰ってきて。待ってるから」


「どこで?」


「ニーナの帰る場所で」


「何のために?」


「ニーナを出迎えるために」


「なんで?」


「私がそうしたいから」


「なるほど。そりゃ止めようがねえや」


 オレが自分勝手を通す。

 フェリスも自分勝手を通す。

 両方とも殺しでもしなけりゃ止められない自分勝手だ。それじゃあ止めようがない。止めたって意味が無い。

 ならフェリスの好きなようにすりゃいい。

 だからと言ってオレがそれに従ってやる道理はないが……従ってやるのも悪くはない。


「分かったよ。帰ってくるさ、帰れる限りはな」


「必ず帰ってきて。死んでもね」


「ゾンビになって帰ってこいって? ぞっとしない話だ」


「ゾンビになってたら、ちゃんと綺麗になるようにお風呂に入れてあげる」


「腐った肉は洗っても腐った肉のままだぜ?」


「嫌な臭いは消えるかもよ?」


「どうだか」


 笑いながらそう話し合って、その話し合いはいつまでも続いて。

 そしていつしかデリックがやってきて、オレはデリックに剣闘士を引退する旨を伝えた。


 デリックはそれを承知していたんだろう。一応引き止めるそぶりを見せて、すぐに諦めてくれた。

 ただ、一つだけ約束をさせられた。最後にリウィアに顔を見せに来いって。


 それで終わり。オレが剣闘士だったって話は。

 そう、剣闘士は終わりだ。これからは冒険者。そういわれる存在になる。






 剣闘士をやめて、剣闘士であった名誉を証明する木剣が与えられて。それで話はおしまい。

 つまらん木剣だけが、オレが剣闘士であった証だ。果てしなくどうでもいい。


「この木剣がねぇ……フェリス、やろうか?」


「要らない」


「薪に使えるぜ」


「かまどに入らないよ」


「それもそうか」


 ちょっとばかしこいつは大きすぎる。そう思いながら木剣を手のひらでべしべしと叩いた。


「お前ら……その木剣がどれだけ名誉なもんか分かってんのか?」


「木剣が名誉なら幾らでも作ってやるぜ」


「そういうこっちゃねえ……。お前に言っても無駄だな。とにかく捨てんなよ」


「分かってる分かってる」


 言いながら木剣を机に放る。


「もうちょっと丁寧に扱え」


「そう簡単に壊れねぇよ」


 へし折ろうと思えば簡単に折れるが、わざわざ折るわけもない。


「はぁ……まぁいい。それで、この部屋を引き払う準備は出来てんだな?」


「出来てるよ。元々荷物なんかないぜ?」


 服が何着かと、あとは金。オレの持ち物はそれくらいしかない。

 フェリスに至っては着替えが必要ないので一着しか服をもってない。手荷物は皆無だ。


「金はちゃんとあるんだな?」


「あるっての。金貨2000枚ほど」


 この金がある時点で、つつましくではあるが一生を過ごせる。

 しかし、せせこましく人生を終えるのはまっぴらごめんなのでそんな事をするつもりはない。


「んじゃ、最後に。この闘技場に心残りはないか?」


「無い……あ、いや、一つあったな」


「なんだ?」


「聞くの忘れてたが、オレが肉と骨の塊になりかけたあの興業の時に、最後に倒したのは何だったんだ?」


「あ? ああ……あの日か。オーガだったかな」


「オーガねぇ?」


 背中に鬼が浮かぶアレではないと思うが、オークより強そうだってことはわかる。

 そんなもんまで倒してたとなると、ほとほと自分は強くなったのだなとなんとなくわかった。


 今やあの闘技の痕跡は、僅かに感覚の遅れる右腕くらいなもの。

 その右腕の感覚の遅れも、日を経るごとに無くなっている。恐らく三日もしないうちに消えてなくなるだろう。

 デイダスが言うには、継続的な魔法治療が必要だったはずなのに、その必要もなくなってしまったらしい。


「まぁ、心残りはそれくらいか? さて、さっさと引き払っちまおうぜ」


「うん。そだね」


 闘技場から引き払ってそれで終わり。挨拶する相手も特に居ない。

 オレは剣闘士相手に興業が行われた事は殆どなかった。合計しても三回くらいだ。

