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探偵さん、私のヒーローを探してください

作者: 黒色鮎
掲載日:2026/10/26

今回はかなり挑戦作です。

出来れば、暖かい目で見ていただけると幸いです。


 雨の日は嫌いだ。

 煙草の火は消えるし、客は来ない。

 何より、街の連中がみんな傘の下に隠れて、他人の顔が見えなくなる。

 探偵にとって、人の顔が見えないというのは致命的だ。


「……暇だ」


 俺は机に足を乗せ、窓を叩く雨を眺めていた。


 看板には、少し色褪せた文字で『黒瀬探偵事務所』。

 所長は俺一人。

 助手はいない。

 そして、依頼もない。

 あるのは、冷めたコーヒーと、家賃の請求書くらいだ。


 そんな寂れた事務所のドアが、突然開いた。


「すみません!」


 入ってきたのは、若い女だった。


 艶やかな長い髪。

 大学生らしい服装。

 肩から鞄を下げ、息を切らしている。


 そして開口一番。


「私のヒーローを探して欲しいんです!」

「帰れ」

「え?」

「警察か興信所に行け」

「いや、まだ何も詳しく話してないんですけど……」

「話を聞くまでもない。俺はヒーロー探しなんて仕事は請け負ってない」


 分かったらさっさと帰れ。

 ドスを効かせて話す。


 女は目を丸くした。

 普通なら、ここで帰る。


 だが、彼女は帰らなかった。


「……探偵さんですよね?」

「ああ」

「人を探すのが仕事ですよね?」

「そうだ」

「じゃあ、どうして断るんですか?」

「戯言を聞いている暇がないだけだ」


 俺は煙草を灰皿に押しつけた。


「ヒーローさんが誰だか知らんが、どうせ碌な依頼じゃないだろ。名前は?年齢は?仕事は?全部知ってんのか?」

「...いいえ。でもーー」

「なら無理だ。探偵について勘違いしてるようだから伝えとくが、俺らの依頼はターゲットの詳細を知ってから、が本番なんだ。不倫調査とかはもろにそうだろ?」


 女が不服そうな顔で睨んでくる。


 はあ、嫌んなるな。


「名前も素性も碌に知らない男を探してくれ、なんて依頼は無理だ。探偵にだって限界はある。だからもう帰ーー」

「あります」

「......何がだ」

「手掛かり」


 彼女は胸を張った。


「私が覚えています」


 そう言って、彼女は椅子に座った。

 腰を落ち着けてじっとこちらを見つめてくる。


 俺はため息をついた。

 こりゃ納得するまでかえりそうもない。


 幸い人も依頼も今は無い。

 ......聞くだけ聞いてやるか。


「……話してみろ」

「はい!」


 彼女の名前は、朝倉美咲。

 大学に通う、ごく普通の女子大生だった。


 十年前。

 まだ小学生だった彼女は、両親とはぐれ、夜の商店街を一人で歩いていた。


 そこで化物に襲われた。

 恐怖で姿形は忘れてしまったが、その時は覚えている。


 気がつくと目の前にいた化物。

 周りには人気がなく、気づくと自分と化物しか居なかった。

 それをいいことにニタニタと笑いながらゆっくりと近づいてくる化物。


 もうダメ。

 そう思った時。

 恐怖で全く動けなくなった彼女の前に、一人の男が現れた。


 黒いコート。

 同じ色の装甲で覆われた身体。

 低い声。

 顔はヒーローが被るようなマスクで見えなかった。


 そんな男は化物を拳で圧倒した。


『これで終いだ』

『FINAllY!! END SMASH!!』


 最後に光り輝く拳で化物を消し飛ばした男。

 その後、それを見ながらも恐怖で動けず、泣いている彼女にこう言ったらしい。


『泣くな』


