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凶のおみくじから始まる北方港町の灯恋文  作者: 乾為天女


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第5話 砂浜の種の目覚め

 翌朝、まだ夜の名残が海の上に薄く残っているころ、アヌッカは扉を叩く音で起こされた。


 「起きてるか」


 低い声だった。寝起きでも聞き違えようがない。


 アヌッカは慌てて肩掛けを羽織り、扉を開ける。そこに立っていたのはロイトだった。いつもの濃灰の外套に、海風除けの手袋。足元には細い縄と、布袋がいくつも下がっている。


 「おはようございます……」

 「早いが出る」

 「はい?」

 「月種拾いだ。エフィジェニオが来ている」


 廊下の向こうで、柔らかな茶色の髪を持つ青年がぺこりと頭を下げた。背には大きな籠、肩には採取用の細い鍬を提げている。人のよさそうな顔立ちなのに、準備だけは異様に手際がいい。


 「エフィジェニオと申します。温室と種の保管を任されています」

 「朝が早いお仕事なのですね」

 「月種は、夜明けの境目がいちばん見つけやすいんです。陽が高くなると、ただの濡れた小石と見分けがつきにくくなってしまうので」


 そう言われて窓の外を見ると、港はまだ眠っているというより、深く息を潜めている時間だった。灯台の光がゆっくり回り、波打ち際にだけ白い線が浮かぶ。


 アヌッカは急いで身支度を整えた。厚手の外套、毛糸の手袋、首へ二重に巻いた布、髪はきつくまとめる。港へ来てから、寒さは我慢ではなく準備で防ぐものだとようやく覚え始めていた。


 外へ出ると、空気は刃物みたいに薄く冷たかった。


 執務舎の前には、すでにアレンとマグブラ、それからジャファルまで揃っていた。ジャファルは背の高い体を無駄に反らせ、誰よりも大きな籠を肩へ担いでいる。


 「おはようございます! 本日の月種回収隊、先頭はこの俺です!」

 「先頭で転ばないでね」

 マグブラが即座に返す。

 「転ばん!」

 「去年、砂に足を取られて顔からいったじゃない」

 「それは足場のせいだ!」

 「足場のせいにするには、あまりにも見事だったわよ」


 朝からよく喋る人だなとアヌッカは思ったが、その騒がしさのおかげで身体が少し温まる気もした。


 海辺へ向かう道はまだ暗く、霧が低く垂れていた。灯の届かない先では、波の音だけが先に近づいてくる。石段を下り、木柵を抜け、砂浜が見えてきたところで、エフィジェニオが歩みをゆるめた。


 「ここから先は、あまり大きな声を出さないでください」

 「なんでだ?」

 ジャファルが首を傾げる。

 「月種は、音より気配に敏いんです」

 「石なのに?」

 「石のように見えるだけです」


 エフィジェニオの返答は穏やかだが、それ以上の説明はしない。職人らしいと言えば職人らしかった。


 砂浜へ出ると、世界は白と青だけでできているようだった。


 波打ち際には細い泡が残り、霧の向こうで海と空の境目が溶けている。足を踏み出すたび、砂がきゅっきゅと乾いた音を立てた。その音さえ、ここでは響きすぎる気がする。


 「月種は三種類あります」

 エフィジェニオが小声で説明する。

 「白く濁ったもの、薄青く透けるもの、光を含んで淡く金に見えるもの。白はまだ眠っている種、青は目覚めかけ、金は強く反応する」

 「金がいちばん良いのですか」

 「良いというより、願いをよく受けます。ただし扱いを誤ると割れやすい」


 アヌッカはしゃがみ込み、砂の上へ目を凝らした。


 最初はただの貝殻や濡れた小石ばかりに見えた。けれど少しずつ目が慣れてくると、その中に“違うもの”が混ざっているのがわかる。砂の下に半ば埋もれた、乳白色の粒。朝の薄明かりを受けて、内側から息をしているみたいに微かに光るもの。


