最低な俺
「え?俺が欲しいもの?どうしたの突然?…何か企んで…って痛い、痛い痛い痛い!ちょ、冗談だって、ストップ!」
「お前って本当に失礼な奴だよな〜。って、このやり取りさっきもしたな…。ていうか身体固すぎじゃない?」
結局何もしないまま掃除が終わり、今は体育の授業中。授業の最初はいつも先生が居ないので、自分達でストレッチとランニングは終わらせる。授業に先生が遅れて来るのってどうなの?と少し思う。まぁ、居たらうるさく言われるからその方が良いけど。ていうか、律儀にプレゼントのリクエストを聞いちゃってる俺ってかなり健気だと思うんだよね。
「あ〜、痛かった。悪かったよ、ちょっとびっくりしてさ。それで…欲しいものだっけ?ん〜、そうだな…欲しいもの、っていうか、見たい映画はあるな。最近公開された映画なんだけど、ほら、神田が前に貸してくれた小説あったろ?あれが原作でさ。ちょっと興味あるんだよね。」
「小説?…あぁ、あれか。え、あの本面白くなかったって言ってなかった?」
髙橋に貸したのは俺が好きな作家の小説で、暗い過去を持った青年が様々な人物と出会う中でその過去と向き合っていくというストーリーで、まぁ王道といえば王道だ。
だがこの主人公の青年は、彼を救おうとか、心の隙間を埋めてあげよう、と親切にしてくれる人達のことすら信じられず、その優しさをはねのけた結果、最後は一人で孤独な最期を迎える。何とも救いようのない話だ。
「あ〜、うん、まぁ。最初はあんまり好きな感じじゃないな〜って思ってたんだけどさ。お前に本を返した後に書店行くことがあったんだけど、その時にその本の漫画バージョン?になるのかな、それを見つけたから買ってみたんだよ。それが結構面白くて。絵がある分、小説より分かりやすかったし。まぁ、それは俺が本をあまり読まないからだろうけど。」
それは俺も見たことがある。漫画家が有名な作家の原作にイラストをつけるというもので、髙橋のようにあまり本当を読まない層でも興味を惹かれて手に取りやすいという利点がある。なるほど。
「見事に釣られた訳だな。」
「は?釣られたって何が?」
「ん?何でもないよ。…はい、柔軟終わり!」
「いや、あるだろ絶対…。え、ていうかお前もしろよ!いや、めんどいじゃないだろ…あ、すみません…怒られたじゃんかよ…!」
そこ、うるさいぞ!いつの間にか来ていた先生に怒られて、慌てて声をひそめて話しかけてくる。いや、俺は気付いてたけどね。
「ランニングまで終わったのか?」
終わりました〜。先生の質問に何人かが間延びした答えを返す。実際はしていないが特に問題はない。この体育館はバレーコート2面程の広さで、それを男子と女子で半分ずつ使っている。そのスペースを3周走ったくらいで息は上がらないし、正直あまり意味は無いと思うからだ。結局、意味があるとしても面倒なのでサボっているだけだが。
「なぁ、神田は何か欲しいものとか好きなものとか無いの?」
「俺〜?特にないかな…うわ、オレンジチームボロ負けじゃん。フットサルに本気出すサッカー部ってどうなの?ねぇ、髙橋くん。」
「そんな分かりやすい嫌味言うなよ…。いや、でも確かに田島のやつ本気出し過ぎだよな。何かイライラしてんじゃね?…じゃなくて、何かあるだろ?好きなもの。」
最初の試合の組み合わせで俺と髙橋のチームが休みなので、座ってダラダラとクラスメイト達が汗を流しているのを眺める。田島、どうしたんだあいつ。ムキになり過ぎだろ。体育の授業で本気にならなくても良いだろうに。
「お〜い、神田?シカトすんなよ。」
「だ〜か〜ら。無いって、別に。ていうかあっても教えてやらない。」
「はぁ?俺には聞いたくせに何だよ、それ?」
不満そうにする髙橋に、ごめんごめん、と軽く謝って試合に目を向ける。緑のゼッケンチームが、田島のシュートによる追加点を入れる。
大人げないな、本当。そう思いながらオレンジのゼッケンを着たクラスメイト達を見ると、大差で負けているにもかかわらず笑っていた。田島やり過ぎ!俺達が可哀想だろ〜?そんなことを言いながら、笑って田島に野次を飛ばしている。ごめんごめん!田島も笑いながら言葉を返していた。そしてタイムアップ。試合終了。
…何だろ、これ。イライラする。笑い合うクラスメイト達を見ていると、鬱陶しいような、羨ましいような感情が湧き上がる。心、狭いな。俺。
「神田。次の試合、俺達だろ?ゼッケン取らないと。」
髙橋がそう言って立ち上がりながら、試合の終わったチームのゼッケンを借りに行く。髙橋のチームが緑のゼッケンで、俺のチームは…オレンジ。
お〜い!髙橋〜!本気出すなよ?サッカー部!俺のチームの奴が冗談めかして野次を飛ばすと、周りの奴らも笑いながら、そうだそうだ〜!なんて言っている。
「お〜!…なるべくな!あ〜、もう。うるさいって!…えぇ⁈先生までそんなこと言わないで下さいよ!」
大げさなリアクションをしながら困ったように笑っている高橋を、オレンジのゼッケンを手に持ったまま見つめる。さっきの試合、オレンジ色のクラスメイト達の笑顔を思い出す。高橋をからかっている今と同じような、楽しそうな笑顔。
「神田。どうした?次試合だぞ?」
「なぁ、高橋?」
「ん?何?ていうか本当どうしたんだよ。何か顔怖いけど、」
「好きなものっていうかさ、欲しいもの、貰いたいものならあるよ。」
「え?あ、何?っていうか、そろそろ試合始めないと先生が怒るって。」
高橋がちらりと先生の方を見て、少し焦りながら俺を急かす。それでも黙って動かない俺の様子を訝しがったのか、どうかしたのか?と少し抑えた、優しげな口調で尋ねてくる。それを見て、本当に敵わないと感じて嫌になった。高橋は、俺なんかよりよっぽど優しい、気遣いが出来る良いやつだ。…それでも。
「負けてくれない?」
「…ぇ、神田?それってどういう…」
「負けてくれない?って言ったんだよ。勝ちたいんだよね、お前に。」
最低なことを言っているのは分かってる。自分で自分が最低だと分かる。それでも。
「俺に、お前に勝つ、ってこと、くれない?」
俺は心が狭いんだ。負けても、相手を凄いと認めて平気な顔なんて出来ない。勝ちたいんだよ。
ゼッケンを身につけてコートに入る。高橋が何が何だか分からないという顔で俺を見ている。そちらは絶対に見ない。あいつの顔を見たらきっと俺は冗談だって!本気にしたのかよ。そんな青春ドラマみたいなこと俺が言う訳ないだろ?そんな事を言って何もかも冗談にしたくなる。だから、見ない。
電子タイマーがセットされる。試合時間は15分。先生がホイッスルをくわえる。
ピーーー!
甲高い笛の音が体育館に響き、試合が始まった。
何か…ごめんなさい…!
尚の自己嫌悪スパイラルが
止まりません((((;゜Д゜)))))))
高橋みたいな人が近くにいたら
自分と比べたりしちゃいますよね
その人は何も悪くないし、自分が
悪いって分かってるのに…!
はっきり自覚したので、これからは
真っ当なアプローチをする…
かもしれません(^^;;
読んで下さりありがとうございました!