 美咲は顔を上げた。


『泣いてる暇があるなら、前を向け』


 そして男は、何事もなかったように夜の街へ消えていった。


「それだけか?」

「それだけです」

「十年前の一回きり?」

「はい」

「名前は?」

「知りません」

「顔は?」

「よく覚えてません」

「……なら無理だ」


 俺は即答した。

 最初の話を聞いてなかったのかこいつは。

 口の中で文句を言う。


 美咲はしばらく黙っていた。

 そして。


「……探偵なのに」

「あ?」

「探偵なのに、人一人探せないんですか?」


 ぴくり、と眉が動いた。


「もう一度言ってみろ」

「探偵なのに、人一人――」

「分かった」


 俺は立ち上がった。


「そこまで言うなら探してやる」

「本当ですか!」

「ただし、見つからなくても文句は言うな」


「はい!」


 こうして俺は、十年前のヒーロー探しを始めることになった。

 ……なんだか上手く乗せられている気もするが。






 ◇


 調査は難航した。


 十年前。

 商店街。

 黒いコートと装甲。

 男。

 そしてとても強い。


 手掛かりはそれだけ。

 当時の商店主達に話を聞いても、覚えている人間はいなかった。


「そんなことあったかねぇ」

「黒いコートの男? さあな」

「十年前じゃ、顔なんか覚えてないよ」


 当然だ。

 俺だって覚えていない。


 それでも美咲は諦めなかった。


「ありがとうございました!」


 何人目かの聞き込みを終え、美咲が頭を下げる。

 無理矢理聞き込みに同行してきた美咲に、俺は声をかける。


「……お前、よく平気だな」

「何がですか?」

「こんな地味な作業」

「だって、ヒーローを探してるんですよ?」

「たった一度助けてもらった男だろ」

「だからです」


 美咲は笑った。


「一度しか会ってないからこそ、ちゃんとお礼を言いたいんです」


 俺は返事をしなかった。

 妙に眩しく見えたからだ。






 ◇


 調査を続けるうち、俺は美咲の大学にも何度か足を運ぶことになった。


 そこで一人の青年と知り合った。

 桐生蓮。

 美咲の同級生らしい。


「朝倉さん、この前の講義の資料、コピーしておいたよ」

「あ、ありがとう」

「……まだ探偵事務所に通ってるの?」


 ちらり、と俺のことを見てくる。

 それに気づいていませんよ、という風に辺を見渡すフリをする。


「うん」

「……そんなに、そのヒーローって人が大事なの?」


 蓮の声には、わずかな苛立ちが混じっていた。


 俺はそれを聞き逃さなかった。

 だが、何も言わなかった。


 恋愛ってのは、探偵の仕事じゃない。

 人の心ほど、厄介な事件はないからな。






 ◇


 そんなある夜だった。

 街で妙な噂が立った。


 人間が化物になった、という。


「……行くか」


 俺は1人余闇に消える。

 治安の悪そうな場所メインで暫く歩き回っていると。

 

 噂の化物とやらに遭遇した。


 最初に見つけた時、そいつは路地裏で壁を殴っていた。

 腕は人間の倍ほどに膨れ、皮膚は黒く変色している。

 近くには折れたアンプルが転がっている。


「……薬物か」


 俺は距離を取った。


 その時。

 化物がこちらを向く。


 次の瞬間。

 地面が砕けた。


「っ!」


 拳が鼻先を掠める。


 速い。

 普通の人間じゃない。


 俺は勢いよく路地から飛び出した。

 そしてめちゃくちゃに街を走り回る。


 化物はいつからか追ってこなかった。


 数分後。

 暴れていた音も聞こえてこなくなったことから現場に戻る。

 