 「あれ、でしょうか」

 「ええ。やさしく掘ってください。爪を立てると欠けます」


 言われた通り、アヌッカは指先で周囲の砂を払う。


 石よりやわらかく、ガラスより温かい感触だった。掌に乗せると、冷たいはずなのにほんの少しだけ脈打つ気がする。


 「本当に、生きているみたい」

 「生きていますよ」

 エフィジェニオが答えた。

 「少なくとも、ただの鉱石ではありません。願いを受けて育ち、灯へ変わる種です」


 その言葉に、アヌッカは思わず種を見つめた。


 誰かの願いで育つ。

 誰かの暮らしを照らす。

 それは綺麗ごとではなく、この町にとって現実の営みなのだ。


 少し離れた場所では、ロイトが無言で波打ち際を見ていた。探しているというより、海そのものの機嫌を読んでいるような立ち姿だった。風向き、霧の濃さ、寄せる波の速さ。そういうものを身体ごと受け取っている顔をしている。


 「ロイト様は、毎年ここへ?」

 アヌッカがエフィジェニオへ小さく尋ねる。

 「ええ。子どものころからです。誰より先に来て、最後まで残ります」

 「侯爵様なのに」

 「侯爵様だから、でしょうね」


 それ以上を語らない声音だったが、そこに含まれる敬意は十分だった。


 しばらく種を拾って回っていたとき、アヌッカはふと奇妙なことに気づいた。


 波打ち際の近くで拾った種は、どれも白か薄青なのに、少し陸側へ寄った場所にだけ、金に近い色を含んだ粒が埋まっている。しかも、そのあたりの砂は不自然に踏み荒らされていた。


