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十六話

今回グロ表現、残酷表現などがありますので、苦手な方はご注意を。

 あの男をブチ殺してやると、改めて決意を固めてしばらくして、デリックが様子を見に来た。


「よう、なにしてんだ?」


「聞いて驚くなよ、カベ眺めてんだ」


「……本気でなにしてんだお前?」


 この部屋で他にやれることなんざねえんだから仕方ねえだろうが。


「事実としてやることがねえんだよ」


「フェリスの嬢ちゃんと遊んだらいいじゃねえか」


「二人で出来る遊びは遊びつくして品切れだ」


 しりとりやらあやとりやらとやったが、日がな一日そればかりやる事になっていずれ飽きる。


「まぁ、いいがな……で、お前、さっき医務室に駆け込んだって聞いたが何したんだ」


「目から血が出ただけだ。大したことねぇ」


 度々出血していたので、今回も同じだ。

 まぁ、つい指で弄ったから、それが起因で出血したのは間違いないが。


「そうかい。ま、そんならいいがな。何か要るもんはあるか? なんだったら買ってきてやるぞ」


「いや、別にいい。フェリスはなにかいるか?」


「ううん、なにもいらない」


 首を振りつつ否定した。まぁ、そう言うわけだ。


「そう言えば、次のファイトは決まってるのか?」


「いや、さすがにまだなんじゃねえか?」


「だったら、あの時にオレの目を抉った男とのマッチを組めないか打診してくれないか」


「あの時の? まぁ、いいが……無茶はするなよ?」


「へいへい」


 あの男がどれだけ強くなったか知らんが、オレだって相当強くなってる。

 炎という札も手に入れた。もはや欠片も負ける気がしない。


 めらめらと燃える殺意の炎。それが解放されるときが、近づいている。


 だが、今はそうじゃない。今はまだ、抑えるとき。

 静かに熱をため続ける。そして、本番で解放する。

 だから、燃え盛る殺意は、今はまだ押しとどめる。




 そして、オレが静かに殺意の炎を燃やしながら待ち続け、数十日。

 再び、ファイトの日がやってきた。

 あの日、オレの目を抉った、クソ野郎とのファイト。


 気力は充実している。体力も完璧。

 昨日は修練も程ほどにしたので、痛むところも疲労しているところもない。

 ベストコンディションと言っていい。ただ、左目の視界が失われていることを除けば。


 ああ、ああ。この濁った白い視界を意識するたびに、黝く燃える殺意の炎がオレを突き動かす。

 目に映るすべてのものを破壊しつくしたという、際限なき破壊衝動が身を焦がす。


 早く、始まらないものかと、そう思う。


 そして、オレの思う通り、試合はすぐに始まる。

 既に闘技場に待機していたオレの前に、あの時の男が現れる。


 目の前が真っ白になる。


 殺意に突き動かされ、右手が勝手に剣を抜こうとし、それを務めて抑える。

 まだ、まだだ。まだ、開始の合図はなっていない。

 それに、簡単に殺しちゃいけない。簡単に殺しては。


 まだ……まだだ。まだ、抑えなきゃいけない。

 抑えなきゃ……抑えなきゃ……抑えなきゃ……。


 自分に言い聞かせるように、静かに、そして力強く、心の中で何度も唱える。

 そして、いつの間にか襲い掛かってきていた男の剣を拳で殴り飛ばしていた。


 甲高い金属音と共にへし折れ、宙を舞うグラディウスの刀身。

 やたらめったらゆっくりと落ちていくそれ。

 それを阿呆のように眺め続けて、地面に突き立ったことを認識した瞬間、オレは男の腹に拳を突き込んでいた。


「げっ――――!」


 カエルが潰れたようなうめき声。

 腕にかかる重圧。肉を打ち抜く気持ちの悪い感触。

 それは、自分がこの男を圧倒していることを証明していた。


「はは……はは……ははは」


 ああ、おかしい。おかしいな。

 あの時、オレをいたぶった男が、こんな簡単に地に伏している。

 オレはこんなにも強くなったのに、コイツはちっとも強くなっていない。

 おかしい。けれどつまらない。だが好都合。

 コイツを徹底的に甚振って殺すのなら、好都合。


 観衆の熱狂はつまらない試合の終わりに冷めていこうとしている。

 だが、きっとオレが今から繰り広げるショーで、再び熱狂が渦を巻くことになるだろう。

 その時に降り注ぐ歓声の嵐は、この世で最も甘美なる音としてオレを癒す。

 胸が熱くなる感覚を感じながら、オレは反吐を吐いている男にゆっくりと歩み寄る。


 そして、その横っ面を蹴り飛ばした。


 またも悲鳴を上げて転げる男。

 さて、次はどうしてやろうか。