 うち二回は同じ相手で、その相手も殺してしまったので挨拶なんかできるわけがない。

 残る一人のリンはどこにいるんだか知らんし、そもそも挨拶するほど親しくも無かろう。


 出入り口で馬鹿みたいに突っ立ってるのが仕事の、見張り役の奴隷とはちょっとばかり言葉を交わした。

 相手の言葉はもう帰ってくるなよと言ったところで、こっちは二度と帰ってこねぇよ、と言う悪態。それでおしまいだ。


 これでこの世にオレの自由を縛り付けるものは何もなくなったわけだ。

 なんとなく開放感を感じたが、すぐにフェリスという存在が居る事を思い出した。


「人間、自由になんて生きられないもんか……」


「いきなり哲学的な事を言い出してどうした」


「なんでもねぇ」


 やれやれと溜息を吐く。だがまぁ、悪くはない。帰る場所があるっていうのは、割合安心できることだ。

 人間はバイタリティ次第で幾らでも生きていける。だが、帰る場所が無いっていうのは、心を揺らがせる要因になる。

 つまり、不安になるってことだ。


「その点オレは不安とは無縁ってことでいいのかね?」


 さあてどうなんだろうな、自分でもよくわからん。まぁ、どうだっていい話だ。

 オレは今不安に思っていない。だからそれでいい。


 そんなことをうだうだ考えたまま、デリックの後をついて歩いていくと、すぐにもデリックの家に辿り着く。

 前に来た時と何も変わっちゃ居ない。まぁ、そんなに時間が経ってないから当たり前っちゃ当たり前だが。


「おーうい、帰ったぞぉー」


 間延びした声でデリックが言いつつ扉を開ける。

 すると、家に入ってすぐの部屋で編み物をしていたリウィアが立ち上がった。


「おかえりなさい、あなた」


「おう。ただいま」


 デリックがリウィアと抱き合ってキスをした。

 舌入れてるなぁ、とバカみたいな事を考えながらその光景を眺めるが、気を取り直して振り向く。

 そして後ろに居たフェリスも振り向かせて外に押していく。


「お邪魔みたいだから帰ろうぜ」


「え、うん」


「とりあえずどこかでメシでも食ってくるか……」


 と、言ったところで背後から肩を掴まれて引き戻された。


「なに勘違いしてるんだ馬鹿野郎」


「勘違いもクソもねぇだろ……」


 どう考えてもこれからベッドシーンって感じだった。

 そこでオレたちが居たらお邪魔だろうに。そう思って気を利かせたのによ。


「ええいうるせぇ! いいから入れ!」


 無理やり中に引き入れられてしまった。

 まぁ、半分くらいは冗談だったので別にいいんだが。


「久しぶりね、ニーナちゃん」


「あー、久しぶり。頭撫でんのやめろや」


 なんで撫でるし。

 逃げても撫でてくるので、代わりにフェリスを差し出した。


「あらあら。ニーナちゃんのお友達の……フェリスちゃんだったかしら。はじめまして」


「は、はい!」


 標的がフェリスに移った。ラッキー。


 そして、その後は特にどうというわけもなく。

 ちょっとばかり話をしただけだ。


 ただ、その途中で不思議に思っていたことを知れた。

 オレの使える不可思議な炎、これが一体なんなのか、だ。


 それをリウィアに尋ねてみれば、少しばかり驚いたような顔をしてから、すぐに納得したように言った。


「そう言うことだったのね。ニーナちゃんは先天魔法能力者だったのね」


「なんだそら?」


「うーんとね、人間は生まれながらに得意な魔法の属性があるの。大まかに分けて、木火土金水の五つなのだけどね。細かく分けると数百にも昇るんだけど」


「うんうん」


「それで、ニーナちゃんは火が得意なの」


「それは何となく分かってた」


「でも、その得意って言うのは常人の得意とは次元が違うの。呼吸をするように炎を生み出し、自然と扱う事が出来る。あなたは生まれながらに炎属性で大成する事が約束されているのよ」


「はー、なるほどなぁ……」


 よくは分からんが……つまり、この炎は魔法なのか?