 「ここ……誰かが掘り返した跡があります」

 アヌッカが言うと、ロイトがすぐに振り向いた。


 「どこだ」

 「この、波から少し離れたあたりです。普通なら打ち上がったまま浅く埋まるはずなのに、ここだけ砂が返されています」

 「確かに」


 エフィジェニオも膝をつき、指で砂を払った。


 「新しい跡です。昨夜か、一昨夜」

 「盗まれているのか?」

 ジャファルが低く唸る。

 「可能性はあります」

 ポリミリスはいなかったが、代わりにロイトが短く答える。

 「金に近い月種だけを狙って持ち出せば、灯の起動力は落ちる」


 アヌッカの背中を冷たいものが走った。


 願文の改竄だけではない。月種そのものにも手が入っているなら、この町の異常はもっと深く、もっと意図的だ。


 「見てください」

 マグブラが、砂の上へ落ちていた小さな布片をつまみ上げた。

 「これ、王都の香油がついた匂いがする」

 「匂いでわかるの?」

 アレンが目を丸くする。

 「わかるわよ。海辺の人はこんな甘い香り、まず使わないもの」

 「誰のものだ」

 ロイトが問う。

 「そこまではまだ。でも、港の人間の匂いじゃない」


 王都。

 甘い香油。

 見栄えのする願文。

 ベルノアたちの影が、霧の向こうからじわじわと近づいてくる気がした。


 だがそのとき、ジャファルの大声がすべてを吹き飛ばした。


 「見ろ! こっちは光ってるぞ!」


 声を抑えろと言われたばかりなのに、彼は両腕をぶんぶん振っている。皆が慌てて駆け寄ると、波打ち際の浅い水の中に、小さな金色の光が揺れていた。


 エフィジェニオが顔色を変える。


 「だめだ、それは素手で取らないでください!」

 「え?」

 「願いを強く受けすぎた種は、不用意に触れると――」


 言い終わる前に、ジャファルがもう手を突っ込んでいた。


 次の瞬間、冷たい海水が思いきり跳ね上がる。


 「うわあああ冷たっ!!」


 叫び声が霧の浜へ響き渡った。


 ジャファルは種を掴んだまま、膝まで海へ沈み、その場で派手に尻もちをつく。アレンが吹き出し、マグブラが呆れ、アヌッカまで声を殺しきれず笑ってしまった。


 「だから言ったのに……」

 エフィジェニオが額に手を当てる。

 「今のは誰のせいでもなく、ジャファルのせいだな」

 ロイトが静かに断じた。

 「侯爵様、冷たい! いや海のほうが冷たい!」


 それでもジャファルが掲げた手の中には、たしかに淡い金色の月種があった。水を滴らせながら、朝の霧の中で小さく光っている。


 「……でも、取れたじゃないか」

 彼が歯を鳴らしながら言うと、誰からともなく笑いが零れた。


 緊張が、少しだけほどける。


 「持ち帰りましょう」

 エフィジェニオが丁寧に布へ包みながら言う。

 「これはかなり反応の強い種です。もしかすると、願文との相性を見る手がかりになるかもしれません」


 種拾いはその後も続いた。


 太陽は結局、霧の向こうに輪郭だけを見せたままだった。けれど薄明るくなるにつれ、拾える種の数は少しずつ増えた。白、青、そしてまれに金。籠の中でそれらが重なり合う様子は、海辺で集めた光の欠片のようだった。


 アヌッカは拾った種をひとつひとつ布へ包みながら、不思議な感覚に包まれていた。


 誰かの願いが、こんなふうに物になって残る。

 けれどその願いが、本心からずれれば眠ったままになる。

 言葉は目に見えないのに、ちゃんと形を持ってしまうのだ。


 王都で整えさせられてきた願文の数々が、頭をよぎる。綺麗に見せるために削られた本音。品よく響かせるために捨てられた生活の匂い。その一枚一枚が、ここでは灯の弱まりとして現れていたのかもしれない。


 帰り際、ロイトがアヌッカの足元へ視線を落とした。


 「寒くないか」

 「少しは」

 「少し、で済ませる顔ではない」


 そう言うと、彼は当然のように自分の外套の前を開き、内側からもう一枚薄手の防風布を引き抜いた。


 「これを使え」

 「でも、ロイト様が」

 「私は足を止めない」

 「理由になっていません」

 「君が凍えるよりはましだ」


 差し出された布には、外気とは違う微かな温もりが残っていた。アヌッカは一瞬ためらい、それからありがたく受け取る。


 「ありがとうございます」

 「礼はいい。転ばれるほうが困る」

 「それは、以前も聞いた気がします」

 「同じことが二度起きるなら、二度言う」


 相変わらず不器用だ。でも、そこに含まれる心配は隠しようがなかった。


 港へ戻るころには、皆そろって指先の感覚を失いかけていた。アレンは鼻を赤くし、マグブラは口元だけでぶつぶつ文句を言い、ジャファルにいたっては歩くたび靴の中で水が鳴っている。


 「……これは、まずい」

 アレンが震えながら言う。

 「まずいわね」

 マグブラも頷く。

 「どう考えても、まずいな」

 ジャファルは唇を紫にしながら答えた。


 エフィジェニオがぽんと手を打つ。


 「乾布摩擦をしましょう」

 「はい?」

 アヌッカが聞き返す。

 「温室仕事のあと、冷え切ったときによくやるんです。布でこすって血を回せば、かなり違います」

 「ここで?」

 「執務舎の裏庭なら風がましです」


 なぜかそこから話が早かった。


 執務舎へ着くなり、ハウケアが古布を山ほど抱えて現れ、アレンが湯を沸かし、マグブラが血行に効く香草を潰し始める。誰も止めない。止める余裕もないほど、全員が冷えていた。


 「よし、並びなさい!」

 アレンが号令をかける。

 「なんであんたが仕切るんだ」

 ジャファルが抗議する。

 「いちばん風邪ひいたらうるさそうだからよ!」

 「否定できん!」


 結局、裏庭では奇妙な光景が繰り広げられた。


 男たちは上着を脱いで肩を布でこすり、女たちは衝立の陰で腕や足を摩る。ジャファルは大げさに「熱が戻ってきた!」と叫び、アレンは「声がうるさい!」と怒鳴り、マグブラは「こする前に服を脱ぐ順番を考えなさいよ」と呆れ、エフィジェニオだけが真面目に“正しい擦り方”を説明していた。