 そう思いながら、自分がまだ剣を一度も使っていないことに気付いて、それを鞘から引き抜いた。

 そして、足の一本も切り落としてやろうかと思ったところで、男が懇願するような声で口を開いた。


「や、やめて、くれ……は、歯が折れちまった……肋骨も……折れちまったんだ……こ、降参する、降参するよ」


「ダメだね」


 降参なんてそんなふざけたことが許されるわけもない。

 誰が許そうとも、世界の全てが許そうとも、このオレが決して許しはしない。

 加害された者が許さない限り、罪は残り続ける。

 赦す事こそが最も勇気ある行いなんてどこぞのゴシップ誌みたいな本に書いてたが、それならオレは臆病者でいいね。


「許されるとでも思ってんのか? ええ? オレの目を抉ったクソ野郎が。許すわけがねえだろうが!」


 先ほど殴ったところに蹴りを入れる。吹き飛ばすほどの力は籠めない。

 ただ、骨折した肋骨が内臓に刺さってしまえと思いながら蹴っただけだ。

 それに男は顔を蒼白にして、悲鳴を上げながら転げまわった。

 ざまぁねぇ。


「ち、違うんだ! 違うんだよ……! 俺は、俺はやりたくてやったわけじゃないんだ……」


「へぇ……」


 なにやら命乞いみたいなことを言い出したので、一応聞くだけ聞いてやることにする。


「お前がやりたくてやったわけじゃないってんなら、誰に頼まれた? 言ってみろ、5秒以内にな」


「闘技場の主催者だよ! お前の目を潰せば、お前の悲劇性が高まって更に人気が出るって……! だからお前の目を潰すように命令されただけなんだ! た、頼むよ……見逃してくれよ!」


 なるほど。確かに、非常にいい手段だろう。ヒーローに必要なものは悲劇性だ。

 悲劇を持った強い奴が壇上に上がる。ただそれだけでそいつはヒーローになれる。

 悲劇なんてのは、それが悲惨であればあるほどにいい。

 目を失ったなんて、想像しやすさの中では最上級の悲劇だろう。


「お、お前も、奴隷剣闘士なら、わかるだろ? め、命令されたら、逆らえないんだ……」


「そうかそうか……お前も被害者ってわけか……奴隷剣闘士にゃお上の命令を聞くしかねえもんなぁ……」


 うんうん……仕方ないな。

 奴隷剣闘士ってやつの立場は弱いんだ。

 命令を聞くしかない。だから、オレの目を抉ったのも、確かに仕方ないのかもしれない。

 うん、それは認める。オレだって同じ状況になったら、相手の目を抉っただろう。


「だ、だろ……? お前だって元々奴隷剣闘士なんだし、分かってくれるだろ……?」


「ああ。オレだって死にたくなくて必死で戦ったんだからな……オレがお前の立場だったら、相手の目を潰してたさ……仕方ない事だった」


 そう、仕方のないことだった。仕方ないことなんだ。


「じゃ、じゃあ……」


「――――でも死ね」


 ぐしゅっ、と音を立てて、オレの指が男の眼球に突き刺さった。

 第二関節まで突き刺さった指は的確に眼球を潰しており、その視力が戻る事は未来永劫ないだろう。

 そして、その指を引っこ抜くと、視神経なのかあるいは目玉を動かす筋肉なのか、ピンク色をした筋がくっついて出てきた。


「ぐっ、ぎゃっ……ああああああああああああああああああ――――! 目がぁアぁああアぁァァあぁぁあぁアアぁ!!」


 男が悲鳴を上げてのけぞる。

 痛いだろう。痛いだろうさ。オレだって目玉を抉られたとき、痛かった。

 お前も、ちょっとは痛みを味わっておけ。


 そして、オレは剣を捨てて両手で貫き手を放った。


「耳だ――――!」


 耳を引き千切る。聴覚は失われていないだろうが、まともな聞こえ方はしないだろう。

 引きちぎった耳を捨て、今度は右手を繰り出す。


「鼻――――!」


 そして、顔面の中心部自体を丸ごと引き千切って、鼻をもぎ取ってやった。

 五感の殆どを奪って、男は酷い有様だ。これで街中に座っていたら、銅貨の一枚くらい恵んでもらえるだろう。

 それくらい哀れな様相だった。だが、オレはその光景を見下しながら嘲笑した。


「関係ねえよ……関係ねえんだよぉ! テメェの都合なんざ知るかボケェ! テメェはオレの目を潰した! ただそれだけで百万回死んだって足らねえんだよクソが!」


 激しい怒りと共にその男を踏みつける。

 ただただ身に宿る激情を晴らすべく、オレは蹴りを繰り出し続けた。

 骨が砕けているのか、内臓が潰れているのか、足に伝わってくる感触じゃあよくわからない。

 だが、体の内部が偉いことになっている事だけはわかった。


「命令されただぁ!? 知った事か! テメェの命なんざ知らねぇよ! オレに関係のないところでぶっ殺されてりゃいいんだよ! このボケ! ド低能が! このふにゃマラ野郎!」