「そして、魔法使いにはある特定の修得段階があってね」


「うんうん」


「魔力にも生命力にも頼らずに炎を生み出すことが出来る。それがその属性についての基礎を全て理解し、修め終えた事を意味するの。ニーナちゃんは最初からその段階に至っていたのよ」


「マジかよ。オレって実はこっそり天才だったのか……?」


「そうね、生まれながらそこまで至っているのは凄く珍しいわ。そう言う人は大抵神童だったって言われてるけど、ニーナちゃんはどうだったのかしら?」


「あー、小賢しいガキだとは言われてたかなー」


「あら、そうなの?」


 くすくすと笑うリウィアを眺めながら、思案する。

 この段階に至ってる条件って奴は、もしかしたら生まれた時の知能によるもんじゃないんだろうか。

 だからこそ大抵神童だったって事になってるんじゃ?

 オレは生まれた時には既に前世の記憶がよみがえってたから、これを修得出来たのは逆に当たり前なのか……?


「魔力にも生命力にも頼らずに炎を生み出すことが出来るというのは人間だけに許された能力なのよ。鳥が空を飛べるように、魚が何よりも早く泳ぐことが出来るように。何一つとして優れたところの無い人間が持ち得る優れた力なの」


 なるほど……魔法は知恵の象徴ってわけか。

 いや、でも待てよ? 魔力に生命力にも頼らずって言うが……オレがあの炎使うと普通に疲れるぞ?


「あのさ、リウィア。オレ、この炎使うと疲れるんだけど、これって本当にリウィアの言ってる奴なのか?」


「ええ、多分ね。その特定の修得段階とその出せるもの自体を、プラクティカスというのだけどね。火のプラクティカスで生み出せるのはちょっとした炎だけで、戦闘に使える程のものじゃないわ。私は水のプラクティカスなんだけど……見てて」


 そういってリウィアが一瞬何かを念じるような仕草をしたかと思うと、宙に水が湧きでるようにして現れた。

 その量はコップ一杯ってところか。これが水のプラクティカスなのか? これじゃ相手の喉に直接出せでもしない限り、戦闘にはとても使えそうにないが……。


「これが限界。普通はこれくらいなのよ。それに、精神を集中して念じなければいけない。ニーナちゃんは特に念じる事も無く、意識しただけで出せる辺り、本当に自然と炎の事を理解してるんだわ」


「うん。で、威力については?」


 炎について理解していると言われてもよく分からん。炎は炎だろ。ぼーぼー燃える。それだけ。

 化学的な理屈も多少なりと分かるが、それとは違う気がするし。


「ああ、そうだったわね。魔力や生命力を一切使わなければ、私にはこれが限界なの。でも、魔力や生命力で威力を底上げすれば……」


 ごぼごぼと音を立てて、空中の水球が大きくなっていく。

 その大きさはあっという間に風呂桶一杯分はあろうかという量になった。

 これだけの量ならただ叩き付けるだけでも十分な質量で相手を転ばせるくらいは出来るな。


「この通り。つまり、ニーナちゃんはその炎を魔力や生命力で威力を底上げしているの。それこそ、魔力や生命力を燃料のように爆発的に燃焼させてその火力を発揮してね」


「なるほど……」


 試しに力を篭めずに炎を出してみる。あ、特に疲れる事も無く炎が出た。

 うーん……あんまり強い炎とは言えないな。まぁ、焚火くらいにはなりそうだけど。


「プラクティカスにしてはかなりの威力よ。やっぱり、ニーナちゃんは炎に関しては天才的な素質を持っているのね」


「ふーん……」


 よくは分からなかったが、そう言うものなのだと納得した。

 オレは炎について、先天的な有利さを持っている。それを知った。

 これは武器になる。そう思った。

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