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十話

 走って、走って、走って。

 やがて、肺が潰れそうになって、ようやく立ち止まった。


「はぁ、はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐いて、その場にへたり込む。

 へたり込んで、深く息を吸い込み、茹だった頭が少しだけ冷静になる。

 そして、心の中で罪悪感が蠢いた。


 見捨てた。見捨ててしまった。オレは、フェリスを見捨てた。


 ……それが正しい。そうしなくてはならないのだ、オレは。

 自分の面倒を見るので精一杯なオレに、フェリスを助けている余裕なんて無い。

 フェリスを助ければ、共倒れになる。

 自分の面倒すら見切れないオレにとって、それが当然の結末。


 だから、フェリスは見捨てなくてはならない。


 そう、オレは正しい事をしたんだ。オレは間違っていない。

 フェリスは底辺から這い上がれなかった、のし上がる事も出来なかった。弱者のままでしか居られなかったと言う事だ。

 だから、ああして死んでいくのが当然の結果。


 オレは間違っていない。そう、オレは正しい。

 絶対に間違ってなんかいない。これでよかったんだ。これでいい。


「これでいいんだ……」


 自分をごまかすように、そう呟いて、オレは歩き出した。

 ねぐらに帰ろう。

 そして、眠ろう。

 今は、なにも考えたくない。

 ただ、泥のように眠りたい――――。






 闘技は、あっけないほど簡単に終わった。


 襲い掛かって来たライオンに一太刀浴びせたところで組み付かれて、そのまま押し倒された。

 そして食われそうになった所で、口の中にナイフを突き立ててやった。

 哀れっぽい声を上げて転げ回るライオンの頭をグラディウスでかち割って、それで終わり。


 あっけなく、ライオンは死んだ。


 冗談みたいに簡単に死んでしまった。

 あれだけ凶暴そうに見えたのに。あれだけ強力そうに見えたのに。

 オレはそれこそ、ちょいとデカい猫を仕留めるかのように殺してしまえた。


「おい、ニーナ、どうしたんだ?」


「……少し、な」


 生命と言うのは、こうも簡単に消えていく。

 オレもいつか、こうして死ぬのだろうか。

 そうだろうな。こうして死ぬのだろうな。

 あまりにもあっけなく、簡単に死ぬのだろう。

 オレは何も持たずに生まれて来た。

 そして、死ぬ時も何も持たずに死ぬだろう。

 人生とは、命とはそう言うものだ。


 じゃあ、なんでオレは生き足掻くんだ?


 考えるまでも無い。まだ、死にたくないからだ。

 生存本能やら、やり残した事。そんな諸々が絡み合って、オレはまだ死にたくないと思っている。

 だからこそ、生き足掻く。


 けど、いつかは死ぬ。

 それは人間の本能。

 まだやりたいことがあるから。

 なら、死ぬ前に目一杯楽しんで、後悔しないように死にたい。


「……そうか。そうだな」


「は? 何が?」


 後悔なんてしたくない。

 どうせ、いつかは死ぬのだ。

 ならば、それまでに目一杯楽しんで、後悔しないようにしたい。

 やりたいことをやって、やりたくない事はやらない。

 そんな風に生きたい。


「そうだな、後悔はしたくないな」


「いや、何言ってんだ?」


 後悔をしたくないなら、もっとバカになって生きてみよう。

 もちろん、それは何も考えないと言う意味じゃない。

 自分に正直になって、損得を勘定に入れずにやりたいことをやればいい。


 生きる事を前提に考えるべきじゃない。

 いつかは死ぬ事を前提に考えよう。

 

