少年の期待
あれから色々な事があった。あの後は無事に高橋のノートをコピー出来た。だが、何故か須藤の機嫌は最悪で。そのせいで何度も当てられ、課題の応用問題を解けなかったせいで不真面目だと言われ怒られた。そして俺だけに追加の課題プリント。理不尽だろ…これ。まぁ、反抗するのも面倒だし素直に受け取ったけど。
高橋の手伝おうか〜?という声に片手を上げるだけで答えて、教室を出る。
ケータイを開けば元彼女からの着信、それとメール。メール。メール。内容は謝罪とやり直したい、話したい。返信してくれの繰り返し。校内でのケータイの使用は禁止だよ?返信しろなんて無茶言うなぁ…。一人ごちてケータイを閉じる。ポケットに入れた途端に震えていたけど…バイブが長いから着信だろうか、それを無視。だって校内だし。規則は守るためにあるんだから。
明日は数学はないからゆっくり出来るし、今日こそハイスコアを出してみようか。あぁ、でも俺って夜更かしに向いてないしな〜。どうしようか、な。
そんな事を考えながら歩いていると、
「あの!すみません!3年の神田尚さん、ですよね?」
わざわざフルネームで呼び止めてくれた、聞き慣れない声に応えるために振り返る。振り返って、後悔する。
「…ぁ、尚、あの…話が…。」
聞き慣れた声の持ち主。俺の元彼女…が、泣きそうな顔でこっちを見ている。本当に振り返らなければ良かった。
「あ、っと。川村。学校の中で会うの結構珍しいよな。どうしたの?っていうか、え〜…と。そっちの人は?」
気まずそうに、でも何でもないように。そういう風に、問いかける。
「あ、ごめん…なさい。あの、でも話したくて。メール返してくれないし…。っあ、それで、こっちは私の後輩の…」
「始めまして。2年生の小林優希です。美帆先輩と同じ吹奏楽部の後輩です。すみません、私は関係ないんですけど…。お話があって。」
「…あ、そうなんだ。君も吹奏楽部?なんか運動部っぽい感じするね〜。ん〜、それで?話したい事って何?」
髪は短く、少し明るめの茶色。色は白いけど、なんとなく水泳とかテニスとかをやってそうに見える。目力が強い。ハキハキとした話し方もあって、頭の良い子なんだろうな、という印象。
「昨日の事なんだけど、あの、ごめん。私どうかしてて。勝手なのは分かってるんだけど、ちゃんと話した、くて。…駄目、かな?」
うん。まぁ…話したい事っていったらそうなるよね。学校の廊下で呼び止めてるあたりに計算が見えるけど。
ちらりと小林、さん?の方を見る。心配そうに川村を見ている。あぁ…先輩思いのお節介ちゃん、て感じ?二人して一生懸命になっているのを見るとなんだか微笑ましい。これはいわゆる修羅場一歩手前な状態なのかもしれないけれど…面白いものは面白い。頬が緩みそうになるのを堪える。それにしても…いつまで続くんだろう、これ。
俺が真剣に川村の話を聞いているフリを続けていた、そのとき。川村の肩に手を置いて励ましていた小林さんが、俺の方を一瞬だけ見た。
俺を見る彼女の、心底冷めた、興味の薄そうな目。先輩思いのお節介ちゃん?…誰がだよ?全然違うじゃないか。
今度は堪えられなかった。頬が緩むのが分かる。多分、今の俺は自分でもびっくりするくらい嬉しそうにしてるはずだ。彼女の目が大きく開かれる。明るい髪と同じ、色素の薄い瞳。
「あのさぁ、」
呼びかければ二人がこちらをぱっと見る。川村は期待を込めて、小林さんは先輩を悲しませた男を責めるように。
先輩思いの後輩、らしい、それは、さっきの視線とは全く違う。
「提案なんだけど、どこか落ち着けるところに行かない?ほら、こういう話ってこんなところでするには、さ。」
微笑みながら告げる。楽しそうに。
ほら、やっぱり星座占いなんてあてにならない。だってこんなに楽しそうな子に会えた。
俺はこれから起こるかもしれないことへの期待でいっぱいだった。