 アヌッカも衝立の陰で腕をこすりながら、頬が熱くなるのを感じていた。寒さのせいだけではない。こういう騒ぎに自分が混ざっていること自体が、どこか信じがたかったのだ。


 王都なら、令嬢が乾布摩擦などと言い出した時点で眉をひそめられるだろう。見苦しい、はしたない、品がない。けれどここでは誰もそんなことを言わない。冷えたから温める。ただそれだけだ。


 「アヌッカさん、大丈夫?」

 衝立の向こうからアレンが声をかける。

 「はい、だいぶ」

 「顔は真っ赤よ」

 「それは、たぶん……」

 「運動したからね!」

 マグブラが助け船とも茶化しともつかない声を上げる。

 「ええ、たぶん」


 そのとき、衝立の端からするりと細長い影が差した。


 「ロイト様がそちらへ行きましたよ」


 ポリミリスの静かな声に、アヌッカは一瞬固まる。次の瞬間、衝立の向こうからロイトの声がした。


 「温かい飲み物を――」

 「来ないでください!」


 ほとんど反射だった。


 一拍の沈黙のあと、外で誰かが吹き出した。おそらくアレンだ。続いてジャファルの爆笑、マグブラの呆れた溜息、ポリミリスの咳払い。


 ロイトだけが、しばらく無言だった。


 「……そうか」

 低い声が返る。

 「いや、その……今は、その、乾布摩擦の途中でして」

 「それは見ればわかる」

 「見えているのですか!?」

 「見ていない」

 「どっちなんですか」

 「見えないようにはしている」


 衝立のこちら側で、アヌッカは両手で顔を覆った。熱い。もう寒さはどこかへ行っていた。


 結局、ロイトは裏庭の石卓へ湯気の立つ薬草湯だけを置いて立ち去ったらしい。少ししてから衝立の陰を出ると、彼の姿はもうなく、代わりに卓の上へ人数分の木杯が整然と並べられていた。


 「几帳面ねえ」

 マグブラが杯を取り上げる。

 「気が利くじゃないか!」

 ジャファルもすぐに飛びつく。

 「今の流れでそこへ落ち着けるのすごいわね……」

 アレンが半分呆れ、半分感心した顔で呟く。


 アヌッカは最後に自分の杯を持ち上げた。中身は少し苦い薬草湯だったが、喉を通ると胸の奥までまっすぐ温まる。


 「……ちゃんと、気にかけてくださるんですね」

 思わずそう漏らすと、ポリミリスがごく自然に頷いた。

 「ロイト様は、そういう方です」

 「でも、言い方が」

 「ええ。不器用です」

 「かなり」

 「かなりです」


 二人で同意してしまい、アヌッカは少し笑った。


 その日の午後、エフィジェニオの温室で拾ってきた月種を仕分けることになった。温室は港の寒さが嘘みたいに温かく、窓には水滴が薄く曇っている。潮の匂いではなく、湿った土と灯草の青い香りが満ちていた。


 「ここなら種が落ち着きます」

 エフィジェニオが籠を卓へ広げる。

 「月種は急激な冷えにも熱にも弱いので」

 「種なのに、ずいぶん繊細なんですね」

 「繊細なものほど、うまく育つと強いんです」


 仕分けをしながら、アヌッカは今朝見つけた金の種を手に取った。


 布越しでも、ほかの種より反応が強いのがわかる。目を閉じると、何かが微かにひらく感覚があった。言葉になる手前の、誰かの願いのぬくもり。


 「……この種、少しだけ目覚めています」

 「本当ですか?」

 エフィジェニオが身を乗り出す。

 「はい。でも、何かを待っている感じがします」

 「待っている」

 「たぶん、合う言葉を」


 エフィジェニオはしばらくその種を見つめ、それからゆっくり言った。


 「もしそれが本当なら、やはり願文のずれが原因です。種は数ではなく、言葉の重さを見ている」


 窓の外では、昼でも霧が薄く残っていた。


 月食まで、まだ時間はある。けれどその“まだ”は、のんびりしていられる意味ではない。願文の改竄、月種の持ち去り、王都の匂いのする布片。点だったものが少しずつ線になり始めている。


