序、包み焼き河童もどき
雷に打たれた、なんて陳腐な表現がよく似合う者なのです。
ですがそんな自分でも、こんなにも幸せそうに食べる人間がいるのか、と衝撃を受けたことを覚えています。
あれはたしか、内親王である秋月様が催された歌会でのことでした。
その日、私はうまく歌を詠めなくて……いえ、うまく詠めた試しがないのでいつも通りだったのかもしれません。
ともかく、ほかの姫様方に薄く笑われていることに気づきながらも俯くことしかできませんでした。
どれほどそうして耐えたでしょう。少し休憩にしよう、と秋月様がおっしゃいました。
私はほっとして、痛む胸にため込んだ空気を吐き出しました。
休憩時には、七華殿の女房たちが茶や菓子を運んで来てくれました。
小さく礼を言って受け取ると、隣に座った姫様たちが私を見てこそこそと話し出しました。
――女房に礼を言ってるわ。きっとこうして奉仕してもらうのも珍しいのでしょう。
――あれでも央都に住む上級貴族なのかしら? 同じだと思われたくないわ。
全て、聞こえています。昔から耳だけはいいのです。
しかしそんなこと言えるはずもなく、私はさらに縮こまるばかりでした。
――さぁ、遠慮せずに召し上がっておくれ。
秋月様の麗しい声にひれ伏し、ほか姫様方の鬼食いたちが毒見を始めました。
でも、私のいる場所だけは動きませんでした。私には、控えてくれる鬼食いがいないのです。そんな私に気づいたのでしょう、秋月様が声をかけてくださいました。
――おや? 鬼食い役がいないのかな?
私はすぐに床へ額を擦りつけて謝罪しました。しかし、秋月様は大して気にした様子もなくおっしゃったのです。
――この菓子は吾のお気に入りだからね。ぜひ食して欲しいのだが……あぁ、そうだ。芒、吾の分が終わったら彼女の分もやっておあげ。
さすがに申し訳ないとお断りしたのですが、秋月様の鬼食いは颯爽と私のところまで来てしまいました。そして一言、
――失礼いたします。
と、落ち着いた声を発し、私に出された菓子をほんの少しだけ食べました。
その瞬間、私の目は彼女に釘付けになってしまったのです。
咀嚼し、嚥下する。それだけのことなのに、彼女の表情は何と幸せそうなことか。
私は小食で食べられない食材も多かったものですから、こんなにおいしそうに、幸せそうに食べたことなど一度もなかったように思います。
本当に、雷に打たれたような衝撃だったのです。私にとって、彼女が食べている姿は。
それからのことは、よく覚えていません。
歌会はいつの間にか終わっていました。牛車に向かうため、足だけは勝手に動いていたのです。
きっと、私は忘れないのでしょう。
あの日、重たい灰色の空、白い息、指先は冷えていて、鼓動は速く、痺れた脳は、たった一人を思い描く。
きっと、私は満たされた気持ちになるでしょう。
芒、芒、芒、芒、芒、芒、芒。
あぁ。彼女の名を口に出すだけで、こんなにも胸が高鳴ってしまうのです。
私は、雷に打たれた、なんて陳腐な表現がよく似合う者なのです。
でも、彼女の名を呼ぶに相応しい者となりたいのです。
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