 奴は荒地になった路地裏に座り込んでいた。

 何やら苦しそうに呻き声を上げている。


 すると突然、身体が縮み始めた。

 黒い煙ともにみるみるうちに縮んでいく。


 そして人間の姿に戻った。

 男は気絶している。

 が、おそらく、起きても正気じゃないだろうな。


「……まったく」


 俺は最初にこいつと出会った路地裏にもどりアンプルを拾った。

 ついでに通報してやる。

 路地裏に不審者が倒れてるってな。


「……ようやく尻尾を出してきたか」


 アンプルを握りしめる。

 俺には、この事件を追う理由があったのだ。






 ◇


 俺の事務所の奥には、誰にも見せない部屋がある。

 俺の机の足元の隠し扉。

 その先は近未来的な武器庫になっている。


 そこに入り、中央の机に向かう。

 机には一つの黒いケースが置かれている。


 蓋を開ける。

 中にあるのは、銀色の古びた腕時計。


 俺はそれを手に取った。


「……また頼むぜ相棒」


 言いながら左手に巻いていく。


 こいつを使えば、俺は別人になれる。


 黒い装甲。

 顔を覆うマスク。

 強化された身体。

 正体を隠したまま、化物と戦うことができる戦士に。




 ……そう、美咲が探している人間になれる。


 あいつの話を聞いた時、どう考えても俺だと思った。


 だが。

 俺は正義の味方になりたいわけじゃない。

 ヒーローなんて柄じゃない。


 ただ。

 目の前で誰かが泣いているのを見過ごすほど、俺は器用じゃない。

 美咲を助けたのもそれだけが理由だった。

 感謝なんてされる義理もない。

 美咲には黙っておくのが吉だと判断した。


「……さて」


 俺は装置を握った。





 ◇


「探偵さん、コーヒーどうぞ」

「勝手に淹れるな」

「でも美味しいですよ?」

「自分で言うな」


 最近、美咲は事務所に入り浸っている。

 調査のためだと言いながら、掃除をしたり、コーヒーを淹れたりする。


「ここ、助手を雇ったほうがいいですよ」

「必要ない」

「でも所長さん一人ですよね?」

「一人で十分だ」

「強がりですね」

「帰れ」

「嫌です」


 図々しい女だ。

 だが、不思議と嫌ではなかった。


「……そういや、お前」

「はい?」

「ヒーローが見つかったら、どうするんだ?」


 美咲は少し考えた。


「お礼を言います」

「それだけ?」

「それだけです」

「......憧れてるんじゃないのか?下手のしたら好きなのかと」

「それはないです」


 即答だった。

 ……少し恥ずかしいなこれ。


「私が好きなのは、今のところ……」

「?」

「……秘密です」

「そうか」


 俺は煙草に火をつけた。

 妙に胸がざわついた。






 ◇


 事件が動いたのは、その数日後だった。

 大学から帰ってきた美咲が、突然言った。


「今日、蓮くんの様子が変でした」

「蓮?」

「はい。なんというか……焦ってる感じで」


 俺は黙った。

 嫌な予感がした。


 そして、その予感は当たった。


 夜。

 妙な胸騒ぎがして大学に向かった。


 美咲は蓮に呼び出しを受けた、と聞いている。


 つまり。

 様子がおかしいらしい蓮と美咲が2人で会っているのだ。

 車を飛ばして大学に向かう。


 大学に着く。

 夜ということもあり人通りはとても少ない。


 大学内のいくつかの部屋に電気が灯る程度だ。


 俺は焦りながら美咲を探す。


 そして。

 見つけた。


 尻餅を付いた美咲と、彼女の目の前にいる化物の姿を。


「逃げろ!」


 俺は遠くから叫んだ。

 だが、美咲は動けない。


「……蓮、くん?」


 化物が唸る。


「ミサキ……」


 声だけは、確かに蓮だった。


「俺は……ずっと……君が好きだった」

「蓮くん……」

「なのに、あいつばかり……!」


 化物が腕を振り上げる。


 その瞬間。

 俺は走った。


 美咲を抱きしめながらバケモノの拳を回避する。

 地面が大きく陥没する。

 轟音と共に、遠くから悲鳴も聞こえる。


「……そこまでだ」


 俺は化物を睨んだ。


「彼女に手を出すな」

「お前……!」


 俺はゆっくり立ち上がり左手の腕時計に手を当てる。