 アヌッカは温室の曇った窓へ手を当て、外を見た。


 この町の灯を守りたいと思う。誰かに言われたからではなく、自分でそう思った。


 それはきっと、自分の願いの始まりなのだろう。


 夕方、執務舎へ戻る途中、ロイトが廊下の端に立っていた。手にはいつもの書類、顔はいつもの無表情。けれどアヌッカを見ると、ほんの一瞬だけ視線がやわらぐ。


 「もう寒くないか」

 「今は大丈夫です」

 「そうか」

 「……薬草湯、ありがとうございました」

 「必要だっただけだ」

 「必要な相手に、毎回ちゃんとしてくださるんですね」

 「当然だ」

 「その“当然”が難しい人もいます」


 アヌッカが言うと、ロイトは少しだけ目を細めた。


 「なら、難しいことをするつもりはない」

 「え?」

 「君が冷えているなら温める。転びそうなら支える。困っているなら助ける。それだけだ」


 まるで息をするみたいに言う。


 飾りのない言葉だった。けれど朝の海よりまっすぐで、温室の空気よりずっと熱かった。


 アヌッカは返事に困ってしまい、結局、少しだけ笑うしかできなかった。


 「また笑う」

 「ええ。だって、今のほうがずっと甘いです」

 「そんなつもりはない」

 「そういうところです」

 「意味がわからない」

 「わからなくていいです」


 そう答えると、ロイトは腑に落ちない顔のまま黙り込んだ。けれど追及はしない。その代わり、彼は廊下の窓辺へ置かれていた小さな布包みをアヌッカへ差し出す。


 「これは?」

 「手袋の中敷きだ。ハウケアに頼んだ」

 「私のために?」

 「月種拾いにまた出るなら必要だろう」


 開けると、柔らかな毛織りの薄布が二枚入っていた。指先まできちんと合う大きさだ。


 アヌッカはしばらくそれを見つめ、それからそっと胸へ抱く。


 「……ありがとうございます」

 「礼はいい」

 「でも言います」

 「そうか」

 「はい」


 短いやりとりのあと、ロイトは何か言いかけてやめた。たぶん彼の中では、言葉になる前に気持ちが渋滞しているのだろう。


 それでも、アヌッカには十分伝わっていた。


 砂浜で拾った光る種。

 冷たすぎる海水。

 乾布摩擦の大騒ぎ。

 裏庭に並んだ薬草湯。

 そして、手袋の中敷き。


 幸せというのは、たぶん今日みたいな一日のなかにも埋まっている。


 夜、客間の机へ金の月種をそっと置くと、灯の下で小さく脈打つように光った。


 「あなたも、待っているのね」


 アヌッカが呟くと、種はほんの少しだけ明るさを増した気がした。


 正しい願いを。

 本当の言葉を。

 誰かの見栄ではなく、誰かの暮らしを照らす願いを。


 そのために、自分にできることがまだある。


 窓の外では、霧の向こうで灯台が白く回っていた。昨日まで遠く見ていた光が、今は同じ町の灯として胸へ届く。


 アヌッカは新しい中敷きを手袋へ忍ばせながら、明日の聞き取りに思いを巡らせた。


 月種はまだ眠っている。

 けれど、完全に黙っているわけではない。


 目覚めはじめたものがあるのなら、きっとこの町も、自分自身も、もう戻れないところまで来ているのだと、そんな気がした。



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