 いつか死ぬのなら、美味いものを目一杯食っておきたい。

 いつか死ぬのなら、この世に自分の成した証を残したい。

 いつか死ぬのなら、この世界で、まだ見ぬ何かを見たい。


「うん、人間いつかは死ぬんだ」


 だから、やりたいことをやろう。

 欲望のままに行動してやる。

 ムカついたらブン殴る。

 欲しけりゃ手に入れる。

 やりたくないなら死んでもやらねえ。

 そんな感じだ。だから、まずはフェリスを助ける。


「おーい? ニーナ? おーい?」


「デリック! 手伝え!」


「へ!? 何をだ!?」


「人探しだ! まだ死んでねぇといいが……!」


 フェリスの病状はまだ重くは無かった。

 しかし、一晩放置してしまった以上、体力が極端に落ちている状態では死んでいる可能性もある。

 とにかく、一秒でも早くフェリスを見つけ出して治療しなくてはならない。




 町を走り、昨日フェリスを見つけた裏路地の辺りを探し回る。

 明確な場所を覚えているわけじゃない。

 だから、アタリをつけて虱潰しに探し回るだけ。

 とは言え、元がさほど多くない裏路地だ。

 フェリスの姿はすぐに見つかった。


「おい! 生きてるか! おい!」


 抱き起こし、首に触れる。

 ……大丈夫、脈はある。しっかりと動いてる。


「デリック! コイツを治療してもらうぞ!」


「はぁ!? なんだってこんなガキを!」


「オレが助けたいんだ! 文句あるか!」


「大ありだ! この毒に罹っちまったらもう助からねぇんだ! 確かにちっとは生きられるが、すぐ死んじまう!」


「うるせぇ! オレが助けたいんだ! とにかく助けるんだよ!」


 絶対にフェリスは助ける。

 フェリスを助けたいと思ったから。

 オレに優しくしてくれた、大事な人の一人だから。

 フェリスを助けないなんて、いやだ。だから、助ける。


「だったら、こっちのガキなんかそのガキより可愛げのあるツラして……」


「ああ? そんなやつ知るか! 適当に転がしとけ!」


 顔云々の問題じゃねえし。

 それにフェリスだって結構可愛い顔してるだろうに。

 ……クラスで五番目くらいに可愛い女の子って感じだけど。


「じゃあよ、こっちの奴なんかまだ助かりそうで……」


「だからなんだ! 死なせとけ!」


 そもそも梅毒はペニシリン系の抗生物質がなきゃ治らん。


「いや、お前は何がしたいんだよ!? 顔でもねぇ、助かりそうな奴でもねぇ! どういう理屈でそいつなんだ!」


 ああ、そう言うことか。

 フェリスを助かる理由が分からなかったってことか。


「フェリスはオレの大事な人なんだ。だから助ける」


「げっ……昔の知り合いだったのかよ」


「げっ、とはなんだ、げっ、とは。とにかく助けるぞ、手伝え!」


「ああもう! お前は頭がいいと思ってたが馬鹿だ!」


「馬鹿で結構だ!」


 馬鹿な事やってんのは自覚してる。

 自分の手に抱えきれるか分からんものを抱え込もうとしている。

 だが、フェリスを助けなきゃオレは後悔する。

 後悔したくないなら、自分に嘘はつかない。


 後悔抱えて生きるくらいなら、死んだ方がマシだ。

 やりたいことは何が何でもやる、やりたくない事は死んでもやらねえのがオレのポリシーだ。

 まぁ、たった今決めたポリシーだがな。

 そのポリシーに従って、オレはフェリスを助けるんだ。


「フェリス、死ぬなよ! ちゃんと治療してやっからな!」


「つってもお前、この毒は……」


「助けるっつったら助けるんだ! とにかくオレの部屋に運ぶ!」


「お前の部屋にぃ!?」


「結婚して家族と暮らしてる野郎だって居んだろうが! ならオレが女連れ込んだって問題ねえだろ!」


「いや、理屈じゃそうだが……」


「ゴチャゴチャうるせぇ! とにかく、やるんだ! フェリスを死なせたら、後悔するから!」

 

 ただ浅ましく生き抜いたって、オレは満足できない。満足する為にフェリスを助ける。

 そう、これは自己満足だ。人を助けると言うお題目を被った自己満足なのだ。


 だが、自己満足だっていいだろう。

 オレが勝手に助けて、フェリスは勝手に救われる。そう言う構図でなんの問題がある。


 オレがフェリスを助けてオレは満足し、フェリスは助けられる事で、少なくとも今よりは幸せになれる。

 それでいいだろう。何の文句があるって言うんだ。

 文句があるなら、オレが助けてから勝手に死ねばいい。


「ほら、行くぞ!」


「ああ、って……俺は何のために来たんだ?」


「え? 知らねえよ?」


 本当に何のために来たんだ? フェリスはオレ一人で運べるし。


「お前が呼んだんじゃねえか! ふざけんな!」


「悪い悪い。考えてみりゃ居なくてよかったな」


 まぁ、その場の勢いで行動したから、つい呼び寄せちまったんだな。

 やっちまったもんは仕方無いのだし、とにかく帰ろう。


「ああ、そうだ、ついでだからひとっ走りしてデイダス呼んできてくれ」


「ああ? この毒には魔法は効かねえが……」


「気休めにはなるだろ。金は払うって言っとけ」


 今日の闘技で金貨百二十枚ほどの収入があった。そのくらいの余裕はある。


「わぁったよ。事情はちゃんと守衛に説明しろよ」


「分かってるって」


 そうして、オレとデリックは別れ、オレは闘技場へと向かった。

 フェリスをベッドに寝かせてやらなくては。






 オレの部屋にフェリスを連れ込み、ベッドに寝かせる。

 呼吸は穏やかだ。とりあえず、何かヤバい病気になっているわけではなさそうだ。

 いや、梅毒の時点でヤバいと言えるのだが。


「……はて、なんで起きないんだ?」


 あれだけ騒いだのだから起きてもおかしくないが……。

 そう言えばフェリスは相当寝汚かったが……さすがに、違うよな?


「……まぁ、いいか」


 目を覚まさなかったのならそれはそれで好都合だ。

 そう思いながら、フェリスの姿をを眺める。

 赤い発疹が出来て、痩せ細っていること以外は、オレの知っているフェリスと何一つ変わらない。


 梅毒の症状は、まだ軽い方だ。

 それでも、掌や足の裏などにかなりの発疹が出来ているが……。

 膿が出ているが、確かこれが血中に入り込むと梅毒に感染するんだったな。

 気を付けておこう。


「……まぁ、だいぶ触れちまったけど」


 そもそも、フェリス以外の感染者にも触られたからな。

 足に傷があったら既に感染してるだろう。

 梅毒は目に見えないほど小さい傷からでも感染するのだから。


「ま、感染しちまったらそれだけのこった……そん時は治す方法でも探すさ」


 あるかどうかは分からんがな。ペニシリンだってカビから作る以外はなんも知らん。

 仮に正確な作り方を知ってても、設備云々の問題で作れるとは到底思えん。


 この世界には魔法があるんだし、あらゆる病を治す万能薬くらいありそうだ。

 もし感染していたら、それを探してみるとしよう。

 仮に見つからなければ、死ぬまでに精一杯人生を楽しむさ。


 人生は生きているだけじゃ意味が無い。それは死んでいないと言うだけの事だ。

 自分のやりたい事をやって、楽しく生きる。

 生きていることに価値を見出してこそ、生きていると言える。

 死を前提に考えれば、そう言うことだと自然と思える。


「なんにしろ、これから苦労しそうだな……」


 いや、間違いなく苦労する。

 相当馬鹿な事をした自覚があるのだし。

 それでも、やりたくなってしまったのだから仕方ない。


 これはオレの人生だ。オレがどんな生き方しようが、誰にも文句は言わせない。

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