「探偵だよ」


 腕時計の横部分。つまみの部分を引っ張る。

 すると文字盤の横に、基盤と共にスイッチが露出する。


「そして――」


 スイッチを入れた。


 黒い煙が腕時計から溢れ、俺の姿をかき消す。

 黒い煙は硬化し装甲となり身体を包む。


 肩。

 腕。

 脚。

 最後に顔を覆うマスク。


 街灯の下に、一人の黒い戦士が立った。


「――俺の依頼人を守るのも、仕事のうちだ」


「化物」が吠えた。






 ◇


 戦いは長くなかった。


 化物は力任せに殴ってくる。

 だが、動きが単純だ。


 右。

 左。

 振り下ろし。


「……読めた」


 俺は拳をかわす。

 懐へ入り込み、肘を叩き込む。


 化物がよろめく。

 そのまま足を払う。


「ぐあっ!」


 倒れた化物に、最後の一撃を叩き込む。

 黒い装甲の拳が腹部へ突き刺さる。


 化物は地面に転がった。

 やがて、その身体から黒い煙が抜けていく。


 蓮は人間の姿に戻った。

 この程度の変身時間なら後遺症は少ないだろう。


「……俺は……何を……」


 俺は答えなかった。

 美咲のもとへ駆け寄る。


「大丈夫か」

「……はい」


 美咲は俺の顔を見上げていた。


「あなた……」

「怪我は?」

「ありません」

「ならいい」


 俺が立ち去ろうとすると、美咲が手を伸ばした。


「待って!」


 俺は振り返る。


「探偵さん……だったんですね」

「……」


 俺は黙った。


「あなたが……私の探していたヒーローなんですか?」


 俺は少しだけ笑った。


「……俺はただの探偵だ。それ以上でもそれ以外でもない」

「でも!」


 そう言って背を向ける。

 何か言いたそうにしていたが、それを聞く義理もない。


「じゃあな」

「待って!」

「もう、探偵事務所にはくるなよ」


 美咲の声が追いかけてきた。

 言いたいことだけを言って俺は振り返らなかった。






 ◇


 翌朝。

 事務所のドアを開けると、美咲が立っていた。


「……何してる」

「バイトを探しに来ました」

「大学生だろ」

「はい」

「ならもっと割りのいいバイトは多い、他を探せ」

「嫌です」


「……お前な、ここにいたら昨日みたいな危ないことが起こるかもしれないんだぞ!」


 美咲は笑った。


「そうかとしれませんね」

「なら!」

「でもきっと大丈夫です。……ヒーローさんが守ってくれるでしょうから!」

「!!」


 何も言えなくなる。

 そんな俺を見ながら流石に口を開く。


「私、ここで働きます」

「うちに人を雇う余裕はない」

「お給料はいりません」

「それは駄目だ。働かせるなら払う」

「じゃあ、安くしてください」

「そういう問題じゃない」

「昨日の依頼、解決しましたよね?」

「……ああ」


 あれは解決でいいのだろうか。

 何も言ってないようなものだが。


「でも、まだ知りたいことがあるんです」


「何をだ」


 美咲は少しだけ頬を赤くして言った。


「探偵さんのことです」


「……」


「だから、助手になります」


 俺は頭を抱えた。


「まったく……」


 昨日まで、俺は一人だった。


 静かな事務所。


 冷めたコーヒー。


 誰にも邪魔されない毎日。


 それが気楽だった。


 それなのに。


「……好きにしろ」


「本当ですか?」


「ただし、仕事はきっちりやれ」


「はい!」


「それと、依頼人の前で勝手に俺のことをヒーロー呼ばわりするな」


「じゃあ、所長さん」


「……それも妙に腹が立つな」


「ふふっ」


 美咲が笑う。


 俺は煙草に火をつけた。


「さて」


 俺は椅子に座る。


「次の依頼は何だったかな」


「私が持ってきました!」


「……お前勝手にーー」


「助手ですから」


 やれやれ。


 どうやら俺の探偵事務所には、とんでもなく面倒な助手が住み着いたらしい。


 だがまあ。


 悪くはない。


 少なくとも――


 雨の日に、退屈することはなくなりそうだった。

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