 一際強く蹴り飛ばし、荒い息を吐く。

 ああ、最高に気持ちいい。復讐を晴らす時の気分ってのは、こんなにも気持ちいいもんなのか?

 ああ、復讐は何も産まねぇなんて嘘っぱちだな。最高に決まってんだろうが。

 復讐は少なくともオレの満足感を産んでくれる。

 復讐は何も産まないなんていうのは、ただの綺麗事だ。現実は物語じゃあない。

 人間の心っていうのは度し難いほどに汚く、人を蹴落として悦に入ることのできる生物だ。

 復讐なんてのは、貯めに貯めた鬱憤を解放する最高のカタルシスを感じられる、最高の行いだ。


「ひぃっ……ひいいっ……ゆ、許してくでよぉ……! お、俺は、俺は言われた通りにやっただけなんだ……俺は悪くねえんだよぉ!」


「ああ? 調子こいてんじゃねえぞ! テメェはオレの目を潰しただろうが! 実行犯はテメェだボケ!」


「ゆ、許してくれ……お、俺には、家族がいるんだ……娘が生まれたばっかりで……お、俺が居なきゃ、家族みんな路頭に迷っちまうんだ……た、頼むよ……俺に出来る事なら何でもするから殺さないでくれよぉ! なぁ! 頼むよぉ!」


「目が見えねえテメェに出来る事なんざタカが知れてらぁ! テメェをバラバラに解体して、テメェの家族に食わせてやろうか!」


 このクソボケが。家族がいるからなんだってんだ? 知ったこっちゃないね。

 第一、嘘か真かわかったもんじゃない。たとえ本当だろうが関係ないけどな。


「お、お前の奴隷になってもいい! 剣闘士としちゃ終わったようなもんなんだ! だからたのむよ!」


 オレは一つため息をつくと、先ほど足元に転がした剣を拾い上げた。

 この試合で一度も使わなかった剣はピカピカの新品同様。

 よく手入れされて、切れ味も抜群。さぞやよく切れる事だろう。


 それを手のひらでぽんぽんと叩いて、男の髪を掴んで顔を引き上げる。

 そして、この男の目を奪ったことが残念でならない――――そう思える程に、我ながら残酷な表情を浮かべ……。


「能書きは存分に垂れたか? じゃ、くたばれ」


 その剣を男の首に叩きこんだ。

 首の骨を無理やり切り砕く固い感触を感じながらも、剣は男の首を一刀両断していた。


 頭を失った体からは凄まじい勢いで血が噴出し、オレの体を汚す。

 その暖かな血を浴びながら、オレは男の首を宙に放り投げ、それを全力で蹴り飛ばした。


 蹴り飛ばされた頭部は空気を引き裂いて、この闘技場の主催者たちの座る席へと叩き込まれる――――直前に、何かの壁に弾かれ、男の頭を爆散した。


 男の脳漿やら頭蓋骨やらが空中に散らばり、汚らしい肉の雨が降る。

 そして、前のファイトと同じように、オレは主催者たちに向けて中指を突き立てた。

 意味は通じないだろうが、男の頭を蹴りいれたことで意図は通じただろう。


「このクソが! そのうちぶっ殺してやる!」


 実行犯は殺した。次は、教唆犯に決まっている。

 だが、今のオレじゃ実力が足らないだろう。主催者は権力者。護衛もいいやつがそろっている。

 だから、今は力を蓄える。いつの日か、ここに戻ってきてぶっ殺してやる。


 しかし、今はただ、凄まじいなまでの歓声に酔っていたい。


 耳を傾ければ、観衆の上げる熱狂は激しくなり続ける一方。

 オレはそれに応えて拳を突き上げる仕草をした。

 それに呼応するように、観衆たちはオレと同じように拳を天へと突きだした。

 叫び、熱狂。熱い想いの籠った声。

 それは万金に勝る価値ある声援としてオレに届き、この世の何よりも甘美な音として脳髄を蕩かした。


 ――――ああ、最高だ。

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